第124話 【1975年】◆チェスターとエミリーの未来◆
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【1975年】
──遡る事、少し前。チェスターがミカと地下室にいた頃。
メアリーとエミリーは病室にいた。
『私、プロムには行かないわ』
姉が発した言葉に、エミリーは目を丸くする。
『え……なんで?』
エミリーはベッドに座るメアリーの顔をまじまじと見た。意識を取り戻した姉は、別人のように目つきが変わっている。
頭を打った衝撃で、チェスターとプロムに行く約束を忘れてしまったのかと……一瞬だけそう思ったが、どうやら違うらしい。
『あんなに、プロムに行きたがってじゃない。突然どうしちゃったのよ』
『気づいたのよ……いえ、思い出したの。どうしてプロムに行きたかったのか……それを思い出したの』
エミリーは首を傾げる。
『でも……もう、いいの。プロムなんて、大した問題では無かったんだわ。行こうが行くまいが、私の人生を左右する程の影響は何も無かったんだから。本当に重要なのは、そんな事ではなかったのよ』
『チェスターとの約束を断るの? 彼と喧嘩でもしたの? 何が原因?』
今朝、エミリーが病室に到着した時、メアリーはチェスターをひっぱたいて病室から追い出した。その事について、いくら尋ねても、明確な回答は返ってこない。
『チェスターと喧嘩なんてしてないわ。原因は彼じゃないもの。でも……彼とプロムにはもう行けないわね。チェスターにも、プロムに行かないって伝えたわ……』
言われてエミリーは怪訝な顔をした。今までの事は一体何だったのかと呆れる。
『他にやる事があるの。今はまだ、それが何かは言えないけど……大切な事よ』
姉の言葉は理解は出来なかった。だからこそ妹は追及する。
『それは……その髪と関係あるの? 看護師から聞いたわ。処置の為に髪を短くされたんじゃなくて、病院に搬送される前から短かったって。……なんでそんなに短く切ったの?』
メアリーの髪は、1960年代にイギリスの女優ツィッギーがしていた髪型よりも短かった。
ファッション感覚で切ったにしては、この時代において冒険が過ぎる程の短さだ。
姉自らの意思で切った……将又、意思を無視して切られたのか……それが気になった。
『ああ……これね。私も流石に短過ぎて泣きそうだわ。でも、大丈夫。髪は伸びるもの。生きてさえいれば、取り返せるものだから、今は諦める事にしたの』
『全然、分からない。答えになってないもの!』
するとメアリーはエミリーの手を取って、落ち着いた口調で言った。
『エミリー……貴女がチェスターと一緒にいるって言い出した時、私に信じてと言ったわね。私は貴女を信じたわ。だから今度は私を信じて欲しいの。今は説明出来ないけど……私が髪を短くしたのも、プロムに行かないのも、全部、私自身の為なのよ』
何かを決意した眼だった。それが何かは分からないが、メアリーの中では明確な目的があるように思えた。
どうやらチェスターとの間で、何か問題が起こったわけではないようだ。
これはきっと、本人が言うように、メアリー自身の問題なのだろう。エミリーには、それが何かは分からない。だから、納得は出来なかった。
だがしかし、チェスターとの約束をした──あの日、メアリーも納得出来ないままエミリーを信じてくれた。
自分を無条件に信じてくれた姉を、今度は自分が信じる番ではないだろうか? ──そんな風にも思えた。
『……分かったわ。でも、何かあれば直ぐに私に教えてね。問題が終わってからは嫌よ。それこそ納得出来ないわ。信頼されてないって思ってしまうもの』
『ええ、必ずね。その時になったらエミリーに打ち明けるわ。約束する!』
そう言ってメアリーはエミリーを抱き締めた。
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──同日、夕刻。利一が屋敷を出て行き、半時程経った頃。
リズはチェスターの屋敷を訪れていた。
『ねぇチェスター、笑える噂を小耳にはさんだのだけど……聞きたい?』
『……』
『間抜けな吸血鬼が狩人の少女にフラれたらしいんだけど? 知ってる?』
意地悪な物言いだった。相手を尊重する気など更々無かった。実のところ、リズはチェスターを見下す事に心地好さを感じていた。
分類するならば、チェスターは食人種に該当する。リズは食人種を心底憎んでいたし、仕事を指示通りにこなさないチェスター自身を嫌っていた。
僅かでも、チェスターを攻撃出来る材料があれば見逃さない。ここぞとばかりに嫌味を言う。
『わざわざ、それを言う為に家まで来たのか? それとも、それを口実に俺に会いに来たのかよ? 悪いがお前みたいな女は好みじゃないんだ』
言ってチェスターは応接室のソファーに寝転んだ。リズはその態度が気に入らない。目を細めてチェスターを睨む。
『私も、あんたみたいな男は願い下げだわ。ろくに仕事も出来やしないのに、なーんでボスの下で働いてられるのかしら?』
『さぁな』
『……ヴィヴィアンと寝たの?』
思いがけない言葉に、チェスターは飛び起きた。
『はぁ!?』
『ああ、ごめん。そんな訳無いか』
リズはクスクスと小馬鹿にして笑う。それを忌々しそうに睨み付け、文句を言おうとした──が、ふと疑問が湧く。リズはメアリーが卒業後、幽閉される件を知っているのだろうか?
