94・トラック野郎、コハクに運転させる
*****《コウタ視点・アガツマ運送会社》*****
ミレイナのカミングアウトは強烈だった。
まさか、勇者パーティーが討伐しようとしてる魔王が、ミレイナの実の兄貴だったとは。
「いつか、お話しなくてはと思っていました。でも……なかなか言い辛くて」
「えーと………ミレイナが、魔王の妹?」
「はい。歳はかなり離れてますし、兄も私の顔すら知らないと思いますが」
意味が分からん。
兄貴が妹の顔を知らない?
するとシャイニーがしろ丸をモフりながら言う。
「あれ? でも玄武王はミレイナのことを知らなかったみたいだけど」
「はい。私は生まれてすぐに親から見放された子ですから。だからバサルテス様は私の顔を知らなかったのでしょう」
「何故でしょう?」
「それは私の魔力数値が一般人レベルだったからです。兄や姉、弟は災害級危険種を遥かに超える戦闘力の持ち主ですが、私は魔力はおろか心技体数値が最低レベルでしたので……一族からは変異種と呼ばれて『魔王族』とは認められなかったんです」
ミレイナ曰く、魔王族は子供が生まれると心技体魔力を数値化して計るらしい。ミレイナはそこで最低レベルの数値をたたき出したようだ。
「ひっでぇ話だな……」
俺がそう言うと、ミレイナが苦笑しながら自分の髪を弄る。
「ですが、『魔王族』の証である白銀と黄金の髪を持って生まれたので外部に追放するわけもいかず、魔王城でメイドをしていたんです。料理や家事はそこで習いました」
「ミレイナ、辛かった?」
コハクはミレイナの隣に座り、ミレイナの頭をポンポンする。
ミレイナは驚いていたが、ニッコリ笑った。
「いえ。料理は楽しかったですし、メイド仲間もよくしてくれました。それに空いた時間は勉強に当てられましたし、とても楽しく過ごしていましたよ」
シャイニーの手からしろ丸を奪ったキリエは、膝の上でしろ丸をモフる。
「確か、転移の魔道具でこちらへ来たのですよね?」
「はい。その………掃除中に、魔道具が発動してしまって………」
あれ、なんか辛そうな感じだな。
ともかく、ミレイナが魔王の妹ってのがわかった。
「なるほどな。でもまぁ、たいした問題じゃない。問題なのは……勇者パーティーが、ミレイナの兄貴を倒そうとしてるって事だけど……」
「構いません。話した事もありませんし……」
「うーん……まぁ、今日明日の話じゃないし、この件はここまでだ」
「申し訳ありません。黙っていて……」
「別にいいよ。仕事には関係ないしな」
問題は、ミレイナが魔王の妹だから仕事にどう影響するかだ。
問題が無ければ別にいい。仕事は待ってくれないからな。
「さて話題を変えよう。コハクにいろいろ確認しなきゃな」
「わたしに?」
「ああ。まず、コハクは奴隷として俺に買われた」
「うん」
「コハクにはこの会社で働いてもらう、それはいいか?」
「うん。だってわたしはご主人様に買われたし。命の借りは返す」
そりゃそうだ。こっちだって可哀想な少女のためだけに一〇〇万も使わない。
奴隷として買った以上、仕事はきっちりやって貰う。
「よし、コハクにはこの会社の業務内容を説明する」
俺はコハクに会社の業務内容をきっちり説明した。
運送屋の仕事を説明した俺は、改めて言う。
「と言うワケで、俺が社長のコウタだ」
「私は事務兼社長秘書のミレイナです」
「私は受付事務のキリエ・エレイソンです」
「アタシは副社長のシャイニーブルーよ!!」
「ウソ、こいつはヒラの配達員シャイニーだ」
「ちょっと!!」
全く、息を吐くようにウソを付くなよ。
「ご主人様、ミレイナ、キリエ、シャイニー……覚えた」
「よし、今日からコハクはシャイニーと同じ、ヒラの配達員だ。シャイニー先輩からいろいろ聞くように」
「はい、ご主人様。よろしくお願いします、せんぱい」
「せ、せんぱい!? あ、アタシが!?」
俺の言うことはしっかり聞くのか、さっきまで険悪だったシャイニーにペコリと頭を下げた。
シャイニーは気持ち悪くニヤニヤしながら腕を組む。
「し、仕方ないわね。アタシがいろいろ教えてあげる」
「うん、よろしく」
うーん、素直で可愛いな。
「まだ時間はあるか……よし、コハク」
「なに?」
「来て早々悪いが、エブリーを運転してみてくれ」
「えぶりー?」
「ああ。俺が運転してた金属の箱だ。コハクにはあれの運転手になって欲しい」
「わかった。わたし、どんなモンスターでも乗りこなせる」
「モンスターじゃないけどな……」
