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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第148話【現今】内海の憂鬱と密かな決意

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【現今】


 内海は配達業者から食材の入った段ボールを受け取ると、添付されている伝票に目を通した。

 海老が1パック、マリネが2パック、業務用のプリンソースが3パック、無塩バターが1ブロック、冷凍のハンバーグが12個──

 一つ一つ正確に、発注数と納品数に差異が無いか確認していく。


「はい、納品数は合ってます。ありがとうございました」


 内海はそう言って、軽く頭を下げた。配達業者は「どもっ」と短く返事をして、カフェの裏口から出て行った。


 そのうちにこれらの作業もデジタル化され、もっと便利になるだろう。一々、配達業者と一緒に検品する事も無くなる筈だ。その時が来たら、今度は端末機タブレットの操作を覚えなくてはならない。


 怪物はいつの時代も人間の暮らしに合わせて生きてきた。内海もそうだ。人間が何か1つ便利な物を発明する度に、その使い方を学び、暮らしに取り入れていた。

 新しい技術や価値観を柔軟に学ぶ事こそが、人間社会で生きていくコツだ。


 内海は検品済みの食材を素早く冷蔵庫にしまい、深い溜め息を吐く。

 一連の作業中、彼女の思考の大半を占めていたのはカフェの業務ではなく、理子の事だった。


 あくまで主観だが、やはり理子と利一は似ている気がしてならない。顔立ちだけではなく、理子から漂う血肉の香りも利一に近い気がする。


(もしや……お嬢さんは利一様の血縁者ではないのか?)


 だとすれば、柏木が理子に惹かれたのも当然と言える。

 内海が思うに、柏木が理子に惹かれた理由は、利一に似た容姿だけではなく、利一に近い血肉に惹かれたのだろう。

 恐らく柏木本人は、その事に無自覚だと思われる。夢魔インキュバスは人間を操る事に長けてるが、その分、痛覚や嗅覚が鈍く、感知能力が劣っている。

 だから明確に感じ取ってはいないだろうが、何となく似ている程度に認識して、無自覚に惹かれたのだと推察した。


(だが仮に、血の繋がりがあるとして……一体、誰の子孫だ?)


 亡き主──利一は生涯独身を貫き、子を授からなかった。

 また、利一の親戚はその殆んどが戦時中に死亡しており、利一を含めた生き残った数人も、幾度となく起こった災害により全員が落命していた。

 その上、理子の両親は柏木家と全く関わりのない土地の出身だった。この情報は内海の旧友である的井から得たもので、疑う余地は無い。理子が利一の血縁者である可能性は極めて低い。


(でも──)


 一度、心に浮かんだ疑惑は、なかなか消えてはくれない。


(いっその事……的井に詳しく調べてもらうか? だが……)


 迂闊うかつに依頼などすれば、己と利一、いては柏木との繋がりを的井に知られる恐れがある。


(もし……的井が真実を知ったら……私をさげすむだろうか?)


 的井は柏木の過去を肯定的に捉えていた。ならば、己の暗い過去も肯定して欲しいと願う。


 ──仕方無かった、と


 的井がそう言ってくれたなら、どれ程救われるだろうか……


(だが……ミカは……)


 内海の過去が明らかになった時、柏木もとい──ミカの反応を想像するだけで恐ろしい。


(ミカは絶対に怒るに違いない……)


 内海は心によどみを抱えなが、細い通路状になった厨房に入った。

 厨房を入った手前に業務用の食洗機と流し台、その直ぐ隣が焜炉コンロ、奥に調理台と冷蔵庫、オーブンなどが設置されている。

 流し台や焜炉とは反対側の壁に食器棚があり、棚の下台にミルと珈琲豆が入った豆瓶がずらりと並んでいた。


 時刻は午後4半時を過ぎたあたり。

 内海は厨房からカウンター越しに店内を見渡した。カウンター席を含めた計16席に、常連客がまばらにくつろいでいる。勤務しているスタッフは内海を入れて3人。内海が厨房、あとの2人がホールを担当していた。


