【閑話】バディの独白と罪の告白
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【登場人物】
【ミカ】
人間の記憶を操る力を持つ怪物。
エミリーの護衛を勤め、メアリーとエミリーの姉妹と同居していたが、姉妹の父親が家族の仇だと知り、殺害してしまう。
その後、裁判にかけられるも、親友の助けによって死刑を免れる。
1975年現在は、姉妹が不幸になる様を傍観している。
【ジェームズ(ジミー)】
ミカの生き別れの息子。
ミカの双子の弟(叔父)に育てられていたが、旅の途中で狩人に殺害された。
【バディ・ウォーカー】
怪物の天敵である狩人であり、メアリーとエミリーの実父。
家族と旅をしながら怪物退治を生業としていたが、ジェシカと出会ったのを機に引退して、怪物側に寝返った。
【ジェシカ・ウォーカー】
バディの妻。
バディと結ばれる為に怪物から人間に転身した。
【バディの独白】
もし過去をやり直せるとしたら、俺は家族を捨てて何処か遠くに旅立ちたい。
当時、俺の家族は──俺と親父と叔父の3人。母親は俺が幼い頃に亡くなっている。
父親は俺にとって世界であり神だった。親父が黒だと言えば白でも黒で、白だと言えば黒でも白になる。親父に認めてもらう事が喜びであり、生きる原動力だった。
──だから……
親父から、怪物は悪だと教えられたら、その通り信じたし、怪物を殺せと言われたら、迷いなく殺した。
母親の死についても『怪物に殺された』と親父から聞かされ、その話を信じて疑わなかった。
──当時の俺は、親父が言う事は全て正しいと思い込んでいた。
俺達家族は定住する事なく旅を続け、世に害を為す怪物を見つけては、問答無用で駆除した。
狩人である俺の血には、特別な力が宿っていて、どんな怪物も弱体化する事が出来た。俺の血を摂取した怪物は力を奪われ、ただの獣と化す。人型の怪物であれば、無力な人間になる。
不死身の怪物でさえ、俺の血によって、その不死身の力を失うのだ。
但し、これは一時的なもので、暫くすると力を取り戻し元の怪物に戻ってしまう。だから、そうなる前に駆除しなくてはならない。
俺達は旅先で疑わしい人物を見つける度に、機会を窺い、飲食物に血を混ぜて摂取させた。
人間が狩人の血を口にした場合、なんの変化も起きないが、怪物であれば血を口にした瞬間、踠き苦しみだす。
それで怪物であるかどうか判別すると同時に、対象の弱体化を図るのだ。
だが1点、注意しなければならない事があった。人狼だけは狩人の血を飲んでも苦しまない。何故なのか原因は分からないが、人狼だけは、弱体化出来ても、飲んだ時の反応で判別する事が難しい。
人間に紛れ込む事に特化した怪物、それが人狼だ。見つける事は至難である。
怪物駆除の旅は危険だが、充実した人生だと信じていた。
今思えば、ある種の信仰だったと思う。
その信仰が揺らいだのは、東海岸に位置する港湾都市に滞在していた、ある日の事──
俺は、些細な行き違いで家族とはぐれ、仕方無く滞在していた宿に戻ろうとした。だが、土地勘がなかった為、うっかり道に迷ってしまった。
見覚えのある建物を探して、暫く歩いていると──突然、後ろから『おとうさん』と呼ばれて振り返った。視線を下げると幼い少年がいた。年齢は5歳前後、茶色い髪に鮮やかな翠色の目をした愛らしい顔立ちの少年だった。
俺は『誰だ?』と言って怪訝な顔をする。
少年は俺の顔を見て、一気に青ざめる。どうやら親と見間違えて、俺を追って来たらしい。
少年は自分が迷子だと自覚して、今度は顔を赤らめ泣くのを必死に堪えだす。
その様子があまりにもいじらしくて、俺は思わず助けてやりたくなる。
『おいボウズ、迷子か?』
少年は一瞬たじろいで、涙を浮かべながら、コクンと頷く。握った両の拳が、僅かに震えている。怯えているようだ。
俺はそれを見て、ますます同情した。
『どっちから来た? パパとママとはぐれたのか?』
『どっちからきたのか、わからない……おかあさんはいない……おとうさんとはぐれた……』
俺が『そうか』と言った途端、少年の腹が盛大に鳴った。
『なんだボウズ、腹ペコか?』
そう言って、からかうように笑ったら、俺の腹もつられて大きく鳴った。少年は目を丸くする。
俺は少し恥ずかしくなって『実は俺も昼飯まだなんだ』と苦笑した。
その時、風に乗ってソーセージの匂いが漂って来た。匂いを辿って目を向けると、少し離れた路地にホットドッグの屋台があった。
俺と少年は屋台を凝視した。口の中に唾液が溜まり、2人揃ってゴクリと飲み込む。
