第133話 【1975年】◆チェスターと利一の疑惑の2人◆
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【1975年】
「これで、一件落着やな」
ミカがそう言った途端、彼の背が急激に縮んだ。手足が細くなり、髪が長く伸びてゆく。着ていた軍服は消えて元の服だけが残り、ぶかぶかの服を着た愛らしい幼女が出来上がった。
「……何すんねん」
幼女になったミカは、ふてくされた顔をして尋ねる。利一の服装は、目を離した一瞬の隙に、ミカとは異なるデザインの軍服に変わっていた。
「暫く、その姿でおれ」
そう言って利一は、ミカの靴を拾い、次いで幼女を抱き上げる。
「はぁ? これじゃあ戦えへんやん。また敵が来たらどないすんねん。殺されてまうやん」
「いっぺん、死んだ方がええんとちゃうか? そしてら、多少はマトモになるかもせぇへん」
「りっちゃーん。酷ぉーい」
利一はミカを無視してリズを見た。彼女はチェスターの体を乗っ取ったまま、元の体を担ぎ上げ、車の後方に向かう。そしてトランクを開け、そこに元の体を投げ入れた。
利一はその瞬間を狙い、小さな折り紙を放つ。紙は素早く瘤に貼り付き、バチンと叩きつけたような音が鳴り響く。それと同時に一筋の青白い火花が走った。
瘤──肉塊は逃げるように跳ね上がり、チェスターの首から離脱する。肉塊は焦げたような煙を上げて、トランクの中を転げ回った。
チェスターは解放された事にハッと気づいて、直ぐ様、トランクを閉めた。すると僅かな間をおいて、いつものリズの声が聞こえてくる。
『痛いじゃない!! 何するのよ!!』
『エミリーさんは街に戻ると言っているのですから、貴女もチェスターさんを解放すべきでしょう』
チェスターは利一の発言に目を丸くした。
(利一は……)
利一は幼女のミカを抱いたまま、真っ直ぐにチェスターを見つめる。その険しい眼差しに、慈愛は含まれていない。
(助けてくれたんじゃねぇのかよ……)
チェスターは訝しんで、利一を見つめ返す。その間に、首と胸の傷がゆっくりと塞がった。利一はそれを見て、ほっと安堵の息を吐いた。
すると今度は、チェスターの背が急激に縮み、ミカと同じく幼児の姿になった。
『はぁあ!? なんだよこれ!?』
チェスターが狼狽えていると、利一は幼児のチェスターを掴んで、車の後部座席に押し込んだ。次いで幼女のミカを乗せ、勢い良くドアを閉める。
エミリーは、突然飛び込んできた幼児2人を見て、驚きのあまり涙が止まってしまった。
『えっ!? えっ!? チェスター!?』
『おい!? お前の仕業か!? 元に戻せ!!』
チェスターはミカを押し退け、車のドアを開こうとする。だが、ドアはびくともしない。
『ふざけんな、クソが! 開けろ!!』
利一はチェスターを無視して、ヴィヴィアンに話し掛ける。
『ジェファーソン(ヴィヴィアン)さん、街に戻りましょう。ミカの暗示の効力が消えたので、次期にここも騒がしくなる。そうなる前に移動した方が良い』
言って利一は、道路に残されたチェスターの靴を拾う。ヴィヴィアンは落ち着いて『分かりました』と返事をしたが、内心は酷く動揺していた。
利一は意図も簡単にミカとチェスターを無力化した。これは脅威であり、あってはならぬ事だった。
一個人が圧倒的な力を保有する事は、世の均衡を崩す事になる。その者の気分次第で、秩序は破壊されてしまうからだ。
(上の連中が利一さんを警戒するのも無理は無いわ……)
どんな聖人も賢君も、生涯変わらず善を貫くのは難しい。人の心は砂糖菓子のように脆く、予期せぬ事で悪に転じてしまう。逆に、最善と信じた行動が、最悪の結果を生む事もある。歴史を振り返れば、脳を患った為に、道を誤った統治者もいるのだ。
利一も先人達のように、道を誤る可能性があった。彼が常に正しくある保証はどこにも無く、また利一本人も確約する事は不可である。
人間は生を受けた瞬間から成長し、老いや病との戦いを経て、そして最期は死に至る──生涯に渡り、変化し続ける宿命を持つ。勿論、利一も例外ではなく、日々変化している。だからこそ保証は出来ないのだ。
利一が善人かどうかは問題ではない。何の保証も無い人間が、力を保有している事が問題だった。
途端に、ヴィヴィアンは背筋が寒くなる。
(もし、カシワギさんが……チェスターとエミリーを逃がしていたら?)
