表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
148/182

第135話 【1975年】◆ミカの指摘とリーの激励◆

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【1975年】


 病院に向かう車の中で、光沢のある赤茶色のシートにもたれながら、利一は黙ってミカの話を聞いていた。

 ミカはエミリーの質問一つ一つに答え、彼女に真実を明かしていく。その殆んどが嘘偽りの無いものだったが、唯一疑わしい話が含まれていた。

 それを指摘する事は容易いが、ミカは恐らく否定するに違いない。


──ミカはハインツに嵌められた、と認める事が出来ないでいる。


(ミカのド阿保……何で奴を庇うねん)


 ミカはハインツの事となると、口数が極端に少なくなってしまう。利一にはそれが庇っているように思えてならない。


『ミ……マイケル(ミカ)は、一体何の仕事をしていたの?』


 エミリーがミカに尋ねる。


『僕は9年前まで、君達一家の護衛として働いていたんだ。住み込みでね』


 エミリーとチェスターは目を丸くした。


『……最初のうちは何の問題も無かったよ。僕は君達一家と仲良く暮らしていたし……君の言う通り、以前は友達だったかもね。……でも、ふとした拍子に気づいたんだ。……君達の父親が、僕の家族を殺した狩人だと』


 聞いていてチェスターは、違和感を覚えた。あれだけ狩人をけなしておいて、仲良くとはどう言う意味なのか? リズのように偽りの友を演じていたのか、将又はたまた、チェスターのように真実を知らされていなかったのか、それによって話は大きく異なる。


『それで……パパを殺したの? それがバレエの発表会の日?』


 ミカは冷淡にエミリーを見据える。


『エミリー、僕が憎い? 僕を殺したい?』


 訊かれてエミリーは胸が苦しくなった。言葉を発しようとすると、喉の奥が圧迫され上手く声を出す事が出来ない。それでも無理に答えようとして、今度は大粒の涙が溢れる。ミカが憎いと言うよりも、今は只々悲しかった。

 エミリーが両の拳を握ると、温かくいとけない手が添えられた。


『チェスター……』


 エミリーに呼ばれて、手を添えた幼児はハッとした。チェスターもまた、エミリーを傷つけていた加害側だ。素知らぬ顔で慰めて良い立場ではない。


『悪いっ』


 恥じる気持ちで、添えた手を離す。


『チェスターって、本当に気持ち悪いね。それに大馬鹿だ』


 ミカは呆れたように言う。


『は!?』


『散々、メアリーとエミリーを騙してきたのに、今更、都合良く善人面するなよ』


 ミカの言葉がチェスターの胸を貫いた。彼が怯んだ隙を衝いて、ミカは更に追撃する。


『自分は無力だと嘆いて、悲劇の主人公に浸る行為は、さぞかし気分が良かったろう。自分は嫌々荷担してます、本当は彼女らに同情してます──そう思う度に、君は自分に同情していたんだ。自分が一番可愛いから、自分が一番可哀想だから、悲劇に浸る事で自分を慰めていたんだろ』


 その冷淡な口調に、強いさげすみが込められていた。

 チェスターは反射的に『違う』と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。以前にも、ヴィヴィアンから同じ指摘を受けた事がある──それを思い出したのだ。


【相手を憐れに思うのと、自分を憐れに思うのは表裏一体よ。あんたは腹の子を憐れに思うと同時に、腹の子を殺さなければならない自分を憐れんだのよ】


──かつて、人狼の赤子を殺せなかったチェスターに対し、ヴィヴィアンはそう指摘した。その一言一句を覚えていた訳ではなかったが、それでもかなめの部分は印象に残っていた。


 自分が信頼しているヴィヴィアンと、反対に憎悪しているミカ。その両者から、同じ指摘をされた事が胸に刺さった。祖父役とリズの各々が、同じ趣旨の話をした時も嫌な気分になったが、今の方がはるかに辛く、屈辱だった。


『どうせ……エミリーを助けようとしたのも、大して本気じゃなかったんだろ』


 ミカは呆れたように両手の平を軽く上げ、肩をすくめる。


『違う! 本気だった!!』


 チェスターはそれに対し強く反論して、すかさずエミリーの方を振り向く。


『嘘じゃねぇよ。本当にお前を助けたかったんだ。メアリーが幽閉される事も、お前が殺される事も、つい昨日まで知らなかった。知っていたら、こんな仕事引き受けたりするかよ!』


 自分で言って、不意に気づく。


(あ……だから、ヴィヴィーは俺に知らせなかったのか? だったら、何故俺に護衛の仕事を?)


