第104話 【1944年】◆◆ミカと利一の親子の事情◆◆
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【1944年】
塔のように聳え立つ、巨大な茸で形成された森。その鮮やかな色彩は目には楽しいが、口にしたいとは思えぬ程、毒々しい色合いをしている。
森に生えている茸の種類は多種多様で、半透明の花のような茸や、丸い岩のようにずんぐりとした形の茸もあった。
この奇異な森には、鹿や熊などの動物はおらず、代わりに巨大な虫が住み着いていた。
利一が巨大な茸の側を通ると、根元で乗用車程の巨大な昆虫がバリバリと硬い音を立てて、何かの死骸を喰っていた。
昆虫はカブトムシに似た形をしていて、背中の前羽に髑髏を思わせる紋様と、禍々しく鋭い棘が生えている。
利一は血の気が引く思いで、その昆虫のすぐ後ろを足早に通り過ぎた。
(キモい……日本の妖怪も十分キモいけど……この森に住む虫は、日本とは違うキモさがあるな)
ミカは青ざめる利一の手を引き、なるべく安全な道を選んで進んだ。時折、巨大な茸の陰から、昆虫以外の捕食者の視線を感じたが、夢魔の脆弱な感知能力では、正確な位置を把握する事が出来ない。ミカは周囲を警戒をしつつ、利一から離れぬように心掛けた。
「なぁ、利一。聞きたいねんけど」
歩きながらミカが尋ねる。
「なんや?」
「正式な式神の契約って、どう結ぶん?」
ミカは右手の甲に印された【式神の紋】をかざしながら尋ねる。
「……主側が式神となる者に対して、代償を支払う事で成立するんや。双方の完全な同意があって、初めて成立すんねん」
「……利一の一族は全員、式神を持っとるんか?」
「いや、本家と分家合わせても数人やな」
「どんな式神がおんの?」
「ミカみたいな人型はおらん。殆んど無害な連中ばっかりや」
ミカはあまり関心がないような、適当な相槌を打って、次いで「後、6日か……」と呟く。
利一はその呟きに、一瞬、心臓が縮んだ気がして──昨晩、ミカが言った言葉を思い出した。
【……ほな、7日後には式神の契約は切れて、利一は完全な俺の奴隷になるねんな】
もし帰れなければ、ミカの奴隷として生きるのだろうか? そうなれば城にいたメイド達のように、怪物の城で働く事になるのだろうか?
そこまで考えてから、別の発言を続け様に思い出す。
【あと10歳上やったら、絶対、俺、即食っとったも~ん】
【流石に12歳の子供に手を出す気にはなれへんからな~】
【俺は人間と交わる事で活力を得て生きるんや……つまり夜伽やな!】
利一は思わず背筋が寒くなる。もし帰れなければ、将来ミカに【喰われる】可能性が高い。絶対にそれは避けたかった。
「それにしても……仮初めとは言えミカは式神やのに、俺の言う事全然聞けへんな」
「恐らく奴隷契約のせいやろ? 契約同士が相殺し合っとるんやろな。それでも、利一を傷つけるような真似は出来ひんらしいわ」
昨日、ミカは利一を鞭で打とうとして、それを無意識に外した。鞭の一部が利一を傷つけたが、狙い通り当たっていれば、首の皮膚が裂けていた筈だ。
(まぁ……結果的には利一を殺すより、生かしておいた方が良かったか)
ミカは利一の手を引きながら、少年をどう利用かと考えていた。利一は無鉄砲だが、聡い一面がある。裏側に長くいれば、いずれは城の秘密に気づくだろう。そうなる前に、利一の力で裏側を出る必要があった。
禍々しい巨大な昆虫達を避け、物陰に潜む捕食者達を警戒しながら森の奥へと進む。暫く行くと、森の奥に茸ではない無機質な黒い光沢が見えた。群生する茸の茂みを掻き分け、巨大な茸を迂回して、やっとの事で巨大な扉の前に着く。遠目に見えた光沢は、この扉のものだった。
茸の森で異質な存在感を放つ、黒く細長い巨大な観音開きの扉。
ミカは昨日と同じ要領で、扉に着いている金のドアノッカーを叩く。
──カン、カン、カン
音に反応して扉が開き、その隙間から、煙のような闇が噴き出した。
(……昨日の扉とまるで逆やん)
昨日通った扉は光を放っていたが、この扉は周囲を闇に染めていった。利一はミカとはぐれないよう、彼女の腕にしがみつく。
真っ暗な空間を見渡すと、次第に──ポツリ、ポツリと小さな光が灯り始める。よく見るとそれは、色とりどりに発光する茸だった。利一達はいつの間にか、昨日来た巨大なトンネルの中にいた。
2人はトンネルを進みながら、異文化交流の会話を続ける。
「なぁ……昨日ミカが言うとった。戦争に負けたって何の話なん?」
「……怪物の戦争や。マグダレーナ率いる軍勢と、対立する怪物達との戦争。それに負けた結果、俺らはここに封印されとるってわけや。昨日、説明した【呪いの檻】は俺ら敗戦者を閉じ込める為のもんや」