時間は午後三時くらい、まだ外は明るいし、ちょっと乗せてみたらみんなでメシでも食いに行くか。
今日はコハクの歓迎会だ。豪勢に鍋屋にでも行くか。
五人+一匹で外に出て、ガレージからエブリーを出す。
しろ丸はミレイナが抱っこしていた。
俺はエブリーを運転してミレイナ達の前で停車させる。
「さ、コハク、俺の隣に」
「はい、ご主人様」
コハクは助手席に座り、シートベルトを締める。
ミレイナ達は、お手並み拝見とばかりに見ていた。
「コハクにはこれを運転して貰いたい。これを運転して、ゼニモウケ外の配送をシャイニーと任せたいんだ」
「はい、ご主人様」
「いいか、見てろよ」
俺はエンジンを掛けるまでの動きを、ミレイナ達に教えた通りにこなす。
「エンジンを掛けるとコイツは動く。生き物と違って操作は完全なマニュアルだ、自分の操作で思い通りに動く」
「…………はい」
コハクは俺の顔ではなく、手足をじっと見てる。
理由は無いが、コハクには言葉ではなく動きで見せるのがいいような気がしたので、説明をしながら運転をする。
「クラッチを踏んでギアをローに、クラッチをゆっくり離しながらアクセルを踏んで……サイドブレーキを下ろす、すると……ゆっくり進む」
「…………」
コハクはほぼ無表情で一連の動きを見てる。
俺は何も言わず、言葉と操作を続けた。
「スピードによってギアを切り替える必要がある、ローギアからセカンドへ……セカンドからサードへ……」
公園内ではサードギアまでしか出せない。サードギアに切り替え公園内を直進し、公園の周りを囲う柵の近くまで直進する。
「カーブや方向を変えるときはブレーキを踏む。この時一気に踏むんじゃなくて、ポンピング……小分けにして踏む」
柵の手前で減速すると、エンジンがゴトゴト音を立てる。
「スピードに対してギアを変えるって言ったよな。そこで今度はギアを落とす……サードからセカンドへ、クラッチを踏んで切り替える……そしてハンドルを切って曲がる」
柵の手前でギアを落とし、ゆっくりとハンドルを切る。
するとエブリーの方向が変わり、柵に沿うように曲がった。
「これが基本だ」
「………………」
コハクは俺の手足を見たまま動かない。
ミレイナ達の近くまで運転して停車する。
「と、こんな感じだ。どうだ?」
「わかった。覚えた」
「よーし、じゃあ少し運転してみるか?」
「うん」
席を替わりシートベルトを締める。
「最初はゆっくりでいいし、止まってもいい。焦らずじっくりな」
「わかった」
コハクは流れるような手つきでエンジンを掛ける。
「うん、素直で良い子。それにすっごい元気だね」
「え?」
エンジン音を聞きながらそんな事を言う。
「じゃ、行くよ……」
それは俺ではなく、エブリーに話しかけているようだった。
ギアを入れてクラッチとアクセルを繋ぎ、サイドブレーキを下ろす。
「うぉ……」
「張り切らないで、ゆっくり走ろう」
まるで子供に言い聞かせるような話し方でギアを入れる。
クラッチを踏んだときのブレもなく、流れるようにギアを切り替える。
エブリーに乗って数分、エンストどころかギアの切り替えの不自然なブレもない。初めてでここまで乗りこなすとは、さすがに驚いた。
「ご主人様、この子すっごく嬉しそうだよ」
「そ、そうなのか?」
「うん。いっぱい走りたいって言ってる」
公園内を何周も走りながら、コハクの運転は止まらない。
どんなモンスターも乗りこなす種族と言ってたけど、意思のない車をこうも乗りこなすとは……いや、コハクが言うんだから意思があるのかな?
「よし、今日はここまでだ」
「うん。ねぇご主人様、明日も乗っていい?」
「ああ。今度の休みまでは運転練習をさせようと思ってたし、構わないぞ」
予定としては、次の休みまで運転練習をさせて、その次の週から仕事をさせるつもりだった。
ぶっちゃけ練習は必要ない気がするが、まぁ車に慣れるのは必要だしな。
あ、ついでに紹介しておこう。
「タマ、コハクをエブリーの正式ドライバーに登録してくれ」
『畏まりました』
「え? この子、喋れるの?」
『初めましてコハク様。私はタマ。従車のサポートを勤めております』
「わぁ、よろしくねタマ」
コハクは動じないどころか、ハンドルをなで始めた。
素直で可愛いな、なんか撫でてやりたくなる。
「よし、今日はコハクの歓迎会だ。美味しい物いっぱい食べていいぞ」
「ほんと? ありがとうご主人様!!」
さて、驚いてるミレイナ達の元に行きますかね。