【閑話】奏の思い出
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【登場人物】
奏
母親に虐待された挙げ句、悪質な風俗店に売られた少女。
風俗店から逃げ出した所を、偶然通りすがった柏木に拾われる。
以来、柏木の保護下で暮らす。
柏木渚
不老不死の怪物。
人間を操る力を持つ。
偶然出会った奏を保護する。
咲空と海斗を我が子のように大切にしている。
秋本美香
柏木の良き友人。
柏木と擬似的な婚姻関係を結んでいたが、現在は解消している。
秋本咲空
美香の娘。
柏木に恋していた過去があり、今も未練がある。
奏とは仲が悪いが、いつも気にかけている。
秋本海斗
美香の息子で、咲空の弟。
良くも悪くも自由奔放な青年。
柏木を父親のように慕っている。
リー・ガーフィールド
柏木の友人で、彼と同じく怪物。
奏の生い立ちに同情している。
【2010年12月29日午前1時】
嫌な夢を見た。小学生の頃の夢だ。夢の中の私は10歳で、冬休みの事だった。
朝、寒さで目が覚める。息が白い。部屋が異様に寒かった。
見れば、窓が開いていて、雪が窓際に積もっている。風が六畳の部屋に吹き込んで、壁掛てあるカレンダーを揺らしていた。
窓際の雪を払い退け、悴んだ手で窓を閉める。
暖かい服を求め、小さなの箪笥の引き出しに手を掛けて──違和感を覚えた。
──引き出しが軽い。嫌な予感がした。
開けると、引き出しの中は空だった。慌てて他の段も開ける。最初に開けた引き出し同様、衣類は全てなかった。
外でゴミ収集車のエンジン音がして、パジャマのまま全力でアパートを飛び出した。
──待って!!
そう叫んで、ブロック塀で囲われたゴミ集積所に駆け寄る。必死になって、積まれたゴミ袋の山を掻き分けた。年末最後の収集日だった為、いつもより積まれたゴミ量が多かった。
ゴミ収集車の作業員らは、突然現れた裸足にパジャマ姿の少女を見て目を丸くした。
──あ……あった。
私の私物──衣類や教科書、ランドセルの入ったゴミ袋を4つ見つけて運び出した。
作業員らが声をかけてきたが、それを無視して集積所を立ち去った。
ゴミ袋4つを抱え、アパートの部屋に戻る。ドアの鍵をかけて部屋の方を振り返った瞬間──怒声と共に殴られた。
確か──
「裸足で出やがって」とか
「親に恥をかかせた」とか
「肺炎になって死ね」とか
「学校に行かないなら出ていけ」
──と、か言われたと思う。
学校は冬休みだからないのに、と思いながら殴られた記憶がある。
そんな嫌な思い出を夢で見て、夜中に目が覚めた。
「……最悪」
私はそう一言呟いて、ベッドから降りる。喉の渇きを覚えて台所に向かう。何かないかと冷蔵庫を開けた。チューハイの缶が目に留まり、つい手を伸ばす。
「奏、寝れへんのか?」
背後から声がして、思わず缶を床に落とした。振り返ると、台所の入り口に誰かがいた。逞しい体つきをした口髭の老人。
「なんだ、ガーフィールドか……」
私がそう言うと、彼──リー・ガーフィールドは床に転がる缶に注目した。
「お前、未成年やろ」
「だって、寝れないし……」
リーは缶を拾って冷蔵庫に戻す。
「なんで寝れへんねん?」
「嫌な夢見るし……」
「どんな夢なん?」
訊かれて私は黙り込む。
「……まぁ、言わんでもええけどな。はよ寝ぇや。おやすみ」
「……いや、寝ない」
「……また悪夢に魘されるから、か?」
私はまた黙る。
ここ最近、毎晩、昔の夢を見ていた。学校でのいじめ、母親からの暴力、近所に住む小児性愛者から受けた虐待。どれも嫌な思い出ばかりだ。思い出したくないのに夢に出る。だから寝たくなかった。
「何、まだ起きてんの?」