『リズ。メアリーは卒業後に幽閉されるって……知っていたか?』
リズは目を丸くして、それから呆れた顔で溜め息を吐いた。
『なんだ……幽閉になったの? 私はてっきり2人とも【解体】だと思っていたわ』
チェスターは、一瞬、リズが何を言ったのか理解出来なかったが、直ぐ様【解体】と言う言葉に戦慄した。動揺を押さえて、リズにもう一度尋ねる。
『解体って……どう言う事だ?』
訊かれてリズは更に呆れた顔をして、侮蔑の眼差しでチェスターを見た。
『……仕事をするなら、最初に業務の詳細を調べるものでしょう? 今まで、何を考えて仕事をして来たの? あんたがミスする度に、周りにその皺寄せが来るのよ。それを理解してるの?』
『人を無能みたいに言うなよ。俺なりに仕事はこなして来ただろ。問題は無かった筈だ』
『私が問題にならないように、仕事をこなしたからよ! あんたは私に感謝をすべきであって、私に文句を言うべきではないわ!』
それに対して反論したかったが、何より【解体】の話が気になる。リズの言い分を認めたくはなかったが、話題を戻す為に自制した。
『……そうだな。リズのお陰だ。お前がいたから、うまくやれたよ。……感謝してる』
『……やけに素直ね。気持ち悪いわよ』
『……おい』
流石に苛ついてリズを睨む。
『──で、さっき言ってた解体って何だよ?』
『そのままの意味よ。狩人の肉体を解体して、骨肉を利用するのよ。例えば、不老不死の怪物を処分する為の道具を作ったり、卵子を採取したりね』
極力、動揺を押さえてはいたが、その話を聞いて背筋が凍りついた。内容もそうだが、平然と説明するリズに対して激しい嫌悪感を覚えた。
リズは、そんなチェスターを見据えて更に言う。
『……私はメアリーの担当じゃないから、幽閉の件は知らなかったけど……エミリーは卒業後、きっと解体じゃないかしら?』
チェスターは目が覚めたかのようにハッとした。リズは、エミリーが解体される事を一切悲しんではいない。解体の件も、リズの態度も、二重にショックだった。
『……お前、何とも思わないのか?』
『失礼ね。そりゃ寂しいわよ。でも、仕方無いじゃない。豚や、牛と、同じ事よ。あんたはベーコンを食べる度に屠殺された豚を憐れむのかしら?』
『そうじゃねぇだろ!! ずっとエミリーと一緒にいたのに……その彼女が殺される事に、胸が痛まないのか!?』
『……多少は痛むわよ。当たり前じゃない。私にだって情はあるわ。でも、これが仕事なのよ。私に出来るのは、エミリーが卒業する迄の間、彼女に幸せな思い出を作る事ぐらいね』
以前、祖父役もリズとよく似た発言をしていた事を思い出す。
自分に好意的だった祖父役と、自分を忌み嫌っているリズ。対照的な2人に似た事を言われると、実に奇妙な感覚がした。
まるで、仕事と割り切れない自分の方が、おかしいと言われている気分だ。
だが、チェスターからすれば仕事と割り切れる方がおかしかった。
納得出来ない顔をしていると、リズが口を開いた。
『気持ちは分かるわ……私だって、初めて担当した狩人が解体された時、泣いたもの』
『……え?』
『こう言うのは慣れよ。慣れれば、どうって事ないわ。あんたも、その内慣れるから大丈夫よ』
リズは先輩風を吹かせて、チェスターを励ました。勿論、善意からの励ましではない。事実を知って落ち込んでいるチェスターに対し、優越を感じた故の励ましだ。
(……もうすぐメアリーは幽閉され、エミリーは来年、解体される……?)
