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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第139話 【1944年】◆◆龍神の毒と最後の生け贄◆◆

挿絵(By みてみん)

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【1944年】


 それは一瞬の事だった。広間に破裂音が響き渡り、ミカの体は吹き飛ばされた。慌てて利一が駆け寄ると、ミカの右腕と右脚の一部がえぐれて、骨が剥き出しになっている。ミカは激痛にあえいでうずくまった。


「ミカ!?」


 傷がなかなか塞がらない。札の傷は直ぐに修復されたのに、この傷の治りは異様に遅かった。傷口は紫色に変色して、僅かに泡立っている。


「それは血肉を腐らせる毒だ。不死と言えども、毒は浄化出来ぬようだな」


 龍神はそう言って、また攻撃を放つ。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 誰かの叫び声を耳にして、正二は意識を取り戻した。周りの大人達は愕然として、上座を凝視している。正二もつられて上座を見ると、見知らぬ男が佇んでいた。最初に上座にいた筈の当主夫妻は、その男に対し、脇で平伏していた。


(一体、何が起こっているんや?)


 混乱しつつ斜め後ろを見ると、血溜まりに伏せる四肢ししの無い青年と、彼の名を必死に呼び掛ける利一がいた。青年に意識は無く、正二の目には絶命しているように見えた。


「ミカ! ミカ! 目ぇ覚ましてや!」


 凄惨な光景に、正二は震え上がる。


「利一、こちらに来なさい」


 上座にいた男はそう言って、利一に向かって手を差し出す。


「嫌や! 絶対に嫌や!」


 利一は泣き叫んだ。


「ならば、そやつが傷つく様を何度でも見せつけてくれよう」


 上座にいる男がそう言った瞬間、耳が痛くなる程の破裂音がして、ミカの頭部が吹き飛んだ。

 正二は思わず目をそむけて、吐きそうになるのを必死に堪えた。


「やめろー!!」


 利一はミカに覆い被さって庇う。


「ミカ! しっかりしてくれ!」


 吹き飛んだ四肢は、僅かに修復されてゆくが、またも破裂音が響き、庇う利一の体を避けて、ミカの肉が削られる。


「やめろ!! 頼むから、もうやめてくれ!!」


「ならば、こちらに来い」


 男はそう言って、利一に向かって手を伸ばす。利一は悲痛な面持ちで、男の言う事を聞くか否か迷う。


「りっちゃん!!」「利一!!」


 利一の両親は息子に駆け寄って、胴体だけになったミカから利一を引き剥がした。


「嫌や! 離せ!」


 暴れる利一を父親が容赦なく平手打ちした。


「ええ加減にせえ! お前1人の問題とちゃうんや! 一族全員の命がかかっとるんじゃ!!」


 利一は目を丸くする。


「……どう言う事なん?」


 大おばが「これっ」と一喝して、父親を鋭く睨む。利一は龍神に向かって「どう言う事や! 説明せえ!」と怒鳴り付けた。


 父親は「黙れ」と言って、利一を再び打つ。今度は当たり所が悪かったようで、利一は鼻から出血した。


「やめてや!」


 正二は思わず叫んだ。人が打たれる姿を見るのは嫌だ。打たれる音を聞くのも怖い。体の芯がギュッと強張って、心臓が早鐘を打った。


「やめて! 打たんといて! お願いやから、利一を打たんといて!」


 そう叫んで涙が溢れる。正二に懇願こんがんされ、利一の父親は3発目の平手打ちを躊躇ちゅうちょした。


「なんで利一を打つん? やめてや……やめてや……」


 号泣する正二を見て、打たれた利一も涙が溢れた。


隆盛たかもり


 上座にいた男──龍神が当主の名を呼んだ。


「はい」


「明日の夜に儀式を行いたい」


「かしこまりました」


 言って当主は平伏し、親戚連中もそれに続いて平伏した。

 ミカはまだ体の修復が追いつかず、血の海に伏したままだ。


「ミカ……ミカ……」


 利一は父親に羽交い締めにされながら、必死に呼び掛ける。


(札は祓えたのに……毒は祓えへんのか?)


