第155話【1975年】◆純血の人狼と泣かない吸血鬼◆
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【前回のお話(第149話)ベンジャミン視点↓】
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【前回のお話(第154話)チェスター視点↓】
https://ncode.syosetu.com/n3439ge/167/
【前回のあらすじ】
リーは、突如現れたミゲルから自首の付き添いを頼まれ、警戒しつつも快諾した。
リーは一先ず、トムを自宅に呼び、居合わせたベンジャミンと共にミゲルを自宅に連れ帰る。
だが、ミゲルだと思っていた少年の正体は混血の人狼だった。
正体をあらわした人狼に襲撃され、トムは重傷を負い、リーとベンジャミンにも危険が迫る。
【登場人物】
リー
町一番の資産家であり慈善家の男性。
チェスターと親子のふりをして、彼を自宅に住まわせている。
アビーと言う妻がいる。
ベンジャミン
記憶喪失の青年。身元が分からず、路頭に迷うところをアビーに救われ、リーの家で雇われる。
チェスターと出会ってから、奇妙な夢や幻覚を見るようになる。
チェスター(愛称チェット)
人間から吸血鬼になった青年。
リーと親子のふりをして暮らしている。
混血の人狼
ミゲルに化けてリーとベンジャミンを襲い掛かってきた。
チェスターの死を望んでいる。
【1974年】
もし過去をやり直せるとしても、俺に家族を救う術はなかった。
家族が不幸に見舞われていた当時、俺はまだ本の子供だった。
例え、未来の記憶を保持したまま、産まれ落ちた日から、やり直す事が出来たとしても、全ての悲劇を回避する事は不可能だったと思う。
だから俺には一切の責任は無いし、負い目を感じる必要も無い筈だ……
……なのに、
『それでも、心に悔いが残る。何か出来れば良かったのにと思う。この気持ちは生涯消えねぇ』
彼は書斎の壁に凭れながら、俺の話をじっと聞いていた。
『今、何かしなければ、俺はまた後悔するだろう。そんなのは御免だ。俺はもう無力な餓鬼じゃねぇ。力だってある。だから協力させてくれ』
俺がそう言って椅子から立ち上がると、彼は険しい顔で口を開く。
『気持ちは嬉しいよ……でも、君にもしもの事があれば、亡くなった君のご両親が悲しむよ。僕も、君を危険な目にあわせたくない』
『俺の両親は、自由と権利を勝ち取る為に戦って死んだ。勿論、死んだのは悲しいけどよ、親父達は俺の誇りだ。俺も自分を誇れる行いをしてぇ』
『ならば、訊くけど……君は、僕の為に死ねるのかい?』
『俺は、あんたの為に死ぬんじゃねぇよ。自由と権利の為に戦いてぇんだ』
『その結果、死んだとしても?』
『死に場所はもう決めた』
俺がそう言うと、彼は目を丸くしてから少し笑った。
『君はお父さんによく似ているね。……君のお父さんも、生前同じ台詞を言っていたよ』
それを聞いて、心底嬉しかった。俺も、親父のように成りたかったから、親父と同じだと言われて、とても誇らしかったんだ。
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【1975年】
禍々しい鉤爪が振り下ろされた瞬間──様々な事が頭を過った。
(ここで反撃しなければ、彼は確実に殺される)
正直、無関係な彼を巻き込んだ事に罪悪感があった。出来れば彼を死なせたくはなかった。
だが、彼を助ける為に反撃する事は、己の正体を曝す事に繋がる。
冷酷に任務を遂行する為には、彼を見捨てる他なかった。
そうしなければ──この計画は破綻してしまう。
よって、彼を見捨てる事は倫理的には誤りであっても、任務遂行の為には仕方無い犠牲であり、正しい行いだった。見捨てるべきだった。
仲間達は彼に対して懐疑的だった。
記憶喪失で身元が分からない点や、チェスターが彼に対し、妙な戸惑いをみせていた点も気にしていた。
仲間の1人は、チェスターと共に仕事をして数年になるが、彼を紹介された時のチェスターの表情──あんな表情は今まで見た事がない、と言っていた。
『まるで魂を抜かれたように唖然として、それから酷く悲しい眼をしていた。
あの時、ぽつりと言ったジョーと言う名前……あれは一体どういう事だ?