「ほな、子供と離れてしもたってのは……」
「裏側に封印される直前、弟に頼んで息子を逃がしたんや。あの子だけでも……自由になって欲しくてな……裏側におれば長くは生きられへん。いずれは朽ちて……」
ミカは急に言葉が続かなくなり、顔を曇らせた。
「朽ちて? どう言う事なん?」
利一が途切れた言葉の先を尋ねる。
「……この世界には、敗戦者の命を縮める呪いがかかってんねん。本来の寿命よりも早くに死が訪れる……」
「え!? ……ほな、後どれぐらい……生きられるん?」
利一は心配そうに尋ねる。この時、利一は完全にミカに同情していた。敗戦した結果の苦難は、利一にとって他人事ではない。
ましてや我が子との愛別離苦となれば、無条件に心に突き刺さった。
ミカは少し間を置いてから、努めて明るく答えた。
「俺は平気や。元々、寿命無いしな」
利一はそれを聞いて、ほっと短く安堵の息を吐いた。
「……利一は、優しいな」
ミカはそう言って、利一の額に軽く口づけした
「うわっ!?」
利一は慌ててミカから距離を取り、赤面して抗議する。
「何すんねん!! 破廉恥な!!」
「かんにん、かんにん。利一が可愛いくて……ついつい」
利一は額を袖で拭いながら、ミカを無邪気に笑う睨んだ。
「なぁ……利一には愛称とかないん?」
「家族からは利一【りっちゃん】って呼ばれとる。……ミカから言語をもろて知ったけど、そっちは愛称のつけ方が日本とはえらいちゃうな」
「そやな……国や言語によって愛称の法則が異なるんは、結構おもろいな。……利一はりっちゃんか」
「なんか……お前には、りっちゃんって呼ばれたない」
「あかん?」
「あかん!」
「絶対?」
「絶対や」
「なんでやねん」
「なんか……胡散臭いねん……ミカって」
「迷子の子犬を助けたったのに……」
「誰が犬じゃ!! 犬言うなら、犬に手ぇ出すなや!!」
「あははははははは」
「笑うな変態妖怪!! お前ホンマに子を持つ親か!?」
ミカはその発言を聞いて、ピタリと笑うのを止め、やや怒った顔をした。
「何やそれ……どーゆー意味やねん」
ミカは静かにそう言って利一を見据える。どうやら地雷を踏んだらしい。利一は不用意な発言を後悔しつつ、思った事を口にする。
「だって……全然、親らしくないし」
「利一の考える親らしい親ってどんなん?」
「そやな………もっと……こう威厳があって……落ち着いた感じで……道徳心があって……」
「龍神とか言う怪物に、たった12歳の息子を花嫁として差し出す──そないな親の道徳心って何やねん」
「!!」
言われて利一は言葉を失う。
確かに利一の父親は威厳があり、ミカとは違い泰然自若の人だが──その父親は、我が子を龍神の生け贄に差し出そうとしている。
方やミカは冷淡な一面を持ち、利一に対して不適切な接触を繰り返してはいるが、肝心な所では利一を守ってくれている。
ミカは息子の自由と命を守る為に、裏側から逃がしたが、利一の父親は息子を生け贄にして、自由と尊厳を奪おうしていた。
利一はミカの指摘を受け、今まで疑問を持たなかった【生け贄】と言う役割に違和感を覚えた。己の父親に対して、そう言う見方もあるのかと──妙な新鮮さを感じていた。
「傷ついた? でもな、親かて完璧とちゃうで。親かて失敗もするし、自己保身もする。寧ろ経験を積んどる分、親の方が狡猾や。利一の親は、子供に負担を強いる狡い部分を持っとるんやと思う……それが親失格かどうかは、利一が決める事やけどな」
ミカの発言は利一にとって、新しい発見だった。大人もそうだが、子供は特に閉鎖的な価値観の中で生きている。
ミカの視点から見た利一の親──それは利一の視点から見た親の姿とは異なる。
物事に対する多様な見解が存在すると言う事を、利一はこの瞬間知った。
(そんな風に……親を見た事はなかった……)
利一はそう思い、ばつが悪そうにミカに言った。
「すまん……さっきの……ミカが親らしくないって発言……取り消す」
ミカは利一が素直に謝罪した事に驚き、目を丸くした。
「りっちゃん、可愛い」
「はっ!?」
ミカは利一に抱きつき、軽く頬に口づけする。
「お前っ!! また勝手に俺を喰ったやろ!!」
「あははは! ご馳走様ぁ~」
利一から活力を奪い、ミカは軽快にスキップしながら逃げて行く。
「待て!! この妖怪!! 謝れ!!」
「ごめん、ごめん、かんにんしてな~」
2人は追い駆けっこをする調子で、トンネルの奥へと進んだ。
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