第十一話 再出発・その二
「モフモフだからモフ、とかはアカンで」
風牙は二人が何か言い出す前に述べた。彼は氷輪の右肩にチョコンと乗っている。二人と一匹は歩きながら話しを続ける。
「なーんだ、今ちょうど言おうと思ったのに」
琥珀がプッと頬を膨らませて見せる。そんな琥珀を氷輪は可愛らしいと感じた。ふと。指でその柔らかな頬をつついてみたくなる。
「安易過ぎなのはアカンで」
「じゃぁ、真ん丸は?」
琥珀はすぐに思い付いた名前を言ってみる。
「何やそれ? ひねりも何もない見たまんまやないかーい」
「じゃぁ真ん丸之介はどうだ?」
「言いにくい、却下!」
「じゃーさぁ、真ん丸太郎はどう?」
「だーから真ん丸は辞めぃ!」
氷輪と琥珀は同時にうーん、と唸って考え込んだ。得意そうに目を細める風牙。新しい名前にワクワクしていた。
「フワフワの毛だからフワは?」
氷輪は風牙を撫でながら言った。
「うーん、悪かないがもう一ひねり欲しいのぅ。それに字にしたら不和……とか、仲悪うなったら縁起でもないわい」
「そうか、言霊か」
「あ!」
琥珀は氷輪と風牙の会話から何か閃いたようだ。
「じゃあ『ふわわ』か『ふわり』は?」
「お! どちらも可愛らしい名前だな」
氷輪はすぐに同意を示した。
「うーん、悪くないのぅ、どちらも……」
風牙も満更でもない様子だ。
「ふわわ、ふわり、ふわわ、ふわり……」
と反芻する。やがて二ッと満面の笑みを浮かべた。
「『ふわり』に決定や!」
と得意そうに右手で鼻をこする。
「宜しく、ふわり」
と氷輪は右肩の風牙、改め『ふわり』を見やった。
「宜しくね、ふわり」
と琥珀は右手で彼を撫でる。
「おう! 二人とも宜しゅうな!」
ふわりは嬉しそうにこたえた。
「さてと、何やら急いで神宮参拝をして大和の国に行きたい、とな?」
真顔で問いかけるふわり。
「……何となく、そんな感じがしてな。夢も、今月に入って見るようになって、来月では遅い……そんな気がするのだ」
考え込みながらこたえる氷輪。気遣わし気に琥珀を見るふわり。だが、琥珀は至って冷静だった。
「恐らく、御宝に関する事だと思うんだよね」
と応じる。
「なるほど。来月は神無月やからな、神がいなくなる月より前に……という事か」
ふわりの言葉に、氷輪と琥珀は頷く。その場の誰もが、それが宿世の女性との出会いを意味する事であろうと予測していた。
「ほな、今月中に逢えれば良い、て事やな。ワイに任せな!」
と言ってふわりは氷輪の肩から地に舞い降りた。そして後ろ足二本で立ち上がり、細く短い手を腰にあてる。
「ワイ、もっと大きゅう変化してな、二人を乗せて空を飛んで大和の国まで連れてったるわ! せやから、ギリギリまで伊勢の国で御宝の情報を集めようや。どうもこの御宝、色んな裏がありそうやで」
と少し声を落として言った。本当にそう感じるのと、少しでも二人でいられる時間を作ってやりたい、そんな想いもあった。
「え? 空を飛べるの? あたしたちを乗せて?」
琥珀は目を輝かせた。そして少しでも氷輪といる時間を増やしてやりたい、そう配慮してくれたであろうふわりに感謝しながら。
「おう! 但し、しこたま腹は減るから食べ物は必要だがな!」
「それは頼もしいな」
氷輪は微笑む。
「ふわり、有難うな」
と改めて言った。琥珀との時間を増やしてやりたい、そんなふわりの想いが伝わり、目頭が熱くなった。
「いいーって事よ。食べ物は宜しゅうな! さて、その御宝の事やけどな……」
ふわりは照れたように言ったあと、二人に耳を貸せ、というように小さな声で宝の事を切り出した。