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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第146話 【1975年】◆エミリーの約束、チェスターの誓い◆

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【1975年】


 エミリーがベッドから起き上がると、視界の端に白い小動物が映った。

 小動物は、病室の隅に置かれた屑籠くずかごの陰に素早く隠れ、ぴくぴくと白く長い耳を動かしながら少女の様子をうかがっている。


『ミーシャ?』


 エミリーの口から自然と名前がこぼれ、それを聞いた兎の耳がピンと直立した。


『……エミリー、僕が分かるの? 記憶が戻ったの?』


 それはエミリー自身にもハッキリとは分からなかった。だが、愛らしい兎の耳を見た瞬間に、それが【ミーシャ】だと思ったのだ。


『……正直言うと、とても混乱しているわ……だって私……今、兎と喋っているのよ。自分でも頭がおかしくなったと疑うわ。でも……貴方の名前はミーシャであっているのね? ……もしかして私達……以前、一緒に暮らしていた?』


 ふと──庭で、白い兎と一緒に遊んだ記憶がよみがえる。幼い頃、ベッドで眠りにつく際、白い兎のぬいぐるみを抱いた覚えがあったが──あれも、ぬいぐるみではなくミーシャだったかも知れない。


『うん、そうだよ』


 白い兎──ミーシャがそう肯定したので、エミリーは『やはり』と思う。


『エミリー……どこまで思い出したの?』


 ミーシャは屑籠の陰から飛び出して、ベッドの近くまで駆け寄って来た。

 エミリーは片手で頭を軽く押さえて、記憶の整理を試みる。


『……私、ミーシャとミカと……一緒に暮らしていたのね?』


 ミーシャは大きく頷く。


『……いつから? いつから暮らしていたの?』


『……僕とミカがウォーカー家の護衛を勤めるようになったのは、エミリーが5歳の時だよ』


『5歳?』


 (夢では……赤ちゃんの時からだったのに…………いえ……夢なのだから……現実と同じだとは限らないわね)


 だが、ミーシャは夢ではない。現にエミリーの眼前にいて、言葉を交わしている。


(もしかしたら……私、幻覚を見ているのかしら? まだ夢を見ているのかしら?)


 己の正常さに疑いを持つ事は恐怖だ。

 エミリーは己の精神──あるいは脳に異常があるのでは、と疑ってベッドから下りた。腕に貼られた医療用テープを剥がし、刺さった点滴を引き抜くと、手近にあったシーツを掴み当て、引き抜いた箇所を圧迫する。


『エミリー、まだ寝てた方がいいよ。無理しては駄目だ』


『ミーシャ、貴方に触れてもいい? 確かめたいのよ。ミーシャが現実に存在するって事を、触れて感じてみたいの』


 ミーシャは、エミリーの片腕に目を向けた。


『いいよ。ただし、その血を僕に着けないでね』


 エミリーは『分かったわ』と返事をして、ミーシャを血で汚さないようにと思ってから──そう言う意味ではないと気づく。


(ミーシャは血で汚される事を危惧したんじゃないわ。私がミカの言ってた狩人だから……狩人の血が着く事を危惧したんだわ)


 エミリーの血が着いた凶器ならば、ミーシャを死に至らしめる事も容易い。ならば、血が着いた兎の毛皮に凶器を突き立てた場合も、結果は同様だと予想出来る。

 エミリーにミーシャを傷つける意思が無くとも、その血は怪物であるミーシャにとっては猛毒に等しく、脅威に他ならない。

 エミリーは押さえていた腕を離し、己の手を確認した。幸い、血は着いていない。


(これなら大丈夫ね)


 ミーシャの了承を得て、おもむろに手を伸ばす。指先から柔らかい綿毛のような感触が伝わり、そのまま温もりのある毛並みを撫でた。


『……夢じゃないのね』


 ミーシャは確かに存在していて、己は正常なのだと感じた。その瞬間嬉しいと思ったが、同時に悲しい気持ちも湧き上がる。全て夢であったなら、どれ程良かった事か……


『ミーシャ、貴方は私の味方? それとも敵? 貴方も私の死を願っているの?』


『エミリーには同情しているよ。……でも僕には、どうする事も出来ない。……君も見たろ? この町には怪物が沢山いて、エミリーやメアリーが逃げ出さないよう、常に監視しているんだ』


