第154話【1975年】◆エミリーの夢見とミカの煽り◆
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【前回のお話(第147話)↓】
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【前回のあらすじ】
人狼の襲撃を受け、遂に真実を知ったエミリーは、己の運命に抗う事を決意する。
彼女はチェスターの協力を得て、姉メアリーを連れて逃げようと考えるが、ミカに先手を打たれ、メアリーを人質に取られてしまう。
【登場人物】
チェスター(愛称チェット)
人間から吸血鬼になった青年。
メアリーとエミリーの護衛兼監視を担当していたが、2人が不幸になる未来を知り、救おうと決意する。
メアリー(姉)
狩人と呼ばれ、怪物を無力化する血を持つ少女。
妹共々、母親に売られ、怪物達に監視されて生きてきたが、当の本人はその事実を知らない。
高校卒業と同時に、怪物達の家畜にされようとしている。
今は、ミカに操られ、意思の無い状態で人質になっている。
エミリー(妹)
姉と同じく、狩人の少女。
姉の高校卒業と同時に、怪物達に殺されようとしている。
姉と同じく何も知らずに生きてきたが、ミカに真実を聞かされ、運命に抗う事を決意する。
紆余曲折を経て、チェスターと恋仲なった。
ここ数日間、不思議な夢を見続けている。
ミカ(別名マイケル)
夢魔の青年。
メアリーとエミリーの父親に、家族を殺された被害者遺族であり、その復讐として、姉妹の父親を殺害した加害者である。
姉妹を憎んでいて、2人の不幸な未来を待ち望んでいる。
人間を操る力を持ち、自由に性別を変える事が出来る。
ベンジャミン
記憶喪失の青年。身元が分からず、路頭に迷うところをアビーに救われ、リーの家で雇われる。
チェスターと出会ってから、奇妙な夢や幻覚を見るようになる。
リー
町一番の資産家であり慈善家の男性。
怪物達に協力して、チェスターと親子のふりをしている。
姉妹の事情を知り、彼女らに同情している。
【1975年】
人狼の襲撃から一夜明け、チェスターは普段通り護衛の任務にあたった。
彼の直属の上司であるヴィヴィアンは、襲撃を手引きした疑いをかけられ、聴聞会に呼ばれて行った。
一方、チェスターの裏切り行為を知ったリズは、ヴィヴィアンの言う通り、人狼に殺害された事になっていた。裏切りに対するお咎めも一切無く、ミカと利一が、裏切りを告発した様子もなかった。他の同僚達も、襲撃の件しか知らない様子だった。
こうして一先ず、チェスターは生かされたが、問題は何も解決していない。
チェスターはエミリーを連れて、自宅である屋敷に向かっていた。
チェスターが運転する車の──助手席にエミリー、後部座席にメアリーとミカが座る。
車が2ドアだった為、後部座席に座るには、前の座席を畳む必要があった。
ミカは『後ろは狭い』と文句を言っていたが、チェスターに『嫌なら走れ』と言われ、渋々黙った。
エミリーは振り返り、真後ろに座るメアリーを見る。メアリーは虚空を見つめたまま、エミリーと目を合わそうとしない。妹の存在すら認識出来ないようで、まるで意思の無い人形だった。
その原因は、メアリーの隣に座るミカだ。彼はメアリーの精神を操作して、傀儡と言う名の人質にした。
メアリーを人質に取られた事で、エミリーとチェスターは大人しくせざる得なくなった。仕方なく、2人は普段通り学校に行き、普段通りに下校した。唯一違うのは、そこにメアリーとミカが加わった事だ。
ミカは周囲の人間の精神に干渉して、自身の存在を隠蔽した。無関係な人間の目には、ミカの姿はおろか、声すらも認識出来ない。
彼はその状態で、傀儡のメアリーを操り、学校に通わせた。何食わぬ顔で彼女に授業を受けさせ、友達と会話をさせる。そして当然の如く、チェスターの車に乗り込んだのだ。
流石に、チェスターは良い顔をしなかったが、揉め事を起こすわけにもいかず、嫌々ながらも乗車を許すしかなかった。
