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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第150話【1944年】◆◆ミカと利一の奴隷契約と龍神の想い◆◆

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.


【前回の話(第144話)↓】

https://ncode.syosetu.com/n3439ge/157/


【これまでのあらすじ】

一族の命を救う為、龍神の生け贄になろうとした利一は、洞穴の奥で変わり果てた前任の生け贄を目撃する。

恐怖する利一の前に、突如ミカが現れ、利一を拐い逃げ出した。


【登場人物】

柏木かしわぎ利一りいち(12歳)

生まれた時から生け贄になる事を定められた少年。

龍神から(龍神の呪い以外の)呪術を無効化する加護と、日没の間、女体化する呪いをかけられている。

紙を媒体に呪術を行使する事が出来る。


ミカ

裏側と呼ばれる異世界に封印されていた怪物。

偶然、裏側にやって来た利一を保護して、元の世界に送り届けた。

一度は利一の元を去ったが、利一の危機に再び現れた。


柏木かしわぎ不二子ふじこ

利一の親戚。利一を生け贄にして、前任の生け贄である妹を救おうとする。


白い兎

現世と裏側を行き来する怪物。利一に式神として下され、嫌々ながらも協力する。


龍神

柏木一族の始祖。長きに渡り一族を支配してきた。利一に対し異様な執着をみせる。

【1944年】


「ミカ下ろせ!」


 利一はミカに抱えられながら、何度も下ろすように叫んだ。

 ミカの肩越しに後方を見ると、不二子達が持つ提灯ちょうちんの明かりが急激に遠ざかって行く。明かりは、緩やかな湾曲カーブを過ぎた辺りで完全に見えなくなり、奥から不二子や親戚夫婦の怒号が響き渡った。


 光源を見失って、利一の視界は黒一色に染まったが、それでもミカの走る速度は変わらなかった。人間と違い、随分と夜目が利くらしく、暗闇でも躊躇ちゅうちょする事なく出口に向かった。


「ミカ、何で!?」


 何でこんな暴挙に出たのかと尋ねた──その時、響き渡る怒号の調子が一変する。


「ぎゃあぁぁぁー」「いやぁぁー」


 男女の声が入り交じり、雄叫びとも悲鳴とも言えぬ、聞いた事のない叫び声が響いた。

 利一は驚いて後方を凝視するが、黒で塗り潰されたような洞穴の奥で、不二子達の身に何があったのか、目視する事は叶わなかった。


(何や!? 何があった!?)


 不二子達はそれっきり声を上げる事なく、洞穴にはミカの足音だけが響いた。

 利一は後方からとてつもない圧迫感を覚えて、全身の毛穴がすぼんだ。黒しか見えぬ筈なのに、何かがこちらに迫ってくる気がする。


(何かが近づいとる? いや、これは──)


 奥から聞こえる反響音に違和感を覚える。何かが近づいて来ていると言うよりは、洞穴の地形が奥から変化しているように感じた。

 利一には見えていなかったが──実際、それに近い事が起こっていた。


 洞穴の奥から、酷く粘り気のある何かが溢れ出て、利一達に迫っていたのだ。流動性の無い粘質は、天井いっぱいに溢れると、押し出されるようにして洞穴を進み、迫り来る壁となって利一達を追う。


 ミカは一瞬だけ後方に目を向けた。粘質の壁が直ぐそこまで迫って来ている。

 不二子達はあれに飲まれて死んだのだろう。先程、聞こえた絶叫は、恐らく彼女らの断末魔だ。

 察するに、あれはミカが本家で受けた溶解性の毒と同一だ。飲まれたら助からない。


 不意に、空気の淀みが薄れた。匂いが変わり、木々のざわめきが聞こえる。ようやく出口に辿り着いた。


「外に出んで!!」


 ミカがそう言うと、強い風が吹き荒れた。

 利一は急激な上昇を感じて目を瞑り、瞬時に飛翔したのだと理解して、ミカの首にしがみつく。


「どこ行くねん!!」


 ミカはなるべく高く上空に舞い上がり、追ってくる粘質から間一髪逃れた。

 粘質は洞穴から溢れ出て、山荘まで到達した。

 そこで利一はやっと目を開けて、周囲を確認した。雲の隙間から僅かに月が出ている。ふと、下を見ると──黒く異様な物質が山荘の一部を飲み込んでいた。

 利一は思わず「あぁ!!」と声をあげる。案じたのは、山荘にいる三葉と前川の事だ。


「あれはなんやねん!?」


「多分、龍神様とやらがお怒りなんやろな」


 ミカはおどけたような口調で言ったが、内心は冷徹に粘質を観察していた。


 (──あれは無理だ。やはり、僕では勝てない)


