第106話 【1975年】◆ヴィヴィアンの怒りとボコされるミカ◆
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【1975年】
『……落ち着いたか?』
チェスターにそう訊かれて、ヴィヴィアンは頷いた。
『……みっともないわね、私。……上司として腑甲斐ない。……ボス失格ね』
『ヴィヴィーがボス失格なら、俺はどうなる? 腑甲斐ない部下だ。ヴィヴィーが上司でなきゃ、とっくに失業してる。そうなりゃ血の提供も受けられずに、今頃、干からびてら』
そう言ってチェスターは笑った。ヴィヴィアンもつられたように僅かに笑い、落ち着きを完全に取り戻した。
『……やっぱり、家まで送るわ』
『でも……』
『今のあんたは戦力外よ。今日は、大人しく家で待機してて頂戴』
チェスターはまだ物言いたげだったが、結局、ヴィヴィアンに押しきられて、明け方、自宅に戻った。
チェスターの父親役であるリーが、玄関先に出てきて2人を出迎えた。一晩中起きてたのか、リーはやや眠そうだった。
『無理ぜず、寝てろよ』
チェスターがそう言うと、リーは少し呆れたような顔した。
『そんな事言ったって、偽の息子が心配だったんだ。仕方無いじゃないか』
『俺は吸血鬼だから平気だ。お前は人間なんだから、無理すんな。休める時に休んどけよ』
チェスターはそう言うが、明らかに顔色が優れない。ヴィヴィアンはリーに目配せした──早くチェスターを休ませたい、と。
リーもその意図を読んで、2人を2階へと案内しようとする。
──すると、そこへ白い蜻蛉が飛来した。
よく見るとそれは蜻蛉ではなくT字型の紙だ。紙は3人の頭上を旋回する。
『なんだこれ?』
チェスターが訝しんで紙蜻蛉を睨む。
『多分……カシワギさんの呪いよ』
チェスターは妙に発音し難い名前を聞いて、直ぐに利一だと察した。利一とは、一緒にミカを探しに行った事もあったが、正式に名乗り合って自己紹介した訳ではない。あの時は──メアリーを連れて行かれた事に激怒していて、互いの名を尋ねる余裕も無く、その後も話さぬままだった。
ヴィヴィアンは手を上に伸ばし、紙蜻蛉はその手に止まった。紙蜻蛉が羽根をパタパタと羽ばたかせると、利一の声が響いて聞こえる。
『ジェファーソンさん? 聞こえますか? カシワギです』
『聞こえます。カシワギさん。今、どちらですか?』
ヴィヴィアンは利一に返事を返す。チェスターとリーは物珍しさから、音声を送る紙蜻蛉を見つめた。
『俺は、街のメインストリートにいます。実は、今……ミカが、連続殺人事件の重要参考人と接触しています』
その発言を聞いて、全員の眼が一気に変わった。
『何ですって!? それで彼は?』
『俺から離れた場所で、その人物と話をしています。彼らの会話を、紙を通じて盗聴するので、そちらにも音声を送ります』
3人は固唾を呑んで、紙蜻蛉に耳を傾けた。
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ミカと利一が屋敷に到着すると、エントランスホールに鬼の形相をしたチェスターとヴィヴィアンが待ち構えていた。その背後には、心配そうな顔をしたリーが控えている。
『あれ? チェスター具合はもういいの?』
ミカは、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらチェスターに話しかけた。一切悪びれる事も無く、完全に馬鹿にしている態度だった。
そんなミカを許せる筈もなく、チェスターはふらつきながらも、また彼に殴りかかろうとする。
『てめぇっ!!』
だが、チェスターが殴るよりも先に、ヴィヴィアンがミカの腹に強烈な蹴りを入れた。
ミカは空き缶のように転がって、裂けた腹から腑を散らし、エントランスホールは血糊に染まった。他の3人は呆然とそれを眺めた後、恐る、恐る、彼女の顔を見た。
『……あれは一体どう言う事?』
ヴィヴィアンは静かに怒りながら、ボロ雑巾のようになったミカに尋ねる。
『……あれって……どれ?』
ミカも利一も、お叱りを受ける心当たりが多過ぎて、どれを指しているのか分からない。
『カシワギさんから連絡を受けて、会話を聞いてみれば……あんたって男は……』
飛び散った血糊がミカの体に集まり、ミカが完全に修復された瞬間──ミカの股下から垂直に2撃目の蹴りが決まる。
──!!!!
