87・トラック野郎、別にハーレム好きではない
翌日もエブリイワゴンの運転練習に当てたが、どうもミレイナ達は上手く発進出来なかった。
練習あるのみと言いたい所だが本業を待ってるお客様もいる。なのでエブリイワゴンはしばらく仕事の合間に練習するという結論に落ち着いた。
時刻は夕方。薄暗くなってきた。
「あーもう、エブリーの運転ムズいー」
「エブリー、ですか?」
「うん。この車の名前、可愛いでしょ?」
「確かに、いいかもしれませんね」
軽ワンボックスにはエブリーという名前が付いた。命名はシャイニーだが、なかなかセンスがあると思う。
「仕方ないな、運転練習はまた今度。明日から仕事だし、今日はゆっくり休もう」
「はい、コウタさん」
「ミレイナ、お腹減ったわ」
「シャイニー、それはミレイナも同じですよ」
「むむ」
「だ、大丈夫ですよキリエ。すぐに夕飯の支度をしますね」
「私も手伝います」
「むー······あ、アタシも手伝うわ」
流石に悪いと思ったのか、シャイニーが手伝いを申し出る。
女の子三人は、キャッキャウフフと笑いながら会社の中へ入って行った。
「うーん·········」
俺は頭を抱えて悩む。
俺の場合、教習所一日目でマニュアル車を運転する事が出来た。エンストこそ何回かしたけど。
ギアを切り替えながら教習所の敷地を何周も回ったのをよく覚えてる。同期の連中もみんな初乗車で運転は出来たのだ。
だけど、ミレイナ達は何度もエンストや失敗をしてまともに動かすことが出来ない。
多分それは『車』という存在がこの世界に無いからだ。
俺は子供の頃から車という存在を知っていた。だから大きくなったら運転したい気持ちはあったし、どんな車を買おうかなと、同級生と共に車の雑誌を教室で広げて騒いだこともある。
でもミレイナ達は、車なんてない世界で生きてきた。
いきなり目の前に鉄のトラックが現れ、更に自分で運転してみろなんて言われても無理に決まってる。
ミレイナ、シャイニー、キリエは馬に乗れる。
だが俺は馬に乗れない。乗馬なんて経験したことないし、車があるから乗る必要がないからな。きっとそれと同じ事だろう。
「時間が掛かりそうだな······」
俺はガレージの空きスペースにエブリーを移動させ、ミレイナ達の手伝いをしようと二階へ上がった。
翌日、いよいよ仕事を再開する。
長期休業の看板を外しただけなのに、依頼者が殺到した。
俺やシャイニーも受付に回り荷物を捌いていく。どうやらお客様は各ギルドに置いておいた伝票を持参していたので、受付をして料金を払うだけで済む。ありがたいけど忙しい。
「ミレイナちゃん、ようやく再開だってねぇ」
「はい、お待たせして申し訳ありません」
「いいのよ。こうして孫の住む地区に荷物を運んで貰えるからねぇ」
週に三回ほど配達を頼むおばちゃんだ。ゼニモウケの別の地区に住む息子夫婦の元へプレゼントや手料理を送ったりしてる。
こうして再開を待ってくれてる人が居るだけでも嬉しいね。この仕事が求められてるってのが再確認出来た。
「社長。こちらは任せて荷物の仕分けと搬入を」
「わかった。シャイニーは?」
「では一緒に、こちらは私とミレイナだけで大丈夫ですので」
「よし、じゃあ頼んだぜ。行くぞシャイニー」
「はーい。じゃあねおばちゃん」
おばちゃんの世間話に付き合っていたシャイニーは話を切り上げて俺の元へ。シャイニーってミレイナみたいに男にモテるんじゃなくて、おじいちゃんおばあちゃんから好かれてるんだよなぁ。
事務所で預かった荷物をガレージに移動させ、ゼニモウケ内の配達と周辺町村への配達、そして後日配達に分けてトラックへ積み込む。
「あーもう、初日から忙しいわね」
「みんな待ってたみたいだしな」
手を動かしながら話をする。
「もしもの話だけどさ、周辺町村への荷物をエブリーに積み込んで、別のドライバーに配達させたらかなり楽だよな」
「確かに。でもそれってアタシとコウタが別々に行くって事でしょ?」
「いや、新しい従業員を雇えば問題ない。俺が一人で、シャイニーと新人で周辺町村を回る。そうすれば仕事は早く片付くぞ」
「なるほど······それもアリね」
「経営も軌道に乗ってるし、一人くらいなら雇えるかもな」
「よーし、今夜ミレイナ達と相談してみましょ」
意外とノリノリのシャイニーと荷物を積み込む。
仕事の効率が上がれば仕事も早く終わるし、自由な時間も増える。せっかくの新車も無駄にならないし、良い事だらけだ。
荷物をトラックに積み込むとキリエが来た。
「お疲れ様です。事務所の方はミレイナに任せて来ましたので、手伝います」
