第161話【1975年】◆利一の決意と交わした約束◆
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【前回のお話(第159話)↓】
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【前回のあらすじ】
利一は力を使った代償として、3日3晩寝込んでしまう。ようやく回復して目を覚ますと周囲の状況は一変していた。
因縁の相手であるハインリヒが管理人として現れた事に、納得出来ない利一だったが……
【登場人物】
柏木利一(42歳)
紙を媒体に術を行使する祓い屋。
尽きない活力と、呪いを無効化する力を持ち、対象を無力化する軍服を保有している。
性別を自在に変える事が出来るが、一応は人間に属する。
ミカとは30年来の付き合いで、互いに複雑な想いを抱えている。
ミカ(別名マイケル)
夢魔の青年。
人間を操る力を持ち、自由に性別を変える事が出来る。
チェスター(愛称チェット)
人間から吸血鬼になった青年。
メアリーの不幸を願うミカと対立している。
メアリー
狩人と呼ばれ、怪物を無力化する血を持つ少女。
妹共々、母親に売られ、怪物達に監視されて生きてきたが、当の本人はその事実を知らない。
高校卒業と同時に、怪物達の家畜にされようとしている。
ヴィヴィアン・ジェファーソン
特別な呪いを受けた長寿の人狼。
これまで自身の種族をひた隠しにしてきたが、聴聞会の呼び出しをキッカケに、秘密を公にした。
ハインリヒ(ハインツ)(別名ヘンリー)
ミカの前妻マグダレーナの弟。
とある理由からミカを怨んでいる。
目標に辿り着く為の、道筋が分かる力を持つ。
【1943年】
「もし過去をやり直せるとしたら、お前はどうする?」
そう訊かれて、俺は返答に詰まる。
たかが11年の年月をやり直したところで、俺の運命は変わらない。来年の秋頃には龍神に捧げられる身だ。これは、俺が生まれる前から決まっていた事で、今更どうする事も出来ない。逃げる事は許されないのだ。
「分かりません。俺はまだ子供やし、人生をやり直したところで、何か未来を変えれるとも思えませんし」
俺がそう言うと、彼女は「随分と悲観的だな」と呆れたように微笑んだ。
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【1975年】
──チェスター宅の客室にて、早朝に目を覚ました利一は、ベッドに仰向けの状態で、ここ数ヶ月の経緯を振り返っていた。
2度目の襲撃から2週間が経過して──利一を取り巻く状況は大きく様変わりした。
利一が床に伏せている間、人狼による3度目の襲撃があり、護衛のトムが犠牲となった。
その一件で正体を露見させたリーは、その場に居合わせた民間人を残して逃走。現在もその足取りは掴めていない。
現場の責任者であるヴィヴィアンは襲撃の手引きを疑われた挙げ句、管理人の補佐に降格して、代わりにハインリヒ(ハインツ)が管理人に任命された。
当然、利一はこの決定に納得出来ず、ウォーカー姉妹の件と合わせて上層部に不服を申し立てたが、人事に口出す権限が無いとして敢えなく却下されてしまう。
姉妹の処遇については、今後の参考意見として有り難く頂戴しておく──とあしらわれ。それに加えて『狩人に関する情報を外部に漏らす行為は、更なる襲撃を助長させる恐れがある為、該当する行為をした者は厳罰に処する』と通達された。
要するに『世論を味方につけようなど、考えない方が身の為だ』と言いたいのだろう。
ハインツのミゲルに対する干渉も正当なものとして、一切咎められる事はなかった。利一はこれにも憤慨したが、結局どうする事も出来ず、奥歯を噛み締めるしかなかった。
一連の事件を起こした人狼やミゲルの行方は依然として掴めておらず、利一は何度も捜索の紙蜻蛉を飛ばしてみたが、手掛かりを得る事は出来なかった。
恐らくハインツの言う通り、隠蔽の呪いを施しているのだろう。だとすれば、呪術を心得ている者が関与しているに違いない。利一は、それは間違いなくハインツだと信じて疑わなかった──が、これも同様に追及する事は叶わなかった。
リーの妻アビーは人狼の共犯の疑いがあるとして、尋問や家宅捜索を受けたが、共犯を指し示すだけの証拠は見つからなかった。
また、アビーが人外である可能性も考慮され、血液検査も実施されたが、結果はシロ──アビーは間違いなく人間であると証明された。
だが、疑いを完全に晴らすだけの証拠も無かった為、結局アビーは管理人の監視下に置かれる事となり、屋敷での軟禁生活を余儀無くされた。
屋敷にはアビーの他に、渦中のウォーカー姉妹、人狼を目撃したアダム、襲撃に巻き込まれた民間人が1名が保護されていた。民間人はベンという名前の青年で、聞くところによると彼はチェスターの友人らしい。
