91・トラック野郎、琥珀と毛玉
牢屋の中には一人の少女が眠っていた。
「すぅ……すぅ……」
傍には白いバレーボールみたいな毛玉が転がってる。ありゃなんだ?
するとイケメンタキシードが俺の隣で説明する。
「ああ、彼女は新入りです。起こしましょうか?」
「あ、いや、いいです」
寝てるのに可哀想だしな。
すると今度は聞いてもいないのに説明を始めた。
「彼女は無銭飲食をしましてね、憲兵隊に突き出すために取り押さえようとしましたが取り押さえることが出来ず、憲兵隊三〇人を一人で殴り倒した強さを持つ犯罪奴隷です」
「さ、三〇人!?」
「はい。最終的に魔術で眠らせ、服従の首輪と罪の首輪を掛け合わせた『死の首輪』を付けてなんとか押さえ込んでいます」
「はぁ……あの、あそこの毛玉は?」
「どうやら生物みたいですが、彼女の傍を離れませんでしたので、一緒に牢屋に入れました」
なるほど、とんでもない暴れん坊ってのはわかった。
「ミレイナ、この子がどうしたんだ?」
「あ、いえ……その、この子は、いくらですか?」
「はい。年齢は一七、値段は一二〇万コインでの買い取りとなります」
ミレイナと同い年か。それにけっこう可愛い。
「………くぁ」
あ、起きた。
「………」
ぼんやり眼で俺たちを見ると、ミレイナに目を合わせ……目を見開いた。
「………」
「おぉ、オッドアイか」
少女もミレイナを、ミレイナも少女を見つめてる。
俺はここで少女を観察した。
少女は背中の中程まであるボッサボサのロングヘアで、色はオレンジより薄い琥珀色。瞳の色は左右で違うオッドアイで、右目が青で左目が黄色になっている。
顔立ちは可愛らしく、着てるジャージの腹部分を破いてバンダナのように頭に巻いていた。
スタイルはかなりいい。ミレイナ以上キリエ未満ってところか。
毛玉の正体は不明だが、ちょっと触ってみたい。
するとミレイナが、驚きの発言をした。
「あ、あの、コウタさん……彼女を、買って行きませんか?」
「は?」
イケメンタキシードが、ミレイナの言葉に反応した。
「お買い上げになられるのでしたら割引で一一〇万コインにおまけします。如何でしょうか」
「いや、ええと……ミレイナ、どういう」
「お願いします。彼女ならきっと、アガツマ運送会社の役に立つはずです」
ミレイナがここまで言うとは。
今までなら「コウタさんにお任せします」なのに、何故かグイグイ来る。
「お金が足りないのでしたら、私のお給料をつぎ込んでも構いません。どうかお願いします」
「ちょ、落ち着けミレイナ」
金なら足りる。だって二〇〇万持ってきたからな。
ここまでミレイナが入れ込むって事は、この少女はミレイナの知り合いなのか?
「コウタさん……」
あぁもう、そんな潤んだ目で見ないでくれ。
わかった、わかったよ。
「じゃあ…………買います」
「畏まりました。お買い上げありがとうございます」
イケメンタキシードは、爽やかな笑顔で礼をした。
イケメンタキシードに別室に案内され、紅茶を出された。
二人きりなのでミレイナに聞いてみると。
「後で必ず説明します」
と、それだけだった。
しばし静かな時間が流れると、イケメンタキシードが少女を連れて戻ってきた。
少女の両手には枷が嵌められている。
「それではご契約に移ります。まずは代金のお支払いを」
「はい」
俺はカバンから一一〇万コイン札を取り出してイケメンタキシードに支払うと、イケメンタキシードは枚数を丁寧に数えて確認する。
「確かに。それではご契約に移ります、所有者の方はどなたでしょうか」
俺はミレイナを見たが、ミレイナは首を振る。
「じゃあ俺で」
「畏まりました。それでは右手をお出しください」
「……はい」
おいおい、まさか痛いのか?
ぶっちゃけ注射とかはイヤだぜ?
「それでは『契約紋章』を刻みます。契約紋章は『死の首輪』を発動させる紋章で、魔力を流すだけで発動します。契約者に危険が迫った時、心拍数が危険レベルまで上昇した瞬間に首輪は奴隷の命を奪いますのでご安心ください」
ご安心くださいじゃねぇよ。
本人を前になんちゅー物騒な事を言いやがる。
「…………あれ?」
「それでは刻みます」
ふと思った。
「…………はい、終わりです。これで奴隷との契約が終わりました。お疲れ様でした」
この契約紋章は魔力で動くって言った。
ってことは……魔力がない俺は、どうなるんだ?
