第156話【現今】理子の勘と柏木の負い目
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【前回のお話(第143話)↓】
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【前回のあらすじ】
週末、理子は柏木の家を訪れ、遂に柏木本人から過去の出来事を聞く事となるが、彼の話には嘘が紛れていて……
【登場人物】
鈴木理子
不死の怪物を狩る力を持つ少女。
死者からのメッセージを夢で見る事が出来る他、鋭い勘を持ち合わせている。
その出生は謎に包まれており、柏木が現在調査中。
育ての母である井上理子が事故で亡くなり、その騒動から逃れる際、鈴木理子に改名した。
柏木渚(ミカ)
不老不死の怪物であり、理子の恋人。
表の立場は、理子が通う高校の非常勤講師。
リー・ガーフィールド
柏木の友人で、彼と同じく怪物。
柏木に理子の護衛を頼まれている。
ハインリヒ(ハインツ)
柏木の前妻マグダレーナの弟で、柏木を怨んでいる。
目標に到達する為の道筋が分かる能力を持つ。
理子を陥れようとして、管理人に処分された。
【現今】
理子は、柏木の話を注意深く聞いていた。過去を打ち明ける柏木は、嘘を言っているようには見えなかったが、隠し事をしている気がしてならなかった。
多分、話していない事実があるのだろう。それは理子に知られたくないもので、知られる事を恐れているに違いない、と察した。
(私に知られると不味い過去があるのか……)
この嘘つきで臆病な男から、どこまで真実を引き出せるのか、どの時点で秘密を暴けるのか、彼の話を聞きつつ思案する。
柏木の話によれば、渡米した先で騒動となり、それが原因で現地の管理人に睨まれたらしい。
管理人とは、その地域の治安を維持する為に働く怪物の事だ。
柏木は管理人から厳しい取り調べを受け、その結果、出立が1日遅れてしまった。
──たった1日。
その1日の遅れが、柏木の運命を大きく変えた。
柏木の弟は、柏木の息子──甥を連れて旅をしていた。弟はどこかの町に滞在する事はあっても、定住する事は決してなかった。
まして、兄が追って来ているなど思ってもおらず、移動の速度や手段も不規則だった。急に思い立って、飛行機を利用する事もあれば、ヒッチハイクで乗せてくれた人間を傀儡にして、車で長距離移動する事もあった。
ハインツの能力は目標までの道筋が分かると言うもので、目標までの最短、最良の道筋を選択する事が出来た。
ならば、不規則な移動を追うよりも、先回りした方が良い──そう、柏木達は判断して、弟達が目指す先に向かっていた。
管理人からの取り調べは、その矢先の事だった。
出立が遅れると先回りが出来なくなる。遅れは何としても避けたかった。
弟と連絡を取れないかと考えた事もあったが、先の戦争において、柏木──もといミカは戦争犯罪人だ。
本来であれば、裁かれるべき立場にある。
戦時中、ミカは家族を逃す為、一時的に戦場を離脱したが、その間に戦況は一変してしまう。突如として陣営の守りが崩れ、劣勢へと追い込まれたのだ。
結局、戦争はマグダレーナ側の敗北で終わり、マグダレーナと仲間達は捕らえられた。そして一方的に裁かれた挙げ句、裏側に封印されてしまった。
捕縛を逃れたミカは、何度もマグダレーナの救出を試みたが、それも全て失敗に終わる。
ならばせめて──マグダレーナを追って裏側に身を落とし、彼女と最期を共にしようとしたが──それも、叶う事はなかった。
実際、叶わなかったものの、世間では【ミカ】と言う罪人は、裏側の崩壊と共に死んだと認識されていた。
だがそれでも、尚【ミカ】の生存を疑う怪物もいた。柏木の弟達も【ミカ】の身内と言うだけで、狙われる可能性もあった。
