第125話 【1944年】◆◆利一と内なる影の海◆◆
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【1944年】
トンネルから城に戻った利一とミカは、マグダレーナと共に玉座の間にいた。
玉座の間の中央に、直径1メートル程の大きさで、半透明の半球があった。その中に林檎が1つ置かれている。
ミカは少し離れた場所から、その林檎に狙いを定めて鞭を振るう。しかし、鞭は半球の殻に阻まれ、攻撃は林檎に届かない。
『リーチ、余計な事を考えるな。ミカに意識を集中しろ』
マグダレーナは、攻撃を外したミカではなく、ミカの側にいた利一に言った。
利一は頷き『はい』と返事をする。
『用意はいい? もう一度いくよ』
ミカはそう言って、鞭を構えた。
『やってくれ』
利一がそう言うと、ミカは再び林檎を狙って鞭を振るう。利一は念じるように、ミカを見つめた。ミカの振るった鞭は、再び殻に阻まれた。
「ああ~。アカンやん」
利一はそう言って、肩を落とす。すると、ミカが利一に手を差し伸べた。
『念じて駄目なら、直接触れるのはどうだろう?』
その提案にマグダレーナも頷く。
『リーチ、やってみろ』
利一は『はい』と返事をしてミカの手を取る。指と指を絡ませて手を繋ぎ、ミカの隣に寄り添う。
マグダレーナは長椅子の玉座から、そんな2人の背中を見つめた。
ミカはまた林檎を狙って鞭を振るう。鞭の先端が音速を越え、弾けるような音が玉座の間に響く。
──次の瞬間。林檎が砕け、蜜を含んだ果肉が床に散乱した。それと共に半透明の半球が崩壊する。
『『!?』』
ミカとマグダレーナは同時に目を見開いた。
「やったー! ミカ、出来たやん! 成功やろ?」
「あぁ、せやな。ようやった。すごいやん」
ミカは利一はを労ったが、内心は戸惑っていた。
【無効化の加護】は繋いだ手を通じて鞭に注がれ、鞭は見事、呪いの殻に阻まれる事無く、中にある林檎を砕いた。だが、鞭が砕いたのは林檎だけではない。
この結果は、ミカにとって予想以上だった。
(……もし、加護を纏った渾身の一撃を、壁に放ったら……)
ミカはそう思い、玉座に座るマグダレーナに目を向けた。
マグダレーナも同じ事を思ったのだろう。鋭い眼光で利一を見つめて、直ぐにミカと目配せをした。
「これで、表のどこに出ても帰れるやろ?」
利一は無邪気に喜んだ。 ミカは「勿論やで。俺がちゃんと送ったる」と言って、利一の坊主頭を優しく撫でた。
利一の目には、問題は解決されたかのように見えた。
無効化の加護でミカを伴い表側に出て、疎開した別荘まで送り届けてもらう。送り終えたミカは、兎の穴を通じて、裏側のトンネルに帰れば良い。
希望を得た利一は、笑みを溢して喜んだ。そんな少年を見て、マグダレーナが声をかける。
『ミカ、席を外せ。リーチと2人で話がしたい』
言われてミカは、一礼して玉座の間から出て行った。
ミカが去った後、マグダレーナは利一を隣に座らせた。
『何でしょうか?』
利一が尋ねると、マグダレーナは神妙な顔をして、どこからともなく純白の箱を取り出した。
『リーチ……これは私からの餞別だ。受け取れ』
それは一辺が30センチ程の立方体の箱だった。利一は不思議そうにそれを受け取る。
『これは……何ですか?』
『表側に帰れば……いずれ、これが役に立つ。それまで、これは大切に持っていろ。肌身離さずな』
直ぐ様、頭に浮かんだのは、持ち難そうに箱を抱える己の姿だった。利一は『無理です』と即答する。
『心配しなくとも、影に収めれば良い』
『影?』
利一は首をかしげる。
『己の影に【影の怪物】を飼うのさ。手に持ちきれない荷物は、その怪物に持ってもらう。そうだな……姿の見えない荷物持ちが、すぐ横に控えているとでも思えば良い』
マグダレーナはそう言うと、ノックをするように、踵で床を2回、鳴らした。
その音を受け、長椅子の下に落ちていた影が伸び、影絵のような人の形を成した。
利一はぎょっとして、思わず床から足を浮かせる。浮かせた足の下に、ぼんやりと小さな影が落ちていた。
すると、人の形をした影は、流水のように利一の影に流れ込み、同化する。
『お前に私の影をやろう。可愛がってやってくれ』
『え!?』
利一は、恐る、恐る、床に落ちる影を見た。
『……あの、床に足をつけても大丈夫ですか?』
『心配は無用だ。普段通り生活しろ』
『……でも』
──憚りも一緒なのかと思うと、生理的に受け入れ難い。利一はそう言いたかったが、マグダレーナに気圧されて、言えなかった。
『リーチ、影に名前をつけてやれ』
『良いのですか? 名付けると言う行為は主従の契約に等しいのに……』
『それはもう、お前の従属だ。好きにしろ』
