90・トラック野郎、ミレイナの能力に驚く
仕事は忙しくも順調で、エブリーはゼニモウケ外への運送で役に立っていた。こいつを乗りこなせる人を雇えば楽になるんだけどなぁ。
「コウタ、明日は奴隷商館に行くのよね?」
「ああ。お前は行かないんだよな?」
「悪いわね。キリエに頼まれて、一緒に教会へ行くのよ。奴隷商館にはミレイナと二人でお願いね」
「わかったよ」
時間は夕方。
ゼニモウケ外への配達が終わり、俺とシャイニーは会社へ帰宅する最中だ。
明日は休日なので、ミレイナと二人で奴隷商館へ行く事になっている。二人きりなのに行くのが奴隷商館かよ。
夕日を眺めながら運転し会社に到着すると、既に事務所は暗く、二階からいい香りが漂ってきた。
「ただいまーっ‼」
ドアを開けると部屋着のミレイナとキリエ。
髪をお揃いのシュシュで括り、カレーを煮込んでいた。
するとキリエが言う。
「今日はシーフードカレーですよ」
「ウツクシーのお店ほど美味しくはないかもですが······」
そんな馬鹿な。
ミレイナの料理は最高だ。そもそもカレーに入れるスパイスが違う。
そう、愛情というスパイスだ。
「コウタ、ニヤニヤしてないで手を洗うわよ」
「お、おう」
もちろん、カレーは絶品でした。
翌日。俺とミレイナは奴隷商館に向かった。
昨日の話で理解はしたが、何となく気が引けるのは仕方ないと思う。だって奴隷だしな。
「補佐奴隷で女の子……出来れば、年の近い子なら嬉しいんですが」
ミレイナは俺の心の声を代弁してくれた。
可愛くて若い奴隷なんて、はっきり言ってヤバいだろ……字面が。
「ミレイナ、奴隷商館に行ったことは?」
「ありません。場所も分かりません」
エブリーにはタマがいる。
フロントガラスには奴隷商館までのルートが表示されていた。
『従車は《デコトラ》スキルで生み出された物です。社長が乗車する場合、全ての機能が解除され使用する事が可能です』
「ホントに便利で助かるよ……」
チート能力らしいね。俺の能力って実感がまるでないけどな。
走ること二時間。
『ゼニモウケ・ドレー地区』に奴隷商館はあった。
この地区はちょっとエロいお店が集まる地区であり、大人のお店がたくさんある。
例えば、大人のお姉さんが観客の前でゆっくり服を脱いで楽しませるお店や、一つのテーブルにお姉さんが数人単位で座り、お酒を注いでトークを楽しむお店とか。
よく見ると窓が少ない建物がたくさんある。まるでラブホテ……。
「コウタさん、あそこが奴隷商館ですね」
「はっ………あ、ああうん。そうだな」
あぶねーあぶねー……ミレイナが居ることを忘れてしまった。
お楽しみはまた今度、今のうちにいい店にツバを付けておこう。ぐへへへ。
「ええと、この辺りで一番大きな奴隷商館があそこですね」
ミレイナが指さした建物は、煉瓦造りの立派なラブホテ……建物だった。
入口はお城みたいな観音開きドアで、鎧を着込んだ守衛も立っている。
馬車の駐車スペースに車を止めてさっそく向かう。
守衛さんが怖い。俺は唾を飲んで話しかけた。
「あ、あの……」
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「え、ええと、補佐奴隷を見せて欲しいんですけど」
「畏まりました。どうぞ中へ」
意外とフレンドリーだ。
もう一人の守衛がドアを開けたので、ミレイナと共に中へ。
受付スペースには何人かの冒険者っぽい人や商人っぽい人が数人居て、従業員らしき人達と喋っている。
「強い戦闘奴隷をくれ!! これから依頼で危険種を狩りに行くんだけどよ、オレらのパーティーにはパワータイプが一人しか居ないんだ。魔術師の護衛も欲しいから二人だ。期間は一週間で頼むぜ!!」
四人組の冒険者グループがデカい声で喋ってる。
