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第六話 闇に蠢くモノ

 ズズ、ズズズ、ズズ……静まり返った闇のしじまに、地を這うような音が響く。聞いていると全身に鳥肌が立ちそうなほど不快名な音だ。消し墨色の叢雲に覆われた夜空には、月も星も見えない。虚ろな闇を映し出すのみだ。


 蛙が田を無邪気に散歩していた。ピョコピョコと上機嫌で。突如、ビクッと身を震わせる。そして右斜め前を凝視した。瞬時に弾かれたように左横に飛び上がると、物凄い速さでそのまま一目散に逃げ去っていった。蛙は何を見たのだろう? 或いは何かを感じ取ったのか。


 ズズズ、ズズ……再び何かが地を這う音が響く。先程蛙が凝視していた方向だ。黒く塗り潰したような闇の中、蠢くモノの正体は見えない。


 ズズ、ズズズ、ズズズズ……耳を澄ませば、引きずり這いずるような音に混じってフゥーフゥーと喘ぐような吐息が聞こえて来る。更に、何かブツブツと呟くような声が。


 ズズズ、フゥ……ズズズズ、我二……贄ノ……ズズズ、ズズ……フゥ……力ヲ……ズズ、ズズ


 その何かはそう呟きながら目的地に進む。



 その頃、陰陽師である有恒が護摩焚きの炎を前にして立ち、目を閉じて両手で印を結びながら一心不乱に唱えていた。


……ノウマク サンマンダ ボダナン エンマ ヤソワカ…… 


 額に汗の玉が光る。首筋にも汗が滝の如く流れ、白い狩衣を濡らしていた。少し離れた背後に、姿勢を正して目を閉じ、静かに祈りを捧げる佳月と椿。そして二人に守られるようにして間に正座し、目を閉じて小さな両手を胸の前に合わせ祈りを捧げる羅睺の姿があった。


……ノウマク サンマンダ ボダナン エンマ ヤソワカ…… 


 有恒は唱えながら静かに目を開いた。同時に口をつむぐ。そして右手を高く掲げ、そのまま印を結ぶ。それから手を元の膝の上に戻し、丁寧に頭を下げた。座ったまま、両腕をつかってゆっくりと後ろ向く。


「そろそろ、闇のモノが動き出したようですな」


 厳かに口を開いた。その声に、佳月と椿、羅睺は祈りを中断し、静かに目を開ける。


「……そうか、ついに……」


 佳月は悲し気に答えた。椿もまた、その瞳に憂いを宿す。羅睺は無邪気に、有恒と両親を交互に見て、不思議そうに小首を(かし)げた。


「闇のモノが動き始めたという事は、光のモノも察知し始めると見て良いかしら?」


 微かに震える声で、椿は尋ねた。


「ええ、そう見て間違い無いでしょう。すぐに、蜂比礼(はちのひれ)を使えるように儀式を致しましょう! 最早一刻の猶予もなりません!」


 有恒は急き込んで答えた。


「では、急ごう」


 佳月は息子の頭を撫でながら応じた。羅睺は嬉しそうに父親を見上げる。椿はそっと袖で目元を拭った。


 人柱である羅睺が成長していくにつれ、人外のモノが彼を我が物にしようと動き出すのだ。その穢れなき魂と未知なる力に惹かれるのか、或いは彼を守る御宝が目当てなのかは定かではないが。人柱として捧げるまで、何としても羅睺を守り切らねばならない。その為にこうして定期的に陰陽師に(うらな)いと祈祷をさせてたいた。


 これもまた、代々受け継いで来た事なのであった。


 

「きれいだな……」


 羅喉は呟いた。その両手には内側から光を放つように輝いた、青みがかった純白の布を手にしている。菖蒲と蓬と白檀の入り混じったような、魔除けと清め薫物(たきもの)の香りが清々しい。


『これはね、蜂比礼(はちのひれ)と呼ばれる魔除けの布なんだよ。天空からの邪霊、魔物、妖魔、悪霊から身を守る御宝でね。霊、魔物、妖魔、悪霊などの不浄なモノの上に被せる事で、魔を封じ込める事も可能だと言われてるんだ』


 父親に連れられ、父親の声と共に秘密の部屋に祀られていた布を初めて見た時の感動が甦る。


 昨夜、陰陽師の有恒の儀式の元、羅喉にこの蜂比礼(はちのひれ)が手渡されたのだ。眠る時も食事の際も、湯浴みの時も、肌見離さず持っているように、と両親から言い聞かせられている。外出する際は母親が心を込めて作った卯の花色の麻袋に入れて持ち運ぶのだ。合わせて、地より這い出る魔物や妖の類からも身を守れるよう、有恒より霊符を受け取っていた。それは常に懐へ入れている。布は七つである羅喉が(しとね)として身に着けるにはまだ大き過ぎた。


「ふしぎだな、何代も前から使用されているのに、ちっとも汚れないなんて」


 無邪気に呟く羅喉は心なしか嬉しそうだ。どうやら本能的に、その布を見ると守られているような気がして気もちが落ち着くようだ。



…ズズズ……ズズズズ……ズズ


 再び、夜の闇に地を這うモノ。今宵は上弦の月が僅かにそのモノを照らす。畦道を行くそれは、鉛色のテラテラした鱗、大人の胴体ほどあろうかと思われる太さ、そして長い。まるで大蛇のようだ。顔は苦悶の表情を浮べた落ち武者のようだ。土気色の肌に赤黒い舌がチロチロと覗く。それは無数の人間の嫉妬や逆恨み、執着などの負の感情より生まれた魔物であった。二階堂の城に向かって這い出てきた。


我二……贄ノ……ズズズ、ズズ……フゥ……力ヲ……ズズ、ズズ


 目指す先は羅喉。七才から元服前の人柱を食らえば、不老不死の上に富と地位と名声が得られると信じられていた。その為、人柱となる子供は七つの時から元服を迎えるまでは家宝である蜂比礼(はちのひれ)を身に着けるようになっていた。


……ズズズ、フゥ……ズズズズ、何故……ズズズ……気配ガ消エタ? 術ヲ使ッタカ……


 魔物は口惜しそうな表情を浮べる。そしてゆっくりと踵を返した。

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