第110話 【1975年】◆フラれたチェスターとメアリーの課題◆
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【1975年】
病室のベッドでメアリーは目を覚ました。暫く無言で天井を見つめ、ふと隣に気配を感じて目を向ける。ベッドの脇に祖父役がいた。
『おじいちゃん……』
呼ばれて祖父役は頷いた。
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チェスターとヴィヴィアン、そしてチェスターの父親役リーが病棟に到着すると、祖父役が病室の前にいた。
祖父役は目配せをして、廊下の奥を指す。ヴィヴィアンがそれに同意して頷き、4人はメアリーの病室から離れた場所に集まった。
『メアリーは何も覚えていない。祖母役が殺された事も、裏側に行った事もだ。マイケル(ミカ)による記憶の処理は完璧だったよ』
祖父役はそう説明した。
『……なら、マイケルの出番はもう無いわね』
チェスターはそれを聞いて、安堵すると同時に、ミカに対して怒りを感じた。
確かに、ミカの処理は完璧だったし、本人も自信を持ってそう言っていた。言った上で、万が一を考慮して、病院まで着いて来たのだ。
やるべき事をやり、それに対して自信を持つ事は当然だ。
そして己の力を過信せず、不測の事態に備える事も実に正しい。
だが、それがミカだと言うだけで腹立たしく思えた。これは理不尽な怒りだと、チェスターも自覚はしていたが、どうにも収まらない。
一度、嫌悪感を抱いてしまうと、それを正当化したい心理に陥る。相手が正しくても、それを認める事が難しくなるのだ。
『事故と言う事にしてある。家の階段から落ちて……頭を強く打った……それで記憶喪失になり、髪は手当てをする為に切られたと。……メアリーにはそう説明している。リズにも連絡済みだ。今、エミリーと一緒にこちらに向かっているよ』
『そう……ありがとう』
『……これから、どうするんだい? メアリーを狙う怪物がいるんじゃ、迂闊に彼女を外に出せないだろう?』
リーにそう尋ねられて、ヴィヴィアンは眉間にシワを寄せた。
『だからと言って、閉じ込める訳にはいかないわ。護衛を増員して、これまで通り生活させるしかないわね』
リーは怪訝な顔で『何故?』と訊く。
『それがウォーカー夫人の希望だからよ。娘2人が高校を卒業するまで、極普通の生活を送らせて欲しいと、上の連中に頼んだの。……特にメアリーはプロムに対して、強い憧れを持っていたから……』
『……だから、チェットに誘わせたのか』
言ってリーは、チェスターを横目で見る。
勿論、怪物達がメアリーにプロムの相手を用意しようとしたのは、それだけが理由ではない。根本は、メアリーの純潔を守る必要があったからだ。
無関係な人間がプロムの相手になるよりも、怪物が相手なら間違いも起こらない。
『責任重大だなチェット。もし、プロムで失敗するような事があれば、君もヴィヴィアンに蹴られるぞ』
チェスターの頭に過ったのは、股間を粉砕されたミカの姿だ。いくら不死身に近い吸血鬼でも、あれだけは絶対に食らいたくない。
『マイケルに制裁を加えたのは特別よ。余程の事が無ければ、あんな事はしないわ』
『じゃあ、プロムで余程の失敗をすれば、チェットも股間を蹴られるのかな?』
リーの言葉に、チェスターは血の気が引いて絶句した。そして、直ぐ様、ヴィヴィアンを見る。
『やだ、蹴らないわよ。……そんな目で見ないでくれる?』
『あっ……』
チェスターは、異変を感じて遠くを見据えた。どうやら、メアリーが病室から出たらしい。
直ぐに、それを全員に伝え、ヴィヴィアンをその場に残して3人で向かう。
病室から出て少し行った所にメアリーはいた。何かをしている風でもなく、1人でその場に佇んでいる。
祖父役が彼女に声をかけた。
『メアリー、ベッドに戻りなさい。体に障るよ』
『おじいちゃん……』
メアリーは、祖父役の後ろにいたチェスターに気づく。
『メアリー……大丈夫なのか?』
チェスターが心配して尋ねると、メアリーは怪訝な顔をした。
『どうして、貴方がここにいるの?』
『私が呼んだんだよ。いけなかったかい?』
メアリーは祖父役をチラリと見てから、チェスターに目を向けた。
『チェスター。2人だけで話がしたいの』
メアリーは妙に落ち着いていた。ショックではないのだろうか? 階段から落ち、記憶を失い、髪まで短く切られていると言うのに、彼女は至って冷静だった。チェスターにはそれが不思議でならない。
もしや、ミカに記憶を操作された影響ではなかろうかと、只々、不安に思った。
チェスターとメアリーは2人だけで病室に入り、ベッドに腰かけた。
チェスターが徐に尋ねる。
『……で、話って?』
『ごめんなさい』
『……何がだ?』
『私、やっぱりプロムには行けないわ』
チェスターは目を丸くして、唖然とした。一瞬、何かを聞き間違えたのかと思ったが、直ぐに違うと分かって、慌てて尋ねる。
