第五話 幻月
まだ幼さの残るが、琴の音のように凛とした澄み渡る男子の声。
「この世とあの世は天界・精霊界・人間界・幽界・妖界・魔界・冥界・地獄と八つの階層に分けられている。十種神宝は本来は天界にある物だったが、私利私欲に囚われたモノたちの争いにより、あちこちの階層へと散らばってしまい、正確にはどこにどの御宝があるのかは不明。
一つ、沖津鏡、太陽の分霊とも呼ばれ、高い所に置く鏡。裏面には掟が彫られており、道標的なもの。天界にあるとされる。
二つ、辺津鏡、いつも近くに置く鏡。顔を映して生気・邪気を視る。息を吹きかけて磨くことにより、自己研鑽につながるもの。魔界にあるとされている。
三つ、八握剣、国の安泰を願うための神の剣。悪霊を祓う事も可能。天界に有るとも冥界にあるとも言われており詳細は不明。
四つ、生玉、願いを神に託したり、神の言の葉を受け取る際に使用。言わば、神と人間をつなぐ光の玉。この世とあの世の境目にあるとされる。その行方は明らかになっていない。
(生玉……何だろう? いずれ私が引き継ぐ……ような気がするのは……)
五つ、足玉、あらゆる全ての願いを叶える玉で、左手に乗せ、右手に八握剣を持ち、国の繁栄を願うものとされる。現在、冥界にあるとも妖界にあるとも、或いは魔界にあるとも言われており詳細は不明。
六つ、死返玉、文字通り死者を蘇らせる事出来る玉。左胸の上に置き、手をかざし、呪文を唱え由良由良と回す。地獄にあるとされる。
七つ、道返玉、所謂、悪霊封じ・悪霊退散の玉。臍の上一寸のところに手をかざしながら呪文を唱える。幽界にあるとされる。
八つ、蛇比礼魔除けの布。本来は古の鑪製鉄の神事の際、溶鋼から下半身を守る為に見に着けた布だった。後に、地から這い出して来る邪霊、魔物、妖魔、悪霊から身を守るための御神器となった。また、毒蛇に遭遇した際に使用出来る。妖界にあるとされている
九つ、蜂比礼、魔除けの布。こちらは天空からの邪霊、魔物、妖魔、悪霊から身を守る御品でございます。邪霊、魔物、妖魔、悪霊等の不浄なモノの上に被せる事で魔を封じ込める事も可能。我が二階堂家の家宝。
十、品々物之比礼、こちらにモノを置くと、置いた品が清められる。また、病の人や死人をこの比礼を敷いた上に寝かせ、死返玉により蘇生術を施す事が可能。また邪霊、魔物、妖魔、悪霊などの不浄なモノより、大切な品々を隠すときも使用出来る物部の比礼。精霊界にあるとされる」
パチパチ
「よくここまで暗記出来たな! 偉いぞ!」
佳月は拍手をすると、息子を優しく抱き締めた。|羅睺《らごう》は嬉しそうに口角を上げる。
「さて、今日はここまでにしよう。さて、これから羅睺のお待ちかね、大好きな狩りの時間だ」
佳月はそう言って、微笑みながら息子を抱き上げた。八つの階層と十種神宝を何も見ずに言えるようになったなら、狩りの時間にしよう、と予め伝えてあったのである。
羅睺は夢中になって暗記するも、毎回引っかかるのは生玉の事である。何度か聞こうと思っていたが、何となく聞いてはいけない気がして、結局は何も言わずにいた。
「わぁーい」
羅睺は無邪気に歓声をあげた。
ガサガサ、ガサガサ、と森の茂みで音がすると同時にザザザザザーと栗色の大きな塊が蒼天を目指して飛び立つ。バサッと茂みから大きな黒い犬が飛び出した。この犬は狩りの際に獲物を誘い出す役割を担い、羅睺より黒炎と名付けられている。
「瑞光(※①)!」
成体になったばかりの漆黒の馬に跨る羅睺が叫ぶ。その声と同時に、バサバサと大きな翼をはためかせた鳶色の鳥が飛び立つ。そして先に蒼天を目指していた大きな鳥の首根っこに食らい付いた。鋭い嘴で一噛みされたらたまらない。即時ぐったりとするそれを咥えて、馬より降りて地上で待つ羅睺の元を目指す鷹。
「よーしよし、偉いぞ瑞光」
羅睺は軽く肘を曲げ、右手を斜め前に突き出す。羅睺の元へ従者の一人が素早く駆け寄り、羅睺の差し出した右腕に止まる前に落とした獲物をドサリと受け止めた。
「今日もお手柄だな」
羅睺は嬉しそうに腕に止まった鷹を見つめた。陽の光に映え、鳶色の羽が黄金色に耀く。羅睺を見つめる琥珀色の鋭い瞳が得意そうに煌めく。
「これは肉厚なキジですな。早速椿の方様に」
獲物を腕に抱いた従者がにんまりと笑った。
「うん、美味しく調理して母上に召し上がって頂こう!」
羅睺も微笑み返した。紫色の瞳が、陽の光を吸い込んで淡く青みがかって見える。烏帽子より零れる白銀色の髪が陽光に反射して眩しい程だ。薄青色の水干が黄金色の鞍に映える。
(羅睺も、もう六歳か。月日の経つの早いものだ)
白馬に乗った佳月は、狩りをする愛息子の様子を少し離れた場所より見守っていた。漆黒の瞳にうっすらと透明の膜が張る。そっと袖で目頭を押さえた。
木陰の姫百合が、風にそっと身を任せて揺れる。
(※①…目出度い光、吉兆を表す光の意味がある)