第101話 【1975年】◆ミカとミゲルの告白◆
このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。
ありがとうございます。
A big THANK YOU to you for visiting this page.
【1975年】
──姉妹の家が襲撃された、その日の晩。ロバートの家にて……
『出来ない』
ミゲルはキッパリと断った。ミカとチェスターを殺すなど、絶対に出来る筈はなかった。殺しは望んでいないのだ。
『何故、僕なの? 自分達で手を下す気はないの? 僕に罪を擦り付けるつもり?』
ミゲルは震えながら、人狼とヘンリーを睨む。心臓が早鐘を打ち、それが頭にがんがんと響く。手に汗が滲み、喉が渇くのを感じた。
ヘンリーは忌々しそうに答える。
『本当は僕だって、自分の手でミカを殺したいよ。……でも殺したくても出来ないんだ』
そう言って、自身の胸倉を掴んだ。
『だから、それは何故?』
ミゲルが訝しんで尋ねるが、ヘンリーはその理由を明かさない。怨みがましく怒っているような眼をして、口角だけ笑って見せた。全てをべらべらと喋る気は無いようだ。
ミゲルはヘンリーから視線をそらし、人狼を見据えた。人狼はロバートから手当てを受けている。左手の指が3本、欠損しているのが一瞬見えた。
『貴方は花嫁を手に入れたいと言ったね。その為にチェスターを殺したいと。では何故、チェスターを殺す必要があるの?』
人狼は黙ってミゲルを見つめ返す。つい先日まで、己に怯えていた少年が、恐れを堪えて自分達に質問を投げ掛けている。少年の中で、何か変わるきっかけがあったらしい。それを感心しつつ、素直に答える。
『彼が花嫁の側にいるからだよ。花嫁だけなら僕1人で拐えるけど、彼がいるとそうはいかない。流石の僕でも、人狼と吸血鬼を同時に相手にするのは難しい。しかも、吸血鬼は感知能力に優れているから余計に厄介だ。だから事前に、チェスターを排除する必要があるんだよ』
ミゲルは眉を顰める。やはり、この人狼は花嫁を力ずくで拐う気なのだ。
『その人の意思は無視なの? 可哀想だとは思わないの?』
そう尋ねるも、そう思わないと分かっていた。答えなど聞くまでもない。それをあえて尋ねたのは、ただ非難したかったからだ。
『仕方無いんだ。でなければ我々の種は、今度こそ本当に絶えてしまう』
(今度こそ?)
──それはどういう意味なのか?
ミゲルは、ふと思い出す。以前ヘンリーは人狼は差別と迫害を受けたと言っていた。エドモンドも人喰い行為を見逃せないから討伐したと言っていた。
(その事を言っている?)
正直、訊きたい事が有り過ぎて、何を訊こうかと迷ってしまう。だがしかし、まだ重要な事を教えてもらっていない。ミゲルは改めて、あの質問をする。
『……貴方の正体は誰なの?』
人狼はミゲルと面識があると言う。では、その正体は誰なのか?