骨盤全てが砕ける音がして、ミカは顔面から崩れるように倒れた。他の3人は、我が身に起こった事のように感じて、思わず目を背ける。
(((うわぁ……これは無理……)))
普段、どんなにミカが負傷しても動じない利一だが、この時ばかりは見てられなかった。
『重要参考人を……しかも未成年の男子を口説くとは、どう言う了見なの?』
ヴィヴィアン達は紙蜻蛉を通じて、ミカとミゲルのやり取りを聞いていた。
『しかも、その直後に……恋人と仲睦まじく戯れるって、どう言う神経してるの?』
利一は思わず手で顔を覆い伏せ、チェスターとリーは驚いて利一に目を向けた。
どうやら、ヴィヴィアンは日本語が分かるらしい。ここに向かう途中で、紙蜻蛉の通信を切っておいたが、ミカとの会話の一部は、彼女には筒抜けだったようだ。利一はそれが恥ずかしくて堪らなかった。
自分とミカは恋人ではないと、直ぐに訂正したい気もしたが、それはそれで非常にややこしく、新たな誤解を生みかねない。
利一は苦渋の思いで訂正を断念した。
『……ごめん、ヴィヴィアン。許してくれ。一応、考えあっての事なんだ』
ミカは内心そんな事どうでも良かったが、とりあえずヴィヴィアンに謝罪した。だが、彼女の怒りは収まらない。
『この変態が。……少年が好みだとは知らなかったわ』
『誤解だよ。僕は子供に興味は無い』
ミカがそう言うと、ヴィヴィアン達の視線が、一斉に利一に注がれた。利一も、流石にその疑いは放置出来ないと思い、弁解しようとする。
『確かに、彼は同性愛者ではありませんし、小児性愛者でも──』
利一はそう言いかけて、
少年時代にミカから受けた、諸々の仕打ちを思い出してしまう。
──ああ、そう言えば……あんな事や、こんな事もされたな……と。
(……完全には擁護しきれんなぁ)
利一の心の中で、諦めにも似た思いが過り──真顔でミカを見つめる。
『……利一。そこで口を閉ざさないでくれ』
ミカも真顔で利一にツッコミを入れる。
利一を含めた3人が疑いの目でミカを見る中、チェスターだけが真面目に猛抗議した。
『そんな事より、もっと重要な事があるだろう!? マイケル(ミカ)お前、ミゲルが人狼だと気づいていたなら何故、報告しなかった!?』
『報告? 何故? 人狼として完全に覚醒していなければ、人肉を食す必要も無いし、他の怪物と相違なく暮らせるだろ? この街も含め、ここいら周辺には怪物が多く密集してる。人狼がいても不思議じゃない……そんな状況で何を報告するんだ?』
『何をって……人狼がいたんだぞ!?』
『……僕も最初は確証が無かったんだ。ミゲルが完全に覚醒していた人狼だったなんて。……だから群れを調査した。その結果、ミゲルが喰殺を犯してると──さっき分かったところだよ』
『覚醒していなくても、人狼がいたなら報告すべきだ!』
ミカは眉を顰めて、不快感を顕にした。
『下らない。……それは差別だ。君は人間を人種で差別しないのに、怪物は種族で差別するんだな』
『人間と人狼は違う! 人間は人間を喰ったりしない!』
『人間だって人間を殺すだろ! でも群れにいる人狼達は人間を殺さずに生きている! 人間だろうが人狼だろうが関係ない。ソイツがどう生きてるかで判断すべきだ!!』
『もういい!! 止めて頂戴!! ミカ、あんたはクビよ!!』
言い争う2人に対して、ヴィヴィアンは堪らずミカに解雇を宣告した。
『残念だけど僕の雇い主は君じゃないよ。勝手に解雇は出来ない筈じゃない?』
『いいえ。私は管理人として、このエリアの秩序を守る役目があるの。貴方は著しく秩序を乱しているわ。仲間と問題を起こし、その上にエリア内にいた人狼の存在を報告しなかった。しかも……その人狼が一連の殺人事件の、重要参考人である可能性にも目を瞑っていた。これは由々しき事態だわ。だから貴方をクビにしても、上も文句は言わないでしょう』
『確かに……ミゲルの件は隠さず報告すべきだったよ。……でもあの時は、それが最善だと判断したんだ』
『なら、判断を間違ったわね』
それに対してミカは、明るく無邪気な笑みを浮かべた。
『あぁ。そのようだ。その点は認めるよ』
全員がミカを快く思わない中でも、ミカは飄々とした態度を崩さない。チェスターはミカを鋭く睨み付けた。
──するとそこで、家の電話が鳴った。リーが慌てて受話器を取り、相手と短く話してから、直ぐにエントランスホールに戻って来た。
『ヴィヴィアン、今、病院から連絡があった。メアリーが目を覚ましたそうだよ』
チェスターはそれを聞いて、玄関扉に向かって駆け出した。だが、まだ本調子ではなく、3歩進んだところで体勢を崩した。ヴィヴィアンが素早く抱き止めて制止する。
『駄目よ。あんたは、ここにいなさい』
『……嫌だ』
『チェスター!』
『ヴィー……頼む』
最初の名前で彼女を呼び、弱った声で懇願した。
『チェット。僕が連れて行くよ』
そう申し出たのはリーだ。彼はチェスターの腕を自分の首の後ろに回し、肩を貸した。
『メアリーがプロムの約束を覚えてるか、確認しないとね』
そう言ってリーはヴィヴィアンに目配せする。
『せっかく病院から帰宅したのに、また病院に行くの? 全く……仕方無いわね』
呆れて溜め息を吐きながら、腕を組んだ。するとミカが『なら、僕も行く必要があるね』と言い、全員が冷たい視線を彼に送った。
──ミカを病院に連れて行きたくはない。それはミカ以外の──満場一致の思いだ。だが万が一、メアリーに不都合な記憶が残ってた場合、消却出来る怪物がいない。
──結局、渋々連れて行くしかなかった。
病院到着してからヴィヴィアンは、ミカと利一に車で待機するように命じた。
『必要なら、僕を呼んで。邪魔な記憶は、直ぐに消してあげるよ』
ミカは手を振りながら、爽やかな笑顔で、ヴィヴィアン達を見送った。
『クソがっ』
チェスターは悪態をつきながら、リーに支えられて、メアリーの病室へと向かう。
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