 ヴィヴィアンの言動に疑問が湧いた。彼女は何かを隠している気がする。


『エミリーを本気で助けたいなら、君の行動は失敗だったね。どんなに正しい事を主張しても、やり方を間違えれば子供の駄々と何ら変わり無い。単なる恥さらしだ』


 ミカは挑発的に言った。


『だったら、お前は何だ!! 偉そうに言える立場なのかよ!! いつでも被害者遺族に付きまといやがって!! 人の不幸で自分を満たそうとするんじゃねぇよ!!』


『自分を不幸にした連中を憎むのは当然だろ。復讐を望んで何が悪い?』


『復讐ならとうに済んでるだろ!! メアリーとエミリーが憎まれる筋合いはねぇよ!! それこそ餓鬼の駄々じゃねぇか!!』


『そうだね。これは僕の駄々──我が儘だよ。自分でも正しくない事は重々承知さ。それでも憎まずにはいられない。メアリーとエミリーが不幸に堕ちる事が、僕にとっての幸福なんだ』


 エミリーの傷ついた表情を、チェスターは見逃さなかった。平然と暴言を吐くミカに、激しい怒りが湧いた。


『他人の不幸と自分の幸福を履き違えるな!! そんな事も分からねぇのか!!』


『何とでも言えよ。僕は痛くも痒くもない。既に君は詰んでる状態だし……最後ぐらい、多少の文句は許してあげるよ』


 チェスターはエミリーを逃がそうとして、ヴィヴィアンに反対され、リズに負かされ、利一に制圧され、終いにはエミリー共々連行された。ミカの言う通り、チェスターは完全に詰んでいる。


(……俺はどうなる?)


 通常であれば即刻処分だろう。だが、今は生かされていた。


(病院に着いてから殺す気か……?)


 エミリーを街に連れ帰る事に対して、反対すべきではなかった。いくら動揺していたとしても、あの場は堪えて好機をうかがうのが最善だった。


『残念だよ、チェスター。君がいなくなるなんて。遺言があるなら、今のうちに聞いて上げるよ? 何でも言って。ベッド下に隠してる雑誌を処分して欲しいとか?』


 ミカはそう言って、せせら笑う。それに対してエミリーは怪訝な顔をした。


『待って、どう言う事なの?』


『チェスターはベッドのマットレスの下に、ポルノ雑誌を隠しているんだ』


 ミカの言葉にエミリーは『え゛!?』と声を出した。


『隠してねぇよ!!』


 チェスターは顔を赤らめ激怒する。


『でも、当然見た事はあるよね?』


『そんなのお前に関係ねぇだろ!』


『それは肯定と見なしていいのかな』


『ちょっと! そんな事はどうでもいいわ! 私が聞きたいのは、チェスターがどうなるかって事よ!』


 ミカとチェスターの下らないやり取りに、エミリーが割って入る。車内の空気は一気に暗くなり、ほんの僅かな間、静寂に包まれた。


『狩人の娘を逃がそうとしたんだ。罰を受けて当然だろ』


 ミカが吐き捨てるように言って、エミリーは青ざめる。


『それって、つまり……チェスターは殺されてしまうの?』


『……チェスターの処罰を決めるのは上よ。それまで身柄を拘束するわ。……いいわね?』


 ヴィヴィアンはそう言って、バックミラーをちらりと見た。


『うわぁー、お優しいボスだこと。不祥事を起こした部下に、慈悲を下さるなんてねー。……それとも個人的に、チェスターを殺したくない事情でもあるのかなー?』


 ミカは大袈裟に演技がかた口調で茶化す。


『何が言いたいの?』


『とぼけるなよ、ボス。チェスターが君のお気に入りだって事は、皆気づいてるよ』


『聞き捨てならないわね。私は特別誰かを贔屓ひいきしたりしないわ。部下は全員公平に扱っているつもりよ』


『よく言うよ。僕に対して、人一倍辛辣な態度を取るくせに』


『貴方は私の直属の部下ではないし、人一倍問題を起こしているわ。少しは厳しくもなるわよ』


 ミカとチェスターと利一の脳裏に浮かんだのは──ミカが股間を粉砕された瞬間だった。


(((あれが……少し!?)))


 3人は、少し厳いヴィヴィアンの制裁を思い出して、一斉に血の気が引いた。女性のヴィヴィアンには、あの恐怖は到底理解出来ないだろう。


『今回、問題を起こしたのは僕じゃない。チェスターだ。しかも、未遂とは言え狩人を逃がそうとしたんだよ。相応の罰を受けて然るべきでは?』


 ミカの抗議にヴィヴィアンは眉をひそめる。


『彼の処罰に関して、貴方に発言権は無いわ』


 彼女は、そう一蹴した。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


──夜


 病院に到着したリーは、個室のベッドに腰掛ける寝間着姿の幼児を見て、口をぽかんと開けた。5歳前後の幼児は酷く不機嫌な顔をして、視線を合わせまいとうつむいている。


『……チェット(チェスター)なのか?』


 戸惑いながら声をかけると、幼児と思えぬ鋭い目つきで睨んできた。


『……命令に背いたと聞いたけど……その姿は……?』


 リーは恐る恐る、幼児の左隣に腰掛けた。病室の入り口には、軍服をまとった利一が、まるで門番のように佇んでいる。リーは利一とチェスターを見比べた。


『カシワギさんの仕業なのか?』


『ああ、そうだよ』


 チェスターは声を荒げて返答する。


『一体何があったんだ?』


 リーが落ち着いた口調で尋ねると、チェスターは表情を暗くして再びうつむいた。


『……エミリーを街から連れ出そうとしたんだ』


『何故そんな事を?』


『それは…………』


 チェスターが言葉に詰まると、リーは彼の背に右手を優しく添えた。


『君が理由も無く、そんな行動をするとは思えない。話してくれないか。何があったんだ?』


 リーはいつになく真剣な眼差しで、隣に座る幼児を真っ直ぐ見つめた。その真摯しんしな態度にほだされて、チェスターは重い口を開く。胸に渦巻くいきどおりを堪えながら、リーに真実を打ち明けた。

