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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第122話 【現今】2人の怪物と救いようのない野良猫

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【現今】


 柏木は憮然ぶぜんとして、奏を見据えていた。彼女が何を考えているのか、全く理解出来ない。


「送ってよ、柏木」


 柏木は眉間にシワを寄せる。一瞬──送った先で殺してしまおうかと思ったが、直ぐに合理的ではないとして、その考えを打ち消した。柏木は奏の右手首を乱暴に掴み、部屋から連れ出そうとして、今度はリーに肩を掴まれる。


「渚。奏を殺すなや」


 リーには親友の思考が分かっていた。柏木は、己がつけた優先順位を絶対に守る。今、順位の頂点にいるのは理子だ。理子の為ならば、それ以外の者を切り捨てる事もいとわない。

 それに対して奏はその順位の下にいる。ひょっとしたら、今は最下位かも知れない。だとすれば、真っ先に切り捨てられるのは奏だ。リーはそれを恐れていた。

 リーの中にも明確にはないにしろ、優先順位はあり、奏はやや上位にいる。彼女を失いたくはないし、親友に愚行を犯して欲しくはない。


「殺さないよ。殺す価値も無いさ」


 柏木が標準語で言ったので、余計に不安が募る。こうやって言語が不安定ぶれるのは、感情が安定していない証拠だ。


 現在、柏木とリーは、秋本と言う女性から言語を借りている。彼女の言語は、利一よりも方言の特色が薄い。秋本の生まれは関西だが、仕事では標準語を徹底していた。

 そのせいか、借りた言語が安定しない時がある。特に、感情が不安定になっていると、それが顕著になるのだ。


「さっきは、奏を殺そうとしたやろ」


 リーがそう指摘すると、柏木はリーの手を振り払い、ねた表情をした。


「さっきは、さっきや。もう殺す気も失せたわ。奏を送ってく。理子を頼むわ……それから、その手に刺さった包丁なんとかせぇよ」


 柏木の口調は、方言と共に明るさを取り戻していた。どうやら殺意も失せたらしい。それで、リーも安堵した。


 最初に、奏を拾ったのは柏木だ。彼女の面倒を根気強くみて、社会復帰させようとした。それは途中まで順調に行っていたが、問題が生じて挫折した。

 柏木は、奏が問題を悪化させた事を怒っていた──否、その問題に利一を巻き込んだ事を怒っていた。奏に対する愛情を失ったわけではないが、彼女の愚行を許せないでいる。

 だが……愚行なら、柏木の方が数多く犯して来た。だから、手放しで怒る事が出来ないでいた。


 柏木は、奏の手を引き部屋を出る。そのまま階段を降りると、彼女を連れて玄関を出て行く。


 リーは廊下の途中まで2人を見送って、耳をすました。直ぐに電動シャッターが開く音と車のエンジン音が聞こえ、柏木が出発した事を把握する。

 途端に──ドッと疲れが噴き出して、息を吐きながら天井を仰ぐ。それから、包丁が刺さったままの左手を見て、2階の洗面台に向かった。予め、棚から清潔なフェイスタオルを取り、蛇口から水を流し続けた。


『クソが……』


 リーは悪態を言って、左手に刺さった包丁を躊躇ちゅうちょなく抜き、白い洗面器に放り投げた。用意していたフェイスタオルで、傷口を押さえ──暫くすると、噴き出していた出血が収まり、傷口は完全に修復されていた。


 血で汚れた包丁と洗面器を洗い、包丁を元のスタンドに戻す。鮮血で染まったフェイスタオルはキッチンのゴミ箱に捨てた。

 それから2階の寝室に戻ると、理子が寝ているベッドに目を向けた。シーツやタオルケットのあちこちに、リーの血が付着している。この状態で寝かしておくのは不味い。有らぬ誤解を招く可能性がある。