 言われて真っ先に思い出したのは偽りの祖父母、次いでチェスターとリズだ。家族だと信じていた彼らも、メアリーに付きまとっていた彼も、友達だと思っていた彼女も、その正体は姉妹を監視する怪物だった。


『……チェスターは今どうしてるの?』


 己を騙し、人としての権利をはなはだしく侵害していた彼の行い。それについて、易々と許す気にはなれない。だが──


(チェスターは知らなかったと言ってた……メアリーの幽閉も……私が殺される事も……)


 ついにはエミリー達を助けたいと発言して、仲間に裏切りを表明していた。


『ミーシャ教えて。チェスターは無事なの?』


 昨日、病院に着いたあたりからエミリーの記憶は途絶えていた。あの後、チェスターがどうなったかは分からない。


(もしかして……チェスターは……)


 何らかの処罰を受けたのでは? ──と不安が過る。


『彼は病院ここにいるよ。会いたいかい?』


『ええ、お願い!』


 チェスターの顔を見るまで安堵の息は吐けない。焦る気持ちを押さえきれず、エミリーはミーシャを持ち上げた。ミーシャは驚いて、バタバタと足を動かす。


『わっ……分かった! 分かったから、落ち着いて!』


 エミリーは軽く『ごめん』と謝罪して、ミーシャをそっと床に降ろした。


『もうっ! 君は昔から兎の扱いがなってないな! 一先ず、チェスターに会う前に……記憶の処置を受けてもらうよ』


『え?』


 ──次の瞬間。突如、視界が暗転する。背後から誰かが両手を伸ばし、エミリーの両目を塞いだのだ。


『ミカ!?』


 絶対にミカだと思って、名を呼んだが返事はない。


(記憶の処置!? 記憶を操作されるの!?)


『やめて!』


 どう操作されるのだろうか? 怪物側に不都合な記憶を消されるのだろうか? ──だとしたら、消される記憶は十中八九じゅっちゅうはっく、昨日の一件だろう。


『お願い、私の記憶を奪わないで!!』


 咄嗟とっさに、視界を塞ぐ両手を掴み抵抗したが、手の主は全く動じない。


『大丈夫、痛みはないよ』


 そうミーシャの声が聞こえてから、一瞬で意識を失った。

 次にエミリーが意識を取り戻した時には、独りでベッドに座っていた。

 慌てて室内を見渡すが、ミーシャもミカもおらず、点滴も血の着いたシーツも無かった。


(私……記憶を操作されたの?)


 その筈だが、昨日の記憶は消えていない。怪物に襲撃された事も、ベンジャミンと一緒に逃げた事も、拐われて──チェスターに助け出された事も、ミカと再会して真実を知らされた事も確かに覚えていた。


(一体、何の記憶を操作されたの?)


 思わず頭を抱えたところで、病室のドアがノックされる。


『エミリー、目が覚めた?』


 聞き慣れた声がしたが、直ぐに警戒心が湧いて体のしんが強張る。


『入るわよ』


 そう言って入って来たのは祖母だった。祖母は『今朝の具合はどう?』と尋ね、エミリーは『ええ、何ともないわ』と答えたが、実際は真逆の意味で、これは怪物達に対する不快感を表している。


(この人も……私の本当のおばあちゃんじゃないのね)


 偽者だと認識した途端、心底腹立たしい気持ちになったが、不思議とそれについ言及する気になれなかった。


『チェスターが来ているわ』


 そう言うと祖母役は、後ろ立つ青年と入れ替わるようにして病室を出る。

 チェスターは祖母役が出て直ぐに扉を閉め、エミリーの方を向く。

 彼はいつも変わらぬ高校生の姿で──昨日、目撃した赤い眼の吸血鬼ヴァンパイアでもなく、ましてや幼児でもない。


(でも、きっと……)