 ミカはくるりと旋回すると、今度は真っ直ぐ分家の別荘へと飛んだ。

 粘質はそれ以上溢れる事なく止まり、山荘にいた三葉と前川は無事だった。2人は慌てて、山荘の玄関から飛び出す。


「裏側に帰るで!」


 ミカが叫ぶ。


「えっ!?」


 利一は困惑して聞き返す。今更、逃げようものなら、親戚全員の命が危うい。龍神は再び呪いを掛けて、柏木一族を支配するに違いない。


「やめろ、ミカ! そないな事をすれば、皆が──」


「そんなもん知るか!」


「なっ……!?」


 利一はミカの放った一言に、頭をガツンと殴られた気がした。それと同時に、ミカがずっと諦めずに利一を救う機会をうかがっていたのだと知る。


「お前っ……納得しとったんとちゃうんか!?」


 利一は風音に負けない声量で尋ねたが、ミカからの返答はなかった。彼は飛行する速度を益々上げて、只管ひたすらに分家を目指した。

 利一は風圧に耐えきれず、目をかたく瞑る。その内、今度は徐々に高度が下がり、体に負荷が掛かる。気持ち悪さを堪えていたら、一瞬僅かに上下に揺れて、突然負荷が消え去った。

 利一が目を開けると、そこは別荘の庭先だった。ミカは利一を庭に下ろし、翼を消した。


『待ちくたびれたよ』


 躑躅つつじの陰から白い兎が姿を現し、ミカに文句を言う。


『いいから、早く穴を開けろ』


 利一はハッと我に返り、ミカを制止した。


「ミカ、やめろ言うてるやろが!! 俺は裏側には行けん!!」


『うるさい、黙れ』


 突然、ミカは言語を変えた。


「ミカ!!」


 利一が怒鳴った、次の瞬間──足元の地面が淡く光り、蛍火に似た小さな光が無数に舞う。

 利一は蛍火に照らされたミカの顔を見た。ミカは酷く冷淡な眼で、利一を見下ろしている。それはまるで虫螻むしけらを見るような眼つきだった。

 利一は堪らず凍りつき、言葉を失った。


『忘れたのか? 君は誰の奴隷だ?』


 ミカはそっと左手の甲を見せた。そこに利一の紋は無い。約束された7日間をとうに過ぎ、式神の仮契約は既に消え失せていたのだ。


『利一、君の主は僕だ。僕の命令に従え。生け贄になる事など絶対に許さない』


 すかさず反論しようと口を開いたが、どうしても声にする事が出来ない。奇妙な制限が掛かっていて、ミカに逆らう事が出来ない。

 今まで相殺されていた互いを従える契約が、一方を失った事で効力を発揮したのだ。今や利一はミカの奴隷だった。


(アカン……俺が生け贄にならんかったら……皆に死の呪いが……)


 利一が声に出せず苦悶の表情を浮かべていると、ミカが頬に手を添えてきた。


『安心しろ、誰も死なせない。約束する。君の家族は僕が必ず救ってみせる。だから利一、僕に力を貸してくれ』


 ミカは真っ直ぐに利一を見つめる。どうやら、ただ逃亡する訳ではないようだ。ミカの発言を真に受けるなら、彼は龍神と戦う気らしい。


『利一、僕を信じろ』


 言われて胸が締めつけられた。


「何企んどるのか知らんけど、失敗したら、今度こそミカは死ぬかもせぇへんのやで? それでもええんか?」


 利一はやっと声をしぼりだし、不安気に尋ねた。


「ええよ。俺らは相棒やろ?」


 ミカはそう日本語で話す。その瞬間、彼の表情が僅かに和らいだ。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 洞穴から溢れ出た粘質は、暫く小刻みに震えた後、急速に縮んで人間程の大きさになり、水気が消え、粘りを帯びた土塊つちくれのように変化した。

 土塊つちくれは、不規則的に伸び縮みを繰り返し、やがて不格好な人型を形成する。

 その姿──頭部はあるが目鼻が無く、口に当たる箇所にぽっかりと穴が空いていた。あごや首もほぼ無いに等しい。頭部から両腕にかけて、酷いで肩をしており、手には指らしき突起が3つ。腰や間接部分のくびれも無く、全体的に寸胴ずんどう体型をしていた。