 リーは理子を抱き上げて、1階のリビングに移動した。彼女を長いソファーに寝かせてると、新しい枕とタオルケットを用意して、思わず溜め息を吐いた。


「大丈夫かい?」


 そう声をかけたのは志摩しまだ。リーの眼前に、眩い光を伴って、1頭の獣が現れる。その獣は、小型の馬に似ていて、全身を半透明のうろこで覆われていた。

 リーは、いきなり現れた志摩に動じる事なく、答える。


「馬の目には、大丈夫に見えるんか?」


 そう言って腕を組む。


「へぇ。驚かないんだね」


「お前の事は渚から聞いとる。理子の側に潜んどったんも、最初分かっとったわ」


「成る程、君の種族は感度が鋭いんだ。鈍感な渚とは大違いだな。……自己紹介が遅れて申し訳ない。僕は志摩。くだんと呼ばれる妖怪の一種だ。握手は出来ないけど、気を悪くしないでくれ」


「……俺はリー・ガーフィールド。……ったく。居るなら、もっと早くに出てこいや」


 リーはやや怒りを込めて、呆れたように言った。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「なんで、理子を殺そうとした?」


 柏木は車を走らせながら、助手席にいる奏にそう尋ねた。彼女はずっと黙っている。


「……話せや。……俺はお前の【共犯者】やろ?」


 その単語に、奏は反応を見せた。そして、ようやく口を開く。


「……よく言う。私にめられたって……共犯者にされたって言って……私を散々、なじったじゃない。私を見殺しにすれば良かったって言ったじゃない」


「ああ、そうや。そう思っとった──あの当時は、な! 今はちゃう! それなのに……今更、俺を失望させんなっ!! しかも、こんな時に!!」


「じゃあ、お得意の魔法で、私の記憶を消せば?」


「……それが出来たら、苦労はせぇへん」


「ですよね」


 奏は素っ気なく言って、挑発的に脚を開いた。ゴシックのプリーツスカートを、ゆっくりとたくし上げ、左腿ひだりももの内側をさらけ出す。

 丁度、車が信号で止まり、柏木は顔をしかめて、奏の左腿を見た。そこに、雪の結晶に似た幾何学模様きかがくもようが刻まれている。


──利一のもんだ。


 腿に刻まれたもんのせいで、奏の記憶を消す事も、操る事も出来ない。──それが心底、腹立たしい。


「恨むなら、柏木のジジイを恨め」


 言って奏は脚を組んだ。背後から、車のクラクションが鳴り響き、信号が青に変わっていたと気づく。柏木は苛立ちながら、車を発進させた。


「……奏、なんで理子を──」


「殺そうとしたか?」


「……せや」


「……知りたい?」


「答えろ」


 奏は溜め息を吐いてから、助手席の窓にもたれ掛かる。窓から遠くを眺めてつつ、よくやく質問に答えた。


「私はあの女が……鈴木(理子)が嫌いなんだ……だから殺したかったんだよ」


 柏木は運転しながら、体の芯が頭からスーッと冷めていくを感じた。奏は続けて言う。


「あんたは鈴木を守りたいんだろうけど、どうせうまく行きっこないよ。いつかは管理人どもに見つかって、メアリー達のように殺すんだ!」


「黙れ!!」


 カッとなって思わず怒鳴った。みぞおちの辺りから、マグマのような怒りが込み上げ、それを抑制しようとする。


「うるせぇよ柏木!! お前が黙れ!! どうせ私を捨てるクセに!! 鈴木がいるから私はもう要らないだろ? 私が嫌いなんだろ? だったら私を殺せ!! それで問題が1個減る!!」


「だから、なんで今更そんな事を言うんだ!? 理子の靴を洗って、僕らを後押ししたのはお前だろ!!」


「あんたを苦しめたかったんだよ! 鈴木にフラれて、嘆く姿を見たかった! あんたはジジイにぞっこんだったし、いつも死んだ女のネックレスをしてた! 2人の事をずっと引きずってた! だから、あの女とうまく行かないって思ってた! 咲空さらも、海斗かいとも、美香も、ガーフィールドだって……誰も2人の代わりにはならなかった……それなのに……」


