第160話【1975年】◆ベンジャミンの記憶とメアリーの企み◆
このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。
ありがとうございます。
A big THANK YOU to you for visiting this page.
【前回のお話(第158話)↓】
https://ncode.syosetu.com/n3439ge/172/
【前回のあらすじ】
人狼に襲撃されたベンジャミンはチェスターの屋敷で保護され、メアリーの手当てを受ける。
メアリーはベンジャミンに、彼がこれまで遭遇した出来事の真相を説明する。
【登場人物】
ベンジャミン
記憶喪失の青年。身元が分からず、路頭に迷うところをアビーに救われ、リーの家で雇われる。
チェスターと出会ってから、奇妙な夢や幻覚を見るようになる。
メアリー
狩人と呼ばれ、怪物を無力化する血を持つ少女。
母親に売られ、怪物達に監視されて生きてきた。
高校卒業と同時に、怪物達の家畜にされようとしている。
エミリーという妹がいる。
ミカ(別名マイケル)
夢魔インキュバスの青年。
メアリーとエミリーの父親に、家族を殺された被害者遺族であり、
9年前に、その復讐として、彼女らの父親を殺害した加害者である。
メアリーとエミリーを憎んでいて、彼女らの不幸を望んでいる。
人間を操る力を持ち、自由に性別を変える事が出来る。
リー
町一番の資産家であり慈善家の男性。
怪物達に協力して、チェスターと親子のふりをしていたが、襲撃してきた人狼を撃退する為に正体を露見させ、現在は逃亡中。
【1975年】
ベンジャミンは天蓋つきのベッドに横たわりながら、メアリーの話に耳を傾けていた。彼女はベッド脇の椅子に腰掛けながら、連日の襲撃について説明した。
メアリーいわく、チェスターは吸血鬼であり、連日に渡ってベンジャミンを襲撃してきた化物は人狼と呼ばれる怪物で、リーもその仲間なのだと言う。
『……信じられない……あの旦那様が怪物だったなんて……』
チェスターの正体は分かったが、リーが襲撃して来た怪物の一味だと言う説明だけは、どうにも納得出来なかった。
リーはベンジャミンを庇い、見捨てる事なく一緒に逃げてくれた。その彼が、あの凶悪な人狼の仲間などと到底思えない。
『ベンは運がいいわ。生き延びる事が出来たのだから。人狼はね、特別な爪を持っていて、その気になれば岩だって切り裂く事が出来るのよ。まぁ、その分、呪いなんかは不得意だなんだけど。……とにかく、あの爪は本当に厄介なの。ちょっと皮膚に引っ掛かるだけでも致命傷になりかねないわ。だからね、ベンが生き延びる事が出来たのは、本当に運が良い事なのよ』
メアリーはそう力説する。
『メアリーは怪物について詳しいんだな。その知識はチェスターから得たのか?』
ベンジャミンは感心を装って尋ねる。正直なところ、実際に怪物と遭遇したとは言え、その存在は未だに受け入れ難いものがあった。こうしてメアリーから説明を受けても、リーの件を含め、腑に落ちないでいた。
メアリーから発せられる印象は非常に良いものだったが、だからと言って、彼女の話を全て鵜呑みにするの事は躊躇われる。
ならばいっそ、メアリーの話に調子を合わせ、出来るだけ多くの情報を聞き出して、納得出来る要素を見つけよう、と考えた。
『私の母はね、元怪物なの。母は狩人の父と結婚して、人間になる特別な呪いを受けたのよ。ほら、よく童話なんかで──人間に恋をした怪物や動物が、魔法の力で人間になったりする物語──そんな風にね。そうして生まれたのが私なのよ。私の知識は、父や母、怪物の友人から教わったものなの』
『親父さんが狩人だと言ったね……その狩人ってのは、動物なんかを狩りする狩人の事なのか?』
『怪物界隈では、怪物を殺す力を持った人間の事を狩人と呼ぶの。……昔はね、怪物を退治する狩人が大勢いたそうよ。狩人達は徒党を組んだり、少数の仲間で活動したりして、世界中を旅しながら怪物退治をしていたんですって』
狩人がどのようにして怪物を狩るのか──メアリーはその方法を丁寧に説明した。次いで、メアリー自身も狩人なのだ、と打ち明ける。
ベンジャミンは興味津々に聞いていた。
『さっきの口ぶりだと、今は旅をしている狩人はいないのかい?』
ベンジャミンにそう訊かれて、メアリーの表情がやや曇る。
『……ええ。今もう、旅をしている狩人は殆どいないわ。もしかしたら、どこかで身を潜めているのかも知れないけど……そんなのは本当に稀でしょうね』
『えっと……つまり……狩人達は皆、引退したって事なのか?』
『……そうとも言えるわね。私の父がそうだったから。……父は退治すべき怪物だった母に恋をして、狩人を引退したのよ』
(怪物と、怪物を狩る人間が結婚? そうとも言えるとはどういう意味だ?)
