第103話 【1975年】◆ミカと利一と式神の名前◆
このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。
ありがとうございます。
A big THANK YOU to you for visiting this page.
【1975年】
──姉妹の家が襲撃されてから、一夜明けた早朝。
一時的にミカと離れた利一は、人通りの少ない街並みを眺めながらミカを待っていた。
(ミカめ……あのド阿呆……)
利一が苛立っていると、ミカが陽気な顔をして戻って来た。利一は般若の形相でミカを睨みつける。
(うっわー……何か、スゲーキレてる……)
圧を感じて思わず怯む。
「りっちゃん? 何、怒ってる?」
「……お前、さっき俺が最後の男や言うたやんか……そう約束してから半日もせんうちに、他の男……しかも子供を口説くとか有り得へんやろ……」
利一は紙蜻蛉を通じて、ミカとミゲルの会話を聞いていた。ミカがミゲルにキスをしたのも、迫ったのも、全部筒抜けだった。
「(えー? そこ? 怒りのポイントそこなん?)あー……ごめん、かんにん」
ミカは内心あまり悪いと思っていなかったが、なるべく本心を表に出さぬように謝罪した。
「でも、利一が嫌なんは女の俺が、他の男と寝る事やろ? 男の俺が、他の男と寝るんやったら問題無いやん?」
利一は女性のミカに対して、疑似的な恋をしていたが、男性のミカに対しては違う。そもそも利一は同性愛者ではない。だから、ミカの言う通り問題は無いのだが──それはミカも同じ筈だ。ミカは同性愛者ではない。
「……お前、男いけたん?」
利一は怪訝な顔をして訊く。
「うーん……男同士で試した事無いな」
ミカはやや考え込む。雄の夢魔として数多の女性を誘惑し、時には性別を変え雌の夢魔として男性を誘惑してきたが、雄の状態で男性を誘惑し、行為に持ち込んだ事はなかった。
「試す?」
「試さん」
ミカは不敵に微笑みながら、利一に顔を近づけて、囁く。
「なんや……俺を盗られる思て焦ったん? りっちゃん可愛い」
利一は不機嫌そうに言葉を返す。
「今年43のオッサンに可愛いとか言うな」
「いくつになっても利一は可愛いで?」
「80のジジイになってもか?」
「うん」
「嘘こけ」
「ホンマやーん。信じてや」
「どの口が言うか」
「りっちゃん、愛してる」
「じゃかぁしい!(うるさい)」
冗談めいた会話はここまでだ。ミカは真面目な顔をして尋ねる。
「で……ミゲルに上手くやってくれた?」
「ああ……ちゃんと追跡の術はかけてある。ジェファーソンさんにも蜻蛉で連絡済みや」
ジェファーソンとはヴィヴィアンが現在名乗っている名字だ。
ヴィヴィアン・ジェファーソンそれが彼女の名前だった。
利一は、紙蜻蛉を通じて、全ての会話がヴィヴィアンに筒抜けだった事を思い出し青くなる。
(ミカとミゲルの会話はしゃーないとして……今の会話は日本語やったし……大丈夫か)
そう思い、ひっそり安堵した。
「……あの子が人狼やってんな」
「ああ」
「昨日、俺が指切り落とした人狼がミゲルなんか?」
「いや、ちゃう。ミゲルに指の欠損はなかった。人狼は不老不死とちゃう。体の欠損も修復せぇへん。寿命も人間と同じぐらいしかない。寧ろ人間より少し短いぐらいやで」
「そうなんか」
「まぁ……何にでも例外はあるけどな。利一みたいに」
「なんやねん、それ」
「利一は人間やけど、例外中の例外やんか。人間の枠組みから外れすぎやねん。規格外や」
「気ぃ悪いわ。人をバケモンみたく言うなや」
「ちゃう言うんか?」
利一は言い返そうとして、言葉を飲み込む。ミカと出会った頃は非力な少年だったが、今ではミカより利一の方が強い。勿論、肉体的強さではミカの方が上だが──一対一で、利一に敵う怪物は最早いないだろう。その上、利一は多数の式神を従えている。それだけでも人間離れしていたが、更に隠し奥義があった。ミカの指摘通り、彼は一応人間だが、例外中の例外で、規格外なのだ。