と、若い女の声がする。また台所に誰かが来た。今度は数人。私より8歳上の咲空と6歳上の海斗、そして2人の母親である美香。
「なん? どないしたん、リー」
海斗が尋ねる。
「奏が寝れへんのやと」
「そーなん?」
「なんか嫌な夢でも見たん?」
咲空が尋ねる。
私は「だったら何?」と睨み返す。咲空はいつも上から目線で、正直好きじゃない。
「なんや、それやったら一緒に寝たらええやん?」
咲空の提案に、私は怪訝な顔をした。
「せやね、一緒に寝よか」
次いで美香もそう言うと、更に海斗までも「ほな、俺も」と名乗り出た。
「はぁ? なんで一緒に寝る寝なくちゃいけないの。馬鹿じゃない?」
私がそう言うと、咲空が偉そうに口を開く。
「なんでて……皆おる方が、怖い夢見て起きても、平気やろ? あんたが飛び起きたら、うちが抱き締めたるし!」
「ホント、マジで馬鹿じゃないの?」
苛ついて、かなり強調して言った。
「別にええやろ。ほら、寝る準備するで」
「リーも一緒に寝る?」
海斗に訊かれて、リーも「せやな」と言う。
私を除く4人は、さっさとリビングに布団を敷いて寝る準備に取り掛かる。私はそれを黙って眺めていた。
寝る位置は私を中心に挟んで両隣を咲空と海斗、咲空の横に美香、海斗の横にリーが寝た。
「「「おやすみ~」」」
親子3人、呑気な声で言った。
私は、端にいるリーをチラリと見た。彼と目が合う。
「安心して寝たらええ。皆おるし」
そう言われて、渋々横になる。
──ふと、リビングの入り口に目を向けた。白金髪の青年が立っている。
「なっちゃん!」と言って、咲空が飛び起きた。
「なっちゃんも一緒に寝ようや」
海斗に誘われて、青年がこちらに来る。
「なんで全員で雑魚寝なん?」
青年──柏木はそう尋ねた。
「奏が怖い夢見んねんて」
海斗はそう切り出して事情を説明する。
一通り聞き終えてから、柏木は私の側に来た。
「なんや。そんな事なら、はよ言えや」
柏木は私の額にそっと触れる。
「寝ろよ。今日は絶対に良い夢が見られるから」
柏木はそう言って、次に私の頭を撫でた。
「……マジ?」
訝しんで尋ねる。
「マジやで。俺を誰やと思ってんねん」
私は、柏木が夢を司る悪魔だった事を思い出す。額に触れた時、何か魔法を掛けたのだと思う。良い夢を見られるように、と。
「良い夢って……どんな夢?」
布団に潜りながら尋ねると、柏木は微笑んで答える。
「奏が望む夢やで」
それを聞いて私は目を閉じた。
結局、柏木は雑魚寝に参加せず、別室で寝た。
──その後に見た夢は、実に奇妙な内容だった。
夢の中で、私は7歳だった。
朝、目が覚めると、小学校高学年ぐらいの咲空と、中学年ぐらいの海斗がいた。
実際の年齢差とは合わないけど、そこは夢だから深く気にしなかった。
「おはよう。はよ起きや、ご飯出来てんで」
咲空にそう言われて、戸惑いながら箪笥を開ける。中には可愛らしいブランド物の服が入ってた。子供の頃、憧れていたヤツだ。
憧れていた服に袖を通し、ダイニングに行くと、テーブルに5人分の朝御飯が用意されていた。目玉焼きとハム、お味噌とご飯、納豆のパック、それから小鉢に盛られたほうれん草の副菜。
私と咲空は、花柄の可愛らしい茶碗で、海斗の茶碗は猫柄だった。
「ほな、食べようか」
美香がエプロン姿で声をかける。皆が席に座り、私の正面に柏木が座った。皆、一斉に「頂きます」と合掌する。
何だか、テレビドラマによくある家族の食卓みたいだった。
「変なの……家族みたい」
ポツリと呟く──すると、全員がポカンとして私を見た。
「なに言うてんねん。家族やんけ」
「熱あんのとちゃう?」
「まだ寝ぼけとんの?」
「ほら、はよ食べや」
口々に言われて、今度は私がポカンとした。
──これが良い夢?
──私が望んだ夢?
