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第十二話 西へ……

(凄いなぁ。色んな家がある)


 氷輪は物珍しそうに周りの景色を眺めながら歩く。


(民家の様子や村人たち、乳母が絵に描いてくれたまんまだ)


 これまで学んできた事を振り返る。思えば狩りの際、時折馬を使わずに険しい山道を越えたり、雨や雪の山道を歩いたりした事。全て二階堂家の領地内ではあったけれど、こうして旅に出る事を想定されていたのだろうと推測がつく。明銭(みんせん)永楽通宝(えいらくつうほう)の使い方や、宿の泊まり方なども教わった。そして狩った獲物のさばき方や、川魚の取り方、火を起こして焼く方法から米の炊き方、野菜の塩漬けまでも伝授されてきた。当時は知識の一環として学んでいたが、今になるとその有難味が分かる。先を見越して実践方法を身に着けさせてくれたのだ。乳母は「高貴な御方がそのような……」などとブツブツ言いながらも熱心に教えてくれたものだ。


(……だけどどれだけ実践で生かせるかはまた別なんだろうな。失敗を繰り返して学べ、て父上がよく言っていたっけ。こんな風に呑気に周りの景色を堪能したり出来るのは、まだ城を出て半時ほどしか経ってないから、なのだろうな)


 思わず苦笑してしまう。事の重大さはよく理解していた。早めに御宝を手に入れ、持ちこたえてくださっている炎帝の為にも、決してのんびりとしてはいられない旅なのだ。けれども、いつ終わるとも知れず、まさに道なく道を行く状態につき、緊張のし通しや飛ばし過ぎはすぐに疲弊し、折れてしまう。よって敢えて楽観的に気持ちを上げていた。


 畑仕事中の民や、すれ違う民から笑顔で会釈される。その度に軽く頭を下げて返す。村人たちから見たら彼は、雲水(※①)にしか見えないのだ。少し大きめに作られた網代笠を殊更目深に被っている為、影が創られた為に瞳の色は黒にしか見えない。白銀の髪は蜂比礼(はちのひれ)にしっかりと包んである。薄青色の小袖に墨染(すみぞめ)直綴(じきとつ)、白脚絆に草鞋(わらじ)、薄空色の袈裟袋に後付け行李、左手に黒の坐蒲(ざぶ)を抱えるなど、正式な衣装を身につけている。また、皮膚は陽ざしから身を守る意味も兼ねて泥で作られた保護材を薄っすらと塗っていた。ただ一つ、左腰に墨染の布でしっかりと包まれた(つるぎ)を差している事を覗けば、正式な雲水の衣装であった。この服装もまた、家臣たちと遊びの一環で身に着けて駆け回った経験が役に立つ。


 改めて、自分がどれほど大切に育まれて来たのかを実感した。それは、人柱として崇め奉らるのではなく、個人としての愛情である。剣は旅立つ際に有恒から授かったもので、『退魔の剣』として、氷輪が生まれた時から毎日欠かさず祈りを捧げ、朔の日、満月の日と特別な儀式を行い、秘術が込められたものだった。


「同中、妖しのモノや魔物、邪霊に狙われるかもしれません。また、人外のモノと通じて氷輪様の事を聞き付けた人間が襲って来ないとも限りません」


 と気をつけるように言い渡されたが、今のところそう言った気配は感じない。守られて育ったせいか、剣や武術での真剣な稽古、狩りの際以外ではそう言った危険を感じた事は無い。




「しかし、大丈夫かな、あやつめ。のほほーんとして歩きおって。実践経験の稽古って言っても、所詮は安全を確保した上での事だ。いくら蜂比礼をつけてるって言っても、いつ何時狙われるか分からんのに……」


 炎帝は気が気ではない、というように首を横に振った。彼は今、月読命が両手に掲げた水の玉の中に映し出される氷輪の一挙一同を見つめていた。


 

 


(※①…行雲、流水が如く行脚する禅宗の修行僧)

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