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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第143話 【現今】理子と織り混ぜられた嘘

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【現今】


 リーは柏木の頭を押さえ付けながら、理子に対して頭を下げた。柏木を許すように頼むと、理子はすんなり了承してくれた。勿論、彼女の本音としては恋人を責めたかった筈だが、リーに免じて譲歩してくれたようだ。


 問題は柏木の方だった。


「お前……わざと火に油を注いだやろ」


 リーが小声で指摘すると、柏木は床に突っ伏したままわずかに笑った。


「バレた?」


 彼は昔から最愛の者をないがしろにする傾向があり、それはある種の自虐的な悪癖あくへきであった。


「ったく、愛想つかされても知らんで」


 もしかしたら、本当に愛想を尽かされる事を望んでいるかも知れない。

 万が一、自分がいなくなるような事があっても恋人が悲しまぬように、と──


(……馬鹿かよ)


 リーは内心、酷く呆れながら、友人の頭から手を離した。

 リビングに向かうと、理子が長いソファーの真ん中にどっかり座って腕を組み、2人を待ち構えていた。


「そこに座って!」


 理子は柏木を鋭く睨み付ける。

 言われた柏木は素直に「分かった」と返事をして、彼女の向かいのソファーに座った。その様子はまるで学校の先生に叱られる生徒のようだった。実際、2人の立場は逆なのだが、この瞬間だけ、リーの目には違って見えた。


 理子は軽く息を吐いて「あのね」と切り出す。


「リーさんにはもう話したんだけど……私、木曜からずっと不思議な夢を見てるの」


 柏木はハッとして、隣にいたリーを見た。彼はコクンとうなずく。


「死者の夢や」


 おそらく──否、間違いなく、それだろう。一部の狩人には特殊な力があり、死者からのメッセージを夢見ゆめみで受け取る事が出来る。

 エミリーと同じように、理子にも夢見の力があった。


「理子、どんな夢なん? 内容は──」


 理子はさっと手をかざして、柏木を制止する。


「先にメアリーの事を教えて。もう聞き逃すのも、先伸ばしになるのも嫌よ」


 柏木は一瞬強張り『話す時がきたのだ』と腹をくくった。


「メアリーは……理子と同じ狩人だった。かつて僕は……メアリーの妹──エミリーと言う少女の護衛を勤めていたんだ」


(エミリー?)


 理子の脳裏に浮かんだのは、チェスターと抱擁ほうようしていた赤毛の少女だ。何故だか分からないが、彼女がエミリーだと言う確信が突如として湧いた。


「護衛と言うと聞こえは良いけど、本当の目的は監視だった。彼女達一家が逃げ出さぬようにね。狩人は怪物にとって天敵であると同時に、利用価値のある家畜なんだ」


 柏木はまた標準語で話す。理子はそれについて尋ねようとしたが、彼女が口を開くよりも先に、柏木が言葉を発した。


「理子……君が身につけているペンダント……」


 柏木は酷く言いにくそうな顔をして、理子の胸元に目を向けた。


「それは元々……僕の息子の形見なんだ」


 理子は目を大きく見開いて硬直する。


(息子?)


(誰の?)


(渚の?)


(渚に息子こどもがいたの?)


(渚の息子の形見を40年前にメアリーが持っていた?)


(形見……と言う事は……渚の息子は既に他界していて……)


