第十一話 旅立ちの時
「私は思うのだ。全ての願いを叶えるという足玉が手に入れば、人柱という悪しきしきたりを終わらせる事が出来る。更に、八握剣が揃えば、信濃国のみでなく、和の国全ての安泰を願える。それらを、お前が生まれた時から探させていたのだ」
佳月は淡々と話す。感情を言葉にのせてしまえば、たちまち激情に支配されてりまうからである。氷輪は静かに頷く。夕星より聞いた話と合致いしていた。
「だが……」
佳月はすまなそうに目を伏せる。椿は右袖で目元を覆う。
「八方手を尽くさせてもそれらの所在を見つけ出す事は出来なかった。有恒殿に卜わせた結果も同じだった……ただ、時を無駄に費やしただけだった」
耐え切れず、嗚咽をあげる椿。
「……すまない」
佳月はそう言って頭を下げた。驚いて目を丸くする氷輪。慌てて立ち上がり、父親の両肩に触れる。
「父上、頭を上げて下さい! 私は父上にも母上にも、感謝しかありませぬ! 元より、誰の事も恨んでおりませぬ」
と叫ぶようにこたえた。佳月はすぐに顔を上げると、照れたように笑みを浮かべた。漆黒の双眸に透明の膜がはる。
「……すまぬ、取り乱した」
佳月は姿勢を正した。氷輪も元の位置に戻り、姿勢を正して父を見つめる。佳月は話を続けた。
「知っての通り、一般的には、足玉は冥界にあるとも妖界とも魔界にあるとも言われている。また、八握剣については天界か冥界にあると言われている。要するに誰にもその行方が分から無いとの事だ。有恒殿の占術によれば、神さえも分からない場所にあるという事は、その御宝がそれだけどの価値があるとは知らないモノが手にしている可能性が高いとの見解だ。それがある場所は、二つとも西の方にあるらしい」
氷輪は父親が何を言おうとしているのか分かる気がした。やはり、夕星から聞いた話と同じであったからだ。
「……その二つを探す旅に出よ、そういうお話ですね」
穏やかに話を切り出す。今度は佳月が目を見開いて息子を見つめる番となった。
「……知っていたのか?」
「はい。夕星様より伺った話と同じでした。夕星様の話では、恐らくその御宝の持ち主は、品々物之比礼も手に入れている筈だ、と。それで足玉と八握剣を包み込み、誰の目にも触れぬように隠してあるのではないか、とおっしゃっていました」
「何と! あちらの世界でも同じ見解とは! 品々物之比礼、確かに! こちらにモノを置くと、置いた品が清められる。また、病の人や死人をこの比礼を敷いた上に寝かせ、死返玉により蘇生術を施す事が可能。また邪霊、魔物、妖魔、悪霊などの不浄なモノより、大切な品々を隠すときも使用出来る物部の比礼、とある。本当にそうかもしれぬ!」
佳月の瞳が輝く。そして言葉を続けた。
「……それで、夕星様はお前に何と?」
「はい。それらを探す旅に出よ、と。その間、炎帝様が引き続き人柱を引き受けてくださるそうです」
椿の涙は、喜びと希望に満ちたものへと移り変わった。
「皆、思う事は同じ……だったのですね」
椿の言葉に、父子は頷く。まだいくつかの疑問は残るが、希望の光が彼らを包み込んだ。旅立ちの準備が速やかに進められる事となった。