利一は屋敷に滞在している間、チェスターがベンと一緒にいるところを何度か見掛けた。怪我をしたベンを介助するチェスターを見て、妙に暖かく感じると同時に、エミリーと一緒に逃がしてやれなかった件について心苦しく思う。
だが当のチェスターは、利一から受けた仕打ちなど全く気にもしてない様子だった。チェスターは屋敷で利一を見掛けた際、必ず軽く挨拶をしてくれた。利一はそれに対し、毎度戸惑いを感じながら返事をしていた。
利一はこれらの変化に酷く戸惑っていたが、中でもミカとチェスターの態度の変化には、驚きを越えて激しい違和感を覚えた。
利一が倒れる前、ミカとチェスターは衝突を繰り返していたが、利一が回復して数日ぶりに会ってみれば、2人は一切争わなくなっていた。
ミカはチェスターに対する挑発を一切止めて、彼と一定の距離を保っていた。チェスターの方も、時折ミカを睨む程度に止まり、ミカと口を利こうとはしなかった。
険悪な仲が極まって、遂に互いを無視する迄に至ったのか、と思ったが何か違う気もする。かと言って、2人が和解したようにも見えない。
利一の預かり知らぬ所で、ミカとチェスターの心境に何かしらの変化があった事は明らかだったが、その詳細は不明だった。
ミカとチェスターの衝突が無くなり、人狼が暗躍している気配もなく、不気味なまでに波風が立たぬまま、凪の日々が過ぎて行き、気つけば──プロムを一週間後に控えていた。
このままでは、いずれウォーカー姉妹は殺されてしまう。それをチェスターが黙って見ているとは思えない。恐らく、何かしらの行動に出るだろう。そうなれば、ミカがまた妨害するに違いない。
ハインツとミゲルの動向も気がかりだが、最終的に状況を決定付けるのは利一だ。
──今度こそチェスターに加勢して、ミカを捩じ伏せた上で上層階と戦うか。
──それとも、チェスターとウォーカー姉妹を見捨てるか。
現時点で、利一の心は決まっていた。ミカと出会って約30年──これまで散々彼に振り回されて来たが、渡米してからと言うもの、その度合いが強くなり、いい加減関係を見直すべきだ、と思い至っていた。
利一自身がミカに振り回されるのは、まだ良い。だが、それが他者に及ぶのは流石に見過ごせない。
勿論、ウォーカー姉妹の不幸な未来については、ミカに責任がない事は理解している。ミカはただ、姉妹の不幸を悪趣味に傍観しているのだ。
(ミカのド阿呆……)
と、利一は思いつつ──被害者遺族であるミカに対して、いつまで加害者遺族を恨むのか、と言ってしまうのは、余りにも無神経かつ残酷だろう、とも思う。
だが、ミカは被害者遺族であると同時に加害者でもある。その償いをさせる時が来たのだと思えば、ミカを巻き添えに姉妹を救うのも納得出来た。
(ミカの気持ちなんか、もうどうでもええ……)
救うのだ。あの憐れな姉妹を救わなければ、と腹を括る。
──利一はふと横を向き、置時計に目をやる。時刻は早朝4時半。1度失せた筈の眠気が再び訪れる。
「稲羽」
利一がそう呼ぶと、ベッドの縁の下から、白い兎が顔を覗かせた。兎はベッドに飛び乗って、物言いたげに桃色の鼻をヒクヒクと動かし、後ろ足で立ち上がった。
「1時間したら、起こしてくれ」
稲羽は大きく頷いて「分かった」と言った。
それを聞いて、直ぐに瞼を閉じる。薄らいでゆく意識の中で、不意に、子供の頃の記憶が過る。
──利一がミカと出逢う、丁度1年前の事。当時、まだ10歳だった利一は、ある女に取り引きを持ち掛けられた。
──1943年。
「ほんなら、貴女やったら、どないするんです? 過去をやり直せるとしたら……貴女は何を望みはるんです?」
10歳の利一がそう尋ねると、途端に彼女から笑みが消え、翠色の目が鋭く睨んでくる。
「その為に、お前をここへ呼んだのさ」
利一は彼女に気圧されて、上半身を少し後ろに反らす。奇抜で禍々しい棘の装飾が施された長椅子の座面に片手を着いて、隣に座る彼女を見上げた。
「利一、私と取り引きしないか?」
「……取り引き?」
彼女は「そうだ」と頷く。
「私には未来を見る力がある。正確には、見ると言うよりも体験すると言った方が適切だろう。それは、まるで時間旅行にでも行ったかのような感覚で、私にとって現今は過去も同然だ。
私は不幸な未来を回避する為に、過去である現今をやり直したい。その為に利一が必要なんだ。どうか私の力になっておくれ」
「そないな事言われても……」
利一がまごつくと、彼女は手を差し出した。差し出した手の平に、淡い光を伴って透明な立方体が出現する。
「もし、利一が私に力を貸してくれるなら、私も利一に力を貸そう。お前の不幸な未来を一変させると約束しよう」
彼女にそう言われて、10歳の利一は透明な立方体を見つめた。
(……あの取り引きから31年……)
女と交わした取り引き内容を思い出しながら、利一の意識は深い海に沈んだ。
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