キリエと共に運搬先を確認し、後日発送と午後の周辺町村の荷物を確認する。
「周辺町村は意外と少ないな」
「そうですね。社長、もし宜しければエブリーに積み込んでも宜しいですか?」
「なるほど······よし、任せていいか?」
「はい」
大きな荷物もないし、キリエに任せて大丈夫だろう。
それに、せっかくの新車を使わないのは勿体無い。
「コウタ、行くわよ」
「ああ」
シャイニーは既にトラックの助手席に座ってる。
俺も運転席に乗り、速やかに発進準備をする。
するとシャイニーが、俺の操作をジッと見ていた。
「······構造は同じなのね」
「まぁな。こっちは俺しか運転出来ないけどな」
俺も教習所に通ってた時、親父の運転する軽トラの操作をジッと見てたっけ。欠伸しながらマニュアル操作をする親父を尊敬したもんだ。
「さて、行くか」
「はーい、社長」
俺とシャイニーは、久しぶりの配達にトラックを走らせた。
配達ルートを思い出しつつトラックを走らせる。
久しぶりの仕事はなんか楽しい。常連さんの家にお届けをすると、アメやらクッキーやらをシャイニーは貰っていた。
「えへへ、また貰っちゃった」
シャイニーは小さな袋に入ったクッキーをポリポリ齧る。すると、その内の一枚を俺の口元へ持って来た。
「はいコウタ。あーん」
「あ、あーん」
何だかんだでシャイニーは可愛い。こんな事をされると照れるな。
「何よ、照れてんの?」
「別に。それより次の配達先はすぐそこだ、頼むぞ」
誤魔化すように言ってペットボトルのお茶に手を伸ばす。
甘めのクッキーをお茶で流し、配達先の家の前に停車させる。
「じゃ、行ってくるわね」
戦いなど無縁の日常。
これが平和であり、俺の望んだ異世界生活だ。
トラックの後部ドアを開け、荷物を抱えて配達先へ。
ドアをノックして家主に一礼、荷物を手渡し伝票にサインを貰う。その後は少しの談笑、すると家主が家の中に戻り、再び姿を表す。
手には何やら小さな袋。シャイニーはそれを受け取り頭を下げると、トラックへ戻って来た。
「また貰っちゃった。手作りの飴だってさ」
「お、いいね」
シャイニーは袋から飴を取り出し、俺の口元へ。
「はい、あーん」
「あ、ああ」
「ふふ、それっ」
シャイニーの指が俺の唇に触れた。
くっそ、なんかドキドキしてやがる。
「アタシもいただきっ」
俺の唇に触れた指で、シャイニーは飴をつまんで自らの口へ。
おいおい、それじゃ間接キスじゃねーか。ヤバいな、顔が赤くなってるのがわかるぜ。
「ん······ほら、次に行きましょ」
「······おう」
くぅぅ、なんか純情高校生みたいな気分になってしまった。
仕事が終わり、夕食の時間になった。
エブリーでの配達も問題なく終わる。むしろ積み込む手間が省けてから楽だ。
ミレイナとキリエの作る手料理は今日も明日も変わらず美味い。こんなメシを食えるだけでも異世界に来た意味はある。
食事と片付けが終わり、ミレイナの淹れた紅茶を飲みながら、俺は考えてた事を言う。
「なぁ、新しく従業員を雇いたいんだが、どう思う?」
「あ‼ それってさっきの話でしょ?」
「そうだ」
シャイニーと話した事をそのまま伝えると、思っていた通りの返事が返ってきた。
「私はコウタさんにお任せします」
「私もです。それにエブリーを遊ばせておくのは勿体無いですし、今日の配達でも思いましたが、もう一人運転手が居れば効率良く配達を終える事が可能です」
ミレイナはともかく、キリエの意見は理に適ってる。
「よし。じゃあ決定だな」
新しい従業員の確保は決定した。
問題はここから、どうやって確保するか。
「うーん、求人広告でも出せばいいのか?······いや待て」
ここで一つだけ言っておく。
俺は別に勇者太陽みたいなハーレムを作りたいワケじゃない。
そりゃミレイナは可愛いし、シャイニーは一緒に居て楽しいし頼りになる。今日もふとした仕草でドキッとした。キリエも可愛いというよりは美人だし、見ていて目の保養になる。
さて、この会社に新たな新人が入るとする。
もしそれが若い男、しかもイケメンだったら?
「············」
「コウタさん?」
「どーしたのよ、コウタ?」
「社長?」
ミレイナやキリエの可愛いさ美しさは、配送依頼をする老若男女全てが知っている。もし求人広告を出せば、ミレイナ達に近付きたいと考える不埒な輩も出てくるかも知れない。
社内の風紀が乱れる事はあってならない。
つまり、新入社員は女の子がいい。うん、正当な理由だ。
「よし、求人広告には女性限定と入れよう」
「「「···············」」」
俺の発言にミレイナ達はドン引きしていた。なんで?