4人を乗せた車は、昨日の事件現場付近──商業区を避けて走行した。
端から見れば、仲の良い若者の集団にしか見えないだろう。事情を知らぬ者は、誰も疑いはしない。まさか若者の内、青年2人が人外で、少女1人が人質なっているなんて、そんな馬鹿げた想像に至る方が可笑しいのだから。
暫くして、エミリーが口を開く。
『それで? マイケル(ミカ)はいつになったらメアリーを解放してくれるの? それとも、メアリーがおばあちゃんになるまで、ずっと側にいるつもりかしら?』
エミリーは嫌味っぽく尋ねた。
『勿論。プロムが終わったら解放するよ。こう見えて僕は忙しいからね。いつまでも人形で遊んでられる程、暇じゃないんだ』
『人形ですって!?』
一気に怒りが湧き起こる。
『メアリーはあんたのオモチャじゃないのよ! 血の通った人間なの! 私もメアリーも、幸せになる為に生まれたの! その権利がある筈だわ!』
『無いよ。君達は親に売られた家畜だ』
『違うわ!! ママには何か事情があったのよ。そうに違いないわ! でなければ、娘を売るなんて馬鹿な真似、誰するもんですか! マイケルだって、そうよ! 何か事情があるのよね?』
『僕が?』
ミカは嘲るように聞き返す。
『そうよ。皆、何かしら事情があるの。今に至る理由があるの筈よ』
『エミリー、落ち着け。コイツに何を言ったって無駄だ』
チェスターが宥めるも、エミリーは止まらなかった。
『僕の事情は話したろ? 僕は、君達一家に復讐したい──唯、それだけだよ』
『納得いかないわ! だって私に、あんなに優してくれたじゃない! 私を抱いて、子守唄を歌ってくれたじゃない! 絵本を読んでくれたじゃない……なのに』
そう喋るうちに、エミリーは段々と落ち込んで、語尾が弱々しくなった。
すかさず、ミカは呆れた調子で『だから』と反論を始める。
『それは君の父親が、息子の仇だと知るまでの話だ』
『嘘よ!!』
『何故、そう思う?』
『だって──』
エミリーはそう言いかけて、一瞬止まる。だっての先が思いつかない。
──だって?
──だって、何だろう?
思いつかないまま、何か反論しようとして、つい夢の事を口にした。
『だって──夢で見たんだもの』
『『は?』』
エミリーが発した予想外の言葉に、チェスターとミカは、目が点になる。2人の顔には、彼女が何を言っているのか理解出来ない、と明らかに書かれていた。
その反応を見て、エミリーは己の発言が恥ずかしくなる。それでも何とか説明したくて『夢で見たのよ。何度も、何度も』と呟いた。
『夢で見たって……本当に?』
チェスターは困惑して聞き返す。頭上には、疑問符がいくつも浮かんでいた。
『あっ今、私の事、馬鹿にしたでしょ!?』
『してねぇよ!』
『嘘おっしゃい!』
エミリーの怒りの矛先はチェスターに向けられた。彼女が二言、三言、文句を言ったところで、後部座席から声がかかる。
『エミリー。今の話、もっと詳しく聞きたい。何度も、僕の夢を見たと言ったね。いつから見始めたの?』
ミカは冷静に尋ねた。チェスターはルームミラーで、一瞬、ミカを確認する。鏡に映ったミカは、とても真剣な表情をしていた。その様子に違和感を覚えた。
エミリーも、真剣な様子のミカに戸惑う。夢の話など、馬鹿にされると思っていたが、ミカは馬鹿にするどころか、甚く真面目に聞き返してきた。
『……ええ。何度も見たわ。最初に見たのは──』
エミリーは、これまで見た夢の内容を、覚えている限り詳しく話した。
──子供の頃、ミカに遊んでもらった事。
──ミカが母親を連れて、バレエの発表会に来てくれた事。
──ある夢の中では、ミカの性別が男ではなく女だった事。
ミカはそれらを真摯な態度で聞き、そして全て聞き終えてから、少しの間考え込む。
『マイケル』
少女の愛らしい声で呼ばれて、ミカはハッと顔を上げた。エミリーがまた振り返ってこちらを見ていた。彼女と目が合った刹那、冷淡な表情が崩れたが、直ぐ様、冷たく睨み付けた。
