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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第162話【1975年】◆プロム前々日◆

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.


【前回のお話(第161話)↓】

https://ncode.syosetu.com/n3439ge/177/


【前回のあらすじ】

利一は政治的な理由から上層部との対立を避けてきたが、急激な状況変化を機に一切の迷いを捨て、戦う覚悟を密かに決める。

そんな中、利一はある女と交わした契約やくそくを思い出していた。


【登場人物】


柏木かしわぎ利一りいち(42歳)

紙を媒体に術を行使する祓い屋。

尽きない活力と、呪いを無効化する力を持ち、対象を無力化する軍服を保有している。

性別を自在に変える事が出来るが、一応は人間に属する。

ミカとは30年来の付き合いで、互いに複雑な想いを抱えている。


ミカ(別名マイケル)

夢魔インキュバスの青年。

メアリーとエミリーの父親に、家族を殺された被害者遺族であり、

9年前に、その復讐として、姉妹の父親を殺害した加害者である。

姉妹を憎んでいて、2人の不幸な未来を待ち望んでいる。

人間を操る力を持ち、自由に性別を変える事が出来る。


チェスター(愛称チェット)

人間から吸血鬼ヴァンパイアになった青年。

メアリーとエミリーの護衛兼監視を担当していたが、2人が不幸になる未来を知り、救おうと決意する。


メアリー・ウォーカー(姉)

狩人と呼ばれ、怪物を無力化する血を持つ少女。

妹共々、母親に売られ、怪物達に監視されて生きてきた。

高校卒業と同時に、怪物達の家畜にされようとしている。


エミリー・ウォーカー(妹)

狩人と呼ばれ、怪物を無力化する血を持つ少女。

姉共々、母親に売られ、怪物達に監視されて生きてきた。

姉の高校卒業と同時に、怪物達に殺されようとしている。

ミカに真実を聞かされ、運命に抗う事を決意する。

紆余曲折うよきょくせつを経て、チェスターと恋仲なった。


ヴィヴィアン・ジェファーソン

特別な呪いを受けた長寿の人狼ウェアウルフ

これまで自身の種族をひた隠しにしてきたが、聴聞会に呼び出された事をキッカケに、秘密を公にした。

狩人を監視する現場責任者だったが、敵の襲撃を防げなかった責任を追及され、降格処分される。


ハインリヒ(ハインツ)(別名ヘンリー)

ミカの前妻マグダレーナの弟。

とある理由からミカを怨んでいる。

目標に辿り着く為の、道筋が分かる力を持つ。

降格処分されたヴィヴィアンの、後釜として現れた。


ジェシカ・ウォーカー(愛称ジェシー)

メアリーとエミリーの母親。

夫の死をキッカケに心を病み、檻つきの病院に長期入院していた。

まともな判断能力を失っている時期にそそのかされ、娘達を怪物に売ってしまう。

エミリーの殺処分に承諾してしまった後、罪悪感から自殺した。


バディ・ウォーカー

メアリーとエミリーの父親。

若い頃にミカの家族を殺害してしまい、長年、罪の意識に苛まれてきた。

ふとした事で、ミカの正体が自分が殺した怪物の遺族だと気づき、耐えきれずミカに真実を打ち明ける。その結果、ミカに殺害された。

【1975年】


 ──何故、卒業まで待つのだろう?


 利一はずっと疑問に思っていた。

 わざわざ普通の人間として育てておきながら、高校卒業と同時に幽閉するよりも、最初から幽閉して血を搾取していた方が遥かに効率が良い。

 両親が揃っていた9年前ならともかく、父親が死んで、母親が心を病んだ後であれば、いくらでもやりようはあった筈だ。

 だが怪物達は酷く非効率な方法でメアリーとエミリーを囲い、僅かな血や爪、髪などの採取を行ってきた。

 一見、人道的とも思える手段を選んでおきながら、卒業した途端に非人道的な手段に切り替えるのは違和感がある。


 ──高校を卒業する事に、何か意味があるのだろうか?