柏木は情報の漏洩を危惧して、あえて弟達に連絡をしなかったが──それが吉だったのか凶だったのか、今となっては分からない。
先回りの地点は、アメリカ東海岸に位置する港湾都市だった。
柏木は、人間の活力を糧とする夢魔であり、彼の双子の弟も当然、夢魔である。そして柏木の息子も、両親同様、人間を糧としていた。彼らが食事にありつくには、より多くの人間がいる大都市の方が何かと好都合だった。弟がこの街を目指した事は、理に適った選択だった。
──だがしかし、その街には怪物の天敵である狩人がいた……
「そんな事とは知らず……足止めを食らった俺は、ハインツに頼んだんや。先に弟達と合流して……その街で俺を待つように、と。……あとは以前話した通り、俺の到着を待っていた3人は、街に滞在していた狩人に見つかって……弟と息子は殺された」
理子は「あ……」と小さく声を出した。以前、柏木が言っていた──
【ある街で家族と落ち合う約束をしたんや。そこにハインツも一緒に合流する筈やった】
あれは──そう言う事情だったのか、と合点がいった。
(あ……でも……)
急に、腑に落ちない箇所が出る。晴れた筈の霧が一瞬で戻った。
(以前、聞いた説明では、渚が家族と待ち合わせたところにハインツが1人で合流するような言い回しだった……)
今し方、聞いた話との違いが気になる。1人足止めされ、ハインツに先回りを頼んだのと、各自が現地集合を約束していたのでは、色々事情が違ってくるのではないか?
(2人が殺されて……ハインツだけが生き残った……)
柏木の弟だけでなく、ハインツにとってもジェームズは甥にあたる。叔父として愛おしく思っていたのかも知れない。だからと言って、可愛い甥の死が柏木のせいだと怨むのは、あまりにも理不尽な気がした。
だが、理不尽な理由で他者を怨む事例など、人間の世界にも無数に存在する。取り分け、復讐に手段を選ばぬ者は、精神を病んでいる場合も少なくない。従って、ハインツの怨みに正当性があるとは限らないのだ。
理子は思考を巡らせて──柏木から聞いたハインツの台詞を思い出す。
柏木は【全部君のせいだよ】──そう、ハインツに責められたと言っていた。
(……でも、本当に?)
思えば、音楽準備室でこの話をした時も、柏木は明言を避けていた。理子にハインツから怨まれる原因に心当たりがないのか、と尋ねられて──明確にあるとも言わなかった。最終的には分からないと言っていた。
(あると言わなかったんじゃなくて……言えなかった?)
理子は思い立って、毅然とした声で「渚」と呼んだ。柏木は「何」と聞き返す。
「聞きたいのだけど……渚は……弟さんや息子さんが殺されたのは、偶然だと思う?」
訊かれた途端、柏木は口元を強張らせて、そっと奥歯を噛み締めた。
「渚は、家族が殺されたのは偶然だって強調するような言い方をしている。少なくとも、私にはそう見える。でも、ハインツは道が見えるんでしょ? わざと渚が足止めされる道を通る事も、狩人がいる街に誘導する事も出来たでしょ。その可能性を一度も考えなかったの?」
柏木は「それは」と言いかけるが、理子は彼の言葉を遮って「考えたよね!」と言い切った。
「憶測で断言しないでくれ。ハインツは叔父としてジェームズを愛していた。だから、ジェームズを死なせた僕が許せなかったんだ。ハインツがジェームズを死なせたなんて……彼がそんな事をする筈がない」
柏木は標準語で反論する。理子の指摘に感情が揺れていた。
「嘘……嘘つき。分かってるんだから。渚は感情的になると、いつも言葉づかいが変わるよね? 今も図星だから動揺してるんでしょ。何でハインツの関与を認めたくないの?」
「動機が無いからだ。それに、あの一件でハインツ自身深手を負っていた。そもそも、自分の甥を死なせて、彼に何の得がある?」
「得なら、あるじゃん! 渚の息子さんが死ねば、渚を苦しめる事が出来るでしょ!」
