第131話 【1975年】◆残酷な再会と残酷な未来◆
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【1975年】
──日没直前。
彼は南方に向けて、車を走らせていた。住宅地を抜け、大きな道を経て──いずれは、州間高速道路に乗るつもりでいた。
一刻も早く、逃げなければならない。さもなくば命は無いだろう。仲間が時間を稼いでいる内に、狩人の娘──エミリーを州外に連れ出す必要がある。
そこで待つ別の仲間に彼女を引き渡し、護衛達の捜索を撹乱する予定でいた。
これはかなり強引な計画で、実のところ、緻密さに欠けていた。行き当たりばったりの暴挙に等しい。──だが、選択の余地などなかった。予期せぬ事態の連続で、これ以上、街に留まる事は危険だと判断したのだ。
(あの、ベンとか言う青年……一体何者だったのだろうか?)
彼はベンジャミン(ベン)を仕留めず、エミリーだけを拐った。その判断が本当に正しかったのかと、今更ながら不安に思う。
彼の仲間は、ベンジャミンを殺す事に賛成したが、彼自身は殺す事を躊躇した。
(でも、もし……彼が……奴等の仲間だとしたら? やはり殺すべきだったのでは?』
彼がそう思った時だった。車のトランクからぶつけたような物音がして、暫し間を置いてエミリーの叫び声が聞こえた。
『開けてー!! 出してー!!』
(もう起きた!?)
彼女の目覚めは、予定よりも随分早かった。
(クソっ! 次から次と……厄介な……)
ふとバックミラーを見ると、1台の車が猛スピードで近づいて来る。
『チッ……来たのかよ』
舌打ちをしてそう言ったが、内心、嬉しさが込み上げる。彼は、チェスターの人格を評価していたし、そう言う行動を期待していた。
だが、現時点ではチェスターは邪魔でしかない。追って来る吸血鬼を排除する必要があった。
彼は仕方無く、仲間に念話を送る。
【おい! チェスターが追って来ているぞ! 足止めはどうなっているんだ!】
直ぐ様、仲間から返事が来た。
【すまない。彼を気絶させたつもりだったが、どうやら失敗したらしい】
【何とかしてくれ。このままじゃ追いつかれる!】
【善処するよ】
仲間のやや呑気な口調に不安を覚えたが、それに対して文句を言う隙は無かった。一瞬、日が陰ったかと思うと、無数の鳥達が飛翔するのが見えた。鳥の種類は様々で、鴉、鴨、愛らしい小鳥までいる。それら大群が、後方の車目掛けて急降下していった。
鳥達はチェスターが運転する車に、捨て身の体当たりをして、走行の邪魔をした。1羽、また1羽とフロントガラスにぶつかり、首を折って死んでいく。その苛烈な妨害は、1963年の映画【The Birds】の比ではない。
フロントガラスがヒビ割れて、羽毛と血で汚れた。視界を奪われた車は最初の内こそ蛇行したが、直ぐに怯む事無く追跡を続けた。
(流石は吸血鬼……見えなくても感覚で追って来るか……実に厄介だよ。クソが!)
【避けろ!!】
突然、仲間の声が脳内に響き、慌ててハンドルを切った。遠くで破裂音がして、間髪入れずにフロントガラスが割れる。車が横滑りし、2発目の銃弾が彼の肩を掠めた。
彼は負傷を覚悟したが、弾は服だけを破り、体は辛うじて無事だった。
(リズか!?)
チェスター以外の護衛に狙撃されたかと思ったが──
【違う!! 彼女じゃない!!】
彼の仲間はそれを否定する。
──では、一体誰が狙撃してきたのかと尋ねるよりも先に、大きな衝撃が加わって車が左右に揺れた。制止しようと試みたが、車はあっと言う間に跳ね上がり、勢い余って転覆した。道路に屋根部分を擦り付け、火花を散らしながら数十メートル先で止まる。
【しまった……エミリーが!!】
彼は手だけを変化させ、鋭い鉤爪でシートベルトを引き裂いた。直ぐ様、車から脱出して、転覆した車をゆっくりとひっくり返す。
そして、トランクを怪力でこじ開けた瞬間──横からチェスターの蹴りが入る。咄嗟に左腕で受けたが、そのまま蹴り飛ばされてしまった。
彼は受け身を取り、素早く体勢を整えて、眼前に現れた吸血鬼を見据えた。
(クソっ……誰だ!? 俺達の邪魔をしたのは……)
【チェスターと戦うな! 一旦、退くんだ!】
仲間にそう言われて、苦々しい気持ちになる。本音を言えば、逃げたくはない。叶うならば──チェスターとゆっくり話がしたかった。だが、時間が無い。約束の時刻はとうに過ぎてしまった。チェスター以外の追手が直ぐに到着するだろう。
(クソ……しくじった……)
