第107話 【1944年】◆◆仕掛けられた罠と捕らえられた利一◆◆
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【1944年】
薄暗いトンネルの中、淡く光る茸の灯りを頼りに、彼らは進んだ。
『もう少し行けば、昨日利一が来た所に着く』
「そしたら、そこで兎を追跡するんか……」
利一は懐から、深紅の立方体を取り出した。それは出発前にマグダレーナから渡された羅針盤だ。
【お前が何千回、何万回、ミカと体を重ねても奴は私のものだ……必ず覚えておいで】
マグダレーナは利一に対して、そう言った──それを思い出して、また腸が煮えくり返る。
(なんやねん、俺とミカはそんな関係とちゃうわ! あの色ボケばばぁ! 変な誤解しよってからに!!)
思わず羅針盤を握る手に力が入った。ミカはそんな利一を見て、顔を覗き込む。
『利一、何を怒ってる?』
突然、利一の眼前に愛らしくも美しいミカの顔が現れた。利一はハッと息を飲み、頬を紅潮させる。どうにも女性のミカは苦手だった。直視すれば胸が高鳴り、気恥ずかしく堪らない。この現象を、感情を、何と呼べば良いのだろうか?
その対処法が分からず、キツイ口調で突っ撥ねる。
「なんも無いわ!! てか顔近い!! 離れろ!!」
『何をそんなに怒ってるんだよ?』
利一は苛つきながら、どんどん先へと進んだ。ミカは、直ぐ様、あとを追いかける。
暫く進むと、特徴的な模様の茸の群生が目に留まり──そこが、ミカと初めて出逢った場所だと分かった。
──あの時、出逢わなければ……どうなっていたのだろうか?
口には出さなかったが、2人して同じ事を考えた。そうして、その場所を通り過ぎて、遂に利一が最初に来た、壁の前に辿り着く。
『利一……羅針盤を……』
利一は頷き、深紅の立方体を両手で持った。マグダレーナに言われた通り、白い兎を思い浮かべる。
──ふわふわとした白い毛並み。
──長く尖った桃色の耳。
──紅玉のように煌めく目。
──すると立方体が淡く光り、利一は足元に目を向けた。
「すごい……なんやこれ……」
地面に、淡く光る、赤い模様が現れた。目で追って見れば、赤い模様はトンネルのずっと向こうまで無数に続いている。それが兎の足跡だと気づき、今度はどうすれば良いのかと困惑した。
兎の足跡はまるで発光塗料を塗ったかのようにハッキリと見えたが、幾つも重なっており、兎がどちらに行ったのか判別出来ない。
ただ、足跡から推察するに、どうやら兎はここの壁から出入りしている事は確かなようだ。
「……兎の通り道なんやろな……ここ」
『なら、ここに罠を仕掛けよう』
ミカはそう言って、どこからともなく、輪っか状に纏められた鉄線の束を取り出す。
「なぁ、紙とか無いん? 紙があれば俺も罠を仕掛けられるし」
『そう言うと思って……ほら』
ミカは利一に便箋のような紙を数枚渡した。
『どう? これでいい?』
ミカが尋ねると利一は「十分や」と言って頷き、紙の中央に手を当てる。
ミカはそれを興味津々で見学するが、紙にも、利一にも、特段変化が見られず、疑問符が頭上に浮かぶだけだった。
利一は「よし」と一声出すと、持っていた紙を2枚地面に投げた。投げられた紙は回転しながら地面に貼りつき、そのまま溶けるようにして消えてた。紙が消える、その刹那、燐光が式神の紋様を描く。
(これ……僕の手に描かれたのと同じ……)
ミカはそう思い、利一の呪いを観察する。
「これでええ。兎が通れば罠が発動する筈や」
『そうか……なら僕も』
ミカは背中から純白の翼を生やすと、鉄線を束ねていた紐を外す。鉄線は意思を持ったかのように弾け、壁にジグザグの線で、円を描いて消えた。
『二重の罠なら捕獲の確率も上がるだろ』
ミカはそう言って、利一も頷く。
『ミカのその翼は……【力】の根源か?』
「せや」
ミカは日本語で短く返答し、今度はミカが質問した。
『さっき、紙に何をしたんだ?』
『力を込めたんだ。そうする事で、ただの紙が罠にも武器にもなる』
『成る程……』
互いに質問しつつ、相手の力に探りを入れた。それは祓い屋の性分なのか、怪物の性分なのか、やはり相手を警戒する癖が抜けない。
『じゃあ城に戻ろうか。明日にまた来て、兎が罠にかかってるか確認しよう』
「……どれぐらいで捕まえられるやろ?」
利一は捕獲に至るまでの日数を心配した。時間がかかれば、その分、戦況も変わる。龍神に捧げる生け贄も代役が決まってしまうかも知れない。
だが、ここへ来て……利一の心境にある変化が訪れていた。
利一は、龍神に生け贄を捧げる事は尊い行いだと──そう教えられてきた……
それをミカは【子供に負担を強いる狡猾な行為】だと一蹴した。実際の表現は違ったが、ミカの発言を要約すると、そう言う事だ。
(生け贄は……龍神に仕える尊いお役目やと……そう、父様はおっしゃった……でも……)
不意に、些細な思い出が頭に浮かぶ。
周りの子供達が、動きやすいシャツと短パンを着用しているのを見て、自分もそれを着たいと母親に頼んだ──だが、
【龍神様への供物として、恥ずかしくない服装をなさい】
母親はそう言って、取り合ってくれなかった。当時はそれに反発する事なく、大人しく従ったが……
その事が、今更、悔しく思えてきた。
──利一は我が子を【龍神の生け贄】にする一族に、違和感を覚え始めていた。
(帰ったら……俺は龍神に捧げられる……それは……ホンマに変えられへんのやろか?)
利一はミカから少し離れ、彼の後ろを歩きながら、来た道を戻る。
(でも…裏側に残るわけにもいかへん………あの城の連中と仲良く出来る気がせぇへんし……何より……)
利一はミカに視線を向けた。
(コイツの奴隷なんて……絶対ごめんや!!)
『なぁ、利一。帰ったら……』
ミカは自分の後ろを歩いていた利一に、話しかけようとしてを振り向く。
『……あれ?』
だが利一の姿はどこにも見当たらない。
「(しまった!!)利一!?」
ミカは反射的に利一の名を呼ぶが返事は無く、その声はトンネルに虚しく響き渡る。
(ミカ!!)
真っ暗な空間で、利一は口を塞がれ、喉元に鋭利な短剣を突き付けられている。ミカの声は利一の耳にも届いていたが、返事をする事叶わず、男に押さえられ自由を奪われていた。
『良い子だ……大人しくしていろ……』
利一はこの男に見覚えがあった。昨日、マグダレーナの城で自分を殺そうとした男だ。
(クソっ!! 油断した!!)
利一は悔しく思う。ミカの側を一瞬でも離れるべきではなかった。
『あれ? お前……俺の暗示が効かない?』
男は利一に暗示がかからない事を不審に思い、首を傾げる。
『まぁ、いいさ』
そう言うと、利一の首の後ろに何かを刺す。
(いっ……!?)
利一は一瞬痛みを感じたが、直ぐに視界がぼやけ、そのまま意識を失った。
「利一!!」
ミカは利一を何度も呼んだが、やはり返事はない。焦りだけが募り、目を離した事を深く後悔する。
ふと、下を見れば──金属的な光沢を放つ、深紅の立方体が落ちていた。
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