96・トラック野郎、コハクにプレゼント
この一週間、コハクの運転はプロドライバー並に上達した。
ぶっちゃけあり得ない。俺より上手いし。
今日は休日で、明日からコハクは従業員として働く。なので今日は頼んでいた制服を取りに行ったり、コハクの部屋の道具を買いに町に出た。
「キリエは教会か。相変わらず大変だな」
「いいんじゃない? 本人が楽しんでるみたいだし」
「それに、しろ丸も一緒ですからね」
今日はトラックで町に出てる。
コハクの部屋には毛布しかないので、ベッドやら机やらを買ってトラックに載せるためだ。
「ご主人様、この車も運転してみたい」
「あー······悪いな、これは俺しか運転出来ないんだ」
「そうなの? ざんねん」
トラックを見るコハクは残念そうに肩を落とす。
そして、ミレイナとシャイニーは居住ルームへ、コハクを助手席に座らせ買い物へ出かけた。
最初に寄るのは服屋で、頼んでおいたコハクの制服を受け取る。そしてスターダストで買い物をして、家具屋でベッドや机を買う予定だ。
給料日までまだまだあるし、一つくらい好きな物を買ってやるか。
「コハク、何か欲しい物であるか?」
「え?」
「明日から仕事で頑張って欲しいからな。一つくらいなら好きな物を買ってやるよ」
「ホント⁉」
「ああ」
目をキラキラさせて俺にすり寄ってきた。
こらこら、運転中はじゃれつくなって。可愛いけどね。
「あのね、ご主人様、欲しい物あるの‼」
「お、おお。なんだ?」
グイグイ来るな。
なんか興奮してるし、どうしたんだ?
「わたし、武器が欲しい‼」
そう答えたコハクは、とても輝いて見えた。
まさかの武器ですか。
意外っちゃ意外······でもない。
コハクは格闘家みたいだし、素手でも強いけど武器があれば尚強い。
買い物を一通り済ませ、俺たちはゴンズ爺さんの武器屋にやって来た。
代わり映えしない武器屋のカウンターに、競馬場に居そうな爺さんが新聞紙を広げている。あまりにもベストマッチな光景に安心感すら覚えた。
「いらっしゃい······おお、兄ちゃんにシャイニーブルー、それとお嬢さんも。何だ何だ、今日はどうしたんだい?」
「こんにちはゴンズ爺さん、今日は武器を買いに」
「かっかっか、そりゃここは武器屋だしなぁ、武器を買いに来たのは当たり前だろうさ」
そりゃそうだ。暇つぶしにお茶を飲むような仲でもないしな。
「ん? 見ない顔の嬢ちゃんだな。武器はその子かい?」
「はい。ええと······」
「武器、壊れない籠手をちょうだい」
「ほう、格闘家か······」
ゴンズ爺さんはコハクをジロジロ見てニヤリと笑う。
その視線はミレイナより立派な乳に注がれてる。このエロジジィめ、どこを見てやがる。
「ちよっと、そこのエロジジィ······しばくわよ」
「な、何も言っとらんじゃろうが。嫉妬は見苦しいぞシャイニーブルー」
「殺す」
「しゃ、シャイニー落ち着いて」
殺気を漂わせ始めたシャイニーをミレイナに任せ、俺はジト目でゴンズ爺さんを見た。
「あのー······」
「かっかっか、すまんすまん。年寄りのささやかな楽しみ、見逃してくれぃ」
「?」
コハクはわかっていない。
可愛いらしく首を傾げてキョトンとしてる。
ゴンズ爺さんは真面目な顔になると、コハクにいくつかの質問をする。
「嬢ちゃん、格闘歴はどのくらいだ?」
「十七年。生まれてすぐに訓練を始めた」
どうやってだよ。
ゴンズ爺さんも気にする事なく質問をする。
「今まで倒したモンスターの中で、一番強かったのは?」
「SSレートの『エレファントグリズリー』かな。わたしの打撃が効かなくて焦った。油断して飲み込まれたふりをして、体内をグチャグチャにして倒した」
何こいつ怖い。
ミレイナもシャイニーも唖然としてる。
「これまで、どんな武器を使った?」
「モンスターの骨や外殻を加工したグラブとレガース。でも何回か使うとすぐに壊れちゃった」
