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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第118話 【1944年】◆◆海へ◆◆

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【1944年】


──利一が裏側に来て4日目。

 この日も、兎は罠にかかっていなかった。落ち込む利一に、ミカは提案する。


「海へ行かへん?」


「海? 海があるん?」


「せや。海行こう!」


 ミカは利一を連れてマグダレーナの部屋を訪れた。

 大きな棘の装飾がついた黒い長椅子に、彼女は座っていた。


『海へ行きたい?』


『うん。駄目かな?』


『随分遠いな……日帰りでは帰れないぞ?』


『この子に気分転換をさせたくてさ』


 言ってミカは利一の頭を撫でる。マグダレーナはミカに寄り添う利一の顔を見た。痛々しい傷と痣が、薄っすらと残っている。


『ね? 良いでしょ?』


 ミカは明るい口調で言ったが、その眼は全く笑っていない。マグダレーナはそれでミカの意図を察した。


『分かった……行くがいいさ……その前に利一と話をさせな』


 マグダレーナにそう言われ、ミカは部屋を出ていった。利一は前回と同様、彼女の隣に座る。


『傷の具合はどうだい?』


 マグダレーナが利一に尋ねる。


『まだ痛みますが、随分マシになりました』


 通常ならば痣が薄くなる迄に、もう少し時間を要するが、利一は普通の人間よりも回復が早かった。


 マグダレーナは、ミカが提出した報告書を思い出す。

 それによれば──利一には怪物の血が混じっていて、人間には使えない術を使うと言う。傷の治りが早いのは、怪物の血が混じっている為だろう。


『お前の故郷はどんな所だい?』


 訊かれて利一は答える。


『俺が生まれた街は賑やかな所です。商売人が多くて、色んな人がいました。電車も走っていたし、大きな建物も多くて……都会でした。……でも、戦争で街を離れた方が良いと言われて……ここに来る前は、避暑地の別荘に疎開してました』


『帰りたいかい?』


『勿論です』


『でも帰ったら、お前は生け贄になるのだろう?』


『それは……』


『お前の両親はお前を生け贄にする事に対して、何の呵責かしゃくも無いのかい? お前に謝罪したのかい?』


『……いいえ。生け贄になる事は、龍神様にお仕えする尊いお役目だと言われて育ちました』


 言って利一は考える。


(本当に……そうなんやろうか?)


 柏木の一族は性別を問わず、生け贄を龍神に捧げて来た。

 その中で龍神の子をはらんだのは殆どが女子だったが、中には数例、男子もいたらしい。

 孕んだ男子は女体化が戻らず、生涯女性として暮らしたと言われている。


(もし……龍神に孕まされたら? ……心は男なんに女として生きるんか……龍神の子を育てながら……マトモな恋も知らんと……)


『利一……もし、自由に生きられるなら何を望む?』


『……何をって?』


『家族もしがらみも無く、誰にもとがめられる事無く生きる事を許されるなら……お前は何を望む?』


 訊かれて利一は、答えようとするものの、何も望みが思いつかない。

 利一は生まれる前から、生け贄になる事を定められていた。その為、将来への夢も希望も持つ事を許されず、時代的要因もあり、未来を夢見る事無く生きて来たのだ。

 言い換えれば、今まで生きる事を【放棄】していたのと同等である。


『……分かりません……そんな事……今まで誰にも訊かれなかった』


 率直で素直な答えだった。夢など何も無い。希望など持つだけ無駄と、思い込んでいたのだから。


『……利一は生まれながらの奴隷だな』


 その一言は、利一の心に深く刺さった。

 その通りだと、利一自身が気づいてしまったからだ。

 途端に利一は悲しくなる。妖怪退治を生業なりわいとした祓い屋が、よりにもよって怪物ようかいであるマグダレーナに自分の家族の歪みを指摘され、気づいてしまった。何とも滑稽こっけいで惨めな事か……


(生け贄は、本当に尊いものなんやろか? それとも……奴隷?)