 チェスター宅の書斎にて──

 利一は、桃色と白色の斑模様まだらもように彩られた立方体を眼前にして、疑問の答えを見つけた。


『ウォーカー夫人が遺した契約書だよ。自分の娘が高校を卒業するまでの間、極普通の人間らしい生活が出来るように、と望んで……彼女は上層部と契約を交わしたんだ』


 ハインツはそう言って、手の平に浮かぶ立方体を利一に見せる。

 書斎にはミカとヴィヴィアンもいた。2人はハインツの説明に眉一つ動かさない。察するに、この愛らしいいろどりの立方体──契約書の存在を最初から知っていたのだろう。


『でも、まぁ……まさか卒業後に、娘が家畜にされるなんて思ってもいなかったんだろうね。頭が足りない女だ。僕らにとっては、都合が良かったけど』


 ハインツはニッコリ笑って、契約書を持っていた手を握る。契約書は淡い光の粒になって、空中に溶けるようにして消えた。


 この契約書があったからこそ、姉妹は今日まで無事に生かされてきたのだ。わざわざ回りくどい手段を選んだのも、選ばざる得なかったのだ、と納得しかけて──また疑問が湧く。


『そもそも何故、ウォーカー夫人は契約書を交わしたんだ?』


 利一が尋ねた途端、部屋の空気が硬直した。ヴィヴィアンの表情が曇り、ミカの口元がほんの僅かに強張る。


『あぁ、利一リーチは知らなかったんだね。ウォーカー夫妻の間には、もう1人子供がいたんだよ』


『もう1人?』


 怪訝な口調で聞き返す。


『そう。メアリーにはお兄ちゃんがいたんだ。バディ・ジュニア、可哀想な子だよ。ウォーカーは最初に授かったジュニアを上層部に献上して、自分と身重の妻の安全を買ったんだ』


 利一はハッと目を見開く。子供を生け贄に保身を図る親──その構図は、己の境遇と酷似する。不意に苦い気持ちが甦った。

 狩人として多くの怪物を殺めてきたバディ・ウォーカーは、皮肉な事に怪物と恋に落ち、子をもうけた。怪物からも狩人からも追われる身となり、追い詰められたウォーカーは、長子を人身御供に差し出して、身重の妻を守ろうとした──とハインツは語る。


『ウォーカー夫人が上層部と契約を交わしたのは、夫がジュニアを献上した後だよ。もしかしたら彼女は、メアリーを手離したくない一心で契約したのかも知れないね』


 利一はふと気づいて、ハインツに鋭い眼光を向けた。


『……お前はウォーカー夫妻が住まう地区の管理人だった筈だ。ならば当然、夫人が契約を交わした現場に立ち会ったんだろう? その契約が高校卒業までの期限付きなのは……お前が夫人を言いくるめたからじゃないのか?』


 言われてハインツは満面の笑みを浮かべた。


『確かに……ウォーカー夫人と多少のお喋りはしたね。だから、それが何? 僕は管理人として仕事をこなしただけだ。君にとやかく言われる筋合いはないよ』


 利一はそれを聞いた途端、背筋がぞわりと冷える。同時にウォーカー家の不幸は最初からこの悪魔の仕業だった、と確信した。期限付きの契約も、ウォーカー夫人や姉妹らをより一層苦しめたくて交わしたに違いない。コイツはそう言う奴だ、と思った。


(もしかして……ウォーカー氏が長男を手離したのも……コイツが仕組んだんとちゃうか?)