上層部は大義名分を得たとして、ヴィヴィアンをはじめとする管理人達に、利一の抹殺を命じるだろう。ここで重要なのは、実際に命令が成功するかではなく、正当性の有無である。
利一が反逆者であれば、彼の抹殺はやむを得ない決断となり、民衆に対し正当性を訴える事も容易い。正義はこちらにあったと言える。そうでなければ、利一の抹殺は単なる殺人になってしまう。
『一先ず、病院に向かうわ』
ヴィヴィアンはそう言って運転席に、利一は助手席に乗り込んだ。後部座席を振り向けば、困惑した様子のエミリーと、ぶかぶかの服を着た幼子2人が座っている。
『おい! なんだよコレ!』
座席の真ん中に鎮座するチェスターが、苛立ちながら尋ねる。
『怪物を無力化する呪いです。無駄な抵抗はしないで下さいね』
利一は、しれっと言って前を向く。
『はあぁ!?』
『貴方が抵抗すれば、被害を被るのはエミリーさんとジェファーソンさんですよ』
『それは脅しか?』
その問いに利一は沈黙した。代わりにヴィヴィアンが、チェスターに声をかける。
『チェスター。今は大人しく従って……お願いよ』
言われてチェスターは、隣にいるエミリーを見上げた。心底悔しいが、彼女を連れて逃げる事に失敗したのだ。その上、力まで奪われてしまった。エミリーに対し、何と言えば良いのか分からず、目をそらして下を向く。
車は走り出して直ぐに、他の車とすれ違った。利一の言う通り、ミカの暗示はすっかり解けてしまっていた。
『……誰か最初から、ちゃんと説明して欲しいわ。貴方達は何者で、何が目的なの?』
エミリーの質問に全員の気が重くなる。
『僕らは怪物だよ』
口を開いたのはミカだ。
『さっきも聞いたわ。その怪物って……具体的に何なの?』
『一般的な人間と動植物を除く、超自然的な現象の総称だ。吸血鬼や狼男なんかがそうだね』
『魔女とか?』
『魔女は微妙な部類だ。怪物だと定義してる者もいるけど、あれらは一応は人間だからね。僕個人は、超自然的現象を扱える人間だと認識してる。助手席に座っている彼と同じだな』
エミリーは利一に目を向けた。
『貴方は……魔法使いなの?』
『……そう認識してもらっても構いません』
訊かれて利一は投げ遣りに答えた。ここで、龍神や祓い屋などの話をする気はない。そもそも、エミリーが知りたい情報はそんな事ではないのだ。
『ちなみにチェスターは吸血鬼。元人間だよ』
エミリーはチェスターに目を向け『そうなの?』と尋ねた。チェスターは『ああ』と短く答えてミカを睨む。
『じゃあ……ミカと彼女は?』
『……僕は夢魔。人間を誘惑してヤリまくる怪物だよ』
エミリーはミカの物言いに眉を顰め、今度は運転席に目を向ける。ヴィヴィアンは直ぐに後ろからの視線に気づいて、こう言った。
『……良い事を教えてあげるわ。怪物に種族を尋ねるのは、初対面の相手に支持政党を訊くようなものよ』
つまり、訊くなと言う事だ。エミリーは気を取り直して別の質問をする。
『……私とパパの事を狩人だと言ったわね? 不死の怪物を殺す力を持っているって。でも、私には怪物を殺す力なんて無いわ。運動だって苦手だし、筋力だって全然無いもの』
『いや、身体能力は関係ない。君は間違いなく狩人だ。狩人の力は目に見えるものじゃない。例えば──』
ミカはチェスターのフォールディングナイフを取り出して見せた。
『(コイツ、いつの間に!?)返せよ!』
抗議するチェスターを無視して、ミカはナイフの刃を固く握り、それを躊躇無く引き抜いた。拳の中で刃が滑り、エミリーは思わず目を瞑る。
『エミリー、よく見るんだ』
言われてエミリーは、恐る恐る目を開けた。ミカの拳の内側から、血が滴り落ちている。
『ミカ、早く手当てして!』
すると──直ぐ様、流れた血がミカの体に吸収され、手を開くと傷口は綺麗に消えていた。エミリーは驚いて、しきりに目を瞬いた。
『不死の怪物である僕を、ナイフで殺す事は出来ない。今みたく、立ち所に修復されちゃうからね。でも、君が触れているナイフならば有効な武器となる。不死の怪物でも、人間のように傷つける事が出来るし、殺す事も出来るんだ』
『……それって、銃でも?』
『銃や弓矢は駄目だね。直接手で触れた状態でなければ効力は発揮されない。銃で殺したいなら、弾丸に自分の血を塗るといい。君の血は、怪物を一時的に無力化する力があるんだ』
『……そんな話、信じられないわ』
『無理に信じる必要は無いよ。僕も信じて欲しいとは思ってない。どう判断するかはエミリーの自由だ』
ここまで聞いてチェスターは疑問に思う。
(何故、エミリーの質問に答える? ご丁寧に狩人の能力まで説明して……)
後で記憶を消すとは言え、ミカはあまりにも素直に答えていた。それが不気味に思えてならない。
その後も、ミカはエミリーの質問に答えて続けた。
──何故、自分達姉妹を監視していたのか?