どのような経緯で結婚に至ったのだろうか、と疑問が湧く。
また、大勢の狩人が引退した理由も気になった。まさか、メアリーの父親同様に、全員が怪物と恋に落ちたわけではあるまい。
『是非とも聞きたいな、君のご両親の馴れ初め話を』
『本当に? 一晩かけても話きれないわよ』
『それは困るな。出来るだけ手短に頼むよ』
それを聞いて、メアリーはクスリと笑った。
『いいわ。でも、先にベンの事を教えて』
『俺の事? 俺の、女性の好みを聞きたい?』
少し戯けて言うと、メアリーはまたクスクスと笑った。
『そうね。ベンの好みは後で聞かせてもらうわ。でも、それより貴方の記憶について聞きたいの』
ベンジャミンは首を傾げた。
『私の友人に、人間の記憶を覗く力がある怪物がいるの。さっき言ったミカの事よ。それで……ベンが寝込んでいる間に、ミカがベンの記憶を覗いたのよ』
『なんだって!?』
途端にベンジャミンは顔をしかめた。承諾もなく頭の中を調べられたと言う事に、強い不快感を覚える。
もしかしたら、起きて直ぐに感じた頭痛は記憶を覗かれた後遺症では、と不安になった。
『さっき言ってた……記憶に矛盾があるって……俺の記憶を勝手に見たって意味だったのか?』
ベンジャミンは憤りを抑え、出来るだけ冷静に尋ねた。
『承諾も無しに記憶を覗かれて、すごく気分が悪いわよね。その点はごめんなさい。でも、どうか分かってね。ミカは……いえ私達は、貴方が何者なのか慎重に確かめる必要があるの。私達の命に関わる事だから』
ベンジャミンはメアリーの真剣な眼差しを見て、心臓が小さく跳ね上がる。
この愛らしい少女から怪物や狩人について説明を聞き、こちらも極力穏やかに会話をしていたつもりだったが、これは最初から己に対する取り調べだったのだと悟った。
おそらく、説明を受けている間の反応も、細かに観察されていたのだろう。
『俺の記憶の……一体何が矛盾していると言うんだ? もしかして……記憶喪失の件を言っているのか? 記憶が無い事が矛盾だと言うのか?』
これが取り調べであるならば、詰まる所、何かを疑われているのだ。返答次第で、己の身が危うくなる。慎重に言葉を選び、極力悪い印象を与えないように心掛けなくてはならない。
『記憶が無い原因は分からないけど、記憶が無い事自体は大した問題じゃないわ。世の中、記憶が欠落してる人なんて大勢いるもの。私も……つい最近まで、そうだったし』
メアリーの意外な言葉に、ベンジャミンは『えっ?』と声を出す。だが、その詳細を尋ねるよりも先にメアリーが口を開いた。
『問題は欠落ではなくて、貴方の過去あるの』
『それじゃ……見たのか? 俺が失ってしまった記憶を……?』
メアリーが頷くのを見て、ベンジャミンは顔色を変えた。
『だったら教えてくれ、どんな記憶だった!? 一体俺はどこの誰で、本当の名前なんと言うんだ!? 家族はいるのか!?』
ベンジャミンは声を荒げる。意外な形で身元の手掛かりが見つかり、うっかり冷静さを失っていた。
『知りたい?』とメアリーに訊かれて『当然だ』と即答する。
『いいわ……じゃあミカに頼んで、貴方が失った記憶を甦らせてあげる。……但し、条件があるの』
『なんだ?』
『貴方が私達の敵ではないと言う保証が欲しいの。……いえ、正確には保険を掛けたいのよ。貴方が私達の敵になった場合を想定してね』
突然、メアリーは酷く冷淡な顔をして、感情無い口調で言った。
『言ってる意味がよく分からないんだが……』
ベンジャミンは態度を豹変させたメアリーに困惑した。
メアリーはスカートのポケットから、手の平程の透明な立方体を取り出して、ベンジャミンに差し出した。
『ベンジャミン、約束して欲しいの。私達を決して裏切らず、私達に危害を加えないと約束して。約束してくれるなら、貴方の記憶を復活させてあげるし、私達も貴方に対して、決して危害を加えたりしないと約束するわ』
ベンジャミンは訝しげに見て『それは何だ?』と尋ねる。
『これは貴方と私達の約束を、確かなものにする魔法の箱よ』
『……もしも、約束出来ないと言ったら?』
『それを選択するのは自由よ。その代わり、貴方は記憶を失ったままだけどね』
ベンジャミンは少し考えてから重い口調で『時間をくれないか』と頼んだ。
『……慎重なのね。いいわよ。じっくり考えてみて』
言ってメアリーは立方体をポケットに入れ、徐に立ち上がる。部屋を出て行こうと扉に手をかけた。無理にベンジャミンを説き伏せる気は無いようだ。
『メアリー』とベンジャミンは呼び止める。
『何かしら?』
『ありがとう……傷の手当てをしてくれて』
それは嘘偽りの無い、心からの感謝だった。メアリーは一瞬目を丸くしてから破顔する。
『どういたしまして。痛み止めが効いている間に、ゆっくり休んで……おやすみ、ベン』
メアリーは扉を開け、部屋を出た。暫く廊下を歩き、曲がり角の直前で足を止める。軽く息を吸って、緊張が解けたように息を吐いた。
『……彼、考える時間が欲しいって言ってたわ』
メアリーがそう言うと、曲がり角からミカが現れた。
『ねぇ……ミカ。私には、彼が敵だとは思えないわ。契約まで交わす必要が本当にあるのかしら?』
『用心に越した事は無いよ。特に今はね。それから、余計な事を喋らないように気をつけて』
『ええ勿論、分かっているわよ』
『分かっているなら……何故チェスターにあんな頼み事をしたんだ?』
ミカは棘のある口調で言うと、メアリーの二の腕を掴み、彼女を鋭く睨み付ける。
『その件は謝ったじゃない。もう済んだ事でしょ。これ以上私を責めないでよ』
メアリーはそう言って、掴まれた腕を振りほどき、足早に去って行った。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
Enjoy the rest of your day.