 札の酸はまじないによるものだが、この毒はまじないのたぐいではないようだ。流石のミカも、札のように祓う事は出来なかった。


「おじ様、あれはどないします?」


 親戚の1人が倒れているミカを指差した。四肢と頭部は欠損していたが、腹部が僅かに上下して、呼吸をしているのが確認出来る。


「……こないな状態でも、まだ生きてるんか」


「それ以上ミカを傷つけんといて!」


「利一、その男を助けたいか?」


 龍神に訊かれて、利一は頷く。


「ならば、大人しく定めを受け入れよ。逆らう事は許されない」


「……どうして、俺に固執するねん。なんで、俺でないとアカンねん」


「お前が特別だからだ。私はずっと昔から、利一が生まれてくるのを待っていた。利一の代わりなど、いやしない」


 龍神の発言に、親戚連中は困惑して各々顔を見合わせた。


「……特別?」


 歴代の生け贄には、常に代わりの候補者が存在していた。利一は第一候補、正二が第二候補、そして第三候補に三葉が続く。年長から順に、名前に数が入るのだ。

 過去には、第一候補以外が生け贄になった事例もある。実際に、利一の曾祖母の名前は二美ふみだった。龍神から生け贄を指名された事もなければ、捧げられた生け贄に対し苦言された事もない。


 だが、今回は違う。龍神は利一に固執していて、他の候補を受け入れる気がないようだ。


「……どう言う意味や。俺を待ってたって、何の事やねん?」


「……利一は輪廻転生を信じるか?」


 唐突に訊かれて、利一は怪訝な顔をした。


「はぁ!? 知るかそんなもん!! どうでもええわ!!」


 ミカが重傷を負い、自身が生け贄にされそうになっている、そんな状況で一体何を言い出すのだ、と怒りが湧いた。


「私は輪廻転生を信じていた。愛しい者と死に別れたとしても、いつか必ず転生し、再び逢えると信じていた」


 龍神は幸福に満ちた顔でそう言った。【信じている】ではなく【信じていた】と……


「お前は、私に捧げられた最初の贄の生まれ変わりだ」


「は?」


「信じていた……やっと逢えた……私のいち


 龍神は利一を【市】と呼び、利一のもとに歩み寄る。


「近寄るな!!」


 利一は強い不快感を覚え、全身の毛穴がすぼんだ。


「なんやねん、それ。気持ち悪い! そんな話信じられるか!」


「信じられぬのも無理はない。市には過去世かこせの記憶が無いのだから」


「やめろ! 俺の名前は利一や! 市なんか知らん!」


「市は私に約束してくれた。必ず生まれ変わって、また逢いに来ると」


「やめろ!! 聞きたない!! お前なんか大嫌いや!!」


「利一! 龍神様になんて事を!」


 父親がそう叱ると、龍神は手を挙げて「よいのだ」と許す。


「市に記憶が無くても、私には分かる。お前は私の市だ」


「違う! 勝手に決めつけるな!」


「市は私に誓ってくれた。何度、生まれ変わっても、私だけの市でいると」


 龍神は利一を市だと信じて、自身の主張を押し付けてくる。利一の立場になって、会話をする気は一切ないようだ。

 利一にとって、転生云々の話はさして重要ではない。会話が成立しない時点で、龍神を気味悪く感じていたし、何より龍神はミカを傷つけたのだ。許せる筈がない。


「仮に俺が、お前の言う市の生まれ変わりやったとしても、今は違う人間として生きとるんや! 過去世の業も誓いも、今の俺には関係無い!! 生け贄になる気もない!!」


「……お前を含む子供らが、死ぬとしてもか?」


「何の話やねん?」


 利一は意味が分からず戸惑うと、広間にいた未婚の親戚連中も同様の反応をして、ざわついた。


「龍神様、それは!」


 当主が慌てて言った。


「隆盛、もうよいのだ。こうして市が帰ってきてくれたのだから……のろいは全て解いてやろう。もう隠す必要もない」


のろい?」


 女体化ののろいの事だろうか?