 ハインツが、どのようにウォーカーを言い包めたのかは不明だ。ひょっとしたら、息子の方に声をかけて、その身を差し出すようにそそのかした可能性もある。何せ相手は幼い子供、親を救う為だと言われたら、それに従うのは想像するに容易い。

 実のところ真相は不明だが、ハインツがウォーカー家に不幸をもたらした事に変わりはなかろう。


 他者が幸せに過ごす事が許せない──そう言う輩は、他人の不幸を見て心の平穏を得る。


 ──幸災楽禍こうさいらっか


 ハインツの笑みを見た瞬間、脳裏にその文字が浮かんだ。

 他者を貶める為にわざわざ回り道を選び、時間と労力を惜しまないような輩を相手にするのは、とてつもなく精神を消費する。

 利一はハインツに憤りを覚え、喉の奥に淀みを感じた。淀んだ気持ちを吐き出して、悪魔を罵倒したい衝動が込み上げる。それを必死に堪え、己に言い聞かせた。


 ──今ではない。


 ──今、正面から対立すべきではない。


『いよいよ明後日はプロムだね。3度目の襲撃以降、人狼ウェアウルフ達に動きは無いけど、彼らが諦めたとは思えない。皆、今まで以上に気を引き締めて護衛に当たって欲しい』


 ハインツの言葉に利一は眉をひそめる。


『正気か? あの2人をプロムに行かせるのか?』


『僕らだって、好きで行かせる訳じゃないさ。契約を交わした以上、そうせざる得ないんだ』


『……もし、契約を守れなければ?』


『人並みの高校生活を送らせる代わりに、卒業後の人生を貰う──それが契約内容だからね。それに反したら、僕らはメアリーに手出し出来なくなる。貴重な家畜候補を失うのさ』


 利一の瞳の奥に、僅かな光が灯る。希望の光だ。


(ほな……ウォーカー姉妹を卒業までに逃がす事が出来れば……強制的に人並みの生活から外れて……幽閉を免れるんか?)


 それが事実であれば、姉妹を救う手立てとなり得る。

 するとハインツは、利一の思考を読んだかのように『メアリーの場合は、ね』と付け加えた。

 利一は一瞬キョトンとしてから『はっ』と聞き取れない音量のかすれ声を出す。


 先程からハインツは、エミリーの名前を口にしていない。その事に気がついて、ある矛盾に気づく。


(エミリーさんの卒業は今年とちゃう)


 にも拘らず、エミリーは姉の卒業と共に殺されようとしている。つまり、エミリーの身柄は契約に含まれていないのだ。


『どういう事だ……何故、ウォーカー夫人は長女だけを──』


 利一が言い終えるより先に、ミカが口を挟む。


『ジェシーにとってエミリーは継子ままこなんだ。上層部の連中は、エディに他の女をあてがって、子供を作らせた……そうして産まれたのがエミリーだよ』


 利一は数秒間、絶句した後「何人?」と呟く。

 宛がわれた女が1人だけとは思えない。産まれた子供はエミリー1人ではない筈だ。


(何人おる? メアリーの異母兄弟は一体何人産まれた? 犠牲になった子供は何人いる?)


 それを考えて、怒りに震える。

 ハインツはそんな利一を嬉しそうに見つめた。


『メアリーの異母兄弟については、実のところ僕も把握してないんだ。管轄が違うからね』


 ハインツは続けて説明する。彼いわく──

 エミリーの実母は、出産の際に脳出血を起こして亡くなった。実母を失ったエミリーはミカを含む怪物達に育てられ、5歳の誕生日を機にウォーカー家で暮らし始めたのだ、と言う。

 勿論、その決定を下したのは上層部の連中であり、ウォーカー夫妻の意思は完全に無視されていた。


『ウォーカー夫人が夫と不仲になり始めたのは、この頃だね。まぁ無理もない。息子を奪われ、夫はせっせと余所で子作り、挙げ句の果てに他の女が産んだ子を押し付けられたんじゃ……ねぇミカ?』


 ハインツは意味あり気に目を細め、ミカに同意を求めた。


『お優しいミカの事だから、当然、傷ついたウォーカー夫人を慰めてあげたんでしょ?』


 利一は内心ハッとする。

 ミカは以前、ウォーカー夫人との不倫を仄めかす発言をしていた。あれはエミリーを煽る為の虚言ではない、と察した。

 不仲な夫婦と夢魔インキュバスが1つ屋根の下で暮らして、問題が起こらない方が不思議だろう。

 利一の脳裏に、夫人を誘惑するミカの姿が浮かぶ。

 傷心の人妻を落とすなど、ミカにとっては簡単だろう。夫は余所で子作りをしていて家には不在がち。夫人を誘惑する隙は十分にある。家にいる姉妹は暗示で操ってしまえば済むし、邪魔になるのは同居している同僚だけだ。


(いや……案外、邪魔ではなかったのか……?)