『何でだよ!?』
やはりミカが何か仕掛けたのではと、内心疑う。
『貴方のせいじゃないわ。問題は、私なのよ』
『何だよ、それ。納得がいかねぇよ』
『そうよね。納得出来ないわよね。でも、仕方ない事だわ。……とても残念だけど』
『理由が知りたい。どうして気が変わったんだ?』
するとメアリーは優しく微笑んだ。チェスターがその笑みに戸惑うと、メアリーはチェスターの両手を握り、真剣な眼差しでこう言った。
『人生には2種類の課題があるの。1つは生まれもった課題、もう1つは自分で選んだ課題よ。私は選んだの……それは私にしか出来ない課題で、私がやるべき課題なのよ』
『何だよ、その課題って……』
チェスターが困惑して尋ねると、メアリーは首を横に振った。
『今は言えないわ』
『言えよ! じゃないと納得出来ないだろ! 何か悩みがあるなら、言ってくれ!』
『いずれ……チェスターの手を借りたいの。私1人では成し得ないから。だから……その時が来たら、私の課題を手伝ってくれる?』
『手が要るなら、今、直ぐ貸す! 俺は何をすればいいんだ?』
チェスターは握られていた両手を握り返した。メアリーの課題が、何かは知らない。何を手伝って欲しいのかも分からなかった。それでも、彼女の力になれるならば、喜んで手を貸したいと思った。
『メアリー言ってくれ……頼むから……』
すると、メアリーは顔を寄せて──チェスターの耳元でそっと囁いた。
『…………』
『え?』
チェスターはそれを聞いて、意味が分からずメアリーの顔を見る。彼女は悲痛な表情で、人差し指を口元に当て、沈黙のジェスチャーをしていた。
──言わないで、と。
チェスターは困惑しながらもメアリーの意図を汲み取って、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。だが、本当は尋ねたかった。
──今のはどう言う意味なのか? ──と。
『チェット……お願いよ』
そう言われて、チェスターは嫌だと言えなくなる。
今にも泣き出しそうな彼女に対して、拒絶の返事が出来なかった。
手を貸すと言いながら、拒否する事も、何となく気が引けて──それで、つい気圧されて──返事をした。
『わ……分かった』
途端に、メアリーは安堵の笑みを浮かべた。
『チェット……』
嬉しそうに感謝の思いを込めて、彼の名前を呼ぶ。きっと、後に続く言葉は『ありがとう』に違いない。
──だが、それを彼女が言うより先に、誰かが病室の扉を開けた。
『メアリー!! 無事なの!?』
飛び込んで来たのはエミリーと、祖父役に新しい祖母役、そしてリズとリズの母親役だった。
チェスターは反射的にエミリー達の方を向く。すると突然、メアリーがチェスターを全力で平手打ちした。
『『!?』』
メアリーは痛そうに叩いた手を押さえ、叩かれた方のチェスターは唖然とした。エミリー達も唖然としてメアリーを見る。
『チェスター!! 今すぐ帰って頂戴!!』
メアリーはキツイ口調で言って、チェスターを睨む。その態度は、先程とは別人のようだった。
チェスターは戸惑いながら『……分かった。帰るよ』と言って、ベッドを立ち上がり、すごすごと扉に向かう。
『ちょ……ちょっと……待って、何があったの?』
エミリーが慌ててチェスターを引き留める。
『……フラれた』
チェスターはポソッと言って病室を出た。
『はぁあ!? 何よそれ!?』
背後でエミリーが騒いでいるのが聞こえたが、チェスターはそれを無視してリーのところに行った。
『どうしたんだ、チェット?』
『……メアリーにフラれた』
『なんだって!?』
『……帰るぞ』
言ってチェスターは駐車場に向かう。リーも直ぐにあとを追った。
エスカレーターを降り、駐車場に着いた所で、リーが尋ねる。
『……本当に帰っていいのかい、チェット』
『何がだよ?』
『メアリーと喧嘩でもした?』
『お前には関係無い。詮索は止めろ』
『酷いなぁ。僕がここまで送って来たのに、その言い方はあんまりだよ』
『感謝してるよ。お陰でメアリーに打たれた挙げ句にフラれた。プロムも無しだ』
『えぇ!? それは流石に不味くないか!?』
『仕方ねぇだろ!』
『でも、だってホラ……』
『なんだよ?』
『ヴィヴィアンに蹴られるんじゃないかな?』
2人の脳裏に、ミカの無惨な姿が浮かんだ。
『……』『……』
『……』『……』
『……』『……』
『……』『……』
『……』『……』
『……』『……』
『……いや……大丈夫だ……だと思う……うん』
『……チェット、声が震えてるよ』
『チェスター!!』
突然、誰かがチェスターを呼ぶ。見ると、酷く動揺した様子の青年がこちらに走って来る。
『……お前は』
チェスターはその青年に見覚えがあった。
──11年生のアダムだ。
アダムは悲痛な表情で懇願する。
『チェスター助けてくれ!!』
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