『何?』
ミカは素っ気なく尋ねる。その口調には、不快感が滲んでいた。
『マイケルって、本当は女なの?』
『男だよ』
『じゃあ、あの夢は』
『君の妄想だ』
ミカがそう言いきった直後、チェスターが『オイ』と口を挟んだ。
『お前が女に変身出来るのは事実だろうが。エミリーの妄想で片付けるなよ』
『えっ!? そうなの?』
エミリーは目を丸くする。
チェスターに指摘されて、ミカは小さく舌打ちした。だが、直ぐに良からぬ事を思いついて、口を開く。
『あー……そうそう。そうだったね。女に変身してた時に、君とキスしたんだった』
車内は一瞬にして凍りつくいた。
『え?』──と聞き返すエミリーの横で、チェスターは一気に血の気が引いく。
『チェスター、どうゆう事よ!!』
怒声が響き、ミカはニヤリと笑う。
『あーそう言えば、裸で君に添い寝してあげた事もあったね』
ミカが言っているのは、チェスターがミカに敗北して倒れたいた時の事だろう。確かに、チェスターが目を覚ました時、女のミカが半裸の状態で側にいた。添い寝の真偽は不明だが、望んでいなかった事は確かだ。
だから即座に否定した。
『違う!!』
『何が違うのよ!! まさかマイケルと寝たの!? 彼と、そう言う関係だったの!?』
『誤解だ!! コイツとは寝てねぇよ!!』
『じゃあ、キスもしてないのよね!?』
そこでミカが『チェスターとは3回キスしたよ』と──暴露した。
『オイ、てめぇ!!』
『3回!? 3回もしたの!? 一体、どういう事よ!!』
エミリーは怒ってチェスターの右腕の袖を掴み、力一杯揺らした。
そのせいで車はやや蛇行して、チェスターは慌てて速度を落とした。
『危ない! やめろって! 落ち着けよ! 違うんだって! コイツと俺はそんな仲じゃねぇよ!』
『じゃあ、何でキスしたのよ!!』
『コイツと喧嘩したんだよ! コイツの種族はキスで相手の体力を奪うんだ。それで、俺が体力を奪われて──負けたんだよ!! 分かったか? そんな関係じゃねぇよ!』
チェスターはそう言いつつ、内心、3回のキスの内、1回が喧嘩によるものではない事を苦く思う。
(もし、ミカがそれをエミリーに言ったら──)
その時は全力で否定して、ミカが嘘をついている事にしようと考えた。
だがしかし、次にミカから発せられる言葉に、チェスターは絶句させられる事になる。
『安心して。チェスターの言う通りだよ。僕らはそんな関係じゃない。だって彼は、158歳の童貞だからね』
『え?』
(158歳? 童貞?)
エミリーは、事実か否かを確認しようと、チェスターを見る。彼は真顔で絶句していた。怒りが限界値を突破して、頭が真っ白な状態だった。
チェスターは無言で車を適当な路肩に止め、車から静かに降りると、そのまま運転席を畳む。
ミカは、チェスターからの無言の圧力を感じて、何も言わずに素直に後部座席を出た。
──次の瞬間、2人は取っ組み合い、あっと言う間に地面に伏した。
『ち……ちょっと!!』
エミリーは慌てて車から降りて、2人のもとに駆け寄った。目に飛び込んで来たのは、軍服を着たミカと、彼に片腕を後ろ手に引っ張られ、梃子の原理で地面に突っ伏しているチェスターだった。
エミリーが唖然としていると、チェスターが『クソが!!』と叫ぶ。
『残念だったね。毎回、君に殴らせてあげる程、僕は親切じゃないんだよ』
言って、ミカは嘲る。
チェスターは酷く悔しそうに顔を歪めていたが、突然、ハッと何かに気がついて、抵抗する力を緩めた。
ミカはその様子を見て、チェスターの腕を離し、彼の背に乗せていた片膝を退けた。
『何、どうしたの?』
エミリーが心配して尋ねると、チェスターは深刻な顔で『人狼』と言った。
『……どこだ?』
チェスターはミカの問い掛けを無視して、数秒の間、黙り込む。
察知した人狼の気配は、チェスターの屋敷の方角からだった。
途端に、途轍もなく嫌な予感に襲われる。
(今、屋敷には誰がいる?)
