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『君は怪物の最後の恋人』女子高生がクズな先生に恋したけど、彼の正体は人外でした。  作者: おぐら小町
【第二章】夢魔は龍神の花嫁を拾い、人狼の少年に愛される。
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第97話 【1975年】◆ミゲルの性根とロバートの期待◆

このページをひらいてくれた貴方に、心から感謝しています。

ありがとうございます。

A big THANK YOU to you for visiting this page.

【1975年】


 ミゲルはぼんやりと椅子に座っていた。目の前のテーブルにはマグカップが置かれている。中身は温かいミルクティーだ。

 数分間それを眺めた後、ゆっくりとマグカップに手を伸ばし、冷めきったミルクティーを口にした。


『落ち着いたかい?』


 訊かれてミゲルはコクンと頷く。


『良かった』


 ロバートは顔をほころばせる。

 ミゲルは呆けた状態から抜け出せないでいた。ミゲル自身、不思議だったが、精神的に疲弊すると何もかもがどうでも良くなって、呆けた状態が続くらしい。

 頭の隅に『このままでは駄目だ』と言う思いもあるが、どうにも思考が働かないのだ。


『君は、よく頑張った』


 そう言われて、ミゲルは顔をあげた。ロバートは、慈愛に溢れた笑みを浮かべて、ミゲルを見ている。


 ──一体何を頑張ったと言うのだろうか?


 実際、自分がした事は殺人と死体遺棄だ。それは絶対に誉められた行為ではない。頑張ったと言えるものではなかった。


『……何が? 一体何を頑張ったと言うの? 僕は人を殺したんだよ? それの一体、何が頑張ったと言うんだ!』


 言ってる途中から涙が溢れ、語尾が強まる。

 ロバートは向かいの席に腰掛けて、組んだ両手をテーブルに乗せ、口を開いた。


『君には、僕の両親は旅行だと言ったけど……本当は違うんだ』


 ミゲルは首を傾げる。


『殺したんだ……僕が』


 呆けた意識が醒めるようだった。


『……何故?』


『僕の両親は極普通の人間だった。極普通の家に生まれ、極普通の友人関係を築き、極普通の恋愛をして、極普通の人生を送ってきた。……唯一、異質だったのは2人の間に生まれた息子──僕だよ』


 ロバートは壁に飾られていた宗教画に目を向けた。絵には、イエスキリストが描かれてる。おそらくロバートの両親が飾ったものだろう。


『僕にはね。罪の意識が無いんだよ。感情が理解出来ない訳ではないし……他者を憐れむ気持ちもあるのだけど……己の罪に対して悔いる事が出来ないんだ。でも、産み育ててくれた両親に対して愛情はある。両親を大切にしたいと思ってた……だから自分の本性を隠して生きてきたけど……その事に疑問を持ってしまったんだ』


 ロバートは視線をミゲルに向け、そして尋ねる。


『分かるかい?』


 そう訊かれても混乱するばかりだ。


『分からない。つまり……どう言う事?』


『僕は両親の為に、極普通の人間を演じてきた。それが正しい事だと信じていたからだ。……でも、本当の僕は違う。本当はもっと残忍な事を望んでいたんだ。いつか誰かを傷つけたいと願っていた。それが社会から逸脱した望みで、許されない願いだと、僕自身、理解はしていた……だからこそ普通の人間を演じてきた。でも、それは不誠実な事だと思ったんだ。両親に、本当の僕を見せるべきじゃないかなって……』


 その言葉の意味する事は──……


『……ロバートは、本当の自分を見せたの?』


 ロバートは寂しそうに頷いた。


『2組目のカップルを殺害したのは自分だと、両親に告白したんだ。結果は分かっていたよ。父と母は泣いて僕を叱り、自首しようと言ってきた』


 自首と聞いてミゲルは心臓が痛んだ。己の正体と罪に怯えるばかりで、自首と言う選択肢を失念していた。

 だが自首するとして、警察に何と説明すれば良いのだろうか?

 ミゲルがそれを考えている間も、ロバートの話しは続く。


『分かっていたけど……やはり拒絶されたり、否定されたら悲しい。こんな僕でもね。どんな悪人でも、どんな異常者でも、他者からの肯定を必要とするものなんだなって思い知ったよ』


 ミゲルはハッとして目を開いた。


『君も、ご両親に否定されて辛かっただろ? それに耐えて生きてきたんだ。十分に頑張ったじゃないか』


 ロバートはそう言ってミゲルを励ます。だが、この時──ミゲルにロバートの言葉は届いていなかった。

 代わりに、ミゲルの脳裏に過ったのはエドモンドの言葉だ。


【完璧な善意でなければ受け取れないか? 相手が完全な味方でなければ許せないか? それは乞食だよ、ミゲル。他者に理想を期待する、乞食だ】


 ロバートは許せなかったのだ。自分を理解しなかった両親が許せなかった。

 口では【許されない願い】だと言いながら、結局は許される事を期待していたのだ。

 自分はこんなにも、両親の期待に応えてきたのだから、相応な見返りがあって然るべきだと期待していた。


【他者に期待するのは止めろ。それは確実に幸福を遠ざける】


 ミゲルは今更ながら、その意味を痛感する。


(……僕も……期待していた)