確かに、普通の体格の男が一人に、細い男が一人、ローブを着た女性が二人のグループだ。どんなモンスターを狩るのか知らんが、パワータイプは欲しいだろうな。
「妻が風邪を引いてしまってね……家事奴隷を一人、期間は一週間で……ああ、あんまり若いと妻が勘違いするからね、年代は……母親くらいの年代で」
お、こっちは家事奴隷だ。
四〇代くらいのおっさんが従業員らしき人に話してる。
母親くらいって、そんな年代の奴隷までいるのか。
「いらっしゃいませお客様、本日はどのような奴隷をご希望で?」
あ、俺たちの所にも従業員が来た。
二〇代後半くらいのイケメンだ。タキシードみたいな服を着て一礼した。
「あ、ええと……仕事で、補佐奴隷を雇いたいんですけど」
「畏まりました。それではこちらへどうぞ」
タキシードイケメンは奥のドアを俺たちに勧め、ゆっくり歩き出す。
突っ立ってるのも可笑しいので付いていくと、奥のドアから先に進む。
「お客様、当店のご利用は初めてですね」
「は、はい」
「それではご説明させていただきます。当店は戦闘・家事・補佐奴隷を扱っておりまして、性別はもちろん年代や能力においてもゼニモウケ最高品質を取りそろえております」
「………」
なんか気に食わない。
能力とか最高品質とか、まるで物みたいだ。
「それではこちらへ」
通路を進むとドアがあり、イケメンタキシードがドアを開く。
「うお……」
「わぁ……」
俺とミレイナは驚いた。
そこには、数十人の年代別男女が立たされていた。
部屋は広く、学校の教室を二つくっつけたような横長の空間だ。
男女の表情は無表情。一〇代の子供から六〇代くらいの老婆までいる。
着ている服は共通なのか、上下灰色のジャージみたいな安っぽい服だ。そして全員が細い首輪をしてる。
「お客様、どのような奴隷をご希望で?」
「え、ああ……」
なんて言おう。
ドライバーとして雇いたいから、運動神経がいい奴隷。
いやでも、運転と運動神経は関係ないような。
「お客様?」
「ああすみません、ええと……オススメは?」
「失礼ですが、ご職業は。それによって紹介できる奴隷が変わります」
「そっか、運送屋です」
「運送屋……それでは、こちらの男はどうでしょう。年齢は二八、元冒険者で力には自信があります」
「却下」
男はノーサンキューだ。
却下が早かったのか、イケメンタキシードはポカンとしてる。
「えー……それでは、こちらの女はどうでしょう。年齢は四〇、宿屋で受付をしていましたので計算は得意です。ちなみに家事奴隷でもありますので、会社内の家事をお任せ出来ます」
「………うーん」
四〇か……いや、うーん……難しい。
「あの、計算とはどのくらいのレベルですか?」
「はい?」
「会社では最低六ケタの計算をします。もちろん瞬時に暗算をしてもらいます」
「え………」
ミレイナの問いにイケメンタキシードと女性は絶句した。
今更だが、ミレイナもキリエも計算がハンパじゃなく速い。細かいおつり計算や一日の売り上げなどを瞬時に計算して帳簿に付けてる。当たり前過ぎて疑問に思わなかった。
「ええと……それは本当ですか?」
「はい。何でしたら、適当な数字を出してみてください」
「………」
イケメンタキシードは俺を見た。
俺は頷くと、イケメンタキシードは懐から一枚の紙とペンを取り出してサラサラと何かを書く。
「それでは……一五八九六五、五八九五四二、二三五八七四、合計は?」
「……九八四三八一です」
「………………せ、正解です」
ジャスト二秒。
イケメンタキシードと女性、会話を聞いていた奴隷達が驚愕の眼差しでミレイナを見る。
ここにいるのは補佐奴隷だし、計算や仕事には自信があるのだろう。
「私よりキリエの方が早いですよ。前に計算勝負を何度かしましたが全敗でした」