 夫人の精神が不安定になったり、非協力的な態度を取られるよりも、従順な方が護衛もしやすい。

 だから夫人の不満を解消させる為に、ミカを宛がったのではないだろうか?


 ウォーカーに子作りをさせる為にも、夫人の不倫は好都合だろう。強要されているとは言え、妻以外の女を宛がわれているのだ。罪悪感が無い筈がない。だが、妻が不倫しているとなれば話は別だ。

 強要された不貞と、望んで不貞をはたらくのでは、断然後者の方が罪深い。妻の不貞をウォーカーが知っていたとしたら、妻に対する罪悪感など吹き飛んだに違いない。

 それならば、同僚の護衛がミカと夫人の不貞に協力したとしても、何ら不思議ではないのだ。


(ウォーカー夫妻が不仲な方が……都合が良かったんや……もしかしたら上層部の連中は、ハナから夫妻を離婚させたかったんかも知れん)


 では──ミカは上層部の命令で夫人を誘惑したのだろうか?


(それとも……)


『彼女と僕はただのお友達だよ』


 ミカは冷たく言い放つ。

 それを聞いて、利一の心臓が一際弾んで、痛みを感じた。


(俺が思っている以上に、ミカと夫人の仲が深かったとしたら……肉体だけやのうて……心で繋がっていたとしたら?)


 だとすれば、ウォーカー殺害は単なる仇討ちではないと言う事になる。裁判では明かされなかった痴情のもつれがあったとしたら、事件の見方も変わるだろう。


 ミカはウォーカー夫人に謝罪がしたいと言って渡米した。謝罪には、当然利一とヴィヴィアンも同席した。場所は夫人が入院している病院の中庭。ミカはそこで夫人と対面を果たし、誠心誠意の謝罪をして──夫人と和解に至った。


(そして和解の後……夫人がミカに護衛を依頼してきた……)


 その依頼を聞いた当初、耳を疑った。和解したとは言えミカは加害者に違いない。

 利一は不思議に思い、夫人に『何故なのか』と尋ねたら──


(ミカに成長した娘達を見て欲しい。長女の卒業を見届けて欲しい、と夫人は言うとったけど……)


 ミカと夫人が再会して早々に和解したのも、夫人がミカに護衛を依頼したのも、2人が不倫関係にあったからだとしたら得心がいく。

 バディ・ウォーカーを殺害した当時、ミカの方はともかく、少なくとも夫人はミカを信頼していたのだ。そして、その信頼は事件から9年経った後も続いていた。だから護衛を依頼したのだ。


(ミカ……お前はその信頼を裏切るんか。坊主憎けりゃ袈裟けさまで憎いとは言うても、限度があるやろ。ハインツだけやのうて、お前まで、他人の不幸を見んと気ぃ済まんのか?)


 ここまで思い至って、更に疑問が湧く。そもそも何故、ミカは元不倫相手との再会を望んだのか?

 その真意が分からない。夫人に謝罪しておきながら、何の罪もない娘の不幸を望むのは理解出来ない。


 昔から、ミカの言動には一貫性がなく、矛盾にまみれている。彼の中で唯一ぶれないのは優先順位だ。ミカは自分以外の者に明確な優先順位をつけている。他者を平等に扱わない。順位が上の者には徹底的に尽くし、順位が下の者を容赦なく切り捨てる。

 その昔、利一もミカに切り捨てられた経験がある。ミカはマグダレーナを守る為に、幼い利一を犠牲にしようとした。


(今、ミカは何を優先しとる? 何の為に……誰の為に行動しとる?)

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間が、楽しいものになりますように。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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