 少年の中にあった故郷への思いが揺らぐ。

 だが、帰らねば次の生け贄はイトコの正二しょうじ三葉みつはだ。結局は、誰かが生きる事を【放棄】せねばならない。


(人生を諦めるなら……生まれながらの奴隷が相応しいやろ)


 利一はそう考えた。


(俺が我慢すれば……丸く収まるやんか……)


 大切な者を守る為に、少年は己が犠牲になる道を選択した。

 だが、この考えには、ある重要な要素が抜けている。利一はその事にまだ気づいていない。


『利一……ミカと一緒に海へお行き。そして楽しむと良い。明日には兎も罠にかかっているさ』


 マグダレーナはそう言って、利一の胸元に手をかざした。マグダレーナの手から淡い光が出て、利一の服に吸い込まれる。


『守りのまじないだ。お前自身にかけてしまうと、無効化されてしまうからね。服にかけておいた』


『ありがとうございます。行ってきます』


 利一がお礼を言った所で、部屋の扉が開きミカが入って来た。


『話はお済みで?』


 ミカが尋ねるとマグダレーナ『ああ』と返事をした。

 ミカは脚の傷がまだ癒えていない利一を抱き上げ、マグダレーナに一礼して部屋を出る。


「ほな。許可が降りた事やし行こうか」


 ミカは利一を抱き上げたまま廊下を歩く。

 白黒の市松模様いちまつもようの廊下を暫く行くと、前からハインツが従者を連れてこちらに歩いて来た。

 見れば従者の他に、軍服を着ていない5人の者を連れている。

 ミカは、不快そうな顔をしてハインツを睨む。


『やぁ、ミカ。謁見えっけんは終わったの?』


『……ああ、そうだよ。僕らが謁見中だと知っていたのに、彼らを連れて来ようとしたの?』


『あれ? 駄目だった?』


『……駄目に決まっているだろう』


『ごめんね……可愛いペットの前では見せられないよね?』


 そう言ってハインツは利一に笑いかける。利一はその笑みに違和感を覚えた。

 内からみじみ出る邪悪さを感じたのだ。


(コイツ……ホンマ苦手や……)


『じゃあ僕はマグダレーナの所に行くよ。献上の品を届けなきゃ』


 ハインツはそう言って、従者と5人を連れて歩く。


(献上の品? アイツ……さっきそう言った)


 利一はハインリヒの言葉を聞いて5人を見る。従者と違い、軍服ではない。男女共に西洋のメイドやフットマンの服装をしている。


「ミカ……あの5人は誰? 奴隷なん?」


 利一は【献上の品】と言う単語を避けて、5人について尋ねる。


「……表から来た新しい奴隷や。表で契約を交わして、こっちに送られて来た人間やな……マグダレーナに挨拶しに行く所やろ」


「……挨拶だけ?」


 何気無く、深い質問をしてしまう。


「それ、どう言う意味や?」


 ミカは声を低くして威圧的に、問い返す。

 利一は心の中で「しまった」と、迂闊うかつな発言を反省する。


「えっ……別に? ただ訊いただけや。ほら、俺がマグダレーナに初めて謁見した時も、余計な事するなってミカがめっちゃ注意してたやん? そやから……ちゃんと挨拶せな、罰せられたりとかあるんかなーって……」


 利一は何とか誤魔化そうと、あれこれ言ってみる。

 ミカは焦る利一の様子を見て何かを思うも、それ以上深く追及する事無く、話を合わせた。


「そやな……女王様に失礼があったら大変や。こっぴどくしかられてまうわ」


 そう言ってミカは歩き出す。

 この時──2人はそれぞれ焦っていた。

 利一は質問の深度を誤ったと思い、ミカはそれに対して過剰反応をしてしまったと反省する。


 ミカと利一が城の外へ出ると、冷たい風が2人の髪を乱暴に撫でる。それは、冬間近の乾いた風を思わせた。


 城の周囲には風を遮る物が無く、地形的に風の影響を受けやすくなっていた。今日は一段と強く吹いている。


 利一はちりが入らぬようにまぶたを固く閉じ、ミカの首元に顔を埋める。

 親に甘えるようなその仕草に、ミカは離れた我が子を思う。


(ジェームズと一緒にいられたら……今の利一のように甘えてくれたのか?)