 突然──理子の目がうるんで、片目から一筋ひとすじこぼれ落ちた。それはまるで生理現象のような涙で、動揺とは全く無関係だった。

 理子自身、何故落涙したのか理由が分からず、戸惑いながら涙をぬぐう。

 しかしながら、はたから見るとショックを受けて落涙したかのように見えた為、柏木はまた己のせいだと思い込んだ。


「……息子こどもがいたの?」


 理子が静かに尋ねると、柏木は「……うん」と短く返事をした。


「……奥さんがいたの? 本物の家庭を持ってたの?」


「……せや。皆、亡くなってしもたけど」


 柏木は自分を取り巻く女性の1人──秋本と擬似的な家族関係を築いていた。秋本の実子である咲空さら海斗かいとを我が子同然に慈しみ、現在も2人と交流を続けている。

 理子にも咲空さらを家族同然と紹介した上で、近々結婚する咲空さらのヴァージンロードの付き添い役を引き受けた。

 そんな擬似的な家庭ではなく、彼には本物の家庭があったのだ。


 また以前、柏木は理子にスクール水着の着用を懇願した時【お父さん】と言う言葉に過剰な反応を見せた。理子の父親に対しても、珍しく同情的だった。

 それは彼自身が、かつて【父親】だったゆえ……

 咲空さら執拗しつような告白を拒絶した理由もそこにある。


(結婚していたんだ……)


 不貞ふていをはたらく夢魔インキュバスの夫を寛大かんだいにも容認できる妻とやらは、果たしてどのような人物だったのだろうか?


 何か一つ秘密が明かされる度に、次々と疑問が湧いてくる。


「以前、僕には双子の弟がいるって言ったよね? 覚えとる?」


「うん」


 理子はよく覚えてた。あれは映画館に行った時の事。柏木は音信不通の弟がいると言っていた。


(……あ、そうか)


 夢に出てきた、柏木とうり二つの青年の正体は、くだんの弟なのだろう。直感的にそう思い、自然と納得した。


「僕の息子と弟は、メアリーの父親によって殺されたんだ」


「……え?」


「メアリーの事を話す前に、その話をしなければいけない……少し長くなるけど……」


 柏木はそう前置きしてから、呼吸を整えた。辛い過去を話す事は容易でない。

 悔いが残っていればいるほど、背負った過去は鉛のように重く、鋭利えいりな刺となって心の古傷をえぐる。


「俺やリーのように寿命の長い怪物は、人生の節目ふしめごとに改名するねん。季節の衣替え感覚でな。渡り鳥のように、移動する習性のある怪物は特にそうや。名前の読みを多少変えて、その土地に馴染む名前を使うねん。そして子供が誕生する時も、その土地に馴染む名前を名付けるんや……」


 柏木の言語はまた関西弁に戻っていた。話しにくい事や、心の乱れが激しい時に、彼の言語は安定性を失う。

 確証は無いものの、理子はその事に気づき始めていた。


「渚の……子供の名前は?」


「あの子の名前はジェームズ」


「じゃあ、奥さんは──」


「彼女の名前はマグダレーナ。俺が忠誠を誓った唯一無二ゆいいつむにあるじであり、ハインツの腹違いの姉でもある」


(なら、ハインツを親戚と言ったのは……!)


 柏木は隠したかったのだ。ハインツを義弟だと言えば、マグダレーナの存在をほのめかす事になる。だから義弟ではなく親戚と言い換えていた。


「……今から100年近く前に戦争があってん。マグダレーナ率いる怪物達と、彼女と敵対するカビール軍との戦争や」


 理子の心臓が、小さく跳ね上がった。


「俺はマグダレーナ指揮下のもと、戦っていたんや」


 リーは一瞬眉をひそめる。柏木の話に口を挟もうかと迷ったが、収拾がつかなくなる事を危惧して止めた。


「んで結局、戦争には負けてしもてん。マグダレーナは巨大な異空間に封印されてしもた。俺は息子を弟に預けて逃がした後、マグダレーナのあとを追って一緒に封印されたんや」


「封印された? でも渚は、今は自由だよね?」


「……はらい屋言う、妖怪退治を生業なりわいとした人間が日本おってな……そいつが異空間の封印を破ったんや。俺はそのお陰で自由の身となって……マグダレーナは……封印が破られた際に生じた衝撃で亡くなってん」


(……あ)


 理子は、これまた夢で見たはかま姿の青年を思い出す。そしてまた、不思議と直感した。


(あの人が祓い屋……)


 あの青年が封印を破った為にマグダレーナが死んだ──ならば、柏木にとって彼はかたきではないのだろうか?

