第157話【現今】理子の努力と恋する馬鹿
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【前回のお話(第156話)↓】
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【前回のあらすじ】
理子は柏木に対し「ハインツから怨まれた原因に、心当たりがあるのでは?」と指摘するが、思わず感情的になり、リーに「落ち着くように」と止められた。
理子は一度離席して、冷静さを取り戻すが、そこへ柏木が現れ……
【登場人物】
鈴木理子
不死の怪物を狩る力を持つ少女。
死者からのメッセージを夢で見る事が出来る他、鋭い勘を持ち合わせている。
その出生は謎に包まれており、柏木が現在調査中。
育ての母である井上理子が事故で亡くなり、その騒動から逃れる際、鈴木理子に改名した。
柏木渚(ミカ)
不老不死の怪物であり、理子の恋人。
表の立場は、理子が通う高校の非常勤講師。
リー・ガーフィールド
柏木の友人で、彼と同じく怪物。
柏木に理子の護衛を頼まれている。
ハインリヒ(ハインツ)
柏木の前妻マグダレーナの弟で、柏木を怨んでいる。
目標に到達する為の道筋が分かる能力を持つ。
理子を陥れようとして、管理人に処分された。
【現今】
愛があれば、全てを理解し合えるなんて幻想だ。
理解し合えたら──相手の苦悩を受け入れられたら、全て解決するなど、と──そんな都合の良い事はありはしない。
理子が柏木の苦悩を受け入れる事と、柏木が苦悩している事は全く別問題である。
(理子に話すのが嫌なんじゃない。認めたくないんだ。それを話す事は、自分で認めた事になるから……)
柏木の中に、他者に踏み込んで欲しくない領域があった。そこに侵入される事は精神を犯される事に等しく、自身のアイデンティティを揺るがす事にも繋がる。
本音を言えば、そこに踏み入ろうとする理子を疎ましく感じていた。いっその事、別れてしまいたい、とさえ思った。
以前、理子に対して、別れたくないと言ったのは、嘘偽りの無い本心だ。但し、それは自己の領域を犯されない事が前提である。
理子が柏木の粗を探して、責め立てるだけなら、まだ良い。
だが、ハインツに対する負い目は、自己の領域と深く関わっている。そこを深掘りされる事は我慢ならない。
理子は特別に勘が鋭い。下手に嘘で塗り固めるのは反って墓穴を掘ると考えて、嘘と本音と事実を混ぜて話した。
柏木がジェームズの死について、ハインツから責められたのは事実だ。
だから、マグダレーナの件も含め、家族を死なせた事を怨まれてると考えたのも事実である。
更に、そうではないと思い始めたのも事実であり、柏木自身、何で怨まれてるのか分からないのも半分は本音だ。
だがしかし、──心当たりがあるのも事実だった。
(でも……それは絶対にあり得ない……)
ある筈がない、と──信じていた。否、信じたかった。
(そうでなければハインツは……)
正直な気持ちを言えば、その件について今更蒸し返して欲しくはなかった。家族はハインツも含めて全員死んだのだ──今更だ。
仮に、あり得ない事があったとして、今更何になるのだろうか。家族が生き返る訳でも無し、ただ、過去の辛さが増幅するだけに思える。
ハインツが理子に対して何か仕掛けているとしても、ハインツ本人は既に死んでいる。問題は理子の身の安全であり、過去にハインツと何があったのかは、さして重要ではない筈だ、と思う。
(だけど、重要ではないと思っているのは自分だけなんやろな……)
理子は真実を知りたがっている。理子自身の安全が脅かされているのだから、その発端を知りたがるのは当然だろう。恋人が隠し事をしているのであれば、尚更だと言う事も、理屈では理解出来る。
(それでも……理子には言いたくない……絶対に)
柏木は、随分と厄介な者を好きになってしまった、と苦々しい気持ちでいた。
どうやら理子は、前に話した内容だけではなく、微妙な言い回しも鮮明に記憶しているらしい。それで粗を見つけられた。素直に聞いた内容だけを信じて欲しかったが、理子には通じそうにない。
(だったら……理子の記憶を操作して──)
ふと、そんな事を思ったが──直ぐ様、誰かの言葉が頭を過る。
【私の心も、私の人生も、私だけのものよ。私が自分で判断して選ぶ事に意味があるの】
理子の記憶を操作する事は、選ぶ権利の略奪に他ならない。勤務先の高校で、生徒達の記憶を操作した事もあったが、それらとは意味合いが全く違う。
柏木は、権利を奪う事に躊躇いを感じていた。
柏木はリビングからキッチンに移動して、調理台の上の包丁スタンドに目をやる。スタンドには包丁が3本収納されていた。
(……奏)
いずれ、奏の存在も理子に明かさねばならない。本当ならば、今日にも紹介する筈だった。奏があんな事をしなければ……
『おい』
不意にリーが声をかけてきた。
