第98話 【1975年】◆ミゲルともう1人の人狼◆
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【1975年】
ミゲルは呆然として眼前にいる少年の顔を見つめた。その顔は間違いなくミゲルだった。髪型、肌の色、黒子の位置まで同じだ。違うのは服装、明らかにサイズの合わない、ブカブカの服を着ている
『やあ、ミゲル。聞いたよ自首するんだって?』
少年の言葉を聞いて、ミゲルは我に返る。
『貴方は誰なの!?』
ミゲルは振り返る直前、確かに横目で見た。後ろに立つ何者かがミゲルの姿に変貌するのを……
すると少年は、笑みを浮かべてミゲルを見つめた。その口は閉じられている。絶対に喋ってはいない。
【驚いた? これも、人狼の能力の1つだよ】
ミゲルの耳に、ハッキリとした声が聞こえた。困惑して思わず辺りを見回す。
『え!?』
【他の怪物同様、人狼には幾つか能力があるんだ。こんな風に他人に擬態したり、年齢を自在に変える事が出来る】
(これは……念話!?)
ならば、この少年は人狼だ。人狼には同種にのみ使える念話がある。
それに気づいて、ミゲルは少年を見据えた。
『貴方も人狼なんだね……』
ミゲルに化けてはいるが、普通の人間にしか見えない。ミカやヘンリーと対峙した時、彼らが怪物だと見抜けたのに、眼前の少年からは怪物の気配を感じない。
『人間にしか見えない……』
【だろうね。怪物の中には、怪物の気配を完全に消せるものがいるんだよ。例えば吸血鬼……チェスターがそうだ】
『チェスターが吸血鬼!?』
少年はコクンと頷いた。それを見てミゲルは府に落ちる。
実の両親を殺したのはチェスターだ。となれば彼は普通の人間ではないだろう。だが、学校で会うチェスターからは何も感じなかった。それが気配を消せる怪物なら、納得がいった。
『……吸血鬼って、陽の光で死なないの? 弱点はある?』
つい、そんな事を質問する。自分でも何故だか分からない。もしかしたら……頭の隅で、チェスターと対決する事を想定したのかも知れない。明確に意識した訳ではないが、訊かずにはおれなかった。
【勿論、あるよ。どんな怪物にも弱点はある。吸血鬼が直射日光に弱いと言うのは本当だ。でも死ぬ程ではない。ただ苦手と言う程度だ。弱点は飢餓だね。彼らは、人間の生き血を飲まないと生きて生けない。人狼と違って、死人の血は飲めないんだ】
『……何故?』
【吸血鬼にとって死人の血は毒だ。少量ならまだしも、飲み過ぎると死に至る】
ふと、自分に問い掛けた。何故、チェスターの弱点を訊いたのだろうか? 彼を殺したいのだろか?
つい先程、己の中にある良心の存在を自覚出来たばかりだと言うのに……
(こんな……質問をして、どうしようって言うんだ……僕は)
心臓が次第に早鐘を打ち始める。
(駄目だ……落ち着け……落ち着け……)
そう自分に言い聞かせる。その内なる声は眼前の少年にも届いていた。
【ミゲル……深呼吸をして。大丈夫、君なら己を制御出来るよ】
そう言われて、ミゲルは息を深く吐き、ゆっくりと息を吸った。それを二三回繰り返し、やっと妙な昂りを抑える。
『大丈夫かい。ミゲル』
2人の様子をずっと見ていたロバートが声をかけた。ミゲルは『ええ』と頷く。そして改めて尋ねた。
『……貴方は誰?』
すると少年は念話ではなく、口で答える。
『僕と君は何度か面識があるよ。勿論、この姿ではないけどね』
それを聞いて浮かんだのはヘンリーだったが、ヘンリーには怪物の気配があった。よって彼ではないと思い至る。ならば……
『学校で会った?』
彼は首をゆっくりと横に振る。
『僕の正体を知りたいかい?』
『……知りたい』
『いいよ。教えてあげる。その代わり、手伝って欲しい事があるんだ』
『……それは何?』
『とても重要だよ。我々、人狼の種の存続がかかってる』
ミゲルは怪訝な顔をした。
『僕は花嫁を手に入れたいんだ。その為に協力して欲しい』
『花嫁?』
『そうだ。人狼の多くが既に討伐され、その殺された殆んどが雌だった。だから種の存続の為に花嫁が必要なんだ』
ミゲルの顔をした彼は、不気味な笑みを浮かべる。
『純潔の人狼がこの街にいる。彼女を是が非でも手に入れて、僕の花嫁に迎えたい。それには先ず……邪魔な吸血鬼を排除したいんだ』
(吸血鬼……)
次の瞬間──ハッして気づく。
急に臓腑が重くなった気がして、己の顔をした人狼に違和感を覚える。そして直ぐ様、心の中で警報が鳴り響いた。
──ああ、しまった。
──これはある種の罠だったのだ。
ミゲルはそう感じつつ、少年に尋ねる。
『貴方は、僕に何をさせたいの?』
『チェスターを殺して欲しい。……彼は君の仇だ。殺す理由はあるだろう?』
やはり、そう来るかと思った。
『……それ、僕が素直にやると思う?』
『やるよ。絶対ね』
ミゲルは、首筋にチクリと痛みを感じて振り返る。見れば、ロバートが手に注射器を持ち、背後に立っていた。
──嵌められた!?
そう気づいた時には遅かった。ミゲルは立つ力を失い、床に倒れる。完全に意識が無くなる直前、彼らの会話が耳に入った。
『ありがとう、ロバート』
『気づかれたら、どうしようかと思ったけど、ちゃんと血を飲んでくれたよ』
薄れゆく意識の中で【血】と言う単語が気になった。
──血を飲んだ?
思い当たるのは、冷めきったミルクティーだ。
だが、それを深く考えるよりも先に、少年の意識は闇に落ちていった。
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