 利一と正二、それに未婚の数人が怪訝な顔をした。


「私は、私の血を引く子供らに、等しくのろいをかけたのだ。死をもたらすのろいだ」


 聞いた瞬間、彼らの表情が一変する。


のろいの発動を回避するには、私に贄を捧げ続けるしかない。さもなくば、お前達の心臓は止まるだろう」


 利一は言葉を失った。そんな話は初耳だ。正二と未婚の数人は顔面蒼白になる。


「嘘や……」


 未婚の数人が「そんな呪いは聞いてへん」「どうして、そんな呪いを──」と取り乱しながら尋ねた。


「当然だろう。お前達は私によって創造された命だ。私には、お前達を自由に扱う権利がある。そもそも……最初に市を差し出し、助けを求めてきたのはお前達の方ではないか。私はお前達が望むように、丈夫な身体と加護を授け、一族を繁栄させてきた。戦乱にも拘わらず、豊かな暮らしが出来るのも、全て私の恩恵ではないか」


「なんで、俺たち若年者に隠していたんですか?」


 未婚の1人が責めるように尋ねる。


「……知っていれば、子を成す事を躊躇ためらうだろう? それでは、いずれ一族が衰退してしまう。子を授かった者だけに、こののろいは明かされるのだ」


 子供を授かった夫婦は、生け贄を捧げる事に対し、賛同せざる得なくなる。捧げなければ、我が子が死んでしまうのだ。


 生け贄になるのは30年に1人だけ。生け贄と言っても、命を取られる訳ではない。これは言わば、強制的な婚姻に等しい。


──だから、良心の呵責も軽くて済んだ。


 生け贄にする為の子供を用意して、生け贄は尊い役目だと、言い聞かせて育てる。

 生け贄になった子供が孕めば、祓い屋としての力も強まる。

 そうやって生きていけば、死ののろいが発動する事もない。


──たった1人の我慢で、一族は平穏に暮らせるのだ。


「利一! すまん。後生やから、生け贄になってくれ!」


 突然、若い親戚の1人が利一に向かって平伏した。


「うちには4月に生まれた娘がおんねん! 娘を死なせたない!!」


 彼に続いて、他の親戚も利一に向かって平伏する。


「俺もや! 頼む、利一! うちの息子を死なせんといてくれ!!」


「かんにんしてや、利一! 誰も死なせたないんよ! お父ちゃんにも、お母ちゃんにも、お姉ちゃんらにも生きて欲しいんや!」


 親戚連中は必死になって命乞いをする。それは浅ましく醜い、卑怯な圧力であり、何としても家族を守りたいと言う、切なる願いでもあった。


「龍神様、先程おっしゃった事はホンマですか? ホンマに全てののろいを解いて下さいますか?」


 親戚の誰かがそう訊いて、龍神は「ああ」と頷く。


「市が、最初で最後の贄となるならば、お前達は自由の身となろう」


 親戚連中はどよめいた。

 父親の言う通り、利一だけの問題ではなかった。利一は、最早もはや嫌だと言えなかった。


「利一……」


 父親は羽交い締めにしていた腕をほどき、利一の足元で平伏した。それは利一にとって衝撃の光景だった。あれほど厳しい父親が息子に頭を下げるなど、絶対に有り得ない事だ。


「父様……」


「すまん、利一……堪えてくれ」


 利一はその言葉を聞いて、全身の力が抜けた。その場に崩れるように座り込み、平伏する親戚連中を見渡してから、ミカに目を向ける。四肢はひざひじのまで、頭部は上顎うわあごまで修復されていた。


「市」


 そう呼ばれて、ゾッと寒気に襲われる。恐る恐る横を向くと、龍神が隣にいた。


「おかえり、市」


 龍神はそう言って、利一を優しく抱き締めた。


 広間のあちこちから、すすり泣く声が聞こえてくる。

 正二は呆然として、龍神に抱き締められる利一を見た。その顔は絶望に染まり、眼は輝きを失っていた。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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