「とりあえず、ヴィヴィアンのところに行こうか。着いたら小言じゃ済まへんやろなぁー嫌やなぁー」
戯けて言うミカを見て、利一は溜め息を吐く。
「一緒に叱られたるから、腹括れや」
ミカは渋々頷いて、2人は歩きだした。街は段々と人通りが増え、閉まっていた店が次々と開く。活気に満ちた朝の光景を眺めなが、チェスターの屋敷に向かった。
「チェスターの家でええの?」
「紙蜻蛉がジェファーソンさんはチェスターの家におるて言うてる。間違いないやろ」
「なぁ……りっちゃんって式神何体従えてんの?」
2人の付き合いは長いが、ミカは利一の式神全員を把握していない。利一がたまたまミカに紹介していない者もいるが、故意に存在を隠している者もいた。そう言う場合は、式神の契約事態が特殊で、存在を公に出来ないのだ。
「さぁな、何体やろな? 忘れたわ」
利一ははぐらかす。本当は覚えていたが、存在を明かせない者がいる為、明言を避けた。
「忘れたぁ? もう惚けたん?」
「……しばくぞ」
「なぁ……利一」
「なんやねん」
「……君が寿命を迎える、その日まで……君の側におってええ?」
利一はその発言に驚き、言葉を失う。歩みを止めて、信じられないと言わんばかりに、ミカを見た。
「もし……ずっと利一の側におってもええなら……今度こそ俺に【名前】をくれへん?」
「え……今更?」
眉を顰めて聞き返す。【名前】を与えるのはそれ自体が特別な行為だ。相手を縛る呪術的な効力もあり、怪物によっては婚姻の意味合いもある。
利一とミカの場合なら、ミカを正式に利一の従魔──式神に下し、完全に縛る事を意味する。
「今更、遅い?」
利一は呆れた顔をしてから、また溜め息を吐いた。
「……帰るんやな?」
ミカはきょとんと首を傾げる。
「……何考えてとんのか知らんけど……全部終わったら、俺と一緒に日本に帰るんやんな?」
ミカは破顔して、利一を抱き締めた。
「うん! 全部終わったら【名前】をくれる?」
利一は【名前】を欲しがるミカを見て、胸が苦しくなった。ミカが欲しがる【名前】とは、ミカを利一の命に縛る重大な呪いだ。利一は今までミカの為を思い【名前】を与える事を避けてきた。
──それを、今、ミカは望んでくれている。
利一は心底嬉しかった。だが、彼はそれを素直に表に出さない。嬉しい気持ちを押さえて、ミカに言う。
「分かった……この件が済んだら【名前】をやるわ」
ミカは心底嬉しいそうに微笑んで、利一に唇を重ねた。直ぐ様、利一はミカを突き飛ばす。
「ド阿保! 少しは人の目を気にしろ!」
「大丈夫、大丈夫、誰も見てへん」
「男のままやし!!」
「ええやん別に」
「ええ訳ない!!」
「試す?」
「試さん!」
「もぉ~りっちゃんは我が儘やな~」
「ほざけ!」
利一が文句を言うと、ミカは女性の姿に化けた。周りの人間に見られたらどうするのかと、思ったが──そこは抜かりなく、周囲の人間は傀儡になって停止していた。
「これで文句無いやろ?」
得意気に言って利一を見つめた。
「……服、ぶかぶかやん」
女性に化けた事で、服のサイズが合わなくなっていた。ミカはずり落ちそうな服を持って、無邪気に微笑む。
(ホンマ、その顔は狡いわ……逆らえへんやん)
利一はミカに唇を重ね、彼女を抱き締めた。頭に浮かんだのは昔訪れた【裏側の海】だ。宝石のように澄んだ青い海。水深によって色が違う。利一は浅瀬の色が好きだった。
夕暮れ時の波打ち際に、ミカが立っていてた、あの光景が──ずっと利一の心に残っていた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
Enjoy the rest of your day.