86・トラック野郎、教官になる
シャイニーの運転はせっかちだった。
クラッチをゆっくり離す事がどうしても出来ず、半クラまで持っていく事が出来ない。なので発進すら出来ずにノッキングからのエンストを繰り返した。出来ない尽くしだな。
「·········」
「ま、まぁ最初だし、誰でもこんなもんさ」
「そ、そうよね‼ アタシが下手なわけじゃないはずよね‼」
移動距離は数メートル。しかもノッキングで前後した距離だ。
「とりあえず少し休めよ」
「ええ。次は誰かしら?」
次はキリエだ。
さてさて、キリエの運転はどんな感じかな?
「ふん、お手並み拝見」
「はい」
キリエと席を入れ替わり、シャイニーはミレイナの傍へ。
シート位置を調整し、ミラー角度を合わせ、シートベルトを締め、サイドブレーキを確認する。ここまでは流れるような作業だ。
「クラッチを踏んでギアをニュートラルに」
「·········この位置、ですね?」
「そうだ。クラッチはそのままで、エンジンキーを捻ってエンジン始動だ」
「はい」
エブリイワゴンのエンジンが掛かる。
ここまではいいが、問題は次からだ。
「ギアをローに入れて」
「はい」
お、キリエは一発で入れた。
「サイドブレーキを下ろして、アクセルをゆっくり踏む、そしてクラッチをゆっくり離していくんだ。いいな、慌てるなよ」
「·········はい」
キリエの足は震えていた。やはり未知の乗り物に緊張してるんだろう。
キリエはアクセルをゆっくり踏み、震える足でクラッチを離していく。
「······いいぞ、ゆっくり······お」
「······」
「いいぞ、ゆっくりだ」
「······」
するとエブリイワゴンはゆっくり前進した。
「よーしいいぞ、そのまま前に進め」
「······」
「まずはこのまま、公園内の敷地を······キリエ?」
「······」
キリエの反応がない。
俺はキリエの肩を叩くが、それでも反応がなかった。
何だろう、アクセルを踏んだままだ。
『バイタルチェック。キリエ様は緊張のあまり気を失っています』
「はぁぁ⁉」
俺は慌ててサイドブレーキを引くと、車は激しいノッキングに襲われた。
「申し訳ありません······」
「い、いや、でも良かったぞ。ちゃんと半クラ出来てたし、前に進んだからな」
「ぐぬぬ······」
珍しく反省して頭を下げるキリエと、上手く発進したキリエに嫉妬するシャイニー。
まさかキリエがプレッシャーに弱いとは知らなかった。慣れればどうにかなるのかも知れないが。
「最後はミレイナだな」
「は、はひ」
うーん、ミレイナもプレッシャーに弱そうなイメージだ。
キリエと席を交代し、流れるような手順で確認を済ませる。どうやらずっと見ていたのは無駄ではない。
「いいい、いきままます‼」
「おい、落ち着けミレイナ。まずはニュートラルの確認だ」
「ふーっ、ふーっ」
なんか息が荒い。
目も見開いてるし、なんか怖いな。
「クラッチを踏んで、ギアを確認して」
「ふーっ、ふーっ」
エンジンを掛けるまでは良かった。
だが、ここからが不味かった。
「いいか、アクセルをゆっくり踏み込んで、クラッチと繋げ……」
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
「お、おいミレイナ?」
「はんくら、はんくら、はんくら、はんくら······」
なんかヤバい。
ミレイナに運転させるのは非常に危険な気がする。
「み、ミレイナ、ちょっとストッ」
「逝きますっ‼」
おい、なんか不吉な文字に変換された気がする。
なんとミレイナはクラッチを離しながらサイドブレーキを下ろし、何故かアクセルを思い切り踏んだ。
「キャーーーっ⁉」
「ちょーーっ⁉ なんでアクセル踏むんだよぉぉぉぉっ‼」
しかもクラッチからアクセルの繋ぎが上手い。
エブリイワゴンは勢い良くスタートし、徐々に加速をする。ローギアのままなのでエンジンが悲鳴を上げながら加速した。
「ストップストップ‼ アクセルから足離せっ‼」
「キャーーッ‼」
ミレイナは目を瞑っていた。
しかも俺の声が聞こえていない。
さらに、目の前には公園の囲いが。
「ミレイナ‼ 前前前っ⁉」
「いやーーーーっ‼」
「んなぁーーーっ⁉」
ミレイナは思い切りハンドルを切り、加速の付いたエブリイワゴンは急カーブ。そのまま横転してようやく停止した。
「·········」