 奏の声が段々と泣き声で震えだす。遂に、声を荒らげ、叫ぶように本心をぶちまけた。


「なのに……何でたった1人の理子ガキが、2人の代わりになるんだよ!!」


 奏は泣いた。目が溶けて潰れたかと思う程に、涙を溢した。

 柏木は初めて奏の泣く姿を見た。どんな事があっても、奏は泣かない娘だった。母親を殺した時も、それを柏木に激しく咎められた時も、奏は泣かなかった。

 理子とは違う、危うい気丈さを持っている──その彼女が泣いている。


「私が要らないなら……いっそ殺してよ……」


 奏は弱々しく言う。車は彼女のマンションに到着して、地下の駐車場に入って行った。柏木は入り口から一番遠い位置に駐車して、直ぐ様、奏の胸倉を荒々しく掴んだ。


「思い上がるのも大概にしろ。お前なんか、最初から要らない。ただの気紛れで拾っただけだ。野良猫も同然だ」


 いつになく威圧的な口調で、無慈悲な言葉を述べる。奏は固まって、息を飲んだ。


「何だよ、捨てるって……散々、僕を利用して拒絶した挙げ句、裏切ったのはお前だろ! 自分の事を棚に上げて被害面するな」


 胸倉を掴む手に力が入り、段々と奏の首を圧迫した。


「いっそ殺せ? ……僕の可愛い利一ならともかく、憎たらしいお前を、安楽死させてやる道理なんか無い。醜く老いて……糞尿を垂れ流しながら、勝手に死んで……腐ってろよ」


 奏は息が詰まる思いで、それ聞いていた。次第に呼吸が荒くなり、過剰に空気を吸い始める。呼吸の制御を失い、奏は混乱に陥った。

 柏木は奏から手を離し、発作で苦しむ彼女を、無表情で見据える。

 奏は苦しくて堪らない。頭に拍動が響き、呼吸を止めたくても止まらず、視界が暗くなった。目を閉じて、このまま死ねたら良いのに──と思う。


(でも……死ねない……まだ……)


──すると急に、鼻を摘ままれ、柔らかい物が彼女の口を塞いだ。強制的に呼吸を止められたかと思うと、今度は驚く程、気持ちが落ち着く。気づけば、呼吸は正常さを取り戻していた。


(……柏木のまじない?)


 奏は目を開けた。至近距離に柏木の顔がある。


「……拾った責任は果たしてやる。お前は死ぬまで僕のペットだ。嫌なら自害しろ。……だがな、もしまた理子に危害を加えようとすれば……今度こそ容赦はしない。例え、リーと争う事になっても、必ずお前を殺す。…………ええな?」


 言われて奏は、泣きながら頷いた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


──4年前。


 柏木はリーと共に、奏の母親の死体と、身元不明の男の死体を浴室に運んだ。


「あとは……俺が処理する。暫くこっちには来んといてくれ」


 柏木は、リーと奏に殺害現場となったリビングの清掃を任して、決して浴室には近寄らないように、念を押した。


 この家のユニットバスはそれほど広くはない。浴槽は脚を少し曲げなければ、浸かれない程度の広さだ。

 そこに成人2人の死体を入れた。胴体部分は浴槽にはまったが、頭と手足がはみ出す。それを何とか浴槽に収めようとして、母親の死体の首が固くなっている事に気づく。死後硬直が始まっていた。

 柏木は浴槽に詰めた死体を見下ろすと、それを指差す。


『……片付けてくれ』


 柏木がそう言うと、足元の影がうごめく。影は巨大な蛇の形を模して、死体が詰まった浴槽の隙間に入り込んだ。

 浴槽は徐々に、黒い液体で満たされる。死体はまるで底無し沼に沈むようにして、跡形もなく消えた。全てが終わると、黒い液体はまた蛇の形に戻って、柏木の足元に戻ってゆく。


