第93話 【1944年】◆◆ミカと利一と城の住人◆◆
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【1944年】
利一は、部屋の奥にあるバスルームでシャワーを浴びていた。
降り注ぐ湯を浴びながら、利一はミカに対して怒っていた。
(あのド阿呆ぅ……いつか絶対しばいたる)
利一はそう思いながら、ミカにキスされた手と額を入念に洗う。出来る限り身体を清め、利一はバスルームをあとにする。
脱いだ着物はミカが持って行ってしまった為、利一は否応無しにミカのシャツを着る羽目になった。
(なんちゅー格好や……)
利一はシャツ一枚を身に纏い、不服に思いながら寝台に座った。
そこへ丁度、席を外していたミカが部屋に戻って来た。途端に立ち上がり、ミカを警戒する。
ミカはそんな利一を見て、クスッと笑った。
「そんなに警戒せんでも……何もせんし」
利一はミカを睨んで言う。
「お前の言葉は信用出来ひん!! さっきかて、俺の了承無しに俺を喰ったし!!」
「……そら、すまん」
ミカは心が一切込もっていない謝罪をして、利一を見下ろす。当然、利一は納得出来ず、直ぐ様、抗議しようとする。
「お前っ……!!」
──が、ここで利一の腹の虫が盛大に鳴いた。
──グゥゥ~ウゥ~
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「ブハっ!」「!!!」
ミカは思わず吹き出し、利一は一気に赤面した。
「あははははははは」
「笑うなー!!!」
「そやな~俺ばっか、ご馳走になっとったらアカンよな~あははははは……何か食べよか?」
「……何食わせる気や?」
「心配せんでも、ちゃんとした飯食わすし」
利一は訝しむ。少年の心はミカに対する不信でいっぱいだった。
「ほな、行こうか」
ミカは利一を素早く抱き上げると、そのまま部屋を出た。利一は有無を言う間も無く連れ拐われた。
市松模様廊下の奥に、黒い扉が一つあり、その扉を潜り抜け、石造りで出来た螺旋階段を降りて行く。
降りた先に見えて来たのは、地下室にある食堂だった。
天井が高く広々とした空間に、暖色系の光を放つ球体が、高い位置で浮遊している。
食堂の中央には大きな木製のテーブルがあり、メイドらしき女性が数人いて、仲良さげに談笑していた。
ミカがその女性達に声をかける。
『やぁ、談笑中悪いんだけど、この子に何か食べさせてもらえないかな?』
会話に夢中になっていた女性達は、声をかけられ慌てて席を立つ。
『ミカ様!?』
『これは失礼致しました』
『その子供は?』
女性達は口々に喋る。
『この子は……』
ミカは利一の事を紹介しようとするが、急にその説明を躊躇する。
利一を奴隷だと紹介してしまうと、幼女趣味を疑われかねないと危惧した。
ミカの中で、一応はそう言う誤解は避けたいと言う意識が働いた。
『知り合いの子供だよ。訳あって、預かる事になったんだ。暫く城に置くから面倒見てやって』
女性達はそれを了承し、利一は女性達が用意したパンとスープと平らげた。
(良かった……まともな食事やった)
腹が満たされ、ようやく安堵する。
ミカは再び利一を連れて階段を上がり、自室に戻ろうとした──が、廊下のT字路で、突然その歩みを止めた。
「ミカ?」
不審に思った利一がミカに声をかける。ミカは答えず、廊下の角に鋭い視線を送る。
よく見ると、角に人影が映っていた。誰かがそこに潜んでいるのだ。
『そこにいるのだろ? 何の用だ?』
ミカは隠れていた人物に声をかける。すると、ミカと似た服装をした男が角から現れた。
『ようミカ……新しい玩具を拾ったんだってな』
ミカは険しい顔をして男を睨む。その緊張は、ミカに抱えられた利一にも伝わった。
「ミカ……誰なん?」