利一は足下の影を見た。いつもと変わらぬ己の影。そこに潜む、影の怪物。
──ふと、闇夜に揺らめく水面の光景が浮かんだ。
──影の内側に潜む……影の海……
「……内海」
利一は影に向かって、そう呟いた。それが、与えられた名だと分かったのか、影は再び、床に人の形を描いた。
利一はそれに向かって、マグダレーナから渡された純白の箱を差し出す。
「内海……これ、持っといてくれるか?」
紙のように薄く平たい影が、床から宙に伸び、利一から箱を受け取る。内海と名付けられた【影】は、箱を飲み込み、元の影へと戻った。
利一は内海を見て、ミカがどこからともなく、物を出し入れしていた事を思い出す。
『ひょっとして、ミカも影を飼っているのですか?』
その問いにマグダレーナは『ああ』と頷き、説明する。
『裏側に住む連中はな、大概、小さな影を飼っているのさ。影は便利だからな。影に収めた物は、例え死体だろうが、何百年経っても朽ち果てない』
それを聞いた利一は、感心して、足下の内海を見た。
『だだし、お前にくれてやった影は特別だ。普通はここまで大きくはない。まして、人の形をした影は稀少だ。妬む者や、狙う者がいるだろう。だから……リーチが影を飼っている事は、決して口外するな』
『……はい。分かりました』
『ミカにもだ』
『ミカにも?』
利一は戸惑い、マグダレーナを見る。
『そうだ。ミカにも言うな。ミカが口を滑らさないとしても、お前が喋れば、誰かが聞いてるやもせん』
『そんな……。では、影をお返しします。いくら便利でも、狙われたんじゃ、割りに合いません』
『無理だな。お前はもう影に名を付けただろう? 今更、契約を破棄する気か? それとも……私の贈り物にケチをつける気か?』
途端に、マグダレーナから発せられる圧が凄味を増す。利一は全身の毛穴がすぼむのを感じた。慌てて、有り難く頂戴する旨を伝え、内海を大切に扱うと約束した。
マグダレーナはそれを聞き、満足したかのようにニヤリと笑う。
何か騙されたような、押し付けられたような感覚を味わいながら、利一は苦々しく笑った。
その後、利一はマグダレーナに言われて、扉の外で待っていたミカを呼んだ。
呼ばれて戻って来たミカが尋ねる。
『話は終わったの?』
『ああ、全部な。……それで、お前はリーチを故郷まで送るんだろ? 出立はいつだ?』
『……すぐにでも、行こうかと思う』
『……それが良い』
マグダレーナとミカは、手を取り重ね、別れを惜しむように互いを見つめる。利一は、そんな2人の姿に不安を感じた。
所詮は、机上の空論に基づいての作戦なのだと──そう思えたのだ。
上手くいく保証など、やはり、ありはしない。だからこそ、ああやって別れを惜しんでいるのだと……
──ここで、利一に疑問が生じる。
(……上手くいく保証も無いんに……なんで、ミカは俺を帰そうと協力してくれるんや?)
ミカは最初、利一を殺そうとした。そんな男が……何故、危険を省みず、協力してくれるのだろう?
確かに、ミカと利一の絆は、僅か数日で深まった。だからと言って……ここまでしてくれるのだろうか?
それに気づいた途端、先程とは違う寒気が、利一に襲いかかる。
「……ミカ、ホンマにええんか? もし失敗したら、無事では済まんかもせぇへんで?」
利一は暗転して、不安の色を滲ませる。ミカは利一の肩に手を置き、そして言った。
「無謀でも、君はこの手段に賭けるしかないんやろ? ……俺は好きやで。希望を求めて、立ち向かう奴がな。そやから協力するんや」
嘘を述べているようには見えなかった。だが不安は拭えない。割りに合わない事を進んで引き受ける理由が知りたかった。
「あとは……そやな、本音を言うと……息子に会いたいからや」
それを聞いて、ストンと力が抜け、府に落ちた。利一は破顔する。
「なーんや。そうやったんか」
「がっかりした?」
「いや、全然」
邪な裏があったわけではないと知り、安堵の笑みが溢れた。それならば、こちらも進んで協力する気になった。
『では、リーチ……お別れだ。幸運を祈る』
マグダレーナはそう言って、右手を差し出す。
『はい……ありがとうございます』
利一はマグダレーナと握手を交わし、彼女の瞳を見た。美しい翡翠の瞳。初めて見た時は、母親の指輪を思い浮かべたが、今見て思い浮かぶのは、ミカと見た翠の平原だった。
【お詫び】
『第121話ベンジャミンとの出会いと白い兎の夢』の時系列の一部に誤りがあった為、修正しました。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
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