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第十話 宿世

 白濁の酒が、朱の器に注がれる。ゆっくりと、静かに。羅睺改め氷輪の、朱の器に添える指がより白く映える。それをゆっくりと形の良い唇に運び、ほんの少し飲み込んだ。細く、ゆっくりとゆっくりと飲み干す。そしてふぅ、と満足そうんに一息つくと、照れたような笑みを見せ、向かい合って座る佳月を見つめた。椿は夫の右隣に控え、二人を見守っている。


 儀式の後、佳月の部屋にて杯を交わし合っていた。晴れて成人となった息子なのだ、嬉しくない筈がない。だが、息子が生まれた理由……人柱の事について話さねばならない。あと、どれほど共に過ごせるのか? 元服を迎えてから忌み月に実行される事が殆どである。


「真に目出度い。氷輪とは、実に美しい響きだ」

「有難うございます。私も気に入っております」

 

 互いに言いたい事は同じ筈なのに、上辺だけの会話が滑らかに流れていく。


……ずっと、この時が続けば良い。人柱になどなる必要が無い!……


 佳月はそう伝えたかった。過去において、贄の宿世に抗った者は居ない。人柱となった後、贄自身は死ぬのではない。その役割を終えた後は人々に崇め奉られ、神となる、と伝えられている。しかし、何の神となり、どうなっていくのかまでは語られていない。


……方便だ。人柱本人も、家族を始め周りの者たちが罪悪感や理不尽さの感情を薄れさせる為の……


 と佳月は感じていた。それは椿もまた同じように思っていた。唯一の希望は足玉(たるたま)を手に入れる事、そしてもう一つ、八握剣(やつかのつるぎ)が手に入れば……。氷輪は父親に酒瓶を傾けた。佳月は素直に杯を受ける。


(父上も母上も、言い出しにくそうだな……)


 氷輪には二人の葛藤が手に取るように伝わった。


「父上、贄の件ですが……」

「氷輪、人柱の事だが……」


 思い切って自らが話の核心に触れようとした氷輪と、意を決して核心に触れようと言葉を発した佳月は、ほぼ同時に口を開いた。二人はしばらく見つめ合った。


 佳月と妻は互いに目を合わせた。もし息子が知っていたとしたなら、いつ? 何も言わずに居たとは、どれほどの想いで……二人は胸が詰まった。


「……もしや知っていたのか?」


 そう切り出した佳月の声は、かすれて湿っていた。そして漆黒の双眸には透明の膜がはる。それは椿も同じだった。氷輪は穏やかに父親を見つめる。その瞳は落ち着いて澄み切っていた。


「実は、お話を伺ったのは今朝方の夢でなのです。夕星(ゆうづつ)様が夢枕にお立ちになりまして」


 正直に告げた。


「夕星様とは……炎帝様の前の代の?」


 椿は問う。その声は濡れ、かすかに震える。


「今朝方とは、それはまた酷く急だな」


 佳月は困惑したように言った。


「はい。炎帝様はまだ任務の途中なので夕星様が。代々こうして二つ前の御方が夢枕に立ち、説明するのだそうで。間際になって告げるのは、例えほんの僅かな時でも人としての幸せを味わって欲しいから、との事でした」


「贄の……件は?」


 遠慮がちに問う父親に微笑んで見せる。


「ええ。伺いました。聞きながら『あぁ、やはり……』と合点がいきましたよ。まるで結界の中にいるみたいに、限られた場所、限られた人としか接しない理由が……。正式に贄となる日が決まったら、この世での儀式が終わると同時に迎えのモノが来てくれるとの事でした。引継ぎは、あちらの世で直接炎帝様より賜るとの事でした」


「ごめんなさいね……私たちは……」


 椿は耐え切れずに嗚咽を漏らす。


「いいえ。父上と母上には感謝しかありません。乳母や侍従たち全てに対しても……」


 そう言って、夢見るように虚空を見上げる氷輪は、菩薩のように慈愛に満ちて見えた。


(私たちより遥かに上境地になっていたとはな……)


 そんな息子に目を奪われながらも、佳月は要の話題を切り出す。


「正直に言うとな、誰か一人の犠牲に成り立つ平和など、脆く偽りに過ぎぬと私は思うのだ。勿論それは、親としてお前に人柱などなって欲しく無いという想いはある」

「あ、あなた!」


 臆する事なくつびらかにする夫に、ハラハラして止めようとする妻。けれどもそれを、軽く右手をあげて制する。そして声を落とすと、ゆっくりと切り出した。


「……あらゆる願いを叶えるという足玉(たるたま)の話は覚えているな?」


 氷輪は夕星の話を思い浮かべながら頷いた。

 

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