そう考えて、真っ先に浮かんだのはリーとアビー、屋敷の使用人達、そしてベンジャミンだった。
今朝、チェスターはリーに頼んで、ベンジャミンを探しに行ってもらった。本当は、もっと早くにベンジャミンの安否を確認したかったが、昨晩は利一が側にいた為、リーに伝える事が出来ず、今朝になったのだ。
昨日、人狼に殺害された犠牲者の中には、ベンジャミンはいなかった。それどころか、殺害されたのは護衛の怪物ばかりで、人間の犠牲者は1人もいなかった。だから、きっとどこかに身を潜めていると期待して、リーに頼んだのだ。彼なら必ず探してくれる、と信頼していた。
(もし、リーがベンを見つけて、自宅に連れ帰っていたら?)
全身の毛が逆立った。ゾワゾワと不吉な予感に支配されて、僅かに震えた。
今すぐ屋敷に行かねばならない──だが、エミリーとメアリーを連れて行くわけにはいかない──だからと言って、ミカに任せるわけにもいかない。名案が浮かばず、焦りだけが増す。
『チェスター!』
エミリーに呼ばれて、ハッとする。
『人狼って昨日の怪物ね? そいつ、どこにいるの?』
『恐らく、俺の屋敷だ』
『分かったわ。そこに行きましょう!』
思いがけない言葉に、チェスターは目と口をポカンと開けた。
『は? 何言ってるんだよ?』
『だって、屋敷にはチェスターのご両親や使用人達がいるんでしょ? その人達は、今、襲われてるかも知れないんでしょ? 助けに行かないでどうするのよ』
『危険が待ち構えてるところに、お前を連れていけるかよ!』
『あら、忘れたの? 私は狩人なんでしょ? 私の血は怪物を無力化して殺せるのよ。役に立つじゃない』
『馬鹿言うな! 卒業を待たずして死ぬ気かよ!』
『違うわ! 貴方の家族を助けたいのよ!』
『じゃあ、行こうか』
突然、ミカが口を挟む。チェスターは、そんな彼を鋭く睨み付けた。
『僕がエミリー達を守りつつ、屋敷の人間を助け出すから、君は人狼を討伐しろ』
『黙れ!! 誰が、お前なんか信用するか!!』
『僕は、メアリーが卒業するまで、彼女らを死なせる気は無いよ。そんな中途半端な不幸は絶対に認めない。だから、最初にメアリーが襲撃された時も、全力で彼女を救ったろ?』
『裏側にメアリーを落とした奴が、何を言う!!』
『ちゃんと無事だったろ? 全部計算のうちだよ』
『ふざけるな!!』
チェスターはそう叫んで直ぐに、メアリーからの頼み事を思い出す。
【チェット……お願いよ】
──裏側から帰還したメアリーは、悲痛な面持ちで懇願していた。
それと同時に、その頼み事を誰にも知られたくない様子だった。
その頼み事の内容は、チェスターにとって全く理解に苦しむもので、何故、メアリーがそんな事を頼むのか、皆目見当もつかなかった。もしかしたら、ミカに操られているのか、とも考えたが、吸血鬼の直感的に、そうではないと感じていた。
(メアリー。何で、あんな頼み事を……)
チェスターは、傀儡になっている彼女を見る。相変わらず目は虚ろだった。
『チェスター、迷うな。君が判断を迷っている間に、君の大切な人が死ぬんだぞ。誰かを助けたいなら、今すぐに決断しろ』
ミカの言葉が刺さる。正直、耳を塞ぎたい気分だった。誰が何と言おうとミカを信用する気にはなれない──が、迷っている暇などない。
『っ──クソが! さっさと乗れよ!』
3人は素早く車に乗り込み、一路、屋敷を目指す。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
Enjoy the rest of your day.