89・トラック野郎、ちょっと嫌な気持ちになる
ニナは相変わらずエロい格好で俺たちの傍へ来た。
胸元の大きく開いた戦闘服に、背中には槍を背負っている。
「ゴンズ、寄らせて貰うぞ」
「あぁニーラマーナ、茶でも飲んでいけ」
「うむ」
ニナは慣れた様子でカウンター近くの椅子に座り足を組む。
戦闘服の下はチャイナ服みたいで深いスリットが入ってるため、足を組むとエロい生足が丸見えになった。
「·········」
「·········」
俺はともかく、爺さんはガン見してる。
シャイニーもいるし不躾な視線は命に関わる。ここは意志の力で視線を前に向ける。
「改めて、久しぶりだなシャイニーブルー」
「そうね」
「ふ······」
相変わらず素っ気ない。
冒険者をクビにしたことをまだ根に持ってるらしいけど、そろそろ許してやれよって思う。
まぁ俺は関係ない。出来ることは話題を変えるくらいだな。
「ニナはよくここに来るのか?」
「まぁな。町の見回りついでに立ち寄る。ここは新人冒険者がよく来る店だし、アドバイスも出来るからな」
「ふん」
ニナがシャイニーを見ながら言う。
そういえば、ニナとシャイニーの出会いもこの店だっけな。
「ところでコウタ社長。新しい人材を募集してるとか」
「ん、ああ。そうなんだけどサッパリでな」
「それはそうだろう。アガツマ運送に入ろうなど考える奴は、ミレイナとキリエのファンクラブに刺されるぞ」
「「······ファンクラブ?」」
あ、シャイニーと被った。
ゴンズ爺さんは俺とシャイニーにもお茶を出してくれた。
「知らないのか? ミレイナとキリエには冒険者達によるファンクラブが作られてる。ミレイナのファンクラブは土砂の撤去作業でミレイナのおやつを食べた冒険者達が殆どで、キリエのファンクラブはアガツマ運送を利用した冒険者で構成されている」
「おいおい、いつの間にそんなのが······」
「女性限定としたのは素晴らしい判断だな。もし制限がなかったら、新入社員の枠を巡って冒険者同士の争いが起きる所だった」
大袈裟過ぎる。
というかそんな連中は来ても絶対に雇わない。
「バカみたい。何がファンクラブよ」
「確かにな」
「シャイニーブルー、お前は冒険者より町人からよく話を聞くぞ。可愛いらしい運び屋だとな」
「か、かわ······ふ、ふん。そんなの別にいらないわよ」
お、シャイニーの照れが入りました。
ニナと世間話をしていると提案される。
「コウタ社長、従業員を雇いたいのだろう?」
「まーな。でも中々来ないし地道に待つしかないな」
「そうかもな。だが、労働力が欲しいなら手はあるぞ」
「え?」
「簡単だ、奴隷を雇えばいい」
奴隷。
ええと、ニナは奴隷って言ったのか?
「ど、奴隷?」
「ああ。奴隷商館に行けばいい、値は張るが労働力としてはピッタリだぞ」
「そっか、その手があったわね」
「·········」
わかってる。ここは異世界だから俺の知識が無いのが悪い。
でも、ニナやシャイニーの口から奴隷なんて言葉は聞きたくなかったな。
「どうしたの、コウタ」
「あ······いや、別に。その、奴隷って?」
「ふむ、コウタ社長は聞いた事がないのか」
「いいわ、帰ったらアタシ達で教えるから」
「そうか」
ニナは立ち上がり、ゴンズ爺さんに挨拶する。
「では失礼する」
「はいよ、また来てくれ」
「俺たちも行くか」
「そうね」
俺とシャイニーも立ち上がり、ゴンズ爺さんに挨拶して外へ出た。
特に用事も無いので近くのカフェでお昼を食べ、家の掃除を一人でしてるミレイナにお土産を買って帰ることにした。
それにしても奴隷か。
異世界ではあり得る制度だと思ったが、まさかホントにあるとはな。
そして、その日の夜。
夕食を終えた俺たちは再び話し合いをした。
「奴隷、ですか」
「うん癪だけどいいアイデアだと思うわ。奴隷なら仕事はキチンとやるだろうし、文句も言わないだろうしね」
「なるほど。確かに理にかなっていますね」
「·········」
「コウタさん?」
「あ、いや······」
「何よあんた、様子がおかしいわね」
いやだって、奴隷だぜ?