 リーと奏の所に戻ろうとして、ふと浴室あった髭剃りが目に留まる。よく見れば、シャンプーとリンスは男性用と女性用の2種類ある。

 柏木はリビングに戻らず、真っ先にキッチンへ向かった。食器棚の戸を開けると、マグカップや茶碗や箸も、男性用と女性用に揃っていた。察するに、この家の住人は夫婦だ。

 次に、流し台横の水切り篭を覗いた。白いカップが2つ、洗われた状態で置かれていた。水滴はまだ乾いていない。


 柏木はリビングに戻って、床の血を漂白していた奏に尋ねる。


「……奏。訊いてもいい?」


「……何?」


「どっちから先に殺した? 凶器はいつ手にしたんだ?」


「え? なんなん?」


 側にいたリーがいぶかしむ。奏は黙って、柏木を見つめる。


「非力な者が、成人2人を殺すには、不意打ちでなければ無理だ。……キッチンに洗って間もないカップが2つあった。……あれを洗ったのは奏じゃないのか?」


 リーはハッとして奏を見た。柏木が何を言わんとしてるのか、気づいて動揺する。柏木は続けて尋ねる。


「これは、計画的なものなのか!? 最初から僕達を騙すつもりだったのか!?」


「違う!!」


 奏の声がリビングに響き渡る。柏木とリーは顔を見合わせた。


「違う……計画なんかしてない……嘘はついたけど、騙すつもりなんか、なかった!!」


「嘘をつく事と騙す事は一緒だろ!! 何で俺達に真実を言わなかったんだよ!!」


 リーは動揺して言語が不安定になる。


「……言えよ、奏。今度こそ、本当の事を話せ。一体、何があった?」


 柏木は奏に詰め寄る。その気迫に、奏は息を飲んだ。


「言わないなら……仕方ないな」


 言って柏木は、奏の首に手をかけた。途端に──柏木の背中から純白の両翼が現れる。その翼には、所々、黒い金属製の【くい】が刺さっていて、黒い鎖が巻きついていた。


『おいっ……ミカ!』


 リーは、柏木を最初の名前で呼ぶ。

 時間にして8秒間。両翼は消えて、柏木は奏と共に、その場で崩れるようにして膝をついた。

 リーは2人に駆け寄る。ぐったりしている奏の肩を抱いて「大丈夫か」と声をかけた。


「……やっぱり、そうかよ」


 言って柏木は、再び奏の首に手を伸ばした。その手は、明らかな殺気を帯びている。リーは咄嗟に、柏木の手を掴む。


『何をするつもりだ!』


『離せよ』


『落ち着け! 何を見たんだ!?』


『コイツは僕達を嵌めたんだ! 母親に売られたなんて、嘘だったんだよ! 本当はコイツの方から、この家を──再婚した母親を訪ねて来たんだ!!』


 奏は意識が朦朧もうろうとしている。力なくリーにもたれ掛かった。


『あのカップは、訪ねて来た娘に対して出されたものだったんだ。包丁だって、仕事先から盗んだ物だ! 最初から母親を殺す気で来たんだ!』


 柏木は内心、悔やんでいた。死体を運ぶ時点で気づくべきだった。母親の死体の方が早くに死後硬直が始まっていた。つまり──死んだ時間に差があるのだ。


──奏は母親を先に殺し、後から帰宅した母親の再婚相手を殺したのだ。


 奏を信じたいばかりに、客観性を失っていた。状況的に見れば、不自然な点は明らかである。にもかかわらず、盲目になって、彼女の共犯者に成り下がってしまった。


『奏の記憶を──精神を全部消す! そうすれば、二度と罪など犯せないだろ!! 生涯、檻つきの病院で暮らすがいい!!』


『ミカ!!』


『拾わなければ良かった! あの日……コイツを見殺しにすれば良かった!』


──酷い裏切りだった。許せる範囲を越えていた。こんなにも、心を砕いて彼女を救おうとしているのに──これ程までに、救えない。なんとごうの深い娘なのだと、失望した。


『止めるな、リー!!』


 柏木は叫んで、再び両翼を出現させる。だが、今度は杭が刺さった所から、帯びただしい血が流れ出ていた。純白の翼が真紅に染まり、柏木は苦痛に顔を歪めた。


『止めろ! それ以上すれば、利一に気づかれるぞ!』


 それは方便だ。実際は気づかれるかなんて分からない。それでも【利一】の名前を出した瞬間、柏木の冷淡な表情が崩れた。

 無理をして出現させた翼も、宙に溶けるようにして消えた。柏木は項垂れて頭を抱える。


──悪夢の一夜だった。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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