99・勇者のお話②/不穏
*****《勇者タイヨウ視点・勇者王国オレサンジョウ》*****
俺たち勇者パーティーは、オレサンジョウ王国で順調に強くなっていた。
最新型武具も順調に使いこなし、『鎧身』の発動時間や連携技も良い感じで仕上がってきてる。それにウィンクもだいぶオレたちに馴染んで来たし、いいことだらけで気分もいいぜ。
今日のオレたちは休日。
各々が好きな時間を過ごしているが、オレは一人で城のとある一室に呼ばれていた。
「さぁタイヨウ。今日の紅茶は乾燥させたばかりのセイロンなの。気に入ってくれるといいのだけれど」
「いただくぜ、エカテリーナ」
オレはこの国のお姫様のエカテリーナが煎れた紅茶を飲む。
「………」
「どうかしら……私が育てた茶畑のお茶なのだけれど」
うん、わからん。
苦い味をイメージしてたけど、なんかスッキリと甘い。
紅茶ってかジュースみたいな味だな。これはこれで悪くない、むしろ美味いな。
「うん、美味い。さすがエカテリーナだぜ」
「よかったぁ……うふふ」
エカテリーナはにっこり笑ってオレの隣に座る。
クリスより濃いロングの金髪に、スタイル抜群のワガママボディ、胸元の開いたドレスから覗く谷間が眩しく、オレの視線は胸に引き寄せられる。
「ふふ、気になるの?」
「おう。でもそーいうのは結婚してからだ」
「もう、タイヨウならいいのに……」
月詠達もいるし、順番は大事だ。
オレはエカテリーナと結婚する事が決まってるが、月詠や煌星やクリスも娶るつもりでいる。月詠はまだはっきりと聞いてないが、クリスと煌星はノリノリだ。
「タイヨウ、愛してる……」
「オレもだぜ、エカテリーナ……」
とはいえ、キスくらいはする。
我慢出来ずに押し倒したい気持ちはあるが、グッと堪える。
エカテリーナを抱き寄せ口づけをする。ああ、柔らかくて甘い。紅茶のフルーティーさが交わり蕩けるような気持ちになる。
う…………ヤバい、下が元気になってきた。
「あ………タイヨウ」
「あ、いや……」
「もう、我慢しないで?」
「う………」
エカテリーナはオレの手を掴み、柔らかい膨らみに押しつける。
ああ、ヤバい……もう我慢出来そうにない。
「タイヨーーーッ!! 見つかった、見つかったよッ!!……って、何してんの?」
「げ、クリス……いや、その」
「あらクリス、ごきげんよう」
「ちょ、エカテリーナ!! また抜け駆けしようとして!!」
「だってタイヨウが苦しそうにしてるから……」
「だから順番を決めてからって言ってるでしょ!!」
一国のお姫様にこんな口の利き方が出来るのは、クリスの凄いところだと思う。
エカテリーナもそんなクリスが新鮮なのか特に咎めなかったし、むしろケンカ友達みたいなクリスとのやり取りを楽しんでいた。
オレは話題を変えようと、クリスに聞く。
「く、クリス、何が見つかったんだ?」
「あ、そうだ!! あのね、『六王獣』の一体が見つかったって報告が入ったの!!」
「マジか!?」
「うん!! ツクヨとキラボシとウィンクにも声掛けたから、早く諜報室に行こっ!!」
「よっしゃ!!」
「あん、せっかくの休日ですのに……」
「悪いエカテリーナ、また来るからよ」
「うん。今度はみんな連れて来るから、お茶とお菓子をいっぱい用意しといてね!!」
クリスはちゃんとエカテリーナにフォローする。
エカテリーナもオレたち勇者パーティーの使命を知ってるから引き留めようとしない。今度みんなでお茶会でも開いてやろう。
「タイヨウ、クリス、また来てね」
「もちろんだぜ」
「またね、エカテリーナ」
お姫様という立場だし、友人なんてあまりいないのがオレでもわかる。だからやることやったらみんなでエカテリーナと遊びに行くのもいいかもな。