『……一緒に食うか?』
俺は屋台を指差して尋ねる。
『いいの!?』
少年の目が輝く。
『ああ。食ったら、一緒にお前のおとうさんを探しに行こうぜ。どうせ、そう遠くには行ってないだろ』
『ありがとう!』
『俺はバディ。お前は?』
『ジェームズ。おとうさんからジミーって呼ばれてる』
少年は満面の笑みを浮かべた。
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【1966年】
『……あの子は、俺とあんたを見間違えて……それで俺のあとを追って来た。俺はただの迷子だと思って……一緒にあんたを探しに行ったんだ』
白金髪の男──バディ・ウォーカーは、大粒の涙を溢しながら、震える声でそう話す。
バディの眼前には、同じく白金髪の青年ミカがいた。
ミカは目を見開き、愕然とした面持ちでバディの話を聞いていた。
リビングには2人の他にもう1人、バディの妻ジェシカがいた。彼女もミカ同様、愕然と涙を流していた。
バディの話は更に続く。
『……お互い、馴染みのない土地で家族とはぐれて、正直心細かったんだ。……あの子はとても純心で……喋る言葉や仕草が可愛くて……俺は、まるで小さな弟が出来たような気がして……助けてやりたかった……なのに』
嗚咽が込み上げて、それ以上話す事が叶わない。
代わりにミカが口を開く。
『殺したのか……君が……僕の息子を……ジェームズを殺した狩人だったのか?』
ミカは信じられないと言う風に言った。
『……バディ……何があったの?』
ジェシカが泣きながら弱々しい声で尋ねた。
バディは呼吸を整えてから口を開いた。
『あの子と一緒にいるところに……親父と叔父が、俺を探してやって来たんだ。親父はあの子を……ジミーを見るなり訝しんで……怪物かも知れない、と言った。ついさっき、偶然見掛けた怪物に顔立ちがよく似ている……そいつがジミーの親だろうって。俺は必死に否定して、ジミーは怪物じゃないと証明したくて……それで……無理矢理ジミーに血を飲ませた』
それを聞いて、ミカは両手で目を覆った。
幼い息子ジェームズは、父親──ミカの弟と見間違えてバディについて行った挙げ句、怪物だと疑われ、狩人の血を飲まされた。
──狩人の血を飲まされて、さぞ苦しかったに違いない。
その様子を目の当たりにした狩人達はジェームズが怪物だと確信して──殺した。
『……ジミーは……ずっとあんたの事を呼んでいたよ。おとうさん、たすけて──たすけて──と……何度も繰り返してた…………俺に首を折られるまで』
『……どうして……ジェームズを殺したんだ?』
『……あの子が怪物で……ただ、そこにいたから……』
『……そんな理由で?』
ミカは現実が受け止められず、固まっていた。
『ああぁ! バディ、なんて事を!』
ジェシカがバディに掴み掛かろうとする。だが、彼女の指が彼の服に届くよりも先に、ミカがバディの首を掴んで持ち上げた。
ミカの背に、純白の翼が現れて一瞬光る。翼は直ぐに形が崩れて宙に消え、ミカはバディの首から手を離し、その場に座り込む。
ジェシカは夫であるバディには目もくれず、ミカに駆け寄った。
バディは床に倒れて激しく咳き込み、顔を真っ赤にして歪めた。
暫くの間、リビングにバディの咳が響き、ミカは茫然自失の状態だった。
『ケホッ……ケホッ……俺を……殺さないのか?』
バディが尋ねるも、ミカは答えない。
『……殺せよ』
バディが苛立った調子で言ったが、ミカは依然として黙っていた。
ミカはバディと一切目を合わさず、体を縮めて頭を抱え──そして声を殺して泣きだした。
『何をしている、ほら、殺せ!! 俺はジミーの仇だぞ!! 憎くないのか!? この腑抜け野郎!!』
バディはミカの胸ぐらを掴み、彼を強引に立たせる。
『やめて、バディ!!』
思わずジェシカが止めに入る。
『黙ってないで何か言えよ!! 俺を責めろよ!! どうして俺を殺さないんだ!! 殺れ!! 今すぐ俺を殺せ!! どうした、ほらっ殺れよ!!』
バディはミカの胸ぐらを掴んだまま、彼を壁に押しやる。だがミカは一切抵抗せず、唯々静かに泣いていた。
その内、バディの表情が、怒りから悲しみに変わり、手から力が抜ける。
『どうして……どうして殺してくれないんだ……』
また嗚咽が込み上げて、バディはその場に崩れるように膝をつき、床に突っ伏して泣いた。
『ミカ……』
ジェシカはミカに声をかけて手を伸ばすが、ミカは無言で居間から出て行く。数秒の間を置いて、玄関の開閉音が大きく響いた。