チェスターは彼の身元を知っていたのか?
ならば、何故それを言わない?』
──そう言って、仲間は彼の存在を不審がっていた。仲間の目には、計画が大詰めを迎えたタイミングで現れた彼が、邪魔な存在に映ったのだろう。
だから、ここで彼──ベンジャミンを見捨てたとしても、誰にも咎められないと思う。チェスターだって、己に同情してくれる筈だ。
ベンジャミンを連れて逃げたけれど、人狼に追いつかれてしまいベンジャミンは殺された。それで、己は運良く逃げ延びた事にすれば良い。そうやって、誤魔化す事が正解だと思う。
だけど──
(ベンが死んだら、チェットの奴、悲しむだろうな……)
チェスターはまた泣くに違いない。このところ、明かされる残酷な真実に、ずっと心を痛め続けている。昨日も、病室で泣いていた。自分の無力さを嘆いていた。
──チェット……
──分かるよ、その気持ち。
──俺も無力な餓鬼だったから……
──子供の頃は、大人になれば世界は変わると信じていた。
──大人になれば、何でも出来る気がしていた。
──でも、現実はそんなに甘くはなかったんだ。
──英雄になるって、思っていた以上に難しい事なんだよな。
──英雄になりたかとたけど、俺は英雄にはなれなかった。
──だから、せめて……悪党として、戦ってやろうと思ったんだ。
──全種族の自由と権利の為に……
彼を見捨てる事は正しい。誰にも咎められない。寧ろ、正体を曝す方が咎められる。
だがしかし、チェスターが悲しむ姿を見たくはなかった。
禍々しい鉤爪が振り下ろされた一瞬──これらの事が、リーの頭を過り、気がつけば反撃していた。
リーは片手でベンジャミンを突飛ばし、もう片方の手を変化させた。変化した手で人狼の攻撃を払い、すかさず脇腹に蹴りを入れる。
人狼は、咄嗟に腕をくの字に曲げて脇腹を防御した。後ろに軽く跳躍して、リーから距離を取る。蹴られた腕が痺れて痛む。明らかに人間の力ではない。
リーは横目でベンジャミンを見る。彼は木の根元に倒れ込んでいて、ピクリとも動かない。強く突飛ばし過ぎたかと心配したが、駆け寄って確認する余裕はなかった。
人狼はリーの変化した片手を見つめる。人間よりも一回り大きな獣の手、青みがかった黒色の皮膚、強靭そうな指に禍々しい鉤爪が生えていた。
『なんだ……同胞だったのかよ』
人狼がそう言うと、リーは歯を剥き出しにして唸った。
『同胞だと? ふざけるな!! 同胞だと言うならば、何故こんな真似をしやがる!! お前がやっているのは単なるテロ行為だ!! そのせいで、生き残った同胞らが、また迫害を受けるんだぞ!!』
リーは怒りを露にして、人狼の行いを非難した。
『そうだ。俺達は迫害され、淘汰されようとしている。俺は種を存続させる為に戦っているんだ。お前こそ、一体何をしているんだ? 人間に化けて、人間の嫁を得て、慈善活動に勤しみつつ、管理人に協力? ふざけてるのは、お前の方だ!! 人狼としての矜持はねぇのか!!』
『俺がここにいるのは、俺の信念に基づいての事だ!!』
『俺だってそうだ!!』
『ハインリヒとつるむ事がか!? 噂を知らないのか!? マグダレーナ様を裏切ったのはハインリヒだ!!』
『違う!! 裏切り者はミカだ!! 現に、奴は裏側から無事に帰還してるじゃねぇか!! マグダレーナを裏切ってないなら、何故死んでねぇ!! 何故生き延びている!!』
『それはハインリヒも同じだろ!! マグダレーナ様の弟にも拘わらず、何故、管理人と言う地位につけた? それは、奴こそが内通者だからだ!!』
『いやっ裏切り者はミカだ!! 奴はマグダレーナから軍服を奪い、得体の知れねぇ人間に与えた! 裏側にいた同胞達を全滅させた挙げ句、表側に潜伏していた解放軍を解散に追い込んだ!!』
『それは、ミカ本人が望んだ事じゃねぇよ! カシワギが──あの人間が、ミカを助けたい一心でやった事だ』
『ミカの死刑を回避する為にやったんだろ? 本物のミカだったら、そんな事許す筈がねぇ!! だったら、あのミカはミカじゃねぇよ。噂通り、本物のミカはマグダレーナと一緒に死んだんだ。アイツは偽者だ!!』
『真実を何も知らねぇクセに!!』
『……盲目になって、偽者を信じてるお前が憐れだ。……死ねよ。俺が殺してやる。これ以上、恥の上塗りをする前に……その首を切り落としてやるよ!!』
言って人狼は跳躍した。再び禍々しい鉤爪を振りかざし、リーを仕留めにかかる。
リーは更に両腕と両脚を変化させて身構えた。跳んで来た巨体に怯む事無く、その攻撃が当たる刹那を見極めて、素早く人狼の腕を掴み、腹に力を込める。力強く一歩踏み出して、なるべく遠く──ベンジャミンが倒れている位置から離れた場所に人狼を投げ飛ばした。
投げ飛ばされた人狼は驚愕する。
(──!? コイツ!?)