 ミカの脳裏に浮かんだのは、最後に我が子を抱いた日だ。

 明星が輝く中、地平線まで続く赤土あかつちの荒野に立ち、抱いた幼子に子守唄を歌った。それがジェームズと過ごした最後の時間だ。

 眠りについた彼を双子の弟に預け、弟の制止を振り切ってマグダレーナのもとへ馳せ参じた。

 二度と2人の所には帰れないと分かっていたが、それでもマグダレーナを見捨ててはおれなかった。

 その選択を悔やんだ事は一度も無いが、それでも……愛する息子との別れは、身を裂かれるより辛い。


 ミカはハインツに、利一は息子の代わりではないと言った。それは本心だ。

だがしかし、今のように利一と接していると、別れた息子を思わずにはいられなかった。


「ミカ? どないしたん?」


 利一は風が弱まったタイミングを見計らい、顔を上げて尋ねる。


「なんもないよ……翔ぶで?」


 言ってミカは、利一を連れて飛翔した。

 この飛行を最初は怖がっていた利一だが、4日目ともなると流石に慣れて、景色を楽しむ余裕がある。


 ミカは真下にそびえる棘の生えた城を見下ろしながら、巨大茸の森とは反対方向に飛んだ。


 森と城は崖を挟んで対岸に位置している。その森と反対側に、緑の平原が広がっていて、所々に黒い巨大な棘が生えていた。

 平原に生えた棘は城を貫いていたものと同じものだが、大きさは平原に生えているものの方が遥かに巨大だった。


 利一は、初めて見る美しい平原に心踊らせた。

 青い空と、緑の陸との境界線が、地平線で見事に分かれ、息をするのも忘れそうな程、美しい対比を描いている。


(綺麗や……)


 未だかつて、これ程までに自分の琴線きんせんに触れる光景があっただろうか……と利一は思う。


(ここが魑魅魍魎みちもうりょうの住まう世界だとは思えん……あっ!)


 壮大な景色を前に、少年の脳裏にある考えが浮かぶ。だが利一は、直ぐ様その考えに蓋をした。


──考えてはいけない。

──気づいてはいけない。

──今はまだ……何も知らないままでいたい。


 利一はそう願う。


 2人は平原上空を暫く飛んだ。やがて、平地だった地形は、起伏を描きながら次第に降下していく。ゴツゴツとした白い岩肌が徐々に姿を現わし、平原に点在していた黒い棘は、ただの1本も見掛けなくなった。


 利一は風から目を守らんと、目を細めつつ前方を見た。少年の狭まった視界に、紺碧こんぺきの海が映る。

 

 ミカは巨大な白い岩の上に降り立ち、利一を腕から降ろすと「休憩にしよう」と提案する。


 岩の上から見る景色は、これまた美しいものだった。

 遠くに白い砂浜があり、浜の手前に椰子やしの木が幾つか生えている。

 陽に煌めく紺碧の海は、浅瀬にいく程、その色合いを鮮やかな翡翠ひすいへと変えて、見る者を魅了した。


 利一が絶景を眺めていると、ミカがどこからともなく蓋付きのかごを出す。


「え? どっから出したん?」


「それは内緒や」


 ミカはそう言って、篭の中からパンや干し肉、林檎やワインを取り出した。


「りっちゃんには、こっちやな」


 ミカは自然と利一を愛称で呼び、水の入った楕円形の水筒を差し出す。


「ありがとう」


 利一は愛称で呼ばれた事を嫌がらず、素直に水筒を受け取った。水筒のキャップを回し、一口ひとくち二口ふたくち飲んで「ぷはぁ」と息を吐く。


 その横で、ミカが瓶のコルクを抜いて、ワインを一口飲む。次いで、手にしたパンを抱えるようにして、ナイフで器用に切り分けた。


「普通に人間の飯も食えるん?」


 ふと利一が尋ねた。


「食えるよ。そやけど、やっぱり活力も喰わんとアカンけどな」


「活力を喰わんかったら、どうなるん?」


「現世に留まる力を失って、夢に還るらしい」


「還る? らしい?」


「正直、俺にもよう分からん……マグダレーナから、そう聞かされとるけど、実際に夢に還った夢魔インキュバスを見た事無いしな」


「それって……死ぬって事なん?」


「さぁな」


(活力を喰わなければ……ミカは死ぬ?)