奴隷のイメージなんていいわけない。だからちゃんと説明して貰わないとな。
「いや、俺の世界では奴隷っていいイメージがないんだ。少なくても俺の住んでた場所ではあり得ないからな」
「そーなんだ、珍しいわね」
「じゃあ、詳しく説明しますね」
ミレイナがにっこり笑い咳払いをした。
奴隷とは簡単な話、労働力である。
対価と引き換えに己自身を奴隷商人に売り込み、買われた主人に従属するのが基本的な決まりだ。
その際注意するポイントは、奴隷自身が奴隷となる事を了承し、賃金の支払いの受取人を指定する事である。
ミレイナ先生の話はわかりやすい。
「つまり、無理に奴隷商人に売り飛ばしたり、奴隷自身が全く知らない第三者に対価を支払うなんて事はありません」
「なるほど、完全に同意の上での売買か」
「はい、基本的に家族での売買が主ですね。例えば緊急時に資金が必要な家族の場合、家族の父親が奴隷となる事を了承し母親が対価の受取人として奴隷商人に売られます。父親は定められた日数を奴隷として働き、母親は受け取った対価を使うなどですね」
「なるほどね」
「そして、奴隷にも種類があります」
まずは戦闘奴隷。戦いに優れた奴隷で、冒険者達の臨時メンバーとして迎えられる。これが一番多いらしい。
次は家事奴隷。家事を行う事を条件とした奴隷で、まぁ家庭内の雑用を主とした奴隷だ。これも需要があるらしい。
次は補佐奴隷。こちらは仕事を手伝う奴隷で、店の従業員や工事現場の手伝いなどをする奴隷だ。雇うとしたらこの補佐奴隷だろうか。
「戦闘、家事、補佐。主にこの三つが奴隷の種類です。私達ですと、補佐奴隷を雇うのが一番かと」
「うーん、理屈はわかったけど、何で奴隷なんだ? フツーに雇えばいいじゃないか」
するとシャイニーとキリエが言う。
「あのね、このゼニモウケは裕福な奴ばかりじゃないのよ。仕事が無くて路上生活してる奴らもいるし、奴隷じゃないとお金が入らない人間だって居るんだから」
「奴隷の期間が終了してすぐにまた奴隷として身売りする者も居ますからね」
「なるほど······」
異世界にもホームレスが居るのか。まさか橋の下とかにダンボールハウスでもあるのだろうか。
「奴隷は首輪で管理されます」
「首輪?」
「はい、番号の記入された首輪です。無理に外そうとすれば電気が流れる機能が搭載されている首輪ですね」
「こわっ」
「ま、お金を払う以上、逃げられないようにするためね」
そりゃそうだ。
料金はいわば前払い。貰うモン貰ってドロンじゃ割に合わん。
「それと······奴隷のカテゴリはもう一つあります」
「え、三つじゃないのか?」
「はい。私達には必要ありませんが······犯罪奴隷という人達です」
うーん、こりゃ地雷だな。
まんま犯罪者の集まりだろうな。
「犯罪奴隷は凶悪な犯罪を犯した人達です。その人達は基本的に貸出ではなく完全な買取になります」
「え、じゃあ期間はないのか?」
「はい。犯罪奴隷達はその······人権を剥奪されていますから、どんな事に使おうとも罰せられる事はありません」
「·········」
なんか聞きたくなかったな。
「でもまぁ、犯罪奴隷なんて死んで当然の奴ばかりよ。聞いた話では、とある家族を殺した犯罪者が捕まり犯罪奴隷となって買われたらしいけど、買われた先が殺された家族の親戚で、毎日少しづつ死ぬまで拷問を受けたらしいわ。完全な自業自得で、誰も同情しなかったらしいけどね」
「·········」
これも聞きたくなかった。
恨みつらみ晴らしたけど、後味が悪すぎる。
「社長、どうしますか?」
「うーん、いきなり言われてもな」
「ま、見てみるくらいならいいんじゃないの?」
「私はコウタさんにお任せします」
俺たちに必要なのは補佐奴隷か。
期間が決まってるらしいから長期は無理だけど、見てみるくらいなら別にいいかな。
「よし、今度の休みに奴隷商館とやらに行ってみるか」
これも経験だ。
買う買わないはともかく、見るだけ見よう。