93・勇者のお話①/聖女の笑顔
*****《勇者タイヨウ視点・勇者王国オレサンジョウ》*****
「参ります、タイヨウ殿」
「ああ、どっからでもかかってこい!!」
オレは『黄金の勇者タイヨウ』って呼ばれてる、日本出身の勇者だ。
現在、オレサンジョウ王国にある騎士団の修練場で、一人の少女と向かい合っている。
少女は蒼い髪を纏めてお団子にして、同じ色の蒼い瞳をオレに向けている。
手には装飾の施された青い三叉槍が握られ、その矛先は真っ直ぐオレに向けられている。
そう、オレと蒼い髪の少女ウィンクブルーは、模擬戦の真っ最中だった。
「魔術でも『鎧身』でも、使える技は何でもアリだ」
「わかっています」
オレの手には『太陽剣グロウソレイユ』が、ウィンクの手には『海流槍ネプチューン』が握られている。どちらも『産業都市スゲーダロ』で作られた最新型の武具だ。
「………」
「………」
オレとウィンクの距離は一〇メートルほど。
その距離はジリジリと狭まり………弾けた。
「はぁぁっ!!」
「ッと、アブねぇッ!!」
鍛えあげられたウィンクの足は、直線的なスピードならオレより速い。
槍士のウィンクの最大の武器は突き。本人曰く、危険種を一撃で仕留めたこともあるとか。
オレはその殺人的な突きを半身を捻ってギリで躱す。
「おらッ!!」
「シッ!!」
がら空きの背中に一撃を叩き込もうと身体を反転させて切りかかると、ウィンクはそれを読んでいたのかしゃがんで水平蹴りを繰り出す。
だがオレはその動きを読んでいた。
「甘い」
「ですね」
水平蹴りを軽くジャンプして躱すと、それを読んでいたウィンクが蹴りの軌道を変えて足を突き出してきた。だが甘い。
「へっ」
「な!?」
オレはそれすら読んでいた。
ジャンプと同時に剣を投げ捨て、突き出された足を両手でガッチリと掴みウィンクの体勢を崩す。
剣士であるオレが剣を手放すとは考えていなかったのか、ウィンクは驚いた表情のままオレに押し倒される。
オレは手刀をウィンクの首に当てると、ウィンクから力が抜けた。
「……負けました」
「よし、オレの勝ち」
ウツクシー王国から帰還して一ヶ月、オレたち勇者パーティーは訓練の日々を送っていた。
ドリンクを片手にウィンクと休憩する。
ここ最近、鍛錬はいつもウィンクと組んでやっていた。
「タイヨウ殿、休憩が終わったらまた相手をお願いします」
「いいけど、オレばっかじゃなくて月詠ともやったらどうだ?」
「ふむ、確かに……わかりました。それではツクヨ殿に」
「あ、ああ」
お堅いな。
ウィンクはウツクシー騎士団でもトップの強さだってのはよくわかった。
見た目はこんなに可愛い美少女なのに、男っぽい喋りや態度で接するもんだから調子が狂う。しかもオレたちの言うことには賛成意見ばかり、反対や異議を申し立てたりは絶対にしない。
仲間って言うか忠実な部下って印象が強い……なんか違うんだよな、オレが求めてる仲間ってのは部下じゃない。
「なぁウィンク……もっとこう、軽ーいノリで行こうぜ」
「ノリ? ノリとはなんでしょうか?」
「ええと、パーッというか、和気あいあいというか……」
「意味が分かりませんが……」
「ぶっちゃけ堅い。もっと気楽に行こうぜ」
「気楽……」
「ああ。もっと力を抜いて、楽しく行こうって事だ」
「ですが、私は勇者パーティーとして」
「あーもういいって、とにかく堅いのはナシ!!」
「は、はい」
ウィンクにビシッと指を突き付けて黙らせる。
理屈っぽい話は終わり。やっぱりウィンクの内面を改造する必要があるな。
「タイヨーっ!! ウィンクーっ!!」
「お、クリス」
「聖女殿」
「今日の訓練はおしまい!! ねぇねぇタイヨウ、町に買い物行こっ!!」
「いいぜ。そうだ、ウィンクも一緒に行くか」
「え? ですが私はツクヨ殿に」
「あ、ツクヨはキラボシと一緒にエカテリーナとお茶するってさ。なーんか退屈そうな話で盛り上がりそうだから抜け駆けしに来ちゃった」
「姫様とですか!? うーむ、どんな話を」
「よしウィンク、今日はオレとクリスに付き合えよ」