リーは反撃の手を緩めない。跳躍して人狼を追うと、禍々しい鉤爪を振り下ろした。
人狼は身を翻して攻撃を避ける。だが、僅かに鉤爪の先が背中を掠め、深紅の飛沫が上がる。
痛みを堪えて林の地面を受け身で転がり、直ぐ様、立ち上がった。背中が一筋、深く抉れている。ダラダラと血が流れ、人狼の足元を赤く染めた。
「チッ……純血かよ」
人狼は、向かってくるリーを睨む。
リーは肉体を更に変化させた。腹回りの余分な脂肪が消え、凹凸の無かった胸板が筋肉で盛り上がる。腹筋がくっきりと割れて脇腹が引き締まり、顔つきも凛々しくなった。
リーは変化し終わらないうちに駆け出して、人狼に攻撃を仕掛ける。
戦いはリーの方が圧倒的に優勢だった。走る速度も、怪力も、爪で切り裂く威力さえも、混血の比ではなかった。
混血の人狼は内心焦る。
(こんな展開は聞いてねぇぞ──ヘンリー!!)
咄嗟に、襲撃の黒幕を恨む。ヘンリーとはハインリヒの事だ。この襲撃は彼の指示によるものだった。ヘンリーいわく、邪魔者を炙り出す必要があるのだ、と──その為の襲撃だ、と言っていた。
(ヘンリーの言う通り……邪魔者は確かにいた! ……だが!)
それがミゲルと同じく、純血の人狼だとは予想していなかった。
人狼は同種だけではなく、他種族を利用して繁殖する事が出来る。
人狼と他種族が交配した場合、交配した種族がどの様な血筋であっても、孕んだ子は人狼になる。
極稀に、他種族の能力を受け継ぐ事はあるが、交配した他種族が産まれる事は決してない。二種の種族が混じった子が産まれる事もない。産まれる子は必ず人狼になるのだ。
それ故に、人狼は食人種の中でも取り分け忌み嫌われている。他種族の血筋を途絶えさせる──他種族の血を汚染する、と言われていた。
リーと戦っている混血の人狼は、片親から擬態する能力を受け継いでいた。その能力を用いてリーやトムを欺き、襲撃を仕掛けた。だが、片親が他種族である混血は、純血に比べて力で劣る。
リーは両親共に人狼だった。その為、人狼本来の能力しか無くとも、強靭な力で混血を圧倒した。
(勝ち目がねぇ……)
混血の人狼はリーの猛攻撃を必死に耐えながら、内心、敗北を感じていた。逃げるしかない。襲撃は失敗した。これ以上、戦うのは無謀だ、と思った。
混血の人狼がそう判断した時──不意に、誰かがこちらに向かって来る。
その気配にリーも気づく。リーが向かってくる何かに気を取られた、その一瞬の隙を突き、混血の人狼は全力で逃走した。その先には、ベンジャミンがいる。
リーは直ぐにあとを追う。嫌な予感がした。
(まさか……!!)