──何故、メアリーを幽閉し、エミリーを殺すつもりなのか?
エミリーは先程聞かされた内容を、改めて丁寧に説明してもらい、それを利一とヴィヴィアンも黙って聞いていた。最初は半信半疑で聞いていたエミリーだが、徐々に現実を受け止めていく。
話はエミリーの家族に及び、彼女はそこでようやく、両親の出生、延いては自身の出生を知った。
『まだ分からない事があるの。私はミカ……いえ、マイケルに優しくしてもらった記憶があるの。貴方の言う通り、私達の関係が被害者遺族と加害者であるなら、この記憶は何?』
その質問にチェスターも注目した。それは彼も知りたかった事だ。以前、ヴィヴィアンから聞いた際は、ミカがどうして殺害に至ったのか、その詳細は知らされていなかった。
(資料や記録には書かれいなかった……コイツの過去……)
エミリーはミカは友達だと言った。優しくされた記憶があるならば、そう思うのも無理はない。
(だとすれば……何故、被害者遺族が加害者の娘と仲良くなった?)
ミカはエミリーの質問に対して、急に口を噤んだ。つい先程までは、何でも答えていたのに、突然その態度を変える。
『マイケル、答えてよ』
エミリーは悲しそうに言って、また目を潤ませる。
『ヴィヴィーは知ってるんだろ、マイケルの過去を……』
チェスターは、黙している幼女を諦めてヴィヴィアンに尋ねた。
『一応はね……立場上、知ってるわよ。でも、私の口から詳細は言えないわ。その事案については一部を除き、箝口令が敷かれているのよ』
『箝口令?』
それが意味するのは──上層部にとって、知られたくない事柄があると言う事だ。
(……今、ヴィヴィーが言った事が事実なら……何故、俺に被告人の特徴を教えた? それこそ箝口令に反していないか? いやそもそも、ここで当事者同士が話す事は許さるのか?)
ヴィヴィアンはチェスターに護衛の仕事を任せる際に、被告人であるミカの特徴を教えた。勿論それだけでは、ミカが被告人だと気づくのは難しいが──チェスターはミカと初めて会った時から、不思議と彼が被告人──殺害犯であるような気がしていた。
(そう言えば……最初に来た時に、マイケルはヴィヴィーからの紹介だと言っていた…………ん?)
妙な引っ掛かりを感じて、記憶を掘り起こしてみる。
(……ミゲルが起こした殺人事件を受けて、護衛の増員を決めたのはヴィヴィーだ。本人に確かめたから間違いねぇ。でも……ヴィヴィーがマイケルにクビを言い渡した時、奴は自分を雇ったのは上の連中だと言った……ヴィヴィーに決定権は無いと……)
それはヴィヴィアン本人も認める趣旨の発言をしている。また、ウォーカー婦人からの推薦があり、断れなかったような物言いもしている。
(……ヴィヴィーが増員を決めた丁度その時に、上の連中がマイケルを雇って彼女に押し付けたのか? だからヴィヴィーからの紹介だと発言した……?)
その説明で納得出来る気もしたが、どこかに嘘が紛れているようにも思う。
先程聞いた、ウォーカー婦人の自殺の件についても、腑に落ちない点があった。
婦人は精神病院に入院していた。厳重に監視された生活の中で、どうやって首を吊ったのだろうか?
──それも、エミリーの殺処分に同意した直後に……
(もしかしたら……)
チェスターの頭の中に、ある可能性が浮かぶ。
『マイケル……教えて。私達はどうやって知り合ったの?』
エミリーは諦めずに、改めてミカに尋ねた。すると、彼女の熱意に根負けしたのか、ミカがよくやく口を開いた。
『……たまたまさ』
『たまたま?』
『そう、たまたま。ただの偶然だ。親戚に仕事を紹介されて、行った先に君達がいたんだ』
『そんなの……今まで一番信じられない話だわ!』
『そうだね……確かにそうだ。僕も信じられなかったよ。でも事実だ』
──嘘だ。
利一は瞬時にそう思った。偶然な筈はない。それは仕組まれた罠だったと確信している。何故ならば……
(……ミカにその仕事を紹介したのは……ハインツや)
──ミカはハインツに嵌められた。
利一はそうに違いないと思っている。だが、ミカ自身は認める事を拒んでいるようだった。エミリーにハインツの件を打ち明けないのも、その表れかも知れない。
(ええ加減……アイツが元凶やと認めろや)
利一は口に出来なかったが、ハインツに対する疑いはまだあった。恐らく、ミカもその可能性に気づいている筈だが、彼は頑なにハインツを疑う事を避けている。
(なんでやねん……)
ミカは何かを恐れているように思えた。理由は分からないが、彼は何かを隠しているようだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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