オレとクリスは諜報室へ向かった。
諜報室とは、文字通り諜報の部屋である。なんだそりゃ。
まぁオレサンジョウ王国の諜報部員が集めた情報が集まる場所で、オレたち勇者パーティーはそこで手に入れた世界中の情報を元に、危険なモンスターを討伐して修行している。
ウツクシー王国に現れた災害級危険種も、ここの諜報員が見つけた情報で、オレたちに書状が送られてきたくらいだからな。
オレとクリスはオレサンジョウ王国の地下ある秘密部屋のドアを開ける。
「おいっす。遅くなった」
「ゴメンね、タイヨウってばエカテリーナとイチャイチャして」
「お、おいクリス」
中には月詠・煌星・ウィンク、そして数人の諜報員だけだ。
部屋の中央には大きな机があり、諜報員が集めたらしき資料が広げてあった。
「いいから、こっち来なさい。さっそく始めるわよ」
「へいへい」
月詠が機嫌悪そうに言う。
オレとクリスは机の前に付くと、一人の女性が話し始めた。
「では始める。議題は『六王獣』の一体が発見された件について。それと……クリス、お前の件についてだ」
「へ? 私?」
「ああ。覚悟して聞いてくれ」
この女性は諜報室の室長であるハルエラさん。
二〇代後半くらいの美人で、ウィンクより堅い根っからの仕事人だ。
「まずは復習から。六王獣とは魔王四天王に忠誠を誓った災害級危険種で、玄武王バサルテス以外の三人、『朱雀王』・『青龍王』・『白虎王』がそれぞれ二体ずつ所有するモンスターの事だ」
オレサンジョウ王国は、ウツクシー王国で討伐した『海蛇サーペンソティア』がペラペラ喋った情報を検証し、それらしきモンスターの捜索を行っていた。
分かっているのは二体。既に討伐した『海蛇サーペンソティア』と、同じく海のモンスターである『咬鮫シャークラー』だ。名前からして鮫っぽい。
オレサンジョウ王国は、この六体の災害級危険種を『六王獣』と呼称し、諜報部員を総動員して情報収集を行っていた。
「目撃情報があったのは聖王国ホーリーシットの山中で、巨大な赤い獣がモンスターを貪っていたらしい。残されたモンスターの残骸から、食されたモンスターは超危険種の物だと判別した」
「つまり……そのモンスターは、超危険種を単独で狩り、捕食したと?」
「恐らく。これらの被害がホーリーシットの山中で多数発見されている。人的被害こそまだ無いが時間の問題だろう」
「へっ、じゃあつまり、次の目的地はホーリーシットってわけか」
今度は海の上じゃなくて山の中。これなら地形によるハンデは無い。
「ですが、まだ確証はないのですよね?」
「それが災害級危険種だという証拠が欲しいところだ」
煌星もウィンクも慎重になってる。
だが、ハルエラさんは首を横に振った。
「そうはいかない。実は、先ほどホーリーシットから正式に書状が届いた。勇者パーティーに魔獣討伐の依頼だ」
「タイミングがいいわね……」
「そして、さらにもう一つ……神聖都市オーマイゴットに潜伏してる諜報員と、ホーリーシットに潜んでる諜報員からの情報だ」
ハルエラさんは、二枚の報告書を机の上に載せる。
月詠がそれを手に取り読むと、眉を潜ませた。
「これは……」
「おい、どうしたんだよ」
「……マズいわね。これは火種になるかもしれない」
意味が分からない。
オレは月詠の持つ資料を受け取り、煌星達と見る。
「えーと、聖王国ホーリーシットに、産業都市スゲーダロが開発した新型走行馬車が搬入された。そして現聖王グレゴリオはオーマイゴットに対して、聖王の後継者を引き渡すように命じた……なんじゃこりゃ?」
意味が分からん。なんじゃこりゃ?