 親はこうあるべきだと言う期待があった。そして、親達の方もミゲルやロバート──子供に対して、こうあるべきだと言う期待があったのだ。


 (理想を……完全さを期待する乞食だった。僕も……ロバートも……父さんと母さんも……)


 それに気づいた途端、エドモンドと話しがしたくなり、素直に謝罪したいと思えた。完全な善意ではなくても、彼は命の恩人に変わりない。


(……僕はエディに、助けてもらった礼さえ言っていない)


 ミゲルの思考はようやく働きだした。無関係な人間を再度殺めたショックで、彼は思考に蓋をしていたのだ。そして、その蓋が開いた事で、ある事実を思い出してしまう。


 これまでミゲルは、殺人を犯す前に必ず意識を失ってきた。先日のワンピースの被害者を殺す前もそうだ。エドモンドと会話をしていて意識を失い、気づけば森にいて、被害者のワンピースが側にあった。


(……エディはどうなった?)


 考えれば単純な事だった。エドモンドはミゲルが人狼ウェアウルフに目覚めるならば処分すると断言していた。あの晩の殺人を見逃すとは思えない──となれば……答えは1つだ。


『僕は……エディを殺した?』


 ロバートはキョトンとしてから『ああ、その事か』と言った。彼にとっては今更でしかなかった。


『彼は、君と僕とで殺したんだよ』


『何故!?』


 ミゲルは声を荒らげて立ち上がる。ロバートはまたもキョトンとして少年を見た。


『彼を殺してはいけなかったのかい?』


『当たり前だろ!』


『殺さなければ、君が殺されていたんだよ』


『それで良かったんだ!』


『何故?』


『僕は、誰も殺したくはなかった!!』


『君を凌辱りょうじょくした連中でもかい?』


 辛い記憶を思い出し、ぐっと喉が詰まるように苦しくなった。声を出そうとすれば涙が溢れそうになったが、ミゲルは堪えて震えながら言う。


『……そうだよ』


 殺してやりたいとは思った。でも、あんな形で殺したくはなかった。それが正直な気持ちだ。


『僕は……殺したくなかったんだ』


 誰も殺したくはなかった──なのに殺してしまったから、こんなにも苦しい。

 その性根は間違いなく【善】だ。

 ミゲルはそれを自覚して、胸のつかえが下りる。止めどなく涙が溢れ頬を伝う。それは安堵の涙だった。


 自分は怪物で、人肉を喰らう人狼ウェアウルフで、何人もの人間を食い殺した。育ててくれた義父さえも殺して、その遺体を解体した。

 だが、後々それを後悔した。そもそも殺す気など無かったのだ。


──誰も殺したくはなかった。これが本音であり、真実だ。それを突き詰めるなら──


『……僕は悪人じゃない』


『人を殺したのに?』


『そうだよ。確かに僕は人を殺した……その罪は変わらない。……でも、望んではいなかった! 殺したくはなかったんだ! 何故だか分かる?』


 ミゲルは確信を持って話す。その様子をロバートは興味深そうに見ていた。


『何故なんだい?』


 ミゲルはロバートを見据える。


『僕に良心があるからだ』


 ミゲルは静かにそう言って、おもむろに歩き出した。


『ミゲル、何処へ行くんだい?』


『……自首するんだ』


 ロバートは神妙な顔をした。


『それが、君の結論かい?』


 ミゲルは振り返る。その目にはもう迷いは無かった。


『ありがとう、ロバート。優しくしてくれて。でも僕は貴方とは違う。人を殺したいとは思わない』


『……そうか。……残念だよミゲル』


 言ってロバートは微笑む。ミゲルはその笑みに不気味さを感じた。まるで、こうなる事を予想していたような、何かを企んでいるような笑みだった。


 この時、ミゲルはロバートに気を取られて、背後にいる人物に気づけなかった。

 その人物は、ミゲルよりも背の高い男性だったが、ミゲルが振り返ると同時に背が縮み、ミゲルと全く同じ背丈になった。

 ミゲルはその人物の顔を見て驚愕する。


『えっ?』


 それは確かにミゲルの顔だった。ミゲルと瓜二つの少年がそこにいた。


『……誰?』


 ミゲルに似た少年はニッコリ微笑んだ。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。

Thank You for reading so far.

Enjoy the rest of your day.

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