「·········」
怪我はしてないようだが無言。
シャイニーとキリエが慌てて向かって来るのが見えた。
「·········私、向いてません」
ミレイナの一言に、俺は無言で同意した。
4人がかりで車体を起こし、ひとまず休憩する。
ポイントで買った飲み物を片手に、エブリイワゴンを眺めながら話をした。
「とりあえず、運転はまだ早い。俺が運転するから流れを見てもらうか」
いきなり運転させたのが悪かった。
車の仕組みも知らないのに運転させるなんて不味い。俺が教習所に通い始めた頃だって車の仕組みなんてボンヤリとしか理解してなかったんだ。異世界人のミレイナ達なら尚更だ。
難しく理解する必要はなくても、どんな仕組みで動いてるかくらいは理解した方がいい。
マニュアル車最大の特徴であるギアの切り替えの仕組みくらいは頭に入れて貰おう。
だが、その前に俺が運転して見せてみよう。
ドライブしたときは俺の運転なんて見てなかったしな。
飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨て、改めてエブリイワゴンに乗り込む。
「いいか、よく見てろよ」
「はい、お願いします」
「今更だけど、アンタの運転をちゃんと見たことないわね」
「確かにそうですね」
俺はエンジンを掛けるまでの動作を教えた通りにこなす。
「いいか、ここからだ」
三人の少女達の視線が俺の下半身、正確には足下へ。
左足はクラッチを踏み込み、右足でアクセルを踏む。
「アクセルを踏んでも発進しないのはクラッチを踏んでるからだ。だからクラッチを徐々に離していくと……前進する。これが半クラッチだ」
俺はクラッチから徐々に足を離し、完全にアクセルだけに足を乗せる。
「これが発進手順。ここまではいいか?」
「「「…………」」」
三人は俺の足をジッと見たままコクコク頷く。
俺はローギアのまま暫く敷地内を走行する。
「ねぇ、なんか音がうるさいわね」
「気付いたか。そう、ローギアではスピードがここまでしか出せない。だからギアを切り替えるんだ」
「ギア……その棒ですね?」
「そうだ。マニュアル車はスピードに応じてギアを切り替える必要がある。そこでクラッチの出番だ」
「クラッチ……なるほど、また操作が必要なのですね」
「ああ、見てろ」
俺は分かりやすいように、声に出しながら操作する。
「クラッチを踏んで、ギアをセカンドにシフトアップ、クラッチを離す」
「わぉ」
「す、すごいです」
「早いですね……」
流れるようにギアを変える。
学生時代、慣れるまではイチイチ目で確認しながらギアを変えて、よく教官に指摘されたっけ。
でも慣れれば考えるより先に手足が動く。車の操作ってホントに慣れだよな。
「これがギアチェンジ。簡単だろ?」
「「「…………」」」
ありゃ、みんな黙り込んじまった。
まぁいきなりは無理だし、練習して身体で覚えて貰う他ない。
それから数時間。運転の訓練をしたが、なかなか上手くいかなかった。
ミレイナは恐怖からアクセルを踏みっぱなしにするし、シャイニーは何度言ってもクラッチをすぐに離してエンスト、キリエは慎重になりすぎて緊張し気絶を繰り返した。
うーん、せっかく車を買ったのに、このままじゃお蔵入りになりそうだ。
俺は目に見えて落ち込んでる三人に声を掛ける。
「まぁ初日だし、すぐに運転できるとは思ってないさ。これから仕事の合間に練習すればきっと運転できるから落ち込むなよ」
「「「………」」」
「うお……」
三人が死んだ目で同時に俺を見た。流石にビビったぜ。
「コウタさん……私、怖いです」
「アタシ、才能ないのかな……」
「………」
おいおい、マジで落ち込んでるよ。
でもまぁ、せっかく買ったのに乗らないのは勿体ない。俺が運転してもいいけど、それじゃ高性能で居住ルームも付いてるトラックの方がいいに決まってるしなぁ。このままじゃマジでお蔵入りだ。
俺としては車を購入した目的が他にもある。
娯楽としてはもちろんだが、軽ワゴンがあるだけで仕事の効率が上がる。
例えば、俺が一人でゼニモウケ内の配達、シャイニーが軽ワゴンで外の集落や町の配達など分担できる。それに、集荷を始めることも出来るかもしれない。
とにかく、暫くは仕事の合間に運転の練習をしてもらうしかないな。それでダメだったら、もう一つの考えを実行に移せばいい。
「新しい従業員………考えておかないとな」