それを知らずして、この場を立ち去る訳にはいかない。
(こいつの正体が分かったら……すぐに、ここから逃げるんだ)
ミゲルはほんの一瞬だけ、退路となる扉を見た。人狼はその視線に気づいて、手当てを終えたロバートに目配せする。
今度はミゲルがその目配せに気づく。怪訝な顔をしていると、人狼が声をかけてきた。
『僕の正体が知りたいんだよね? じゃあ……そろそろお互い、人間の姿に戻ろうか』
『……どうやって?』
以前、人外の姿から人の姿に戻った時は、意識が朦朧としていてハッキリとは覚えていない。
『簡単だ。人の姿を思い浮かべればいい』
人狼がそう言うと、その体は小さく縮んだ。右手の鉤爪が消え、牙が人の歯に変わり、禍々しい体は幼い少女に変貌する。
『ほらね。慣れれば、こうやって他人に化ける事も出来る』
人外は、幼い少女の姿を模してニヤリと笑う。但し、左手だけは人狼のままだった。おそらく怪我をしているせいだろうが、それが故意に化けなかったのか、将又、化けれないのかは分からない。
『……誰にでも化けれるの?』
もし、そうだとしたら脅威だ。人間の姿をした人狼には怪物の気配が無い。一度、人に紛れてしまえば見つけ出すのは困難になる。
仮にこの場からうまく逃げれたとしても、どこに人狼が潜んでいるか分からなくなるのだ。
『誰にでも化けれる訳じゃない……条件がある。補食した人間の姿にしか、化けれないんだよ』
『じゃあ……その姿の子は……』
人狼は微かに笑った。まるで『そうだよ。文句ある?』と言いたげな顔をして、ミゲルを見上げた。
この人狼にとって人を喰う事は、良心が痛む行いではないようだ。ミゲルには、それが堪らなく恐ろしかった。
もし、この場に……何も知らない人間がいたとして、眼前に佇む幼い少女が、人喰いの怪物だと思うだろうか?。
思う筈はない、疑う事などしないだろう。それに気づくのは、補食される瞬間だ。突如として襲われ、理解が追い付く前に殺される。その殺戮を防ぐ事が出来るのは、人狼に対抗し得る怪物だけだろう。
(人狼に対抗し得る怪物……)
人狼の話から推測するなら……それは、やはり同種の人狼か吸血鬼。その他に可能性があるとしたら……人狼の指を切り落としたと言う、あの日本人ぐらいしか思い当たらない。
『ミゲルもやってごらんよ。今まで補食した人間の中で、覚えてる者の姿を思い浮かべるんだ』
人狼はニッコリと微笑む。
『……その前に貴方の正体を見せてよ』
言ってミゲルは違和感を覚えた。人狼は先程から、微妙に此方の気をそらし、話をそらしている。ミゲルの質問に答えるつもりがないのかも知れない。もしくは──時間稼ぎ……
(ロバートだ!)
人狼から目配せされたロバートの姿が見えない。幼い少女の姿に気を取られている隙に、彼は席を外していた。
途轍もなく嫌な予感がして、全身の毛穴が窄む。
──今すぐに逃げるべきだ──と心が叫んだ。
人狼は、今、人間の姿をしているのに対し、自分は動きの素早い人外の姿をしている。更に、人狼は変化が完するまでに1分程時間を要していた。ここでミゲルが逃げたとしても、直ぐには行動出来ないだろう。
──ならば……
ミゲルは一気に駆け出した。全力でドアを蹴飛ばして破壊する。破片にまみれながら転がるようにして、裏庭の方へ疾走した。
家の外に出て、緑の芝生と木の塀を飛び越え、更に遠くを目指して跳躍する。
(追っ手は……)
──来なかった。
(逃げれたのか? わざと逃がされたのか?)
誰も追いかけて来ないのが、却って不気味だった。
(……とにかく、今は逃げよう)
極力、人目を避けて、夜の住宅街を走り抜けた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──姉妹の家が襲撃されてから、一夜明けた早朝。
狭間での行為を散々楽しんだ後、ミカと利一は性別を元に戻し、表の世界に戻った。
ヴィヴィアンから言い渡された謹慎処分はまだ、解けていない。それどころか、またもチェスターをノックアウトさせたまま2人でトンズラしたのだ。戻ればお叱りが待っているだろう。
しかし、だからと言って本当に逃げる訳にはいかない。2人は明け方の街をぶらぶらと歩きながら、チェスターの家に向かう。
「なぁミカ……あのお嬢さんに何したん?」
「何って? 人狼から助けただけやで?」
「あの無残な散髪はなんやねん。兎の穴に匿っただけとちゃうんか?」