 リーも自分と同様に、ウォーカー姉妹の行く末を知らされてはいなかった。リーは途中何度も眉をひそめ、明かされた真実に嫌悪を示しつつ、静かに耳を傾ける。そして全てを聞き終えてから、おもむろに尋ねた。


『それで……チェットはこれからどうするんだい?』


『どうも、こうもねぇよ。俺は処分されて、エミリーは殺される。メアリーは一生奴隷として暮らすんだ』


 絶望的な発言をしたが、内心は諦めてはいなかった。何とか逃げ出して、2人を救出しようと考えていた。それを悟られまいと、諦めたふりをする。


『……もう、行けよ』


 チェスターがぶっきらぼうに言うと、リーは再び眉をひそめた。


『このままチェットを置いては行けないよ。偽りとは言え、僕らは家族じゃないか』


『家族ごっこはもう終わりだ。……リー、アビーを連れて街を離れろ。二度とここへは戻るな』


『……チェットの事を忘れて、どこか他所よそで暮らせと?』


『そうだ。もう怪物と関わるのはよせ。もし上の連中が、協力を依頼してきても必ず断れ。……いいな?』


 また今日のような襲撃があれば、次に犠牲になるのはリーとアビーかも知れない。これ以上、身近な人間を危険に晒したくはなかった。

 リーが『でも』と反論しかけると、チェスターはベッドから飛び降りて彼の腕を引っ張る。


『もう、いいから行け!』


 チェスターはリーを立ち上がらせようと懸命に引くが、幼児の力では90kg以上ある体を起こす事は叶わない。それでも無理に引っ張ると、手を滑らせて尻餅をついた。


『って!』


 リーは急いで駆け寄って、倒れた幼児を抱き起こす。格好のつかない立ち振舞いに、チェスターが苛立っているとリーは神妙な顔をした。


『僕の身を案じてくれたんだね。ありがとう。でも、僕はこの街に残るよ。多分、アビーもそう言うと思う』


『さっきの話を聞いてたのかよ!? また人狼ウェアウルフが襲って来ても、上の連中はお前達を守っちゃくれねぇぜ!!』


 リーは首を横に振る。


『街に住む友人や従業員達を見捨てて、僕らだけ逃げる訳にはいかないよ』


『馬鹿かお前は!!』


『馬鹿は君の方だ。どうせメアリーとエミリーの事も諦めてはいないんだろ?』


 リーはチェスターの耳元でそっと囁いて、得意気に微笑んだ。チェスターは見透かされて、僅かに動揺してしまう。


『チェットは嘘をつくのがとことん下手だな』


 チェスターが反論出来ないでいると、リーは愛しそうに稚いけな頭を撫でた。


『……止めろ』


 撫でる手を退けて、チェスターは悔しげに顔を歪める。実年齢はチェスターの方が上なのに、リーは構わずチェスターを子供扱いする。それが居心地悪くて仕方がない。


『チェット……君に、どんな決定が下されても僕にはどうする事も出来ないし、君が何をしようとも、僕は手助けする事が出来ない』


 それは言われなくとも分かりきった事だった。リーは何の権限もない極普通の人間だ。彼に期待する方が間違っている。


『でも……それでも、僕は君の味方だ』


 言ってリーはチェスターを抱き締めた。チェスターはリーの腕の中もがく。


『離せよ!』


『なぁチェット。君の最初の名前は何て言うんだ?』


『はぁ?』


『長寿の怪物は、時代毎に改名すると聞いたよ。【チェスター】は最初の名前じゃないんだろ?』


『なんで、こんな時に訊くんだよ。名前なんかどうだっていいだろが!』


『……こんな時だからだ』


 その言葉にチェスターは、ハッとさせられた。リーはチェスターとの今生の別れを覚悟しているのだ。


『たった1人で正義を訴える事は、本当に勇気のいる事だよ。全員が反対する中で、エミリーの為によく立ち向かったね。僕は君を誇りに思う』


 それに対して、チェスターは直ぐ様『違う』と言って否定した。

──自分の言動は単なる駄々に過ぎない。称賛とは程遠く、幼稚な正義でしかないのだ。


(今日程、自分を憎んだ事はない)


(無力を嘆く度に、無力な自分に酔って……)


(幸せになる努力を怠っていた……)


(ミカの言う通り……俺は馬鹿だ……)


 落涙しそうになって必死に止める。泣く資格などない。泣いていいのはメアリーとエミリーの2人だ。自分じゃない──なのに、


『チェット、よく頑張ったな』


 リーにそう言われ、チェスターは堪えきれず肩を震わせた。


『本当によく頑張った』


 何度もそう言って、稚い少年を優しく抱き締めた。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

script?guid=onscript?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