少女の枷が外され、ミレイナが少女の手を握る。
「さ、行きましょうか。コウタさん」
「あ、ああ」
「ほら、貴女も」
「うん」
少女は素直に頷き、足下にいた毛玉を小脇に抱えた。
とりあえず、聞きたいことは山ほどある。
俺たちはエブリーに戻って来た。
「おぉぉー」
「さ、乗ってください。まずはお買い物をしましょう」
「うん。ありがとう」
少女はミレイナに懐いてる気がする。
だけどその前に、自己紹介をしなくちゃな。
「ええと、俺はコウタだ。よろしくな」
「私はミレイナです。よろしくお願いしますね」
少女はコクコク頷くと、眠そうな表情のまま自己紹介した。
「わたしコハク。よろしくね」
「コハクか……ええと、そっちの毛玉は?」
「これ? わかんない、拾った」
「は?」
「歩いていたら着いてきた。害は感じなかったからほっといた」
「そ、そうなのか……」
うーん、コハクのペースは掴みにくい。
というか………ちょっと臭う。
「さ、まずは洋服を買いに行きましょう。それと、バンダナも」
「………うん」
「バンダナ?」
よく分からん。なんでバンダナ?
とにかく、いろいろ聞くのは全部後回しだ。
スターダストで何着か服を買い、自宅に戻ってきた。
シャイニーとキリエはまだ帰ってきていない。取りあえずコハクを綺麗にしてあげないと。
「コウタさん、私はコハクをお風呂に入れてきます」
「ああ、頼む」
俺も手伝うよ、なーんて言えない。
居間に残った俺は、テーブルの上に座布団を敷き、その上に毛玉を載せた。
「…………なんだろう、これ」
『…………』
俺は毛玉を撫でる。
フワッフワの毛並み、温かく柔らかな感触。
「う………き、気持ちいいな」
『…………』
やばい、止まらない。
俺はいつの間にか毛玉を抱きかかえて撫でていた。
『………なぉー』
「へ?」
なんかデブ猫みたいな鳴き声が聞こえた。
『うなー』
「お?」
『なぅー』
「あ……」
毛玉だ、毛玉から声がする。
すると毛玉から耳らしき物がピンと立ち、目や口らしき物がニョキッと現れる。
『うなーお』
「………猫、いや……犬か?」
顔は犬みたいな顔で、声はデブ猫みたいな声だ。
大きさはバレーボールほどで、足はかなり細く短い。
「ええと……ほれ」
『なーう』
テーブルの上に戻すと、短すぎる四本の足でチョコチョコ歩く。
足が短すぎてまるで毛玉が動いてるように見えた。
「なんだこの生物………犬なのか?」
『なおーん』
「でも……可愛いな」
『なー』
俺は毛玉を撫でると、気持ちよさそうに鳴く。
改めて膝に乗せてなで回していると、ミレイナとコハクが戻ってきた。
「コウタさん、お待たせ………あら」
「よう、こっちも起きたぜ」
『うなーう』
毛玉は気持ちよさそうにゴロゴロ鳴く。
「へんな生き物」
コハクの意見に賛成だ、危険はなさそうだが得体が知れない。
「お、新しい服か……似合うな」
「うん。ありがと、ご主人様」
「え……ああ、うん」
やっべ、ご主人様だってよ。
そういえば俺がコハクの所有者なんだよな。
「ふーむ……」
コハクの服装は、女の子らしいというよりは格闘家みたいな服だった。
白とオレンジを基調とした中華風の格闘服に、コハクの希望なのかスパッツを履いている。頭には新品のバンダナを巻き、琥珀色の髪はアップで結わえ、短いポニーテールになっていた。
「コハクの希望でこのスタイルにしました、何でも動きやすいからって」
「動きやすいの、好き」
ミレイナは毛玉を抱っこしながら言う。
さて、さっそくだが聞きたいことが山ほどあるぜ。
「まぁ座れ、コハク」
「うん」
「え……」
コハクは当たり前のように俺の隣へ、しかもベッタリくっついてる。
俺の腕に絡みついたせいなのか、柔らかな乳房がむにゅんと潰れる。これはミレイナよりデカい。
「あ、いや……くっつかなくていいぞ」
「そうなの?」
そう言うとコハクはあっさり離れた。残念だ。
ミレイナは毛玉を座布団に戻し、俺の対面に座った。
「ミレイナ、コハクの事なんだけど」
「はい。説明します」
コハクは再び俺の腕にじゃれつき始める。
「コハクは、私と同じ魔族です」
ミレイナは、きっぱりと言った。