混血の人狼は、倒れて意識の無いベンジャミン目掛けて跳躍した。
リーは体の限界を超える勢いで走る。鉤爪がベンジャミンに触れる寸前──全力で体当たりして、人狼諸共転がった。
急いで顔を上げると、混血の人狼は転がって直ぐに立ち上がり、走って遠ざかっていくのが見えた。
リーが追いかけようとした──その瞬間、ベンジャミンが僅かに呻き声を上げた。リーは思わず足を止めて振り向く。
たが、それが判断の誤りだと直ぐに気づいた。
(あ……)
振り向いて、林の奥──遠くにいた青年と目が合った。
彼は驚愕した面持ちでリーを見て、勢いよく駆けて来る。
(変化を完了しておくべきだったな)
素顔のままで戦っていた事を悔やんだ。
『リー!! お前っ!!』
チェスターは裏切られた怒りを露にして、拳を振り上げた。リーは冷静に拳をかわし、チェスターから距離を取って両手を構える。
チェスターは、数メートル先で倒れているベンジャミンを背に庇う位置に立ち、リーを鋭く睨む。数秒の間を置いて、激昂した表情が徐々に崩れ、悲痛に顔を歪めた。
『……なんで』
チェスターは悔しげに一言問う。それ以上の言葉が出ない。彼にとって、余りにも衝撃が大き過ぎた。
リーは口を真一文字に結び、人間のままだった胴体と頭部を更に変化させた。変化中は意識が身体に向く為、先程の戦闘では変身を後回しにしていたのだ。
リーの体格が大きくなり、着ていた衣類が全て散り散りになる。
チェスターは完全に変身を遂げたリーを見た瞬間、ハッと息を飲む。
(昨日の……!!)
昨日、エミリーを拐った人狼本人だ、と直感した。
『なんでだ、なんでなんだよ? なんで俺を騙してたんだ!!』
半ば混乱した口調で責める。
『残念だが……家族ごっこはここまでだ』
言って、リーは禍々しい鉤爪を振り上げた。チェスターは咄嗟に後退する。鉤爪は地面を抉り、土や落ち葉が舞い上がった。
──その時。
『ぐっ!!』
ベンジャミンが呻き声と共に意識を取り戻す。
『ベン、無事か!?』
チェスターはリーと対峙したまま、振り返らず声をかけた。
ベンジャミンが嗚咽を堪えながら『ああ』と言う声が聞こえる。
チェスターはベンジャミンの具合が気になったが、リーを放置するわけにもいかず、膠着していた。
『チェット』
リーはこれまで通り、チェスターを愛称で呼ぶ。呼ばれたチェスターは鋭く睨み返す。その眼には、怒りと悲しみが混在していた。
『この程度で泣くなよ』
言って、リーは僅かに口角を上げた。
この言動を受け、チェスターの眼が怒りに染まる。
『はっ、何だと!? ふざけてるのか!? 誰が泣くかよ!!』
『そうか。なら、どんな結末を迎えても、泣くんじゃねぇぞ』
『何訳の分かんねぇ事言ってんだ!! それより説明しろ!! なんでエミリーとベンを狙ったんだ!?』
チェスターは激怒して追及する。
『俺の事より、彼の心配をした方がいいぜ。今すぐに手当てしないと、手遅れになるかもな』
リーはそう言って、跳躍した。チェスターは『待て』と言いかけて、ベンジャミンに目を向ける。いつの間にか、ベンジャミンはまた意識を失っていた。
『ベン!!』
慌てて駆け寄り、状態を確認する。脈拍と呼吸は正常だった。所々、怪我をして血が流れている。
(うっ!)
ベンジャミンの傷口から、甘美な匂いが漂っている。血を飲みたい衝動が込み上げて、直ぐ様、彼から離れた。
『クソ……迂闊に近寄れねぇ』
例え、ベンジャミンに牙を突き立てたとしても、吸血鬼に噛まれた傷口は直ぐに塞がる。チェスター自身、普段から人間を殺さぬように気をつけていた。だから、ベンジャミンを殺さずに血を飲む事も可能だった。
だが──ジョーによく似た彼を絶対に傷つけたくはない。
(誰か……誰かいないのかよ……)
リーはもう遠くに去って行った。
チェスターはもと来た林の奥を見据える。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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