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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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【閑話】怪物の裁判

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【1966年】


──とある法廷にて。


『ミカを処刑するなら、私も死ぬ覚悟を決めます』


 そう証言した利一の姿を見て、法廷にいた誰もが絶句した。


 それは明らかな脅迫だった。利一は法廷にいた怪物全員を脅迫し、ミカの処刑を望む者達に対して、宣戦布告を叩きつけたのだ。

 最早もはや、ミカの死刑判決そのものが、開戦の合図でもあった。


 利一は付け加えて、こう言った。


『ですが……もしミカを連れて帰郷ききょう出来るのであれば、私は【これ】を永久に凍結しても構いません』


 澄ました顔でそう言って、利一は陪審員席を見据えた。彼には分かっている。この裁判は全てが茶番だ。

 公平に選出された筈の陪審員は、全て、食人種を疎ましく思っている者か、或いは上層部の息がかかった者ばかり。殺人を犯した食人種の夢魔を、正当に裁く気など毛頭無いだろう。


 だが利一にとって、これは逆に好都合だった。陪審員が上層部と通じているなら、陪審員を通して上層部を脅迫すれば良い。

 脅迫が通じぬなら、決断するしかない。皆が恐れる【これ】を使い、法廷を戦場に変える。その結果、ここら周辺が焼け野原になろうが、何人死のうが知った事ではない。


──ミカを救いたい……ただ、それだけだった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 怪物社会には、独自の司法制度が存在する。


 各地域には、怪物上層部より任じられた法の番人が駐在する。──それら怪物を【管理人】と呼ぶ。

 罪を犯した怪物は管理人によって捕らえられ、場合によっては、その場で処分(殺処分)される。処分するか否かを判断するのも管理人の重要な仕事だ。

 その場で処分されなかった怪物の身柄は、一旦、拘置所に移送される。保釈は原則として存在しない。


 その後、検察官による捜査が行われ、正式に起訴するか否かの決定が下される。

 この検察官と管理人は全くの別物で、検察官は裁判において被告人の罪を立証しなければならないのに対し、管理人は死刑判決が下された被告人の死刑執行を担う。


 検察官の判断により不起訴になる場合もあるが、管理人から【処分が妥当である】との烙印を押されていると、否応なしに起訴される。


 逆に、管理人が被疑者の不起訴を嘆願たんがんし、検察官がそれを無視して起訴する事もあり、管理人と検察官の両者が、被疑者の処分を妥当だと判断した上で、起訴する事もある。


 その場合、陪審員の被疑者──被告人に対する印象が悪くなり、これが評決に影響を与えるのだ。


 正式に起訴され、被告人が罪状認否にて抗争を選ぶと、公判が開始され、罪の立証が行われる。

 そして最終的な処分の決定は、陪審員の評議によって下される。評決に至るには、13人の陪審員うち、10人以上の賛成票が必要だ。


 通常、陪審員は無作為に召喚された候補者の中から、予備尋問を経て最終的に選ばれるのだが……


 ミカの裁判は、言わば出来レースだ。陪審員になる者は最初から仕組まれており、13人中10人が、上層部と深い関わりがあった。

 つまりは、ミカを殺す為の刺客だ。


 利一の予想通り、この裁判は被告人を有罪──処分する為の事務作業でしかない。

 それを覆され、10人の刺客達は憤っていた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 外界と隔離された亜空間の評議室は、真っ白な部屋の中央に、白い円卓と13脚の白い椅子があるのみで、他は何も無かった。

 その無機質な部屋で、13人の怪物達が評議を開始した。


 開口一番に出たのは、利一への非難だ。


『余りにも愚行が過ぎる! あの日本人は、自爆紛いの奇襲を美談だと思っているのか?』


『確かに、奴の行いは、自爆紛いの奇襲──決死の特攻に等しい。愚直で捻りが無く、それでいて効果的だ。……奴は、たった1人の夢魔を救う為に、たった1人で戦争をおっ始める気だ』


『ですが、そんな愚策でも、実行に移せば後に続く者が出るでしょう。被告人を支持する怪物は大勢いますから……』


『その通りだ。被告人を処刑すれば、恐らく暴動が起きるだろう。言い換えるなら暴動で済むと言う事だ。だが、あの男の登場で事態は一気に悪化した。最悪の場合、再び戦争が起きるぞ』


『だからと言って生かしておいても、ミカを崇拝する者が集まって徒党を組むでしょう』


『そんな事をする連中は、ミカを広告塔にして、自分達の権利や、現・体制の不満を訴えたいだけの暇人さ』


『問題は、ミカが処刑されても、利一が戦死しても、神格化されてしまう事です。神格化されは個人は【思想】となり、最終的には【信仰】となります。彼らは殉職する事で【永遠の広告塔】に昇華される……こうなると、いくら反乱分子を潰しても、今度は【信仰】を受け継ぐ者が誕生する。……それが意味する事は、終わり無き闘争の始まりです』


『今だって同じだろう。反乱分子はそこらじゅうに潜んでいる』


『だから──その潜んでいる反乱分子どもが、2人の死で団結してしまう事を危惧してるんだ!!』


『……あの男は、それを狙っているのかも知れないな。……見たろ? 奴は証言台から我々を見据えていた。被告人共々、死ぬような事になっても、自分達の意思を受け継ぐ者が現れると信じている』