「そ、そうか………ははは」
テヘッと笑うミレイナは可愛いが薄ら寒さを感じる。
まさかミレイナにこんな特技があったなんて。
「も、申し訳ありません。これ以上優秀な補佐奴隷は、当館にはございません」
イケメンタキシード、あんたは悪くないぜ。
結局、いい補佐奴隷はいなかった。
「うーん、仕方ないな」
「ですね……」
最初のホールまで戻ってきた俺たちがそう言うと、イケメンタキシードが申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません、お客様以上に優秀な御方は、このゼニモウケ内全ての奴隷商館でも扱っておられないかと」
「ゆ、優秀だなんて……」
「ははは……ん?」
照れてるミレイナは可愛いなと思っていると、厳重な警備をされてる金属のドアがあった。
俺たちが向かったドアの反対側。死角になっていたので気が付かなかった。
「あれは犯罪奴隷が集められている部屋です。ご覧になりますか?」
「は、犯罪奴隷……」
シャイニー曰く、死んでも構わない凶悪犯。人殺しや強盗は当たり前、その目的は使い潰しか生きたサンドバッグ。ああ恐ろしや。
「よろしければご案内いたします。当館はゼニモウケ最高の犯罪奴隷を集めておりますので、一見の価値があるかと」
おい、それって凶悪犯を集めてるって事だろうが。
でも、犯罪者を生で見るって経験はない。それに昼まで時間はあるし……いいか。
「ミレイナ、どうだ?」
「私は構いません」
「では、ご案内致します……こちらへ」
そんなわけで、凶悪犯のご尊顔を拝むことになった。
重そうな金属ドアが開き、薄暗い通路を歩く。
「犯罪奴隷は凶悪なので、一人一人が牢屋にて管理されています。更に『罪の首輪』と呼ばれる拘束具が首に巻かれ、主の意思一つで瞬時に無効化、殺害が可能です」
「罪の首輪? 確か奴隷は『服従の首輪』だったような?」
「罪の首輪は犯罪奴隷だけに装備されます。狼藉を働いた場合、首輪の内側から針が飛び出し、ヴェノムドラゴンから抽出した猛毒が注射されます」
何それ怖い。
ヴェノムドラゴンの猛毒は俺とシャイニーがよく知ってる。
「凶悪なので殆どが戦闘奴隷です。武器を持たせればそれだけで危険種に匹敵する強さであり、中には『虹色の冒険者』に匹敵する強さの奴隷もいます」
つまり、シャイニーレベルの犯罪者。
やべえ、来なきゃよかった。
そんな事を思ったが遅し、通路奥のドアに到着してしまった。
「価格は最低一〇〇万コインからです。それではどうぞ」
いや買わねーよと思いつつ、ドアが開かれた。
「………」
「わぁ……」
何これ。
どこの組事務所だよ、そう言えるくらい凶悪な面構えの男達で溢れていた。
「お勧めはこちら、元山賊の『熊喰らいバルド』です。危険種の『ワイルドベア』が主食と言われたほどの熊肉好きで、熊肉を求めて町や集落を幾度となく襲った凶悪犯です」
そんな説明はいりません。
「………げひ」
「………」
おい、熊喰らいが俺を見てグチャッと微笑んだぞ。
気のせいじゃなく空気が重い。
一本道で左右が三畳ほどの牢屋だ。ムキムキの男にガリガリの男、妖艶そうな美女にとんでもない巨漢の女、どう見ても一般人みたいな男女と共通点がない。
「どうでしょう、お気に召しましたか?」
「あんた、マジで言ってんの?」
「ははは、冗談です。ですがお連れの方はお気に召したようですね」
「え?……あれ、ミレイナ?」
ミレイナは、牢屋の一室ので立ち止まっていた。
口元を押さえて目を見開いている。
「おい、どうしたんだよ」
「…………うそ」
「ミレイナ?」
俺はミレイナが見ていた牢屋を見る。
「………ん?」
そこには、一人の少女と白い毛玉が転がっていた。