『理子に話せないなら、その事を正直に言えよ。無駄に悩むだけ馬鹿だぜ』
『分かってる』
『なら、行け。お前が理子と別れても、彼女の護衛は引き受けてやるから、さっさとフラれてこい』
リーに促され、柏木はキッチンを出た。理子がいそうな部屋を探し、外庭に面した廊下に彼女を見つける。西陽に照らされた少女は思い詰めた顔をしていた。こちらには気づいていない。
「りっちゃん」
呼ばれて理子は振り向いた。
互いに、何と切り出せば良いのか一瞬迷う。
先に口を開いたのは理子だった。
「ハッキリさせておきたいの。簡潔に答えて欲しい」
「……分かった。いいよ」
柏木は腹を括る。リーの言う通り正直に話すしかない。この少女には誤魔化しは通用しないと観念した。
「前妻さんの死にハインツは関与してると思う?」
「いや。それは絶対にないよ」
柏木はキッパリ断言する。
「じゃあ、弟さんや息子さんの死については? 一度も疑わなかったの?」
「……当時は疑わなかったよ。……今は……正直分からない。この件に関しては彼を疑いたくない、と言うのが本音だ」
「何故?」
「……黙秘はあり?」
一瞬、理子は顔をしかめたが、直ぐに溜め息を吐いて「いいよ。許す」と言った。
柏木は意外な返答に目を丸くする。
「……え? っえ? 今なんて?」
聞き間違いかと耳を疑う。
「だから、いいって。許すよ」
「……りっちゃん」
「何?」
「熱あるんとちゃう?」
柏木がそう言った途端、理子は思いっきり彼の脛を蹴った。
「痛い!」
「渚の馬鹿」
「酷い」
「本当の事でしょ。……で?」
「……で?」
「何で話せないの? 私が信用出来ないから? 私では、渚の力にはなれないから話せないの?」
理子は泣くのを堪えて尋ねる。声が僅かに震えていた。
途端に、柏木は心が痛む。
「違う……違うんだ。ごめん……理子のせいじゃない。話せないのは──……俺、個人の問題やねん」
──言った。
──言ってしまった。
──とうとう……
「その問題って何なの?」
そう訊かれて、柏木は黙り込む。
「私には話せないんだね?」
「……うん」
──お前には理解出来ない。
──理解など求めていない。
──どうか触れないで欲しい。
──古傷を抉らないでくれ。
──うん、の一言に、それらが要約されていた。
「……分かった。じゃあ、話さなくていいよ」
理子がそう言ったので、柏木は──
(今度こそ愛想を尽かされたな)
──と覚悟する。
だが──
「代わりに、さっきの続きを話してよ。ご家族を亡くされた後はどうしたの? どこに行って、何をしたの?」
意外な事に、理子はあっさり話題を切り替えて尋ねてきた。柏木は思わず唖然とする。
「え? ちょい待って」
「何?」
「何で怒らんの?」
柏木は困惑気味に尋ねた。
「……私が怒ったら、渚の問題が解決するの?」
「せんけど……」
「じゃあ、怒るだけ無駄じゃん」
「それでええの!?」
「いいわけないわよ!! でも、しょうがないじゃん。話せる余裕がないんでしょ? それとも無理に聞き出して欲しいの?」
柏木は、戸惑いながら首を横に振る。
「私だって……お母さんの事を渚に話せなかったもん。誰にだって、大なり小なり他人に触れられたくない事はあるよ。勿論、打ち明けて欲しいけどさ」
「何でそこまで俺に譲歩すんねん! 普通、嫌いになるやろ!? いい加減に愛想尽かせや!!」
「当然、渚なんか大嫌いよ! 前にも言ったでしょ? でも、嫌い以上に渚が大好きなの。渚を幸せにしたい。私も幸せになりたい。2人で幸せになりたい。だから努力するって決めたの。絶対に迷わない。渚が私に話せない事で悩んでるって、さっき分かった。それだけでも前進でしょ?」
「努力の果てが幸福とは限らんのやで。もっと他に……俺なんかやのぉて……マトモな男と、ときめくような恋がしたいとか思わんの?」
「男にときめくだけで成立するような、そんな恋愛は要らない!!」
「阿保やろ!」
「知らないの? 皆、恋をして馬鹿になるのよ。知能指数が下がるの。だから経験不足なんかで、変な男に引っ掛かるのよね」
言って理子は、柏木を睨む。
──ああ、もう本当に……
──この少女は、己の予想の斜め上をいく……
──敵わない。
柏木は軽く息を吐いた。
「……俺も」
「え?」
「俺も阿保なって、変な子に引っ掛かってもうた」
柏木は少し拗ねたように言って、理子を見下ろす。
思わず理子はカッとなり、瞬時に手を上げて柏木を叩こうとしたが、直ぐ様その勢いを弱め、手を伸ばして彼の襟元を掴む。
「自覚があるなら諦めて。全力で私を幸せにしなさい」
理子はそう言って背伸びをして、彼の顔を引き寄せる。
西陽に照らされ、2つの影が重なった。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
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