チェスターはトランクの前に立ち塞がった。トランクの中にはエミリーが横たわっている。彼のいる位置からは、エミリーの姿は見えないが、甘美な血の匂いが漂ってきて──それで彼女が負傷している事を悟った。
『エミリーは無事か?』
チェスターに尋ねると、意外そうな顔をして、眉を顰めた。
『……エミリーを病院に連れて行け。間違っても彼女の血を飲むなよ』
彼はそう言って、全力で駆け出した。エミリーを取り戻したのだから、チェスターは追っては来ないと踏んだ。実際その通り、チェスターは追って来なかった。
日が沈み、街は再び静寂に包まれる。彼はエミリーを諦め、郊外へと逃げた。
チェスターは人狼が去った後、エミリーに呼びかけた。
『エミリー! 目を覚ましてくれ!』
エミリーは頭から血を流している。心音と呼吸に異常は無いが、脳震盪を起こしている可能性があった。
(下手に動かさない方がいいんだろうが……)
さっきの転覆で、ガソリンが僅かに漏れている。この場に留まるべきではない。チェスターは気を失ったエミリーをそっと抱き上げ、安全な道路脇まで彼女を運んだ。
周囲を見渡すと、道路はやけに空いていた。遠くの方に赤いのテールランプ見える。車が数台止まっていたが、動く気配が全く無い。
(そう言えば……人狼とカーチェイスをしている間、他の車とすれ違っていねぇ……)
チェスターは以前、人狼の討伐に加わった事がある。だから、彼らに関して多少の知識はあった。人狼の能力は、肉体の強化と変化が基本だ。同種間の念話はあるが、それ以外に対して精神干渉する技は無い。
(……人間も、鳥も、操られている。……こんな事が出来るのは……)
ふと──気配を感じて天を仰いだ。空から、純白の両翼が舞い降りて来る。それを見た瞬間、背中がざわつき腹の底から怒りが湧いた。
(……なんで、ここにいやがる)
ミカはゆっくりと降下して、地に足を着けた。わなわなと震えるチェスターを無視して、横たわるエミリーを冷淡に見据えた。
徐に1歩を踏み出してチェスター達に近づくと、直ぐ様、チェスターが飛び掛かって来る。ミカはそれを冷静にかわして、チェスターを投げ飛ばした。
『邪魔だ』
言ってミカは、エミリーの額に触れる。
『触るな!』
チェスターは激昂して、ミカの首を掴み、アスファルトに叩きつけた。そのまま骨をへし折って、次いで首を引きちぎろうとする。すると──背後から『チェスター?』と呼ばれ、彼は急ぎ振り返った。
『エミリー!?』
チェスターは慌ててミカから手を放す。
『無事か!?』
エミリーは顔を伏せ、頭を押さえていた。チェスターがミカと争っている姿は見えていなかったようだ。
『おい、大丈夫か?』
『ええ……何とか。……大丈夫よ』
『病院に行って手当てしよう。あそこなら、俺の仲間がいる。そこなら安全だ』
それを聞いてミカが笑いだした。例によって、首の損傷は既に修復されていて、背中の両翼は消えていた。
『何が可笑しい!』
『安全? 今、安全だって言った? 馬鹿馬鹿しい。これが笑わずにいられるかよ。君の仲間は、いずれエミリーを殺すと言うのに? それのどこが安全なんだ?』
言われてチェスターは凍りついた。ミカに対する怒りが一気に吹き消され、胸に鋭い痛みが走る。
(エミリー……)
一番、最悪な形でのネタバラしだった。恐る恐る彼女の顔を見ると、驚愕した様子で固まっている。
ミカはふんと鼻を鳴らして、更に暴露を始めた。
『驚いた? チェスターも、僕も、人間じゃない。怪物だ。君は怪物に飼育されている家畜で、もうすぐ殺される運命なんだよ』
『止めろ!! お前、よくも……!!』
ミカの胸倉を掴んだ、その時──
『……ミカ?』
エミリーがそう呟いて、今度はチェスターとミカが目を見開いた。
『ミカでしょ? ミカ……ミカ……』
エミリーはミカに手を伸ばし、目を潤ませる。チェスターが戸惑っていると、エミリーはミカに抱きついて泣き出した。
『ミカ! ミカ! 夢じゃないのね! 本当にミカなのね!!』
『エミリー、どう言う事だ!?』
訝しんで尋ねるが、エミリーは泣きじゃくるばかりで答えてくれない。
そうしている内に1台の車が近づいて来て、チェスター達の手前で止まった。その車から、利一と若い女性の姿をしたヴィヴィアンが降りて来る。
ミカは利一の姿を見るや否や、エミリーを勢い良く突き飛ばす。チェスターは咄嗟にエミリーを抱き止め、ミカを殺さんばかりに睨みつけた。
『なんて事何しやがる!!』
抗議するチェスターに抱かれながら、エミリーは呆然としていた。利一とヴィヴィアンは、直ぐ様、両者の間に割って入った。
「ミカ、何しとんねん!」
「別に……」
「別に? 今、あの娘を突き飛ばしたやろ!?」
「だったら、なんやねん! ほっとけや!」
