【閑話】メアリーの独白と9年前の夜
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【登場人物】
メアリー(姉)
狩人と呼ばれ、怪物を無力化する血を持つ少女。
8歳の頃、ミカに父親を殺害された。
高校卒業と同時に、怪物達の家畜にされようとしている。
エミリー(妹)
姉と同じく、狩人の少女。
姉の高校卒業と同時に、怪物達に殺されようとしている。
ミカ
人間の記憶を操る力を持つ怪物。
エミリーの護衛を勤め、メアリーとエミリーの姉妹と同居していたが、姉妹の父親が家族の仇だと知り、殺害に至る。
その後、裁判にかけられるも、親友の助けによって死刑を免れた。
1975年現在は、姉妹が不幸になる様を傍観している。
【メアリーの独白】
もし過去をやり直せるとしたら、私は9年前の──バレエの発表会の前日からやり直したい。
当時、私はミカに褒められたくて、エミリーよりも上手だと言って欲しくて、必死に練習を重ねていた。
『2人とも上手だよ』
ミカはいつもそう言って、私と妹を一括りに褒める。私はそれが嫌だった。私を一番に褒めて欲しいのに、私だけを特別に褒めて欲しいのに……
ミカの関心は、いつもエミリーに向いていた。当然だ。だってミカはエミリーの護衛を担当していたのだから。でも、当時の私にはそれがどういう意味なのか、理解出来ていなかった。
発表会の前日──
部屋でエミリーといる時に、どちらが上手く踊れるか、と言う話になり、私は自信満々にこう言った。
『絶対、私の方が上手よ。だってエミリーは練習をサボったり、ふざけてばっかりいて、ちっとも真面目にしてないんだもん。ミカだって、明日はきっとエミリーより私の方が上手だと言ってくれる筈よ』
エミリーはムッと拗ねた顔をして、直ぐ様反論する。
『そんな事ないわ。ミカは私の護衛だもん。私を優先して褒めるのは当然でしょ? だって私はミカのお姫様なのよ』
エミリーが得意気に宣うので、私は火が着いたように言い返す。
たちまち大喧嘩に発展して、暫く言い合った後──とうとう私は爆発した。
『エミリーなんか大嫌い!! もう、あんたなんて妹じゃないわ!! ううん。きっと私達、本当の姉妹じゃないのよ!! だってエミリーって、すっごく意地悪だもん。それに髪だって、赤毛なのはエミリーだけだもん!! まるで人参で染めたみたい!!』
そう罵ると、エミリーは人参よりも顔を真っ赤に染めて、私を突き飛ばした。
──途端に鋭い痛みが走り、私は咄嗟に脛を押さえて泣き叫んだ。痛みと恐怖で目を固く閉じる。怪我の具合を確認する事すら出来ず、脛を両手で押さえながら、その場に踞った。
後から聞いた話では、突き飛ばされて転んだ拍子に、近くにあった物で脛を切ったらしい。何で切ったのかまでは分からないが、その時は切ったと言うよりも、固く尖った物で脛をなぞられた感覚に近く、痛みはその直後にやって来た。
『エミリー!?』
ミカがエミリーの名前を呼びながら部屋に駆けつける。
私は怪我をさせられた事が悔しくて、ミカが真っ先にエミリーの名前を呼んだのが悲しくて、更に大声で泣き叫んだ。
結局、怪我は4針縫う程度で済んだが、私は深く絶望していた。
『傷が開くといけないから、安静にしなきゃ駄目よ。残念だけど発表会には出れないわね』
ママにそう言われて、私はまた大泣きした。悲しみが怒りに変わり、我慢ならず怪我をさせた張本人にぶつける。
『全部、エミリーのせいよ!! エミリーなんて生まれて来なければ良かったのに!!』
怒りに任せて、そう言った。恐らく両親は『そんな事を言っては駄目』と諭してくるに違いないと予想したが──意外な事に、両親は何も言ってこなかった。
それどころか、いくらエミリーが謝罪しても、両親は頑として許さなかった。
ママはエミリーを平手打ちして、ミカにずっと宥められていた。そして終には泣きながら『メアリーが出れないなら発表会には行かない』と言い出した。
私は両親の怒りに便乗して、暫くの間ミカを私の世話係につけるよう、駄々をこねた。
今、思うと……本当に意地悪な仕打ちをしたと思う。
エミリーは私に怪我をさした手前、嫌だと言えず承諾して、別の護衛に付き添われて発表会に行く事に決まった。
一方、私は両親を完全な味方つけた上に、ミカを独占する事が叶って、始終ご機嫌だった。
でも──これが間違いだった、と後で気づく。
当時、私の家にはミカを含めて3人の護衛がいた。3人はそれぞれ私とパパとエミリーの護衛を担っていたが、必ずしも3人が家に揃っているわけではなかった。
ミカも食事の為に外出する事が度々あったし、他の護衛達もミカ程ではなかったが、所用で外出する事があった。
と言うのも、家の周辺には守護の呪いが施されており、家自体が防壁に囲まれているような状態で、外部からの侵入が困難だったのだ。
その為、護衛も名前の印象程、堅苦しい役目ではなく、言わば同居人のような感覚だった。
けれど──これらの認識も、後に全て間違いだと分かる。
発表会当日──
私はミカを独占して、朝からずっと機嫌が良かった。エミリーは護衛に付き添われて、昼過ぎに出発した。家には私と両親の3人と、そしてミカを含めた護衛が2人いた。
不思議と、エミリーがいない事に違和感がなく。寂しいと言う感情も起きなかった。
寧ろ、エミリーがいない方が本来あるべき家族のような気がした。
(──あれ?)