 その話を聞いた利一は急に不安を覚える。


「ミカ」


「なん?」


「俺の活力喰ってや」


 利一は腕を差し出した。

 急な申し出に、ミカは利一の心情を察する。彼なりに気をつかってくれているのだ。


「お気づかいどーも……遠慮無く頂戴するよ」


 ミカは差し出された利一の腕を優しく掴み、その手首から活力を喰う。


 食事を終えた2人は、再び海に向かって飛んだ。

 着いた先は岩から見えていた砂浜だった。


「ちょっと待っててな。ここいら一帯にまじないを敷くから」


 ミカはそう言って、輪っか状に束ねられた鉄線を取り出す。

 それを解くと、鉄線はまるで生きているかのように動き回り、ミカを中心に直径約100メートルの輪に広がって地面に消えた。


「この輪の内側は安全や、好きに散策したらええ」


 ミカは利一の為に一時的な安全地帯を作り、利一は安心して輪の内側を散策した。


「結界を張れるなら、部屋にも張ったら良かったんに……」


 歩きながら利一がそう言う。


「張っとったで? 張った上で利一を守っててんから」


「そっか……そやから城外で狙われたんか」


「ただ、このまじないには欠点があって……力の消費が著しいねん」


「えっ!? アカンやん」


「そやから、後でまた喰わして」


 ミカは苦笑した。


「もうっしゃーないな」


 言って利一は笑う。


 浜辺は表の世界と変わりなく、小さなかに宿借やどかりなど、色々な海の生き物で満ちていた。


 利一は靴と靴下を脱ぎ、渚に足を浸しながら、ゆっくり歩く。脚の傷口に障らぬように気を配っていたが、波飛沫なみしぶきが傷口に当たり、悶絶もんぜつする。

 結局、ミカが利一を抱き上げ浜辺を歩いた。


 久しぶりに味わう穏やかな時間──だが、それを意識してしまうと──この先に待ち受ける、運命さだめに胸が押し潰されそうになる。


「マグダレーナが言うとった……明日には兎が捕まっとるって……捕まっとったら……俺は還れるんか」


「マグダレーナがそう言うたんか? なら確実に兎は捕まっとるな」


「なんで?」


「マグダレーナは未来が見えるねん。【確定された未来】がな」


「確定された未来?」


 利一は、以前マグダレーナから言われた事を思い出す。


【例え……お前が何千回、何万回、ミカと体を重ねても奴は私のものだ……必ず覚えておいで】


(……え?)


 利一は硬直し汗を流す。次第に頬が紅潮し、熱を帯びてくる。


「どないしたん?」


 ミカが利一の顔を覗き込む。


「なんもない!!」


「顔真っ赤やん」


「うるさい!! ほっとけ!!」


 利一は慌てて顔をそむけた。少年があちらを向いている横で、ミカは複雑な表情をする。

 ミカは利一にいくつか隠し事をしており、その内の1つを、今明かそうと考えていたのだ。


「利一……君に言わなアカン事がある」


「なん?」


「利一が帰還出来るか確証が無かったから、今までずっと黙っとったけど……兎が確実に捕まると分かった以上、君に打ち明けるべきやと思う」


 ミカは神妙な顔をして告げる。


「何を……隠してたん?」


 利一に緊張が走り、鼓動が一気に速まった。

──果たして隠し事とは何なのか?

──もしや利一が考えまいと、蓋をしてきた事柄だろうか?