 今より少し大人びた顔立ちの──赤い眼の吸血鬼ヴァンパイアこそ、きっと本来の姿なのだろう。確証は無かったものの、エミリーはそう思った。


『話があるんだ……お前に』


 エミリーは黙ってチェスターを見据える。


『ずっとお前達を騙してきた……その事については弁解の余地はねぇよ……すまなかった。でも、昨日言った事は本当だ。俺はお前達の行く末を知らなかった。知っていたら、監視役なんて引き受けなかったし、今だって、お前を死なせたくないと思っている』


『謝罪なんかされても、ちっとも嬉しくなんかないわ。ええ、絶対に許さないわよ。私がどれだけ傷ついたか、あんたには理解出来ないでしょ!』


『ああ、お前の言う通りだ。どれだけ想像力を働かせても、お前の痛みはお前だけのもので、俺には理解出来ねぇよ』


『これから一体どうするつもり? あんたも不味い立場なんでしょ? 昨日そう言われてたじゃない』


『そうだな。また昨日のような下手をすれば、お前より先に俺が張り付けにされちまう』


『また? まだ助かるチャンスはあるの?』


 エミリーは希望を求めて語尾を明るく尋ねたが、チェスターの表情は反対に暗くなった。


『ねぇよ』


 無慈悲な返事に思わず絶句する。


『俺もお前も……いずれ殺されるだろうな』


 それを聞いて全身の力が抜けた。

 するとチェスターはエミリーの隣に座り、彼女の耳元に口を寄せ、ギリギリ聞き取れる音量で『でも、諦めねぇ』と囁いた。


 エミリーはハッとしてチェスターを見る。声を出そうかと思ったが、チェスターが人差し指を口元に当てた【沈黙のジェスチャー】をしたので、喉まで出かけた言葉を飲み込む。次にチェスターがドアの方を指差して、そこでやっと監視されていた事を察した。

 エミリーは小さく頷いて、置かれている状況を理解したと伝える。


『昨日の一件で監視も増えたし、監視体制も変わった。正直、どうしたらいいのか分からねぇよ』


『……私を見捨てて、独りで逃げたらいいじゃない。あんただけなら助かるかも知れないわよ』


 2人は小声で会話しつつ、ドアの方を注視し続ける。


『俺独り生き延びても意味ねぇよ。プロムの相手が死んだら踊れねぇだろ?』


『チェスターって本当に馬鹿ね!』


『ああ、そうだ。知ってるだろ?』


『プロムに誘う相手を間違えたわね。プロムじゃなくて地獄行きの切符を購入するつもりなの?』


『お前も馬鹿だな』


 エミリーは思わず頭にカチンと来て、やや大き目の声で『はぁ?』と聞き返す。

 するとチェスターは、少しだけ笑った。


『俺は、お前がいいんだよ』


 その一言で胸が苦しくなる。愚かな事に、この吸血鬼ヴァンパイアは憐れな狩人と心中する気らしい。


『私といれば殺されるのよ? なんで逃げないのよ? 今からでも仲間に弁解すればいいじゃない! 狩人を助けようとしたのは誤りだったって、そう弁解すれば──』


 エミリーが言い終えるより先に、チェスターが唇を重ねてきた。その刹那、頭の芯が痺れる。唇から相手の体温が伝わり、鼻腔びくうは彼の香りで満たされた。世界が強烈なまでに鮮明さを増した気がする。


『約束する。絶対にお前を死なせたりしない。俺が必ず守る。だから協力してくれ……お前を愛してるんだ』


『もし……約束を守れなくて、私を死なせてしまうような事があったら……その時はどうするの? 私独りで死ぬなんて絶対に嫌よ。あんたも一緒に死んでくれるの?』


 エミリーは内心、これは呪いの言葉だと思った。己を愛していると言ってくれた男に、最期は一緒に死んでくれと頼んだのだ。実に卑怯な取引であり、保証の無い口約束であったが、それでも彼女にとっては一種の希望に等しかった。


『ああ、お前が死ぬ時は、俺も一緒に死ぬと誓う』


 チェスターは真摯しんしな態度で言って、真っ直ぐにエミリーを見つめた。


『馬鹿げた誓いね。本当に……馬鹿ね……』


 エミリーは胸が熱くなり、涙腺が緩んだ。だが弱った姿を見せまいとして、意地でも落涙を堪える。

 背中にがっしりとした腕がまわされ、エミリーは彼の肩に顔をうずめた。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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