「……クリス殿。どうされました?」
「……聖王、後継者……まさか」
「クリスちゃん?」
クリスの様子がおかしいが、月詠はハルエラさんに聞く。
「『聖王』とは聖王国の国家元首ですね。確か後継者は聖王の血筋に現れると聞きましたが」
「そうだ。聖王の家系は神からの祝福を受けた最初の人間と言われ、その血筋には普通の人間にはない奇跡が宿ると言われてる」
普通ではない奇跡。
それを聞いたオレたちは、改めてクリスを見た。
「以前から調べていたが……クリス、君は聖王の後継者の可能性がある。資料によると、クリスは幼い頃に聖王国から誘拐された聖王の子供らしい。そして誘拐後、敵対国のオーマイゴッドの教会に放置されたというのがホーリーシットの言い分だ」
「わ、私が……?」
「そうだ。オーマイゴットでは『神の奇跡が舞い降りた聖女』と呼ばれているが、聖王国では『聖王の後継者』と君は呼ばれている。君の立場は勇者パーティーの協力者であって、出身はオーマイゴットだからな。聖王の後継者を引き渡せというのは……恐らく、君のことだ」
「う、うそ……私、そんな」
その話は、少なからずショックだった。
「オレサンジョウ王国は中立国家だ。オーマイゴットともホーリーシットとも争いを起こすつもりは無い」
「ハルエラさん、この件に関してオーマイゴットは何か?」
「………オーマイゴットは、クリスの返還を申し出た」
「え!? じゃあクリスは帰るのか!?」
「恐らく……ここでオレサンジョウ王国が拒否すれば、聖王国と神聖都市から非難されるだろう。勇者パーティーにウィンクが加入した今、聖女を返還せよと言われても拒否出来ん」
「え……じゃあ、私……オーマイゴットに帰るの?」
「ああ。オレサンジョウ王国としてはその選択がベストと判断した。クリスが協力者である以上、ここに繋ぎ止めておく理由は無いし、オーマイゴットとホーリーシットとの争いに関わるつもりは無い」
「…………」
クリスが、呆然としていた。
「オレサンジョウ王国は先に書状が届いたオーマイゴットを優先する。つまり、聖女クリスをオーマイゴットに返還し、勇者パーティーはホーリーシットにモンスター討伐に向かう。これは決定事項だ」
「お、おい!!」
「勇者タイヨウ一行は準備が出来次第出発、聖女クリスは武具を返納しオーマイゴットへ帰還してもらう」
「決定、なのですね?」
「ああ」
「で、でもクリスちゃんは、わたくし達の戦いに必要な人材です!!」
「そうかもな。だが……オレサンジョウ王国は、無駄な争いに関わるつもりは無い」
「命令……騎士として、逆らうわけにはいかないが……」
「ふざけんな!! そんな勝手な都合でクリスを連れて行かせるか!!」
クリスはさっきから俯いてる。
その顔は影になって見えない。
「私……ホーリーシットの人間だったの?」
「わからん、だが可能性があるというだけだ。オーマイゴットは認めないだろうがな」
「私、私……」
「クリス、落ち着いて。今日はここまでね、さぁクリス、部屋に戻りましょう」
月詠がクリスの背中を押して出て行った。
残されたのはオレとハルエラさん、数人の諜報員だけだ。
「ハルエラさん、あんたはどっちが正しいと思うんだ」
「オーマイゴットか、ホーリーシットか。聖女か、聖王の後継者か……わからんな」
「へ、じゃあ答えを教えてやるよ」
「なに?」
オレは自信満々に言う。
クリスは、絶対に誰にも渡さないという意思を込めて。
「クリスはオレの嫁だ。聖女でも聖王でもない、俺のモンだ」
「…………」
呆れたような視線で睨まれたが、ハルエラさんはすぐに笑った。
「子供だな。だが……クリスを支えてやれるのは、そんなお前だけだ」
「わかってるよ」
「私個人としては、クリスをオーマイゴットに帰すべきだと思う。恐らくだが、クリスを巡ってオーマイゴットとホーリーシットでは大きな争いが起きる。そこに関わるのは愚の骨頂だ」
「…………」
ハルエラさんの言い分は分かるが、オレは納得出来ない。
クリスはオレの嫁、そして大事な仲間だ。
大人の勝手な都合でたらい回しにする権利なんて無い。
「とにかく、オレは認めねーからな」
そう言って、オレは諜報室を出た。
クリスの傍にいてやろうと、急いでクリスの部屋に向かった。
それから数日後、クリスは忽然と姿を消した。