突如として違和感に襲われて、不安に駆られる。
(エミリーは……いつから家にいた?)
懸命に思い出そうとするが、6歳より前の記憶に【妹】がいない。
それに気づいた時、ふと──ダイニングテーブルが目に留まる。白いテーブルクロスが掛けられていて、中央に置かれた花瓶に花が飾られていた。
私は恐る恐るテーブルクロスに手を伸ばす。クロスの端を掴み、捲ろうとして、ミカに止められた。
『駄目だよ。花瓶が倒れてしまう』
『テーブルクロスの下が見たいの。お願い、見せて』
ミカが真顔で『どうして?』と尋ねる。
『だって……そこに……』
そこに、何かが隠されている気がしていた。そう言おうとして、今度は壁が気になった。つい最近、塗り替えられたばかりの壁。よく見れば、傷やへこみを修繕した痕がある。
(違う……テーブルだけじゃないわ……)
新しく塗り替えられた壁や、1脚だけ真新しい椅子。数が不自然に欠けた食器、カップがあるのにソーサーがない。
(ああ……そうだ。これは全部……壊されたんだ)
突然、記憶が鮮明に甦る。傷だらけのテーブルに、汚れた壁、壊れた椅子と割れた食器。誰かが怒鳴って暴れている光景が脳裏に浮かぶ。隠蔽された暴力の痕跡を思い出し、私は堪らず泣き出した。
『ミカ……これは……何? どうして……? 誰が?』
ミカは跪き、私を抱き締める。
『大丈夫だよ、落ち着いて……直ぐに、また忘れさせるからね』
(また? またって、どういう事?)
私が疑問に思った、その瞬間──意識が途切れた。
次に気がついた時には、私はベッドで寝ていた。薄暗い部屋を見渡すと、向かいのベッドにエミリーがこちらに背を向けて寝ている。
(もう夜なの? じゃあ、発表会はもう終わったのね。……私、そんなに長い時間寝ていたの……)
ベッドから降りると、脛に一瞬痛みが走り、思わず手で押さえた。ガーゼと包帯で手当てされた脛を見て、怪我をしていた事を思い出す。
(あ……そうだ。確か昨日……1人で遊んでる時に怪我をしたんだっけ……私は発表会に出れなくて……パパとお留守番してたんだわ……)
それらの事を思い出してから、私はエミリーに近づいた。
その時──エミリーが寝返りを打って、こちらに顔を向けた。
(あれ?)
また奇妙な感覚が押し寄せる。
(私の妹は……こんな顔だったかしら?)
拭いきれない違和感が、何度も何度も湧き上がる。言い様のない不安が押し寄せて、胸がざわつく。
(私に妹は……いた?)
エミリーの寝顔を覗き込んでいると、部屋の外から物音が僅かに聞こえた。多分、両親かミカ達だろう。
私は気になって扉を開けた。1階の居間から複数の声が聞こえてくる。
足音を出さぬように素足でカーペットを歩き、慎重に進んで階段の手前に辿り着く。そして息を殺して耳をすませた。
『──と見間違え……』
『──……』
『──それだけで……そんな理由で……』
『──なんて事を……』
『──……』
『──この腑抜け野郎……』
『──やめて……』
『──黙ってないで何か言えよ……』
『──……』
声の調子と、断片的に聞き取れた会話の内容から察するに、言い争っているようだった。
(……パパとママが喧嘩してる?)
やがて──男女の嗚咽が聞こえ、次いで玄関扉の開閉音が響き、衝撃が壁と床に伝わって来る。誰かが急ぎ外に出たようだ。
気になって、更に階段の下を覗き込むと、丁度ママが2階に駆けて上がるのが見えた。
私は慌てて顔を引っ込めて、階段近くの曲がり角の陰に隠れる。ママは2階に上がると一目散に寝室へ行った。その直ぐに後を、白金髪の男が追う。後ろ姿しか見えなかったから、彼がミカなのかパパなのか判別出来なかった。
(あれは……ミカ?)
少しして、寝室から男女の怒声が聞こえて来る。だが、酷く興奮した調子で何を言ってるのか聞き取れない。
私は段々怖くなり、部屋に戻ろうと踵を返し、もと来た方を振り向く。と同時に驚きのあまり『ヒッ』と声にならない悲鳴をあげた。
見れば、直ぐ後ろにエミリーが立っていた。どうやら騒ぎに気づいて起きて来たらしい。
『メアリー……またパパとママが喧嘩してるの?』
エミリーは不安気に尋ねる。
『また……?』
私はエミリーの言い回しに違和感を覚えた。
『あれ? なんで私……いつもパパとママが喧嘩してるように言ったのかな?』
エミリー本人も、自身が言った言葉に戸惑っている様子だった。
(それじゃまるで、両親の仲が悪いような言い方じゃない……そんな筈ないのに……でも……)
ならば、今の聞こえて来る怒声はなんだろうか?
違和感がどんどん膨らんでいく。
激昂した声が更に大きくなり、激しい物音が寝室から響き渡る。そして遂に悲鳴が上がった。
私達は身を竦めて耳を塞いだ。
(あ……今、ママが打たれてるんだ……)
そう理解して──さっきママを追いかけて行ったのが、ミカではなくパパだと判った。
怒声と物音は一向に止む気配がなく、護衛の誰かが止めに来る気配もない。
辛抱堪らず、私は駆け出した。エミリーもつられて走り出す。
私達は廊下の奥──半開きになっている扉に勢い良く飛び込み『やめて』と叫んだ。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
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