「ハインツが…………俺の事を怨むんは、俺が遅れたせいでジェームズを死なせたからや。それじゃ逆やろ」
「逆だったとしたら? もっと以前から、ハインツに憎まれていたとしたら? 渚だって、実際のところ、何故怨まれてるのか分からないって言ってたじゃない。家族との再会を餌に、渚を不幸に陥れたかったんじゃないの?」
柏木がまた反論しかけて、理子がそれを完全に遮って「渚!!」と呼ぶ。もう彼女は確信していた。
「本当は、ハインツから怨まれた原因に心当たりがあるんじゃないの?」
柏木は静かにハッとして、開いた口を真一文字にする。
「もしかして、その事で……ハインツに対して負い目があるの?」
柏木の顔からみるみる血の気が引いて行く。
「渚、答えてよ!!」
理子は立ち上がり、声を荒らげて柏木の名を呼んだ。
「理子」
リーに呼ばれて、途端に理子は冷静さを取り戻す。いつの間にか、言い負かす事に夢中になっていた。
「……少し休憩しよう。渚も帰ってから、ずっと喋りっぱなしやし」
言ってリーは柏木の肩に手を添えた。柏木は僅かに安堵する。
理子は渋々承諾して、リビングをあとにした。外庭に面した廊下に立ち、窓の外を眺める。日は傾き、雲の隙間から西陽が差していた。
今日は、バイトだと言って家を出た。時間には多少余裕があるが、門限までにこの話が終わるとは思えない。焦りと不安が募り、苛立ちを覚える。
(……渚をこんな風に責めたかった訳じゃない……ただ、話して欲しかっただけなのに……)
相手の発言を考察する事と、粗探しする事は全くの別物だ。前者が真実の解明であるのに対し、後者は攻撃材料の収集である。
先程、理子は柏木の粗を探した。あれは議論ではない。言を用いた攻撃である。攻撃の果てに得られるのは優越感であり、相手を打ち負かした達成感だ。
──だが、それでは理子が望む結果は得られない。
(……私が本当に望んでいるのは……絆だ)
柏木の中には、理子が踏み入る事が出来ない領域があった。固く閉ざされた扉の先──そこに踏み入る事が出来る絆が欲しかった。
(渚は一体、何を隠しているの?)
理子の目には、柏木はハインツに対して何か負い目を抱えているように見えた。だから、それを指摘した。それを受けた時の柏木の表情は、怒りではなく悲しみだった。
理子の指摘が間違いであれば、湧き上がる感情は怒りの筈だ。だが、違った。彼の顔に浮かんだのは悲しみだ。あれは──
(罪悪感?)
だとすれば、やはり心当たりがあるのだ。それを認められず、家族の死をハインツのせいだと言えずにいる、と推察した。
──柏木とハインツの間に、一体何があったのだろうか?
──それはマグダレーナにも関係しているのか?
──だとすれば、夫婦共々、ハインツから怨まれていたのではないか?
(もしかして……渚の前妻さんが亡くなったのも……ハインツに仕組まれていた?)
その可能性を考慮して、今すぐに死者の夢を見たいと思った。
理子はこれまで幾つかの夢を見てきた。祓い屋の青年、母親の理子、柏木の弟、そして柏木に殺された少女。
夢の中で祓い屋から励まされ、母親からはハインツの関与を示唆された。柏木の弟は、最初の名前を明かすように、と助言をくれた。死者の夢には何か意味がある。
(マグダレーナの夢が見たい……過去に何があったのか教えて欲しい)
断片的な情報でもいい。真実が知りたかった。柏木の心の中にある、不可侵領域を攻略したい。
そこがどんなに醜悪で恥部だとしても、全てを受け入れる覚悟でいた。
「りっちゃん」
──突然呼ばれて、理子は横を振り向く。そこに、柏木がいた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
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