 人型の土塊つちくれは辺りを見渡す仕草をすると、両手を伸ばしてフラフラと歩き始める。


いち……市……私の市……どこだ? どこにいる?」


 人型の土塊つちくれはボソボソとぐぐもった声を発しながら、市──利一の姿を探し始めた。

 だが、探せど探せど、利一の姿はおろか、彼が山にいる気配すら掴めない。


「市……市……何故だ……何故、私から離れる?」






 ──利一がいない事が寂しい。

 ──利一がいない事が辛い。

 ──利一がいない事が悲しくて堪らない。


 私は利一に……市に再び逢う為だけに、子供らの血肉に……呪術を施してきたのに……


 死んだ人間を生き返らすのは容易ではない。死は自然の摂理であり、反魂はんごんは摂理をねじ曲げる行いだ。

 空を繋ぎ止めるものが無いように、海を飲み干す事が出来ぬように、過ぎ去りし時を巻き戻す事が出来ぬように、神と崇め奉られようとも、摂理を曲げる行いをすれば、それ相応の報いを受ける。


 ──私は報いを受けた。


 かつて、神として崇められた龍はもうどこにもいない。

 神々しく猛々しい姿を失い、猛毒の妖かしと成り果てて、山の中腹にこの身を隠した。

 あの洞穴は、私の本体の一部に当たる、言わば胃袋のようなものだ。


 30年毎に捧げられる生け贄を我が身に取り込んで、その血肉に呪術を施した。

 全ては、最初に捧げられた生け贄──市を転生させる為だ。


 市は利発な娘だった。口減らしの生け贄に選ばれた事は、市の中で心の傷となっていたが、彼女はそれでも気丈に振る舞って「己を喰って、飢饉に苦しむ村を救ってくれ」と懇願してきた。

 何度「私は人は喰わない」と諭しても、市は一向に諦めなかった。村に帰るよう説教しても、市は頑なに拒んだ。


 ──今更、帰れないと……


 強い意思を持った美しい少女。一緒に過ごす内に情が移り、いつの頃か私は市に惹かれていった。


 龍神が人の子を愛するなど、何とも愚かしい事だと、分かってはいた。

 ……それでも、市が幸せになれるのであればと……私は持てる力を尽くした。


 川につつみを作り水路を整え、種をまき作物を育て、病に苦しむ人に薬を与え、私は村を救った。特別な術を用いた訳ではなかったが、それでも村人達からすれば私の行いは奇異に見えたらしい。村中が私に畏怖いふの念を抱いた。


 ──村を救った時の、市の笑顔が脳裏に焼きついて、今でも忘れる事が出来ない。


 村の暮らしがようやく安定しだした頃──最早もはや私は市のいないせいを考えられなくなっていた。

 市と末長く暮らしたいと願い、私は彼女を妻にめとった。やがて市は子を身籠り、私は幸せの絶頂にいた。


 ──子が産まれるまでは……


 市はお産に耐えられず、命を落とした。産まれた子は無事だったが、私は最愛の妻を失った。


 ──何が龍神だ。


 ──何が村を救っただ。


 ──たった1人の妻さえ助ける事が出来ないのに……神などと……名乗る資格は無い。


 ──すまない、市。


 ──本当に、すまない。


 ──私は……君を救ってやれなかった。


 ──君は私を孤独から救ってくれたのに、私は君を死から救えなかった。


 ──すまない……どうか、許してくれ……


 ──約束する……約束するから……


 ──いつか必ず、君の魂を現世に呼び戻してみせるから……


 ──それが容易な事ではないとしても、私は君を諦められない。


 ──恐らく、私達の血肉を受け継いだ子供らに、何世代にも渡って、呪術を施さねばならないだろう。


 ──それ程までに反魂の術は難しい。


 ──それでも……


 ──君を諦めない。


 ──絶対に諦めてなるものか。


 ──生前、君はこう言っていたな。


 ──人は、誰かを愛さずにはいられない様に出来ていると……


 ──きっと私達、妖かしもそうだ。


 ──人も妖かしも、誰かを愛さずにはいられない様に出来ている。


 ──例え悲劇に終わったとしても、きっとまた君と恋をする。


 ──何度生まれ変わったとしても、性懲りも無くまた恋をする。


 ──例え、この身が神でないものに堕ちたとしても……


 ──必ず君と巡り逢う。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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