【序章】 十種神宝
それは遥か昔、神々によって創り出された絶対不可侵の領域でございました。ええ、それは未来永劫不変でございます。
本来は、この世とあの世は天界・精霊界・人間界・幽界・妖界・魔界・冥界・地獄と八つの階層に分けられており、当然神々がその頂点に君臨なさっておいでです。八つの階層は、互いの世界を侵さぬよう目に見えぬ境界線がはられこの宇宙の均衡が保たれているのでございます。
というのは表向きの事でございまして……。
実際には精霊界や人の間や、幽界と妖界など、階層と階層の境界線に存在するモノは、あちこちに移動して悪戯をする傾向にございました。よって、小競り合いが起こったりもしがち。けれどもそれは、ごく一部の内に処理できる範囲のものでございましたから、何の問題もございませんでした。
『十種全てを手に入れたモノはあらゆる願いが叶う』と言われております「十種神宝」という御品がございます。それは、
一、沖津鏡、太陽の分霊とも呼ばれ、高い所に置く鏡。裏面には掟が彫られており、道標的なものでございます。
二、辺津鏡、いつも周辺に置く鏡で、お顔を映しまして生気・邪気を視る。ふっと息を吹きかけて磨くことによって、自己研鑽につながるものでございます。
三、八握剣、お国の安泰を願うための神の剣で、悪霊を祓う事も可能でございます。
四、生玉、願いを神に託したり、神の言の葉を受け取る際にこちらの玉を持ちます。言わば、神と人間をつなぐ光の玉でございまする。
五、足玉、あらゆる全ての願いを叶える玉で、こちらを左手に乗せ、右手に八握剣を持ち、お国の繁栄を願うものにございます。
六、死返玉、文字通り死者を蘇らせる事が可能な玉でございます。左胸の上に置きまして、御手をかざし、呪文を唱え由良由良と回します。
七、道返玉、所謂、悪霊封じ・悪霊退散の玉でございますね。御臍の上一寸のところに置きまして、御手をかざしながら呪文を唱えます。
八、蛇比礼魔除けの布でございまして、本来は古の鑪製鉄の神事の際、溶鋼から下半身を守る為に見に着けた布なのでございました。後に、地から這い出して来る邪霊、魔物、妖魔、悪霊から身を守るための御神器となったのでございます。また、毒蛇に遭遇した際にも御利用頂けるようでございます。
九、蜂比礼、魔除けの布でございます。こちらは天空からの邪霊、魔物、妖魔、悪霊から身を守る御品でございます。邪霊、魔物、妖魔、悪霊等の不浄なモノの上に被せる事で魔を封じ込める事も可能でございます。
十、品々物之比礼、こちらにモノを置きますと、置いた御品が清められるのでございます。故に、病の人や死人をこの比礼を敷いた上に寝かせまして、死返玉により蘇生術を施す事が可能でございます。また邪霊、魔物、妖魔、悪霊などの不浄なモノより、大切な品々を隠すときに御使用出来る物部の比礼にございます。
これらの十種類の御宝は全て、元々は天界にございました。
けれども神々にも色々事情があおりなのでしょう。古今東西、神話と呼ばれる物を拝見致しますと、それはもうそれはもう、神々の皆様にも筆舌に尽くし難い事情があおりのようで。全ての御宝を我が手中にすべく、争い事が始まったのでございます。しかしながら、神々の中では階級や司る領域によって争い事に長けた神が勝利するのは想像に難くありません。それを快く思わなかった一部の神々は、あろう事か魔界のモノと手を組み、反乱を試みます。その影響で、十種神宝は一部魔界に奪われてしまう事となりました。そこから綻びが出るようにしてあらゆる階層に御宝が散らばってしまったのでございます。そう、そしてそれは人間界にも……。
その為、それら全てを我が手にしようとあらゆる階層のモノたちが、血で血を洗うような凄まじき争い事を繰り広げてきているのでございます。ええ、遥か古より繰り返して来ている事でございます。
人間に至りましては、ごく一部の階級の者がそれらの状況を把握しておりましたが、自らが進んでこの世ならぬモノたちとの戦いに身を投じる者はほんの一握りでございました。それもその筈、それらの戦いは誰にも知られぬようひっそりと行われておりましたので、知っている者の方が少ないとも言えましょう。人ならざるモノたちは、ごく限られた人にしか視えないものですし、それは当然の事だったのかもしれませぬ。
さてさて、これより始まるお話の舞台は……
ーーー和の国ーーー
鎌倉公方との対立、土一揆などにより幕府が混乱を極めた……そんな世の中にございます。その男は、人ならざるモノの気配を感じ取り、その姿を視る、そして声を聞き会話を交わす不可思議な力に恵まれておりました。突然その力に目覚めた彼の力は、ごく一部の限られた者しか知りません。内密にする事で……