と、困惑する。
流されるままに食事を終え、ランドセルを背負って玄関に向かう。
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
柏木と美香に送り出されて、咲空達と一緒に外へ出る。柏木と美香は、いつか見たドラマの夫婦みたいに、笑顔で手を振っていた。
振り返って見上げると、住まいはアパートではなく、綺麗な一軒家だった。これもドラマで見た気がする。
「おはよう、奏」
聞き覚えのない少年の声がして、そちらを振り向く。
椿の垣根の横に、見知らぬ外国人の少年がいた。ランドセルを背負っているが……なんと言うか、とにかく似合わない。
「……誰?」
私が尋ねると、すかさず咲空が「なに言うてんねん」とツッコミを入れる。
「リーやんか。同級生やろ? 忘れたんか?」
言われて私は硬直し、少年を凝視する。それから、数秒の間を置いて吹き出した。
「あははははは、何それ!?」
少年のリーは困惑した表情で、大笑いする私を見つめた。
「何笑てんねん。ほら、行くで」
言って、少年のリーは手を差し出す。
私は破顔 して彼の手を取った。
「おぉい、奏、リー、遅刻すんでー」
先を歩いていた海斗が大声で私達を呼ぶ。咲空がそれに答えて手を振った。
──馬鹿みたい。これが私の望んだ夢?
奇妙だけれど、悪夢よりはマシだと思った。
【2010年12月29日午前7時】
朝、目が覚める。昨夜は奇妙な夢を見た。
周囲を見ると、私以外の布団がない。全員起きているようだ。
「おはよう、はよ起きや。ご飯出来てんで」
咲空の声がして、ダイニングに向かう。
テーブルに4人分の朝食が並んでいる。
パンとオムレツにソーセージ、それから具沢山の野菜スープ。
「奏おいで、ここ座り」
美香に促されて、私と美香、咲空と海斗の4人で食べ始める。
「柏木とガーフィールドは……」
2人の姿が見えない。朝食も彼らの分はなかった。
「2人で山に行く言うてたで。外で準備しとるわ」
それを聞いて、急いで外に出た。2人は丁度、庭先で車に荷物を積んでいる最中だった。
「私も行きたい」
2人と目が合い、開口一番、そう言った。
「は?」「え?」
「山、行くんでしょ?」
「せやけど……」
2人は顔を見合わせる。
「俺ら、今回、結構キツイとこ登んで。山で一泊するし、ぶっちゃけ素人には……否、人間には──」
柏木が反対するが、横にいたリーが「ええんとちゃう?」と言った。
「え!? ……ホンマに?」
「何とかなるやろ」
「……知らんで、俺」
柏木は不安そうだった。
「ほな、はよ飯食うて来い」
リーに言われて「うん」と頷く。
私は急いで朝食を平らげた。
美香に事情を話すと、快く登山用品を貸してくれた。登山靴だけはサイズが合わず、仕方なく咲空の物を借りた。
急遽、私が参加する事になって、出発が小一時間遅くなってしまったが、柏木とリーは嫌な顔をしなかった。
「まぁ……奏がやる気になったんやったら、それでえっか」
当初、反対していた柏木も、最後は諦めて賛成してくれた。
登山届けを提出して、3人で登り始める。
登りだして早々にバテた私に、リーが声をかけた。
「奏、大丈夫か?」
「うん……何とか」
「無理すんな。そこで、少し休もう」
「うん……」
「ほら、行くで」
言って、リーが手を差し出した。不意に、夢で見た少年を思い出す。急に涙が溢れそうになって、懸命に堪えた。
「奏?」
「なんでもない」
「……そっか」
それからリーは私の手を引いて、休めそうな場所まで誘導してくれた。
柏木は私の荷物を分散して、自分とリーの荷物に詰め直してくれた。
身軽になった私は、再び3人で山を登る。
途中、わざと登山道を外れ、険しい崖に出た。リーと柏木は身軽に跳躍して崖を登り、私はリーに抱えられて登った。確かに、人間にはキツイと納得する。
人間にはキツイけど、2人はかなり楽しそうだった。多分、普段人間のフリをして生きているからこそ、こうやって本来の力を発揮出来る事が嬉しいのだろう。
2人は、猪に遭遇しても臆する事なく撃退した。寧ろ、遭遇した事を無邪気に喜んでいた。
その様子は極普通の青年達に見える……
(……え? 青年!?)
いつの間にか、リーの見た目が若返っていて──私は酷く驚かされた。
「俺の種族は、肉体の年齢を自由に変えられるねん」
リーはそう言って、屈託の無い笑顔を浮かべた。
──その後、うっかり下山ルートを間違えて遭難した挙げ句、雪山で年を越す羽目になるが──今となっては良き思い出。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
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