第96話 【1975年】◆ミカの憎みと利一の幸せと2人の約束◆
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【1975年】
その部屋は、表側と裏側の狭間に存在していた。床は白黒の市松模様で、白を基調としたベッドや机、サイドテーブルなどが置かれていた。
高い天井付近には、淡い光を放つ大小の球体が浮かんでいて、部屋の奥にはバスルームが完備されている。
この奇妙な部屋は、利一が少年時代に滞在した、怪物の城をイメージして作られている。作ったのは利一と、彼の式神である白い兎だ。
利一はミカがチェスターの家に滞在している間、この部屋で過ごしていた。
ミカと一緒にチェスターの家に滞在する事も出来たが、1人の時間が欲しかった彼は、白い兎に頼んでこの空間を作成し、ここで寝泊まりをしていた。
病室にチェスターを置き去りにした2人は、逃げるように病院を飛び出し、この部屋に潜り込んだ。
「さっき言うたんは本心か? ホンマにあの子らの不幸を望んどるんか?」
利一は嘘であって欲しいと願い、縋る思いで尋ねる。だが、ミカは冷淡な口調で言った。
「本心や。そやからメアリーを人狼から助けたんや。……あそこで、呆気なく死なれたら興醒めやろ?」
悪意を込めて冷たく笑う。そんな彼を利一は心配そうに見つめた。
「なんや……その顔は……当然やろ? 家族の仇やねんから」
「……あの子らが悪い訳とちゃうやろ?」
「日本の諺に、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってあるやろ? それや」
「ミカ……」
「説教は止めろ。聞きたない」
「俺は……どないしたらええねん?」
悲痛な面持ちで尋ねた。復讐が幸せだとは思えないが、復讐せずにはおれない気持ちは理解出来る。
だかしかし、復讐は疾うに果たされていた。
ミカの家族を殺したのは間違いなく、姉妹の父親ウォーカーであり、そのウォーカーを殺したのは他でもないミカだ。
それなのに……残った遺族が不幸になる様を見たいなどと……それ程までに憎いのかと、悲しくなった。
利一はミカを救いたかった。その為にどうすれば良いのか、何が彼の為なのか、それだけを思って尋ねる。
「俺は……ミカの為に何が出来る? ミカが幸せになる為にはどないしたらええ?」
それに対してミカは冷淡に言い放つ。
「俺の為を思うなら……今すぐ女になって足開けや」
言われて利一は固まる。
「出来へんのやったら…別にええよ? 他所で女喰って来るし……いや……自分が女になって、男を釣った方が手っ取り早いか……」
そう言って、ミカは部屋を出ようとする。利一は思わずミカの腕を掴んだ。
「……分かった」
悲痛な形相で引き留める。
ミカはそんな利一を抱き寄せ、彼と唇を重ねた。途端に、利一の髪が伸び、背が縮む。その体が女性へと変貌した。
以前は、日没から日の出迄の間、利一は女体化したままだったが、ある事情により性別を自由に変える事が可能となった。
ミカと利一はその技を活用し、互いに性別を変えつつ行為を楽しむのが常だった。
だが、2人がこの関係に至るまでには、長い年月を要した。何の気兼ねなく行為を楽しめるようになったのは、ミカが裁判を終え日本に島流しになってからだ。
それまでは【一緒に楽しむ】と言うより【相手を慰める】と言う方が近い。
だから、今回のような楽しめない行為は久しぶりだった。
それでも利一は、己を差し出す事を選ぶ。利一は心底嫌だったのだ。彼女が他の男に抱かれるのが、我慢ならなかった。
ミカはその事を知っていて、わざと意地の悪い物言いをして利一を脅し、自分優位の行為に持ち込んだ。
過去に自分を殺そうとした挙げ句、奴隷にした男と関係を築くのは異常と言える。
倫理観、道徳心を度外視した歪な関係性。幾ら美化したところで、その異様さは拭えないが、それでも利一は幸せだった。
第三者からすれば……理解出来ないだろうが、利一もミカも、他者からの理解は求めていなかった。批判も非難も、今の2人にはどうでもいい事だ。
暫くして行為が終わり、2人は性別と役柄を入れ替えて、再び行為を続けた。
(出来る事なら……他の男には触れさせたない……)
普段ならミカを独占するような発言はしないが、この時、ふと口から本音が溢れた。
「……他の男なんかに……触れさせんといてくれ」
「え?」
ミカは目を丸くする。
「あっ……すまん……何もない」
ミカはキョトンとして利一を見つめ、それから利一の頬に手を添えた。
「ええよ」
今度は利一が目を丸くした。聞き間違いではないかと疑い、直ぐ様、聞き返す。
「えっ!? 今、何て言うた?」
ミカは優しく笑って、こう言った。
「君が、俺の最後の男や……他の男には、もう触れさせへん。約束する」
「ホンマに? でも……そしたら飯に困るやろ?」
「ええよ。利一がそれを望むなら……それが利一の幸せなら……それでええ」
利一は嬉しくて泣きそうになり、思わず彼女を抱きしめた。
「ありがとう」
「……うん」
「……ミカ」
「なん?」
「お前があの姉妹に望んでいる事……やっぱり納得いかん」
「……そやろな」
「それでも……俺はお前の味方や……他の奴が、何と言おうと……」
理解されなくても良い。自分だけはミカの味方でありたいと願う。
「利一、ごめんな」
「何が? それ、何に対しての謝罪や?」
「何もかも……全部や」
「ええよ。相棒やろ?」
「体の?」
「おい!」
2人は顔を寄せ合い、笑みを溢した。
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