血潮がざわめくのを感じた。
(そんな結末は嫌だ! 絶対に受け入れられねぇ!!)
頭に浮かんだのは、跪いてプロムの申し込みをした瞬間だ。メアリーは笑顔で『YESよ』と言ってくれた。それが堪らなく嬉しかった。
その幸福がたった2日で覆された。いや、幸福など最初から無かったのだ。チェスターは真実を知らされてなかったし、チェスター自身、現実から目をそむけてきた。
ミカがいなければ、全て知らないまま卒業式を迎えていただろう。
だが、真実を知ったからと言って……果たして何が出来るのだろうか?
あのヴィヴィアンでさえ、己の無力を嘆いているのに……
チェスターはソファーで項垂れる。
病室でのメアリーの言葉が、気になっていた。
(あれは……どう言う意味だ? 何故……)
それを考えていたら──ふと、気配を感じて顔を上げた。
『……エミリー?』
そう呟いて、立ち上がる。
『は? エミリーがどうしたの?』
リズが怪訝な顔で尋ねるが、チェスターはそれに答えずエントランスホールの方へ走った。
リズもあとを追って向かうと、エントランスホールの手前で呼び鈴が鳴る。
それを聞き完全に確信して、玄関の扉を開けた。
『エミリー!』
門の所にいたエミリーは、呼び鈴を鳴らして直ぐにチェスターが飛び出して来た事に驚いた。思わず『早っ!?』っと声に出す。
『どうして、ここに?』
チェスターはそう尋ねつつ、周囲に意識を向けた。リズ以外の護衛が8人、物陰にいるのを感じた。
『メアリーから聞いたわ。話があるの』
言われて、とりあえずエミリーを招き入れようかと思ったが、リズが屋敷内にいる事を思い出す。
『ここで待ってろ。直ぐに戻る』
そう言って踵を返し、急いで車の鍵を取りに行く。途中、リズに声をかけられたが、それを無視して門まで戻った。
チェスターは、戸惑うエミリーを車に乗せて、あてもなく走り出した。
運転しながら、彼女に尋ねる。
『話ってなんだよ』
『メアリーに断られたって聞いたわ。何があったの?』
『……俺にも、分からない。お前こそ、何か聞いてないのか?』
エミリーは首を横に振って否定する。
『いいえ。メアリーったら何も話してくれないのよ』
『そうか……』
『それで……どうするの? チェスターは……』
『俺は?』
『プロムに行くんでしょ?』
チェスターは、意外な事を言われたようにキョトンとした。頭の中は、姉妹の卒業後の事でいっぱいだった為、プロムの事など考えてはいなかった。
『……プロムにはもう行かねぇよ』
『何でよ?』
『何でって……それは……』
メアリーが行かないプロムに、護衛のチェスターが行く意味は無い。だから、それは当然の結論だった。高校生のふりをしてるかと言って、律儀にプロムに行く必要もなかったし、正直、それどころではない。
『相手がいねぇのに、行けねぇだろ』
『何で、私を誘わないのよ?』
『え?』
思わず助手席の彼女を見た。
『それとも、私じゃ不満なの?』
『ちがっ……そんなんじゃ』
『じゃあ何?』
『だって……』
エミリーをプロムに誘おうものなら、必ずリズが激怒するだろう。それでなくとも、今は卒業後の件で余裕が無い。何より──
『俺に、お前を誘う資格なんて無い……』
本当に無いと思った。見て見ぬふりをしていた己を恥じていたし、無力な己を憎んでいた。
『チェスターって本当に馬鹿ね』
『はぁ!?』
『なら、私が言うわ』
『……え?』
『私をプロムに誘ってよ』
『……エミリー』
『フラれたぐらいで、資格が無いだなんて大袈裟よ』
『……俺で……いいのか?』
『……本当に馬鹿ね』
エミリーは微笑んだ。
『私は、貴方がいいのよ』
去年の絵をリメイク↑
左側が去年、右側が今です。一年も描いてれば、多少は画力も上がりましたね。
文章力も頑張ります。
早いもので連載開始から、昨日でちょうど一年になりました。
ありがとうございます。
最初から読んで下さった方、途中から読んで下さった方、お一人お一人に感謝してます。
また、今日初めて読んで下さった方も、ありがとうございます。
良ければ作品への応援お願いします。
面白かったら☆5つ、つまらなければ☆1つ。
勿論、読者の方の正直なお気持ちで、大丈夫です。
まだブクマされてない方、ブクマ頂けると本当に嬉しいです。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
Enjoy the rest of your day.