ミカと利一が言い争ってる一方で、チェスターはヴィヴィアンに怒りをぶつけていた。
『何で、マイケル(ミカ)がここにいるんだ? 地下室に閉じ込めていたんじゃなかったのかよ!』
『仕方がなかったのよ。商業地区に人狼が現れたせいで、大勢の人間に目撃されたわ。事態を収拾させるには、彼の力が必要だったのよ。私も不本意でならないわ』
『だからと言って! アイツは──』
『ミカ! どうして!? 私達、友達でしょ?』
エミリーはチェスターの言葉を遮り、ミカに尋ねた。それに驚いて、利一とヴィヴィアンが顔を見合わせた。
『エミリー、よせ! アイツはお前の味方じゃねぇ!』
『そんな事ない! ミカは私の味方よ! 友達なの!!』
『これは、どう言う事なの!? 説明して!』
言ってヴィヴィアンはミカに目を向けた。ミカは冷淡な表情でエミリーを睨む。
『鬱陶しいな……僕と君が友達だって? 僕は君の父親に家族を殺されたんだ。それでも友達だと言えるのか!?』
『えっ? パパが殺した?』
青ざめて困惑するエミリーを見て、ミカは息を小さく吐いた。
『どうやら、完全には思い出さなかったようだね。だったら……教えてあげるよ。君の父親は、僕の弟と……僕の息子を殺した!! ただ怪物だったと言うだけで、無意味に殺したんだ!!』
ミカは顔を悲痛に歪め、声を荒げて告白した。
『2人は何もしていないのに……ただ、そこに居合わせただけで……君の父親に殺された!! そんな理不尽を許せるわけがないだろ!! だから僕も殺したんだ!! 君の父親を……僕が殺した!!』
「ミカ、よせ!」
エミリーの頭に浮かんだのは、仕立ての良いスーツに返り血を浴びたミカの姿だ。あれは──
『……バレエの発表会の日?』
『なんだ……覚えてるじゃないか』
覚えてると言うよりも、夢で見たから知っていた。エミリーが思い出した記憶は、それ程多くはない。
『……ミカ』
エミリーの頬に、先程とは違う涙が伝う。
『その名前で僕を呼ぶな! 穢らわしい狩人め……君はもうすぐ殺されるんだ。メアリーの卒業と同時にね』
『どう言う事だ!?』
チェスターはその発言に飛び付く。エミリーが殺されるのは来年の筈だ。それを確かめるように、直ぐ様ヴィヴィアンの顔を見た。
『マイケル、止めなさい!! 今ここで言うのは──』
『どうせ今日の記憶は消すんだろ? だったら構いやしないさ。教えてあげるよ。エミリー……君は狩人と呼ばれる特別な人間で、僕ら怪物に監視されながら生活していたんだ。君の祖父母も、友達も、教師も、全員偽者だ。人間のフリをした怪物なんだよ!! 彼らは、君とメアリーが成長するのを待っていたんだ。食用の豚みたいに……肥らせて殺すつもりだったのさ!!』
エミリーの顔から血の気が引いていく。ミカは構わず、更に捲し立てる。
『いいか、よく聞け!! メアリーは高校を卒業したら幽閉されて、無理矢理、孕まされる!! そうやって何人も産まされた挙げ句、産まれた子供を全て奪われて……最期はゴミとして捨てられるのさ!!』
「ミカ!!」
利一はミカの名前を呼び、彼の腕を押さえる。
『嘘よ、そんなの!! デタラメだわ!!』
『嘘じゃない。疑うならチェスターに聞けよ』
エミリーは直ぐ様チェスターを見た。だが、ミカの発言の真偽を尋ねるよりも先に、彼の居た堪れない表情から、真実を察した。
『……チェスター……ねぇ、嘘でしょ? 嘘だと言ってよ』
『……すまない』
『止めてよ!! 謝罪なんか聞きたくないわ!! 私を……私とメアリーを騙していたの!?』
『待って! チェスターが幽閉の件を知ったのは、つい昨日の事よ。それまで彼は何も知らなかったわ』
ヴィヴィアンが咄嗟にチェスターを庇う。
『そうだよ。彼は真実を知らずに、君達の監視役をやってたのさ。彼のような下っ端には、肝心な事は知らされない。今だってそうだ。……今日の正午過ぎに、上から伝令があった。内容は──』
『それは私から言うわ!』
ヴィヴィアンはそう遮って、チェスターとエミリーに目を向けた。
──嫌な予感しかない。
何故ならば、ヴィヴィアンの表情が凶報だと告げている。
『上層部は人狼の襲撃を受けて、狩人の早期処分を決定したの。エミリー・ミシェル・ウォーカーは、姉のメアリー・グレイス・ウォーカーの卒業と同時に、殺処分されるわ』
聞いてチェスターは、天地がひっくり返った気がした。エミリーも同様に、酷い目眩に襲われて、その場にへたりこんだ。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
Enjoy the rest of your day.