「そーだよ。みんなでデートしよっ」
「で、でーと……」
クリスはウィンクの腕を掴み、ズルズル引っ張る。
「さ、お着替えしよっか」
「わ、わかりました。では騎士制服を」
「ダメ。こっちこっち」
「あ、あの」
「じゃ、オレは城の正門で待ってるからよ」
オレは引きずられるウィンクを見送り、着替えるために自室へ向かった。
強引なクリスは頼りになる。
きっとウィンクを改造してオレの前に連れて来てくれるだろう。
オレは正門前で、クリスとウィンクを待っていた。すると正門前を守る門番の一人が、オレに話しかけてきた。
「勇者様、お出かけでしょうか」
「ああ。可愛い美少女と町でデートさ」
「それは勇者パーティーのお方でしょうか?」
「当然だろ。そうだ、これから来る奴について感想を聞きたい」
「え……勇者パーティーというと、ツクヨ様、キラボシ様、クリス様……そして新メンバーのウィンクブルー様ですよね」
門番と会話していると、正門脇のドアが開いた。
「お待たせ、タイヨウ」
「うぅ……」
「お、来た……か」
「おお……」
現れたのはクリスとウィンク。
クリスは可愛らしいワンピースと帽子を被ってる。流行好きなクリスらしい服装で、修道服や戦闘服ばかり見てるオレには新鮮に映る。
そして驚いたのはウィンクだ。
お団子を解いて蒼髪を流し、誰の服なのかは知らないが可愛らしいシャツとスカートで着飾っている。小物のバッグも可愛らしく、恥ずかしがってる姿がそそられた。
「あ、あの聖女殿……これ、スカートが短いのでは……」
「今はそれくらいがフツーなの。ほら、ちゃんとタイヨウに見せないと」
「いや、でも……騎士にあるまじき姿で……」
「今は騎士じゃなくてウィンクでしょ、ほら」
「はぅ……」
ヤッベ、もじもじしてるウィンク可愛い。
お堅い女騎士から今時の町娘にシフトチェンジしたウィンクは可愛すぎる。
オレはその姿に見とれ、隣にいる門番に聞いた。
「ど、どうよ……」
「は、はい。美しいです……」
「だな……」
門番よ、お前はよくわかってる。
ウィンクはもじもじしながらオレの前に来た。
「ゆ、勇者殿……い、行きましょう」
「お、おう」
「んふふ、じゃあ買い物しよっ」
クリスがオレとウィンクの間に割り込み、腕を掴んで歩き出す。
門番は、オレたちを最敬礼で見送った。
向かったのは『スターダスト・オレサンジョウ支店』
今日のメインはウィンクの私服を買うことだ。聞けばウィンクは殆ど私服を持っていないらしく、普段着る服は騎士の礼服か寝間着くらいらしい。年頃の女なのに勿体ないな。
「じゃあウィンクはさ、休日はどんな格好してたの? いくら騎士団でも休みくらいはあったでしょ?」
「普段は騎士服でしたね。休みの日は国立図書館などで読書したりしてました」
「マジか……」
「これは重傷ね……」
キョトンと首を傾げるウィンクは可愛いが、流石にこれはない。
「今日は女の子らしくいっぱい買い物に付き合ってもらうから。覚悟してよね!!」
「は、はい……ですが、女の子らしくと言われても……」
「そこは私に任せなさい。お姉さんが面倒見てあげる!!」
「………わかりました。これも勇者パーティーに必要な技能なのですね、聖女殿」
「はいすとっぷ。まずは呼び方から!! 私の名前は聖女殿じゃなくてクリス!! クリスって呼びなさい」
「で、ですが、『救済の聖女』様を名指しで呼ぶのは……」
「いいから。それに仲間でしょ? タイヨウ達は名前で呼ぶのに、私だけ『聖女殿』なんて、ちょっと淋しいよー」
「わ……わかりました。聖女ど………………クリス殿」
「むー………まぁ、ゆっくり慣れていけばいいわ。ね、タイヨウ」
「え、ああ。うん」
アブねぇ、オレの存在は消えてなかったようだ。
入る隙が見当たらないから焦ったぜ。
「さ、今日はいっぱい楽しもう!!」
クリスはとても楽しそうに笑い、オレとウィンクの手を取る。
恥ずかしそうに照れるウィンクに、オレも嬉しい気持ちになる。これも全部、クリスのおかげだな。
そんなクリスの笑顔が消える日が来るなんて、この時は思わなかった。