「なるほど······」
ゴンズ爺さんは話を聞きながらパイプを吹かす。
するとシャイニーがこっそり教えてくれた。
「ゴンズは初心者にいくつかの質問をして、その質問の結果から本人に合った武器や防具を勧めるのよ」
「そういえば、私のときもそうでした」
ミレイナの時もそうだったのか。
すると質問が終了したのか、ゴンズ爺さんはパイプの灰を灰皿にトントンと落とす。
「ふーむ······こりゃすごい。ニーラマーナやシャイニーブルーよりも光るセンスを感じる。嬢ちゃんなら預けてもいいかもな」
「ちょ、アタシよりもですって⁉」
「かっかっか、わしの目利きに狂いはない」
「ぐぬぬ······」
ゴンズ爺さんは立ち上がり奥へ引っ込むと、古ぼけた大きな箱を抱えて戻ってきた。
「嬢ちゃんにこいつをやろう。少し古いが性能は保証する」
そう言って箱を開けると、中には立派な籠手と靴と一体型の脛当て、グリーブが入っていた。
「うお、すげぇ」
「おぉー」
色は鈍い銀色で、複雑な装飾が施された籠手とグリーブ。
古いなんてとんでもない。どう見ても新品だった。
「こいつには魔術が掛けてあり、装備者に合うサイズに変化する機能が付いてる。付けてみろ」
「うん」
コハクは肘まである籠手を両手に装備し、膝上まであるグリーブを履く。すると一瞬だけ淡く光り、コハクにフィットするサイズに変化した。
「こいつは『破龍拳グラムガイン』って呼ばれてる伝説の武器の一つだ。かつての勇者パーティーの一人が使った武具で、魔力を開放すると戦闘形態に変形するらしい」
「それって······太陽達の武具と同じ?」
「今の勇者パーティーの武具より数段劣るが、それでもこいつは破格の力を持つ。聖剣の技術はスゲーダロでも限られた技師しか使えない禁忌に近い技術だからな、こいつを作るのは普通の技術じゃ不可能だ」
「えーと、なんでそんなモンをゴンズ爺さんが?」
「ま、ちょっとしたツテでな。大昔に破壊された武具を譲って貰い、わしがチョチョイと修理したんじゃよ」
「で、でも、勇者パーティーの武具の技術は禁忌だって······」
「ふふふ、わしに直せない武具はない。それが禁忌でもな」
とんでもない爺さんだ。
競馬場に居そうな爺さんが、こんなすごい爺さんだったなんて。
「嬢ちゃん、軽く魔力を流して念じてみな」
「······えい」
コハクが魔力を流すと、籠手から三本の爪が飛び出した。
まるでウルヴァリンみたいだ。
「そいつが『龍虎爪』だ。他にもいくつかのギミックが仕込まれてるから試してみな。そいつなら嬢ちゃんの力にも耐えるはずだ」
そりゃすごい。しかし気になる事が一つ。
「あの、おいくらでしょう?」
「やるよ。もともと売りモンじゃないし、わしが持っていても仕方ないからのぅ」
つまり、タダ。
ありがたいけど流石に申し訳ない。
すると、新しい武具にウズウズしたのか、コハクはシャイニーに向き直り言う。
「シャイニー、手合わせして」
「奇遇ね、アタシも同じ事を考えてたわ」
二人は既に戦闘モード。
おいおい、ここで始めるつもりじゃないだろうな。
「こらこら、そういうのは家に帰ってからにしろ」
「わかってるわよ」
「うん。ご主人様」
シャイニーは手を振ると、店の外へ出ていった。
「おじいちゃん、ありがとう」
「いいさ。壊れたり破損したら持ってきな」
「うん」
コハクはペコリと頭を下げて店を出た。
「その、ホントにタダでいいんですか?」
「構わんよ。長く冒険者を見とったが、あんなに面白そうな嬢ちゃんは初めて見たわい。あれを使いこなすだけの実力はあるじゃろうな」
「ありがとうございます。このお礼は必ず」
俺は頭を下げて店を出ようとして、ミレイナを呼ぶ。
「嬢ちゃん、たまには遊びに来てくれや。年寄りの目の保養としてな」
「は、はい」
ミレイナ、そこは真面目に返事しなくてもいいぞ。