 最愛の妻を──唯一無二の主を殺されたと恨んでもおかしくはない筈だ。


「俺はマグダレーナの死後、数年間、祓い屋の家に滞在しとったんや」


「その祓い屋を恨まなかったの? その人が奥さんを殺したも同然なのに?」


「勿論、恨んだよ……でも……あれは事故だったんだ……だから、彼を恨むに恨めなくてね」


 柏木は感情を言い表す言葉を探したが、最適な言葉を見つける事が出来なかった。


(利一に責任は無い……だってあれは……)


 マグダレーナを失った後、祓い屋──利一と数年間暮らし、そして彼のもとを離れて息子と弟を探した。

 だが手掛かりを見つけられず、2人の足取りを掴むめなかった柏木は、結局日本に戻ってきた。


 久方ぶりに利一のもとを訪ねると、彼は恋人──ジヒョンを失った事で自暴自棄になっていた。

 流れに身を任せて、利一といびつな関係におちいったのはこの時だ。


 当時、柏木は内心喜んだ。マグダレーナを死なせた張本人が、恋人を失い苦しんだ挙げ句、事もあろうか自ら夢魔の毒牙にかかった。その無様さと言ったら──……


(これは、理子には言えへんな……)


 それから頻繁に利一のもとを訪れて、歪な関係を続けた。己の言動で利一が傷つく度に、心が慰められた。

 柏木にとって利一は主のあだであり、気晴らしに苛める娯楽だった。表向きは利一を許していたが、やはり心のすみに恨みが残っていたのだ。


 だが、その関係に変化が訪れる。


「ある日、突然……その祓い屋のところにハインツが訪ねて来たんや」


 柏木はてっきり、ハインツはマグダレーナと一緒に死んだと思っていた。だから生きている彼を見て、心の底から喜んだ。

 当時の柏木はハインツを憎んでなどいなかった。寧( むし)ろ彼との和解を望んでいた。


「理子も知っとるやろ? ハインツは【道】が分かるねん」


 言われて理子は頷く。ハインツは理子の仇である高坂こうさかのもとまで彼女を導いた。どこをどう進めば目的地に辿り着くのか分かる──それがハインツの力だった。


 ハインツはその力を用いて、柏木の息子と弟を見つけ出していた。


「俺はハインツに、息子と弟の所まで案内するからと誘われて……彼と旅に出たんや」


 利一はハインツに対して何やら警戒心を抱き「行くな」「嫌な予感がする」と引き留めたが、柏木はその警告を無視して、ハインツと共に海を渡った。


 当初、ハインツとの旅は順調だった。2人の間に流れるぎこちなさは抜けきらなかったが、それでも一緒にいられる事が幸福だった。


(やっと……ハインツのもとに……戻って来れたと思ったのに……)


 事件が起こったのは、合衆国に入国した直後の事だ──


 柏木は【食事】の為にハインツと別行動を取っていた。女性に化け、現地で行きずりの男を引っ掛けて、路地に連れ込んだ所に別の男数人が待ち構えていた。


 暴力を【食事】と割り切る事など出来ない。だから傀儡くぐつにして強制的に活力を喰ってから、路地に瀕死の彼らを放置した。抜かりなく記憶も消した。人間の捜査が己に及ぶ事はない──


(──筈だと思っていた。でも……それが誤りだった)


「旅の当初は順調だった……けれどアメリカに着いて早々、僕は現地の人間に絡まれて、怪物の力を使ったんだ。その場の危機は脱したが、それがキッカケでその地区を管轄していた管理人に目をつけられてしまって……取り調べを受ける事になったんだ」


 柏木はここまで話した内容に、僅かな嘘を織り混ぜ、多くの事実を隠して伝えた。

 理子はそれらに気づく事なく、彼の話に耳を傾ける。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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