利一が口を開いた途端──光る何かが、利一目掛けて飛んで来た。
「!?」
ミカは利一を男から隠すようにして、飛んで来たナイフを避ける。
だが男は、ミカの動きを予想していた。避けるであろう方向に、もう1本のナイフを飛ばしていたのだ。
ミカの側頭部をナイフがかすめ、血が頬を伝う。
「ミカ!? 血が!!」
ナイフでつけられた傷は修復せず、血は流れ続けてミカの髪と衣類を赤く染めた。
『へぇー凄いね、そのナイフ。……狩人の骨を合成してあるのかな?』
男はニヤリと笑い『ご名答』と言った。
『ミカ、その娘……俺にも貸してくれるよな? まさか独り占めなんてしないだろ? 同じマグダレーナ様に仕える身として、仲良く分け合おうじゃないか? なぁ?』
ミカは怪訝な顔をして言う。
『……同じねぇ?』
『なんだよ?』
『同じじゃないだろ?』
『あ? なんだお前……マグダレーナ様に選ばれたからっていい気になるなよ』
『いい気になって何が悪い? 当然だろ。僕は君とは違うんだ。……そこをどけ、邪魔だ』
ミカは威圧的な態度で男に話す。男も負けじとミカを睨むが、廊下の奥に、ダークブラウンの髪に翠色の目をした青年を見つけ、顔色を変えた。
(ハインリヒ様だ……不味い)
『いいさ……通れよ。今日は許してやるよ』
男はそう言って、ミカに道を譲る。
『……二度と僕に構うな……この子にもな』
ミカは男への警戒を強めたまま、利一を男から隠すようにして通り過ぎた。
(油断した……よりによって彼に目を着けられるとは……彼は今日、城にいない日じゃなかったのか?)
ミカは、少女姿の利一を男に見せてしまった事を悔やんだ。足早に自宅に向かいながら、利一の事を気づかう。
「利一……大丈夫か?」
利一はミカに抱かれた状態で、怯えていた。
「なんやねん……ここは……お前の家なんやろ? こんな危険な所に住んどるんか? ……なんでや! こないな所……引っ越したらええやんか!」
利一はミカを責めるように訊き、ミカは至極真面目な口調で答える。
「マグダレーナ様がここにおるからや。ここがどんなに危険な場所でも、この世界がどんなに邪悪やとしても、彼女がおるから、ここにおるんや」
「何で、そうまでして?」
「彼女に忠誠を誓ったからや。他に理由はあれへん」
ここで、ようやく利一はある事に気づく。そしてそれをミカに尋ねた。
「……なぁ、ミカには息子がおるんやろ? どこなん? この城におるん?」
するとミカは、立ち止まり、暫く黙り込む。
「……ミカ? どないしたん?」
利一が不安になりミカに呼びかけると、ミカは静かに話し始めた。
「あの子はここには、おらん……あの子は表側で俺の弟と暮らしとる。……もう……二度と会えへん」
「……え? どう言う事なん?」
「この城の住人は、絶対に表側には行けへんのや。どんなに申請しようが……どんなに呪いをかけようが……表側には帰還出来へん。戦争に負けた結果がコレや」
苦悶の表情でそう言った。
利一にはミカの話す内容がよく分からなかったが、ミカが酷く辛そうにしている事に胸が痛んだ。
──哀愁漂うミカの表情。その端正な顔立ち。血に染まった姿さえも美しく見える。
この男は、良心の呵責も無く非道な仕打ちを平然と行うクセに、いざとなったら利一の命を救う。
城に着く前、利一は女性に化けたミカの美貌に見惚れたが……
改めて見れば、寂しそうな表情を浮かべる男性のミカも美しく思えた。
つい数時間前に、自分を殺そうとした相手だと言うにも関わらず、利一はミカに同情していた。
自分を誘拐した犯人に好意を抱く【ストックホルム症候群】と呼ばれる心理状態。この時の利一は、それに近かったかも知れない。
ミカ再び歩き出し、2人は無事部屋に戻る。
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