『買い被り過ぎだ。あの日本人はそこまで、考えちゃいない。お友達を助けたいだけさ。泣けるじゃないか。映画にでもするか』


『茶化すな! これは重要な評議だぞ!』


『落ち着け。……確かに、彼がそこまで考慮してるかは疑問だが、問題の本質はそこじゃない。我々が未来を危惧している事が問題なんだ。少なくとも……私は、ミカの死刑に賛成出来なくなってしまった』


『本気か!? 奴は殺人を犯したのに!?』


『被告人に死刑判決が下された瞬間、あの証人は僕達を殺すだろうね。……それでも、僕は被告人の死刑に賛成するよ。秩序とはそう言うものだ。証人の脅迫に屈してしまった瞬間……司法は意義を失う』


『全員で一斉にかかれば勝てるんじゃないか? 他の連中もいるだろう?』


『無理だな。【あれ】が彼に宿っている限り……俺達に勝機は無い』


『しかし……』


『先の戦争を知ってるか? 【あれ】のせいで、カビール側の軍勢は壊滅寸前まで追い込まれたんだ。マグダレーナ側に裏切り者がいなければ、カビール側は負けていた』


『……何故、マグダレーナは【あれ】を利一に継承させたのでしょうか?』


『……それはマグダレーナ本人でなければ分からない。だが……人間が【あれ】を持つ事は容認出来ない』


『ならば、どうする? ミカと引き換えに渡せと言うのか? それはあの男に、死を要求しているのと同義だ』


『そうなったら、今度はミカが決起するでしょうね。そして、反乱分子を束ねて……我々に復讐する』


『望むところだ。ミカ共々、食人種を根絶やしにすればいい』


『なぁ……こんな話を知ってるか? 捕虜になった日本兵達の話だ。アメリカ軍に捕まった彼らは、所持していた銃は素直に渡したが、刀だけは決して渡そうとしなかった。必死に抵抗する日本兵の姿は、逆にアメリカ兵の興味を引いた。結局、刀は奪われて、アメリカ兵達は戦利品として刀を持ち帰ったんだと……』


『……鬱陶うっとうしい例え話は止めろ。何が言いたい?』


『利一も刀を渡す気は、絶対無いと言う事だ。奪おうとすれば、必死に抵抗するだろう』


『では……刀でなければ、どうでしょうか?』


『と、言うと?』


『ええ。……利一にとっての刀は【あれ】ではなく、ミカです。己の命と引き換えにミカ救ったとしても、ミカがそれに納得しない事も分かっている筈。なら……利一は【あれ】を渡さないでしょう。だって……渡したところで、ミカの命が将来的に保証される訳ではありませんから。だから……ミカの命を保証した上で、上層部に全面協力させるんです』


『ミカと引き換えに、上層部に忠誠を誓えと?』


『いいえ。忠誠を誓えと要求すれば、当然拒否するでしょう。そうなったら、やはり戦争になります。でも、利一だって戦争は望んでいない筈。私達も戦争は望んでいない。望むのは互いの平穏……だったら、自ずと答えが出ませんか?』


『つまり……』


『ミカを利一に渡して、利一に反乱分子を抑制させるんです。そうすれば、あの2人が死んでも、殉職とは見なされない。暴動も戦争も起きません。反乱分子達が団結する事も無く、ミカを崇拝する者も消える』


『それでも不安要素は消えない。やはり、あの2人は脅威だ』


『気づいてますか?』


『何を?』


『利一が【あれ】を提示した時点で、我々は既に負けたんですよ。心底腹立たしい事ですが……。彼はこの裁判が、茶番だと言う事を理解しています。その茶番にわざわざ付き合う意味何ですか?』


『……僕達に選ばせたいんだ』


『何をだ?』


『決まってるじゃないか。全員死んで負けるか、屈して生きるかだよ。前者なら、2人は反乱分子達にとって英雄だ。後者なら、上層部に寝返った裏切り者…………皆はどちらを選ぶのかな? 僕はもう決めてあるよ』



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 証人尋問を終えた利一は、証人専用の控え室にいた。

 控え室は評議室と同じく無機質な白い空間で、中央に椅子が一脚あるだけだった。

 利一はその椅子に腰掛けながら、膝の上にいる兎の毛並みを撫でていた。


『全くよぉ、俺の主人は頭がイカれてやがるぜ』


 兎は渋い男の声で、そう言って溜め息を吐く。


『すまんな。お前には悪いと思ってるよ。もしもの時は、従魔の契約を解除して逃がしてやるから、許してくれ』


 言って利一は苦笑した。


『その、もしもの時って、いつになるんだ?』


『俺が死ぬ間際だな』


『おいぃ!! 利一テメー!!』


 兎の怒った声が控え室に響き、利一はその怒声を澄ました顔で聞き流す。

 その足元で、利一の影がしずくを2、3滴落としたかのように波紋を描いている。


 利一は足元の影に目を向け、そして呟いた。


「お前も許せ」


 影は何度も波紋を描き、やがて収まる。それを見ていた兎が、また溜め息を吐いた。

 利一は兎を宥めるように、優しく撫でる。


──その時、控え室の扉を叩く音がする。


『利一……評決が出た。法廷に行こう』


 扉の向こうにいる彼は、そう言って利一を呼んだ。


『ああ。今、行くよ』


 利一は控え室の扉を開けて、法廷へと向かった。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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