 内海は大型のヤカンに水を入れ焜炉にかけた。

 ──丁度その時、カフェの扉が開いて新規の客が入店した。中肉中背の初老の男、彼はこの店一番の古株だった。


「今日の日替わりは?」


 そう言って、古株はスタッフの案内など不要だと言わんばかりにズカスカと入り込み、そのままカウンター席に座った。


 1人の男性スタッフが、水の入ったグラスと袋入りのおしぼりを古株の前に置いた。


「今日の日替わりはグァテマラブレンドですよ」


 彼は笑顔でそう答えて、伝票とペンを取り出す。


「あー……グァテマラって気分じゃないな。やっぱりアメリカンで」


 古株はうなるように言って、早めに来た夕刊を広げる。男性スタッフは「かしこまりました」と返事をして、カウンターの向こう側──厨房に立つ内海を見た。


「内海さん、オーダーお願いします。アメリカ、ワンです」


 内海は「はい」と言って瓶から豆をすくい、計りにかけた。計った豆をミルで挽き、湯煎した陶器のドリッパーに紙を備えて、粉になった豆を入れる。

 手慣れた作業の筈だったが──湯を注ぎ始めたところで、ある声が聞こえてきた。


 ──そんな、つもりはなかった。


 ──そうじゃない。


 ──私は利一様を心から敬愛していた。


 ──あれは私の意思ではなかった。


 ──私のせいじゃない。


 ──悪いのはミカだ。


 ──マグダレーナ様も、


 ──利一様も、


 ──ウォーカー姉妹も、


 ──全部、ミカが悪いんだ。


 内海の頭の中で、己に言い聞かせる為の独り言が響く。


「あっ!」


 気づけば、コーヒードリッパーから湯が溢れている。うっかり、湯を注ぎ過ぎてしまっていた。


「おっ、珍しいね。内海さんが失敗するなんて」


 古株は内海の失敗を嬉々として笑った。


「すみません。直ぐにれ直します」


 内海は愛想笑いをしながら、また豆を計る。


(……これも全部、あの男のせいだ)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ──夜になり、内海はカフェでの業務を終えて帰宅した。

 玄関で乱雑に靴を脱ぎ、廊下を抜けて居間に辿り着くと、ソファーの前で崩れるように膝を着いて、座面に置いてあったクッションに突っ伏した。


(……彼女は今どうしているだろうか?)


 昼間、的井と2人で理子のもとを訪ねた時は、ミカの友人と名乗る怪物に追い返されてしまった。


(あの男……リーと名乗っていたが……)


 リーと言う名前には覚えがある。以前、利一が渡米した際に、向こうで出会った男の名前がリーだった。

 内海の記憶が正しければ、1975年当時、リーの年齢は40歳前後。生きていれば、来日しているリーとも年齢的に符合ふごうする。だが──


(リーは既に死んでいる……遺体だって、利一様が確認したのだから間違いない……同名の別人だ……)






 ──本当に?


 また、頭に独り言が響く。


 ──もし、彼が生きていたとしたら?


 ──密かに生き延びて、


 ──今日こんにちまで、逃亡していたとしたら?


 ──ミカはその事を知っていて、隠していたのだとしたら?


(馬鹿な……有り得ない。もし、そうなら私に報告が来る筈だ。食人種が越境して来たと言う報告は受けていな……)


 次の瞬間、内海はハッとして勢いよくソファーから顔を上げた。


(なんて馬鹿なんだ!! 私はもう管理人じゃないだろ!! 私に報告が来る筈がない!!)


 内海が管理人を辞めさせられたのは昨日の事。リーが入国した、或いは内海の管轄地域に足を踏み入れたのが、昨日もしくはそれ以降ならば、内海に報告が来なくて当然だ。


(万が一……本当に彼がリー本人だとしたら……人間に化けて正体を隠す事も容易たやすい……むしろ、そちらの可能性が高いだろう。多分、近隣の管理人はリーの正体に気づいていない! 利一様と出会った当時だって、彼は人間に化けて、周囲を欺いていたじゃないか!!)


 背筋が一気に冷えた。直ぐ様、頭に浮かんだのは理子の事だ。


(お嬢さんの側に人狼ウェアウルフがいる……?)


 全身がざわついて、ミカに対して怒りが湧いた。

 よりにもよってあの男は、亡き主に似た少女を人狼ウェアウルフに引き合わせたばかりが、人間に化けた人狼ウェアウルフがいると知りながら、管理人に報告もせず隠蔽したのでは、と疑った。

 勿論、これらが事実か否かは不明だ。確証を得る為にはミカやリーに確認する必要がある。また、内海の後任となる管理人に尋ねてみなければ、隠蔽があったと断言する事も出来ない。

 だが、内海の中では確定した事実として認識してしまった。


(お嬢さんの身に……もしもの事があったら……)


 そんな事は絶対に許せない。利一によく似た少女を危険な目に遭わせたくはない。ミカが理子の側にいるだけでも腹立たしいのに、そこへ人狼ウェアウルフが加わるなど言語道断だ。


 ──引き離さなければ、


 ──ミカから、


 ──リーから、


 ──お嬢さんを守らなくてはいけない。


 ──私が……


「……私が彼女を守らなくては」


 ──今度こそ……


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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