「さぁ……知らん」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「さよか」「え゛!?」
利一はアッサリ引き下がり、ミカは利一からの叱責がなかった事に驚愕した。利一はそれに眉をひそめる。
「なんやねん……その反応……」
利一は不機嫌そうに言う。
「いや、だって……りっちゃん、いつもなら……もっと怒るやんか」
「ほな、正直に話してくれるんか?」
「いや?」
「おい!」
2人がそんなやり取りをしてると、前から誰かが歩いて来た。
見覚えのある可愛らしい少年──
『……ミゲル』
ミゲルは酷くやつれた様子だった。よく見れば怪我をしている。治りかけの傷が、あちらこちらについていた。
だが、それよりも目を引くのは少年の眼光だ。以前会った、弱々しい少年の面影はなく、強い意思をひしひしと感じた。
『……マイケル(ミカ)話があるんだ……2人だけで話したい』
ミゲルにそう言われ、ミカは利一を見た。利一は黙って頷いた。
『いいよミゲル。じゃあ……行こうか』
ミカはそう言って、ミゲルと一緒にその場を離れた。
残された利一は懐からT字型の紙を3枚取り出し、手の平に乗せる。すると3枚の紙は蜻蛉のように羽ばたき、1枚は利一の耳の後ろに留まり、もう1枚はミカとミゲルを追跡し、最後の1枚は空へ飛翔して行った。
ミカは利一と離れ、段々と人気の無い場所へと移動した。坂道を登り進む途中で、ミカはミゲルに尋ねる。
『話って何?』
ミゲルは黙って歩みを止めて振り返る。その表情は暗い。心に重い荷を抱えているのが分かる。
『……マイケル』
『何?』
『マイケルとあの日本人は……どう言う関係なの?』
『……友人だよ』
『本当に?』
『そうだよ』
そう言われてもミゲルは腑に落ちない。ヘンリーの言った事を鵜呑みにする訳ではないが、利一を見ると違和感を覚える。
彼は人間だと聞いていたが、人間ではない気がする。性別も男性なのに、男性じゃないような気がしてならない。
『ミゲル、僕も質問してもいいかな?』
『……何?』
『その怪我はどうしたの?』
『……転んだんだ』
『どこで?』
『……森』
確かに、誰かに暴行されて出来た傷ではなさそうだが、森で転んだと言う説明には納得出来なかった。
『何故、森に行ったの?』
『……身を隠す為に』
『何故、隠す必要があったの?』
その質問にミゲルは答えない。横を向いて視線をそらし、口元に力を入れて、唇を口の中に巻き込むようにして噛んだ。
ミカも黙って、その様子を見ていた。余程言い難い事があるらしいと思い、追及せずにミゲルの方から話すのを待った。
そして──暫くして、ミゲルは口を開く。
『…………僕は……ミカに言わなければいけない事があるんだ』
震える声でそう言った。
(何から話せば良いのだろう?)
ミカと会うまでは、あれやこれやと話す内容を考えて来たが、いざ本人を目の前にすると躊躇ってしまう。
──自分は人狼で、望まぬ覚醒を強いられた。
──義理の父親を誤って殺し、その死体を解体して処理した。
──ここ最近発生している殺人と失踪事件は、自分の仕業だけど望んでやった訳ではない。
──ヘンリーに出会い、ロバートに出会い、自分以外の人狼に出会い……彼らは自分に、ミカとチェスターを殺させようとしている。
それらを頭の中で一通り確認して、深く息を吐いた。今度こそ……言わなくてはいけない。ミゲルは腹を括る。
『……僕は……人狼なんだ』
やっとの事で告白した。途端に、取り返しのつかない事をしたと思った。それは意味の無い後悔だ。それでも『とうとう言ってしまった』と胸が苦しくなった。
ミカの顔をまともに直視出来ない。彼は、今……どんな顔をしているだろう? それを想像するだけで恐ろしかった。
嫌われたに違いない。それで、人を殺めたと打ち明けたら、更に侮蔑されるだろう。
怪物社会におけるルールは分からないが、無秩序に殺人を犯していい筈はない。必ず罰がある──ならば、喜んで受けよう。
そうすれば、もう誰も殺さなくて済む……
ミゲルは伏せていた目を固く閉じ、ミカの言葉を待った。
『知ってた』
ミカは、あっけらかんとした調子で言った。ミゲルが驚いて顔を上げると、ミカは優しく苦笑した。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank You for reading so far.
Enjoy the rest of your day.