 少年は不安で胸が苦しくなる。だが、ミカは利一の予想とは違う事実を告げた。


「表と裏の世界では時間の流れに大幅な差異があるねん。こちらの1日は、あちらの10日に当たる……つまり」


「……俺がこの世界に来てから……4日目……日本では40日?」


「生け贄は……もう選ばれてるかもせん」


 利一は愕然とした。


(正二……三葉……)


 真っ先に浮かんだのはイトコ達の事だ。自分が不在になったばかりに、2人の人生が変わってしまったかも知れないと思うと、心が激しく揺さぶられた。


「なんで言うてくれへんかったんや!!」


「言うた所で、事態は変わらんからや」


「そやかて……」


「俺を恨みたければ、恨め……それで気が済むんやったらな……」


 利一は口をつぐむ。


(ミカを責めても何も変わらへん……ミカが悪い訳とちゃう……悪いんは……)


 悪いのは自分だ──


(あの日、庭で兎を追いかけへんかったら……今頃は滞りなく龍神に迎え入れられとった筈……)


 利一は絶望し、手で顔を覆って目をつぶる。

するとまた、あの光景が瞼の裏に浮かんだ。


 満天の星空の下、水鏡と化した水面に立つ龍神の姿──


【利一……帰っておいで】


 その声は幻聴のように耳に響く。利一は心の中で龍神に尋ねた。


(生け贄はもう召し上げられたのでは、ないのですか? 何故、俺を呼ぶのです?)


【私は君を選んだ。君以外は有り得ない……待っているから……必ず帰っておいで】


「利一!!」


 ミカの叫び声が響く。利一はその声を聞いて、白昼夢から目を覚ます。

 いつの間にか利一は、ミカの膝の上で横たわっていた。


「龍神が……呼んどる……生け贄は俺や」


「利一……」


「龍神と今、うた……俺を待ってる……帰らなアカン!!」


「落ち着け! それは夢や!」


「夢とちゃう!!」


 利一は悲痛な表情で言った後、打って変わって安堵の表情で涙する。

 ミカはその涙を戸惑いながら見た。


「……なんで泣くん?」


「……安心してん……正二と三葉は無事や……龍神は俺を待ってる。2人は生け贄とちゃう……良かった。ホンマに良かった」


 ミカはその言葉を聞いて、堪らず利一を抱き締めた。


「自己犠牲は馬鹿のやる事や」


「せやな」


 利一は短く返し、ミカと抱き合った。


──夕刻。


 ミカは波打ち際に立っていた。


「今から城に帰るには遅し、今日はここで野宿すんで』


 利一は、砂浜で無意味に山を盛りながら「分かった」と頷いて、次いでミカに手を振った。

 小さな子供のような遊びをする利一が妙に微笑ましくて、思わずミカの口角が緩んだ。


 ミカは、右手の甲に印された紋に目を向けた。式神の仮契約期間はまだ十分に残っている。


(……果たして、上手くいくだろうか?)


 龍神の加護が檻のまじないを無効化出来るかどうか、現時点では賭けでしかない。ミカは不安に思うが、やるしかないと腹を括る。


(利一……悪いが君を利用させて貰う)


「ミカ」


 不意に後ろから声がして、ミカは振り向く。


 手についた砂を払いながら、利一がこちらに駆けて来る。


(そんなに動いたら、また傷口に障るのに……)


 ミカはそう思いつつも、子犬のように無邪気に駆け寄る利一を可愛く思う。


(呆れた。結局、すっかり情を移してしまってるじゃないか……)


──その時、辺りは一気に暗くなった。


 途端に、利一の姿が変わる。坊主頭だった髪が一気に伸びて、黒く艶やかな髪が腰に達した。凛々しい顔立ちは面影を残しつつ、愛らしい少女へと変貌する。

 ミカは、駆け寄って来た少女を抱き上げた。


(娘がいたら、こんな感じだっただろうか?)


「変な感じや」


「何が?」


「俺、父親に抱っこされた事ないねん」


「そうなん? 利一の父親は息子を抱き上げたりせんの?」


「せんよ。生まれてから一度もされた記憶は無いし、俺もせがんだ事はあらへん。そやのに、他人で──しかも妖怪のミカに抱っこされてばっかや」


「祓い屋の子供が、親ではなく怪物に甘えるか……皮肉なもんやな」


「せやな」


 言って利一は笑った。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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