第1章『赤ずきんは恋を知らない』
瞼を開いたのと同時に先程目の前に立っていた少年の顔がうっすらと目に入り、何回か瞬きをすると少年の顔がしっかりと認識できるようになる。
「起きてすぐ悪いんだけどさ、僕と契約してくれないかな?」
少年はまた曇りひとつない笑顔をしながら契約書と書かれた紙を差し出した。ゆっくりと上半身を起こしてその紙を受け取り読み始める。
『契約内容書』
○ノア・ガルシアは契約者の願いをひとつ叶える代わりに契約者には相応の代償を払ってもらいます。
○身体能力の強化、不治の病の治癒、世界征服、死者蘇生、どんな願いでも叶えることが出来ます。
○ノア・ガルシアと契約は契約者が死ぬまで解除不可となっております。
○この契約内容書を読んだ者はノア・ガルシアと契約をしなければ死んでもらいます。
「読んだ者は死にたくなければ契約を。タチが悪いですね」
「そうかな?警戒せずに読んじゃう夏目ちゃんが悪いと思うんだけどな」
悪気は一切ないのか清々しい笑顔でそう言う少年に、たしかにそうですね、と言葉を返しながら契約内容書を読み直す。この契約内容書は疑問だらけだ。どんな願いでも叶うと書かれているが目の前にいる少年にそのような力があるのだろうか。相応の代償とは一体なんなのだろうか。そもそも目の前にいる少年は本当にノア・ガルシアなのだろうか。
「質問してもよろしいでしょうか」
「答えれるものには答えるよ」
答えれるものには答える。つまり答えれないものには答えないというわけか。最悪の場合、私が今からする質問は全て答えてもらえないのかもしれないのか。そうならないようにと心の中で祈り質問を口にする。
「質問その一、貴方はノア・ガルシアですか」
「そうだよ、僕こそがノア・ガルシアだよ。証拠はないけどこれだけは信じて欲しいな」
これだけは信じて欲しいと言われると、次からの質問の答えを信じるべきか信じないべきかを見極めなければいけないのか。
「質問その二、どんな願いも叶れると書かれていますが本当にですか」
「本当だよ。試しに何か願ってみて」
「質問その三、その願いを叶えてもらった場合、私は相応の代償を払わないといけないでしょうか」
「ううん、信じてもらうために必要なことだから代償は払わなくてもいいよ」
「そうですか」
お試しに何かを願ってと言われても特に欲しいものがなければ、なりたいものもないからお試しだとしても何を願えばいいのやら。なんでも叶えてもらえると実感するためには非現実的な願いを叶えてもらったほうがいいだろう。非現実的な願いと言えば絵本に出てくる魔法使いのように箒にまたがり空を自由に飛べるようになりたい、お亡くなりになられた偉人に会わせてもらいたいなどがすぐに思いつくが叶えてもらおうと思うほどの願いではない。
「言っとくけど試しに叶えれる願いを三つにしてくださいとかの叶えてもらう願いの数を増やすのはダメだからね。で、決まった?」
「いえ。もう少し悩ませていただきます」
「じっくり考えるといいよ。時間は無限だからね」
お言葉に甘えてと返事をし何を叶えてもらうかを考える。お試しだから深く考える必要はないのかもしれないが、それはあくまで本当にお試しだった場合だ。お試しと言っているだけで本当はお試しではないのかも知れないという可能性がある以上、悩みに悩んで願いを口にしなければ。
「質問その四、願いがない場合はどうすればよろしいですか」
「君に願いがないわけないじゃん。じゃなきゃ僕は君の目の前にはいないのだから」
私に願いがあるから少年は私の目の前にいる。そう言われても願いが思い浮かばないのだ。
「本当の本当に願いがないの?」
「ありません」
「億万長者とか絶世の美女になりたいとかもないの?」
「ありません」
裕福な家庭に生まれたからお金で困っていることはないし自分の顔は上の中か上の上くらいのルックスだと自覚しているから美女にしてもらおうなんて思わないし、美女の基準は人それぞれだから顔面などの人それぞれの基準によって変わる願いは考えてすらいなかった。
「魔法が使えるようになりたいとかは?」
「今まで使わずに生きてこれましたし、使えるようになっても魔女裁判にかけられたら元も子もないので」
「若返りたいとかは?」
「高校生は若いです」